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概説
広く知られるフウ属の3種のポイントは以下のとおりである。 |
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レバントストラックス(Levant storax)Liquidambar orientalisは小アジア、トルコ原産で、その樹脂は「蘇合香」とも呼ばれ、香料、薬用として利用された古い歴史があるとされる。
Oriental sweet gum、Asiatic storaxの英名がある。樹木和名としても蘇合香(ソゴウコウ、ソガッコウ)、ソゴウコウノキの呼称が使われている例が見られる。
(注)レバント(Levant)はトルコからエジプトにかけての地中海東部の沿岸国地域を指す名称 |
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フウ(タイワンフウ)Liquidambar formosanaは中国・台湾原産で、その樹脂は「楓香脂」と呼ばれ、芳香があって「蘇合香」に代用されて薬用にされてきたとされる。ただし、香料としての使用例については記述情報がない。
樹木の中国名は楓(フウ)、楓香樹、楓樹。 |
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B |
モミジバフウ(アメリカフウ)Liquidambar styracifluaは米国・中南米原産で、その樹脂には芳香があり、食品等の香り付け、香料に利用されるほか、薬効もあるとされる。英名はアメリカンストラックス(American storax)、スイートガム(Sweet gum)、レッドガム(Red
gum)。
なお、その香りについてはレバントストラックスには及ばない【Britannica】という。
フウ属にはさらに中国福建省に L.edentata 、広東省に L.chinensis などがそれぞれ自生し、その樹脂が「蘇合香」の代用として利用されている【廣川薬用植物大辞典】という。
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フウの紅葉
モミジバフウに較べると見かける頻度は低い。いずれも紅葉がウリである。
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モミジバフウの紅葉
街路樹としてはごく一般的な存在である。
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フウの紅葉
葉は掌状に3中裂する。
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モミジバフウの紅葉
葉は掌状に5中裂する。葉形はかなりの変異が見られる。
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英名にストラックス(storax = styrax:こちらの語の発音はスタイラックス。日本ではこれをスチラックスと読んでいる場合がしばしば見られる。)の名が見られるが、これには歴史的な沿革がある。
実は、元祖となる「ストラックス(storax)」、「蘇合香」とは、ヨーロッパ東南部・小アジア産のセイヨウエゴノキ(Styrax offinalis)の樹木又はこれから得られる樹脂を指したものと言われる。Styrax はエゴノキ属の属名そのものである。
(注:学名としての Styrax はステュラクスと読んだりしているようである。)
「香りの総合事典」(日本香料協会)その他の文献では概略次のように記述されている。
ストラックスは蘇合香といわれ、古くはエゴノキ科エゴノキ属の植物 Styrax officinal(セイヨウエゴノキ)から採取される樹脂のことであった。この樹脂は16世紀頃までヨーロッパ、インド、中国などで香料や薬として利用されていたが、マンサク科の植物
Liquidambar orientalis(レバントストラックス) から得られる安価な流動蘇合香が市場に出回るようになってほぼ置き代わったとされる。
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なお、セイヨウエゴノキと同様に芳香性の樹脂を産するエゴノキ属の樹木としては、マレー、スマトラ、ジャワ産の安息香の木( アンソクコウノキStyrax benzoin 、スマトラエゴノキ、スマトラアンソクコウとも。樹脂はスマトラ安息香、ベンゾイン(benzoin)、安息香。)、インドシナ、支那中・南・西部産のトンキンエゴノキ(Styrax tonkinense。樹脂はシャム安息香。)、タイ、インドシナ、支那雲南省産のラオスエゴノキ(Sryrax benzoides、タイアンソクコウ。樹脂はシャム安息香)等々が知られている。【木の大百科】
国内にもエゴノキ属の樹木として、エゴノキ、ハクウンボク等が存在するが、芳香性の樹脂が得られるという記述は見あたらない。
右の写真は安息香の木(スマトラアンソクコウ)の樹脂(安息香、アンソクコウ、アンソッコウ)の展示品で、残念ながら直接手に取ってクンクンすることはできない。 |
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安息香
(都立薬用植物園) |
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製品の存在
