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樹の散歩道
  松脂塊の美しさは琥珀の輝きだ!


 松脂と全く同じ機能を有する物質が合成できないのか、現在でも特定の松から松脂が採取・生産されているようである。精製した松脂(ロジン)の具体的な用途として承知していたものを列挙すれば、まずは秘密のベールに包まれ、利用状況を子細に検分する機会のない @ブラジリアンワックス(脱毛用ワックス)、目で確認し難い A 製紙用サイジング剤、懐かしき B 伝統的ハエ取り紙の粘着剤、ロジンを含む粉として目視できる C 野球のロジンバックの滑り止め剤、美しき Dバイオリン松脂と、もうこれ以上は出てこないが、調べればさらに多くの用途があるはずである。
 たまたま、樹木を扱うある事業所で、接ぎ木用の穂木の保存や接ぎ木した部分の保護のための「接ぎ木ロウ(接ぎ木蝋、つぎ木蝋)」の調合材料として単体の松脂(ロジン)をストックしている事例があった。松脂の大きなブロックを見るのは初めてであった。ただ、表面は荒々しく松脂の粉に覆われ艶を失っていた。そこで程々の大きさのブロックをもらって丁寧に粉を払い、更に表面を平滑にするためにアルコールを軽くスプレーしてみた。すると、なんということでしょう!! 無骨な松脂のブロックが、たちまちにして琥珀と見紛うばかりの輝きを取り戻したのである!! 【2013.2】 


   
   販売されている松脂ブロックの外観
   
   
   
   
  アルコールで表面が滑らかになった松脂ブロックの美しい輝き 
   
   目にする琥珀よりはるかに大きく豪華に見える。これだけで置物になりそうである。同時に実に美味しそうに見えて、無性に口に入れたくなってしまうのはうのは、透明感の美しい「べっこう飴」「蜂蜜飴」のイメージと重なるからであろう。 
   
   ロジンの主な用途

 このロジンの用途に関して調べてみると、例えば以下に掲げるような多様な利用実態があることがわかった。 
   
   <松脂(ロジン)の用途(例)>
 
    区 分  メ  モ 
製紙用サイジング剤(サイズ剤)  インキの滲み防止 
印刷インキ原料  印刷インキ用天然樹脂の代表格  
塗料原料  船底用防汚塗料、油性ワニス、木材用オイル等 
粘着剤原料  ハエ取り紙、プラスターの等の粘着剤 
ブラジリアンワックス  脱毛用ワックス。成分の一部として広く利用されているが、ワックスアレルギー対応として、既にロジンフリーの製品も見る。 
滑り止め  @野球用ロジンバッグの内容物の構成成分(炭酸マグネシウム80%、ロジン15%、その他から成るという。)
Aトウシューズ、ボクシング用リングシューズの滑り止め
B一部の床用ワックスの滑り止め剤 
マッチの頭薬成分  接着性及び燃焼性等を有するため 
化粧品成分  一部の口紅など 
弦楽器の弦の塗布剤 必要な摩擦を生み出す 
合成ゴム用乳化剤    
生薬  松やには生薬として「松脂(ショウシ)」又は「松香(ショウコウ)」と呼び、外用または内服用として様々な効用が知られている。 
チューインガム  ガムベースの内訳は明示されないが、一般にロジンが含まれていて、風船ガムでは配合量が多いとされる。 
一部のシャボン玉液    
   
    以上の例のうち、松脂が固形の状態でその美しい透明感を目で確認できる製品は弦楽器用の松脂(ロジン、塗布剤)のみである。この製品には驚くほど多くのメーカーと種類が存在し、キャンディのように多様な色合いは多分、色付けのための染料や、時に秘密めいた添加剤に由来するものと思われる。

 こうした多くの事例があるとおり、工業的な利用を主体としてロジンの国内消費量は約8万トン(2009年)に及んでいるという。これらのうち、樹木から直接採取されるガムロジン(Gum Rosin)は中国産に依存しており、クラフトパルプ製造過程の副産物として得られるトールロジン(Tall Rosin)については、米国から輸入している粗トール油からハリマ化成が年間2万トン程度を生産しているという。 
   
   接ぎ木ロウ(接ぎ木蝋、接ぎ蝋)

 ところで、先の松脂の塊がやがて供されるであろう「接ぎ木ロウ」に関してであるが、少々古い書籍に“秘伝”の接ぎ木ロウの組成(配合、調合、成分)に関する記述があったので、以下に簡単に紹介する。職人的経験が生きる世界であり、非常に興味深い。多くの先人がいろいろな原料の配合比を色々変えながら、コネコネとこねくり、実際に試しつつ、試行錯誤を繰り返した経験が現在に伝えられているということなのであろう。現在でも接ぎ木部を接ぎ木テープ等で巻き締めた後に使用されている。
 なお、海外でも似たような製法が紹介されていた。  
 
