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樹の散歩道
 
  メグスリノキ その受難の歴史                


 受難といえばパッション・フルーツを連想するが、このパッション( the Passion :キリストの受難)は、その花の形態に由来する名称とされ、別に果実が受難に遭遇したというわけではない。しかし、メグスリノキの場合は、本当に受難を経験している。穏やかな日々を送っていたメグスリノキを突然襲った災いとは? 【2009.8】


 メグスリノキ目薬の木眼薬の木)はカエデ科カエデ属の落葉高木(Acer nikoense)で、ミツデカエデとともに3出複葉のカエデとして知られている。メグスリノキは葉裏や葉柄の毛が多くふさふさとしていることからミツデカエデとは容易に区別できる。
 
               メグスリノキの葉
      葉は3出複葉で対生。果実は大きめで、よく目立つ。
   
       メグスリノキの3出複葉
 ミツデカエデより葉は厚めで下面に毛があり、鋸歯の切れ込みは小さい。
 
       メグスリノキの葉柄の様子 
 何よりも葉柄がこのように毛深いのが特徴である。
 
 
     展開を始めた葉の様子            メグスリノキの若い葉
  
     若い葉は毛におおわれている。
   
 
     メグスリノキの雄花             メグスリノキの大型の果実
   
 この木が世間の注目を浴びたのは、樹皮を煎じて飲めば眼や特に肝臓に何かと効果があるとして報じられ、また出版物で紹介されたことによる。情報の出所が星薬科大学での研究成果であったことから、信頼性の高い情報として受け止められたものと思われる。
   
 メグスリノキが注目され、そして受難に至った経過  
   
@  星薬科大学生薬学教室で、井上隆夫教授(当時)らが、昭和46年(1971年)頃からメグスリノキに関する研究に着手し、永井正博助教授(当時)が中心となって研究を展開。(以降、同大学で研究が継続されている。)【「薬木メグスリノキ」より】
A  昭和53年(1978年)に伊沢一男(星薬科大学名誉教授。井上教授の先代。)が「薬草カラー図鑑」(主婦の友社)の初版を出版し、わが国の薬用書として(たぶん)初めてメグスリノキを採り上げて紹介。【「薬木メグスリノキ」より】
B  昭和56年(1980年)に伊沢一男が「続・薬草カラー図鑑」(主婦の友社 私の健康別冊)の中でメグスリノキを採り上げ、肝臓と目に効くことを掲載。
(注)同書は平成2年に「薬草カラー図鑑A」の書名で、単行本として出版されている。
C  昭和58年(1983年)星薬科大学の篠田雅人教授(当時)らがモルモットを使った動物実験で、メグスリノキの成分が肝障害を改善する効果を確認して日本生薬学会で発表。
【「薬木メグスリノキ」より】
D  昭和61年(1986年)星薬科大学の篠田雅人教授(当時)らがラットを使った動物実験から樹皮エキスに肝臓障害の予防効果を確認し、その活性成分のひとつがロドデンドロールであること発表。(メグスリノキ樹皮のラット四塩化炭素肝障害に対する防護効果:生薬学雑誌40(2),177-181(1986))
E  平成7年(1995年)に、伊沢一男が、「薬木メグスリノキ」(株式会社マキノ出版)を出版し、これまでの研究成果等を紹介。
 こうした経過の中で、メグスリノキの効用が広く知れ渡るところとなり、関連商品も多数生まれている。しかし、その一方で、国有林でも自生するメグスリノキが次々と被害を受けるなど悪質な行為が続発するという残念な情報を以前に耳にした。また、鉢植えしたメグスリノキが盗難に遭う事件まで発生したという。
 
 現在ではいわゆるブームも一段落して、ドラッグストアには数ある健康茶の一つとしてメグスリノキ茶は静かに鎮座しており、またメグスリノキエキス入りの各種食品が地方的に現在でも販売されている。幸い、かつてのような被害続出といった情報は聞こえてこない。

 研究者による地道な研究成果により突然有名になったことで、メグスリノキは大変な試練を経験することになったわけである。
メグスリノキの鮮やかな紅葉は美しい。
 製品の例
   
 以下は近所のドラッグストアで取り扱っていた製品である。いずれもメグスリノキ茶100%、焙煎処理したものとの説明書きがある。医薬品、漢方薬の取扱いではないため、効能・効果の説明は一切なく、あくまで健康茶(食品)として扱っている。煎じた茶の色は赤味があって、味も変なクセはなく飲みやすい。製品はこれ以外にも多数存在するようである。

1パックの中味
 有効成分は樹皮に最も多いとされるから、最も上質の製品を作ろうとしたら樹皮100%とすればよいが、価格が高くなるため、そういうわけにはいかない。

 

めぐすりの木茶 100%
3g×10パック
 
山本漢方製薬株式会社
愛知県小牧市多気東町157番地

1パックの中味
 こうした製品は基本的には枝を原料としているものと考えられる。樹皮に相当する部分の含有比率は、枝の径が細い方が高くなる。
 2製品を比較すると、チップの色合いに違いがみられる。


メグスリノキ茶 100% 
1g×25包  

販売者:オリヒロ株式会社
群馬県高崎市緑町4−5−20
   
 素朴な疑問
   
 以下の2点が従前からわからないままとなっていて、少々気になっていた。
Q1  樹皮に諸成分を多く含有するであろうことは一般論として理解できるが、一部に葉も利用した製品が見られるところであり、そもそも葉にも有効成分が含まれているのか。また、葉は古くから利用されてきたのか。
Q2  民間療法で洗眼に使用されてきたことはその名称が物語っているものと思われるが、飲用とすることが果たして古くから広く行われてきたことなのか。