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今まで全く縁がなかったが、エセンシャルオイル(アロマオイル)として、エゴノキ属系のものと、フウ属系の製品が販売されていることを確認した。(注:オイルと表現したが、ピュアオイルの場合と樹脂を溶剤で希釈しているものがあると思われるが、製品の表示基準がはっきりしていない。)
呼称はまちまちであるが、先に紹介した樹種の中で、@レバントストラックス、Aモミジバフウ、B安息香の木(あるいはその近縁種?)に由来するオイルが販売されている。しかしながら、かつての元祖「蘇合香」であるセイヨウエゴノキに由来する製品の存在は確認できなかった。なお、フウのオイルも存在しない模様である。
商品名として、Bは「ベンゾイン」の呼称が一般的であるが、特に@とAは呼称がまちまちで、スチラックス又はスタイラックスの呼称で、@〜Bいずれかを又は総称している例があるほか、@をスチラックスとして、Aをスタイラックスと呼び分けている例まで見られるなど、沿革的な事情もあって呼称が混乱している。学名が明示されていれば認知可能である。 |
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ベンゾイン(安息香)の市販品(インドネシア産)
・ 製品説明書には学名の Styrax benzoin (エゴノキ科エゴノキ属のアンソクコウノキ)の名が記されている。エタノールによる50%希釈オイルとなっている。
・ 希釈されていても粘性のある褐色の液体である。
・ 広く香料、医薬品として利用されていることから、その名も有名である。
・ 安息香とは実にいい名前で、成分の一つにバニラの香りの主成分であるバニリンを含んでいるため、何とも甘くて濃厚な香りがあって、ハーゲンダッツのアイスクリームを思い出して食べたくなってしまう。
・ 多くの人に“安息”をもたらすいい香りである。
■販売:株式会社サンズコート 東京都渋谷区猿楽町29-10
■製造:株式会社フレーバーライフ社 東京都国分寺市本多2-1-19 |
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レバントストラックス(蘇合香)の市販品(トルコ産)
・ 先に掲げたベンゾインを国内ではスチラックスと呼んでいる場合があるが、左写真の製品表示の「スチラックス」はレバントストラックスの意である。
・ 製品説明書に学名の Lquidambar orientalis (マンサク科フウ属のソゴウコウノキ)の表示がある。
・ こちらも香料、医薬品として利用されてきた古い歴史がある。
・ ベンゾインと同様にバニリンを含むがベンゾインよりも軽い香りで、スチレン、桂皮酸(シナモンと共通)の香りが優勢といった印象である。
・ 蘇合香(元祖は先に触れたとおりエゴノキ属)の名称の由来の詳細は確認できない。
■フィトアロマ研究所 神奈川県横浜市根岸町3-136 |
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*中国から蘇合香丸の名の医薬品(漢方薬)が輸入されていて、奇しくも上記の蘇合香と安息香の両方を成分として含んでいる。 |
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ナマの樹脂はどんな香りがするのか
そのためには手近なフウ又はモミジバフウから樹脂を手に入れる必要がある。
採取方法に関しては、あまり詳しい記述がない。 |
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フウの場合(楓香脂) |
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例えば、薬用植物事典(村越三千男、1958.4.10、株式会社福村書店)には、「楓香脂は樹幹から滲出した樹脂を採取して乾燥したもので、淡黄色で透明の脆い固塊をして居り、佳香を有し、之れを噛めば砂様で無味である。」とあるが、採取方法に関する記述は見つからない。 |
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フウ属系スチラックスの場合 |
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樹に傷を付けるなどの方法で集められた樹脂を温めてから布で濾過し、粗スチラックス(灰色がかった緑色の粘性の高い液体)を得る。これからスチラックスレジノイド、レジンアブソリュート、アブソリュート、スチラックスオイルなどが製造されている。【香りの総合事典(朝倉書店)】 |
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よくわからないが、漆掻きをイメージすれば、樹木の生理活動が盛んな時期に、樹皮に傷を付けて滲み出たものを掻き取ればよいものと考えられる。
そこで、、早速ながら身近なところで許しを得て、フウとモミジバフウについて、遠慮がちに樹皮に傷を付けてみたが、灰緑色の樹液など全く出てこない。わずかに透明の脂が出たが、針葉樹で見られるような粘りの強いヤニ臭い脂で、芳香とはほど遠い。色合いだけを言えば、飛び入り参加させたスギの脂の方がよっぽどアンバーの名にふさわしい。やはり、採取の部位、時期の選択と共に、何らかの技術も必要なのであろう。 |
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フウの脂 |
モミジバフウの脂 |
<飛び入り> スギの脂 |
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<登場樹種補遺>
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フウ Liquidambar formosana |