 
【図説接木繁殖法:小野陽太郎 昭和28年5月10日 株式会社朝倉書店】
 
 接木ロウ
:松脂を主原料とし、これに白ロウ、獣脂などを混合して作ったワックスで、接合部を密封するものとしては最も優れている。この接木ロウは、使用の都度、加熱溶解して用いる加熱接木ロウと、常温で粘状を呈していて、随時に使用できる常温接木ロウの二種がある。

@加熱接木ロウ(固形接蝋)      

   
          
 <配合比率例>
   松脂(ロジン) 5
   白ロウ(または蜜ロウ) 3
   獣脂(豚脂) 0.8〜1
(管理者注)「白ロウ」はハゼノキの種子から採取される「木蝋」を精製(日に晒して漂白)したもので、密ロウは蜜蜂の巣から採取される蝋を指す。

 松脂だけでは塗布後亀裂を生ずる恐れがあるので、ロウを混ぜてその防止にあて、獣脂はこれに粘性を加えるために混用するものである。松脂の量を増すほど硬くなり、獣脂を多く加えるほど柔らかとなるから、使用する土地の気候に合わせて調整すべきである。密ロウは白ロウに比べて優質であるが、特に密ロウによらなければならない必要も認められない。

A常温接木ロウ(液状接蝋)

 常温接木ロウは、常温に於いて粘液状をなしており、使用に当たっては、前者のように加熱溶解する必要なく。ちょうどペンキのように随時随所に使用することができる特性を持ち、溶ロウ器や炭火を必要としないから、火気の心配が全然ない。

(配合比率例:佐藤啓二・小野陽太郎による)
  松脂(ロジン) 120(重量比)
  白ロウ 30
  豚脂  15
  燃料アルコール 30
  ボイル油 10
  ドライヤー(速乾剤) 15
  カオリン(固結剤) 10
  紅ガラ(着色剤) 少量

(管理者注)木蝋はかつては蝋燭(ロウソク)の原料とされたもので、上記書籍の出版された当時は白ロウを含めてまだこれらが比較的容易に入手できたのであろう。蜜蝋は蜜蜂の巣から得られるもので、ヨーロッパでは古くから教会用のロウソクの原料とされている。
 木蝋は現在でもハゼノキの果実を主な原料としたハゼ蝋、一部にウルシの果実を原料とした漆蝋(うるしロウ)が僅かながらも国内で生産されている。蜜蝋の利用は外来文化で、国内でも一部に生産が見られるが、ほとんどは輸入品である。
 木蝋、蜜蝋はともに安心の自然素材として、化粧品など多方面で利用されている模様である。

【樹木の増殖と仕立:上原啓二(昭和38年12月10日、加島書店)】

 接蝋
 接ぎ口が湿気、水分、病菌などにおかされないよう接蝋を塗ることは処置として大切である。添えを兼ねているテープもできているが一応接蝋のことを述べる。
 接蝋には固形品すなわち使用するときに加熱するものと、常温で液状を呈するものとの二つがある。それらの製造に当たっては材料の割合が人によって異なっているので適度に試作されんことをのぞむ。

@固形接蝋

  所用の材料は松ヤニ、蜜蝋、豚脂である。接ぎにそれらの重量による割合を述べるが、その比率としては四例を挙げておく。

区 分  松ヤニ  蜜蝋  豚脂 
第1例 
第2例  10 
第3例 
第4例  15  少量 

 作り方は鉄ナベにまず松ヤニを入れ、トロ火でとかし、それに蜜蝋を加えてとかす、最後に豚脂を入れてかきまわし完全にとかす。それからナベを火からおろす、冷えると固形体となる、使用するとき再びナベに入れトロ火でとかし筆のようなもので接ぎ口に塗ればよい。

A液状接蝋
 

 重量比による材料としては松ヤニ(16)、豚脂(2)、テレビン油(1)、アルコール(6)でよい、このほかに蜜蝋(4)を加える人もある。作り方はだいたい固形の場合と同様で鉄ナベに松ヤニ、豚脂、蜜蝋を入れてトロ火でよくとかす。とけたのちにナベを火からおろし、少しく冷えたところでテレビン油を徐々に入れながらかきまぜる、その次にアルコールを加えて手早くかきまぜる。これは液状であるので広口のビンに入れ密閉して貯えておく、使用するときには筆につけて接ぎ口に塗ればよい。やがて乾いてかたまるものである。

【つぎ木・とり木の実際:昭和48年9月29日 株式会社地球社】

 パラフィン(55℃)の単用も、園芸方面のバラのつぎ木などでよい結果が得られている。なお、パラフィンには熱による溶融点、42〜44℃、48〜50℃、56〜58℃などの段階に分けて市販されており、これらを混合すると適当な溶融点のパラフィンができる。