 これらを確認したく、次に記述情報を整理してみた。
   
 メグスリノキの効用等に関する記述情報
(有効成分の所在部位)

 ほとんどの辞典、図鑑は、(民間療法として)樹皮を煎じて眼の洗浄に用いたとして、これが名前の由来としている。
 比較的新しい図鑑である山と渓谷社の「樹に咲く花」では「樹皮を煎じたものを飲むと、目の疲労回復や肝機能回復に効果があると言われている。」、「名前の由来は樹皮や葉を煎じて洗眼に用いたことによる。」としている。また、「朝日百科 植物の世界」でも、「メグスリノキの名は、樹皮を煎じて洗眼に用いたことからきている。」としている。
 これらは、いずれも星薬科大学関係者による近年の情報に基づいて、「葉」を加えた記述となっているものと思われる。

 星薬科大学元教授の伊澤一男は次のように述べている。(前掲書)

 薬用としてのメグスリノキの歴史は、江戸時代以前にさかのぼります。例えば、福島県相馬地方では、古くからメグスリノキの樹皮を煎じた汁で洗眼する方法があり、今日まで伝わっています。
 薬用に使える部分は樹皮小枝ですが、メグスリノキの主要有効成分のロドデンドロールは樹皮に最も多く含まれています。
 葉に関しては、紅葉したものより、青葉のときほうに有効成分は多く含まれています。青葉であれば、2〜3日、天日で乾燥させればよく、紅葉した葉であれば、乾燥させる必要はありません。葉は細かく刻んで用いて下さい。

以下、星薬科大学元教授伊澤一男の前掲書による。

(その効用等)

 薬理作用で未だ解明されていない点がありますが、メグスリノキの煎じ汁を服用して、肝臓病を克服したり、目の病気・症状が改善したりという報告は、数多く寄せられています。
 メグスリノキのどの成分がどういうメカニズムで肝臓に有益に作用するのか、未だ詳しくはわかっていませんが、有効成分は葉や樹皮に含まれるロドデンドロールであろうと考えられています。
 肝臓の病気については、血清肝炎(B型肝炎)に特に効くようです。黄疸症状も取れて、肝機能が回復します。
 メグスリノキは利尿作用が強く、樹皮や小枝、葉などを煎じて飲むと、排尿が進みトイレに行く回数が多くなります。排尿が促進されることで腎臓はもちろん、肝臓の機能もよくなるのではないかと思われます。

 なぜ肝機能がよくなることで目の方もよくなるのかについては、中国医学の考え方で説明できます。肝と目が直結していることは、中国では「肝は目を穿つ」といって、古くから経験的に知られていた。中国医学の古典「傷寒論」「素問」「霊枢」などには、「肝気は目に通ず、肝和すれば、目よく五色を弁ず」という記述があります。

 目に関しても目薬として、ただれ目(眼瞼縁炎)、はやり眼(流行性角結膜炎)、ものもらい(麦粒腫)、アレルギー性結膜炎などに特によく効きます。 
 メグスリノキに多く含まれるタンニンには、抗菌作用収斂作用があり、(これが)目によい働きをすることが考えられます。

(飲用について)

・メグスリノキの用い方は、歴史的にみて、ほとんどが目薬としての外用法で、いつの時代からメグスリノキを煎じて飲用する方法が生まれたのかは正確なことはわからない。

(洗眼方法)

 洗眼するには、煎じ汁を満たしたコップを目の下まぶたに直接当て、コップを少し傾けて目が液に浸った状態にして眼をまばたくようにすればよいとされる。

 そこで、Q1について。

 そもそも有効成分のひとつとされるロドデンドロールが葉に含まれているのか否かについての明確な記述を確認できない。井上隆夫ほかの報告(薬学雑誌98(1)1978)では樹皮と葉の成分検索をしていて、樹皮でロドデンドロールの存在を確認している。
 また、民間療法としての葉の使用について普遍性を裏付けるデータを確認できない。

 次に、Q2について。

 伊沢は一部の飲用に関してはいつからのものかわからないとしている。こうしたことや、先程の葉の利用の歴史の有無等についても、詳細な報告書にとりまとめられているものではないため、広域に渡る足で稼いだ民俗学的事例の収集成果がない限りは一般化した記述は困難であろうと思われる。
   
<参考メモ>

「チョウジャノキ」の別名について

@ 蝶々の木(3枚の小葉を蝶の舞う姿にたとえた)がなまったもの。【植物和名の語源研究(深津正)、木の名前:婦人生活社】
A 若枝や葉に長白毛が多いことや、大型の果実にも粗い毛があることが、長者の風貌を思わせるためという説がある。【朝日百科植物の世界】

学名について

カエデ科カエデ属 Acer nikoense  この種小名“nikoense”日光地方の意味。

【参考図書】

@ ビタミン文庫 薬木<メグスリノキ>目がよくなる!肝臓病が治る!:伊澤一男(平成7年2月22日 株式会社マキノ出版)
A 薬草カラー図鑑A:伊沢一男(平成2年3月12日 株式会社主婦の友社)
B 目に効く・肝臓に効くメグスリノキ(1996.8.25 ブティック社)