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日本へは享保年中中国より2株入り、江戸城と日光とに植えた。【樹木大図説】 |
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幹から滲出する樹脂を楓香脂と称し、桂アルコール、桂皮酸エステル、桂皮酸、l-ボルネオールなどを含み、香料として蘇合香に代用する。かつて寄生性皮膚疾患に外用したり、気管支カタルに内服した。【廣川薬用植物大辞典】 |
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楓香脂は漢方で解毒,止痛,止血あるいは結核などの薬として用いられる。【平凡社世界大百科事典】 |
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楓香脂は蘇合香に代用し、少量のオレーフ油(注:オリーブ)に溶解して疥癬に塗布すれば効がある。結核性の諸病に内用し、又油に和して疥癬諸症に塗布する。【村越三千男:薬用植物事典】 |
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モミジバフウ Liquidambar styraciflua |
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日本には大正時代に渡来。【樹に咲く花】 |
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葉、枝、芽をつぶすと脂様の快香あり。このために家畜は葉を食せず、故に放牧場の適樹である。【樹木大図説】 |
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ガムレジンは、食品やタバコのフレーバー、そして香水産業で香料として使用される。スィートガムには、消毒作用や肺の働きを刺激する作用がある。風邪や胸部の感染症に有効。【くすりになる木:ピーターコンウェイ、2007.4、BAB出版局ほか】 |
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レバントストラックス Liquidambar orientalis |
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古く沈香に配合して種々の香を作った。香料の調合、塗擦剤などに用いる。【広辞苑】 |
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レバントスチラックスは、かつては気管支カタルなどの治療薬として内服されていたが、今日では薬とされることはなく、もっぱら香料として使用されている。【香りの総合事典】 |
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幹に打撲傷を与え、離性樹脂道形成後、皮部を採取し、熱湯抽出して得たバルサムは流動蘇合香 Styrax Liquidus と称し、5局にまで収載された。ケイヒ酸20〜30%、ケイヒ酸エステル25%、樹脂(styresinol)、製油1%(スチレン、ワニリン、エチルワニリン)などを含む。蘇合香はかつて寄生性皮膚疾患に外用したが今は香料としてのみ用いる。
【廣川薬用植物大辞典】 |
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スチラックスは東洋風な香気と優れた保留性を持つので、マグノリア、チュベローズなどの調合に使用される。【香りの総合事典】 |
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安息香の木 Styrax benzoin |
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幹の樹皮に切れ込みを入れると、ガムベンゾインで知られるレジンが滲み出てくる。インドではポピュラーなインセンスで、フライヤーズバルサム(咳や風邪の伝統的な吸入剤)の原料として広く知られている。ベンゾインの樹脂には殺菌消毒作用があり、咳や胸部感染症の治療に使用することができる。アーユルベーダ医学では、子どのもの夜尿症に与えられる。ベンゾインのチンキは、油脂の保存料としてや防腐剤として薬用クリームに加えられる。南アメリカの多雨林の多くの部族は,近縁種の
Styrax tessmannii の葉を水虫治療に使用する。【くすりになる木:ピーターコンウェイ】
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Styrax paralleloneurum |
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安息香の市場品は、Styrax paralleloneurum 由来のきなりと各種のダマール、コパールなどの安い樹脂と混合されたブレンドベンゾインで、アンソクコウノキ由来のきなりの樹脂はほとんど見られない。最良品は、スマトラ産のStyrax paralleloneurum の樹幹に傷つけて、最初に浸出する乳白色の樹脂である。これを採取したのち、さらに放置しておくと、黄から褐色透明な樹脂が得られる。安息香は刺激性去痰薬で、呼吸粘膜を直接刺激し、口中の痰、唾液などを排出させる。また腹痛やリウマチなどの鎮痛剤として用いられ、慢性潰瘍に外用する。防腐剤、香料、薫香料などとしても用いられる。【平凡社
世界有用植物事典】
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