<参考:海外情報の例>

 接ぎ木ロウは英語で Grafting wax (グラフティングワックス)の呼称があり、多くの講釈を目にすることができ、その組成(成分)に関して次のような例がある。

【Wikipedia 英語版】
 接ぎ木ロウはロジン蜜蝋獣脂あるいは同様の物質の混合物で、接ぎ木直後の樹木や低木の接合部を感染から保護するために接着・密封することを目的に利用される。

【ehow.com】
 接ぎ木ロウの組成:4 ポンドのレジン、 2 ポンドの蜜蝋、1 ポンドの獣脂

【texasdrone.com】
 接ぎ木ロウの組成:10 オンス(重量、以下同様)のロジン、2 オンスの蜜蝋、1 オンスの炭粉、テーブルスプーン1 杯の亜麻仁油

(管理者注)英語では精製した松脂の塊を resin レジンとも rosin ロジンとも gum rosin ガムロジンとも呼んでいる。したたり落ちる松脂はレジンとして、さすがにこれはロジンとは呼んでいない。 
   
  <参考品:溶蝋器と加熱接ぎ木ロウ> 
   
 
   
           溶蝋器(溶ロウ器)
 加熱接ぎ木ロウを屋外で事業的に使用する場合は写真のような溶蝋器溶解器とも)を使用する。小型ながら固形燃料で水を加熱し、湯煎の条件下でロウの溶融状態を維持することができる。棒状のものはササの稈で、これに溶けたロウを含ませて、タラリと垂らすのだという。
    調合された加熱接ぎ木ロウの例
 これは松脂バラフィンラードを調合した加熱接ぎ木蝋(固形接蝋)とのことである。白蝋の代わりにパラフィンを使用したもので、本当は白蝋(木蝋)を使用した方が使いやすいとの意見もある。
 
   接ぎ木用シール材(被覆材)の市販品

 先の接ぎ木ロウは、接ぎ木に際して、接合部から樹液の蒸散、乾燥を防ぐ目的や、雨水の侵入を防ぐために接ぎ木部を密封・保護するためのもので、必ずロウ質の成分でなければならないというわけではないため、市販品としてはワックス系のほかにペースト系の製品も存在する。 
   
 
【国産品の製品例】


@接ろう

 常温接木ロウで、蓋付きの容器入りである。
 主成分は、ダンマル樹脂カルナバロウ及び揮発性植物油としている。
 手づくりの常温接ぎ木ロウと同様に、揮発成分が飛ぶことで固化する仕組みである。
 (富士薬品工業株式会社:東京都中野区江古田)


 なお、固形の加熱接ぎ木ロウの市販品も存在するようである。 
 
   
 
Aゆ合剤

 ペースト状の製品で、成分表示はないが、主成分は酢酸ビニル樹脂のようである。多分、殺菌成分も添加しているものと思われる。「ゆ合」とは「癒合」の意であろう。
 木工用のボンドも酢酸ビニル樹脂そのもので、水濡れには弱いことが知られている。この製品の場合も乾燥後に水に濡れですぐに溶けることはないが、長時間水に濡れていると、溶け出す。実用上は問題ないようである。
 (富士薬品工業株式会社:東京都中野区江古田)
 
 
   その他、汎用ペーストとして、トップジンMペースト(日本曹達)、カルスメイト富士薬品工業)の名の製品も見る。 
   
  【海外の製品例】 
   
 
@Trowbridge's Grafting Wax トゥローブリッジ・グラフティングワックス(接ぎ木用ロウ)

 レジン獣脂合成蜜蝋を含むとされる。

 使用法として、次のように記述されている。
 「このワックスは温かい湯に浸すか、手のひらで握って十分柔らかくなるのを待って使用する。使用する間は、手を獣脂か油を塗った状態とする必要がある。また、ワックスを塗り広げられるような温度まで加熱し、半溶融状態になっていれば刷毛で塗ることができる。」
 
 
   
  AMorrison's Tree Seal モリソン・トゥリーシール
 アスファルトケイ酸物質を含むとされる。

BTree Wound Pruning Sealer & Grafting Compound
 水溶性アスファルトペースト
 
   
   穂木保存用ロウ

 接ぎ木用の穂木は、通常は冬期の芽が休眠している間に採取(採穂)し、接ぎ木実施時期まで冷蔵庫に保存している。この保存用の穂木についても、接ぎ木ロウと同様の溶融ロウで全体又は切り口(針葉樹)を被覆(コーティング)する方法を採用している場合がある。パラフィンの単体を使用している場合もある。作業に際して、溶融状態を維持するには湯煎によっている。