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樹の散歩道
   覚えにくい樹木の比喩表現
    森の母、森の女王、森の王・・・
 


 植生遷移の安定した状態である極盛相(極相)の構成要素でもあるブナミズナラ(オーク)に対して、最大限の敬意を表した表現として「森の母」「森の王」「森の女王」などの表現がしばしば使われていたような気がする。さらに、「森」のほかに「大地」の語も見たような気がする。しかし、これらの比喩表現がそれぞれどの樹種を指したものであったのか、生体記憶装置の劣化とともに思い出そうとしてもまったく無駄であることに気づいた。仕方がないので、文字に整理して備忘録とすることにした。【2012.6】 


 そもそも、こうした比喩的なとらえ方は、どうみても日本的ではなく、明らかに外来の思想、伝承的な雰囲気を感じる。

 わが日本国にあっては、ブナもミズナラも決して特別の存在ではなく、家具の文化もなかったため、その材も古くは決して有用なものではなかったのであるが、欧米から利用方法を学んだことによって需要がが高まるとともに資源の収奪が進行し、さらにこれらを取り巻く自然環境の質的低下を来たす中で相対的に地位が向上した経過がある。

 元々ブナは木材としてはいかにも利用し難く、漢字の「橅又は摘」の説明として、木ではないとの意と講釈されることもあることが、これを物語っている。しかし今や日本の大切な白神山地の主役である。
 ミズナラも先進ヨーロッパ諸国が価値を認識していて、彼らの贅沢な棺桶用材等にせっせと輸出した歴史が知られているが、同様に先細りしてさらに価値が高まり、ついには特定地域の伐採を阻止すべくミズナラにしがみつく者まで登場する事態となった歴史がある。

 こうした経過はあるものの、日本的にはこれらはごく普通の自然を織りなす構成要素であり、特に巨木が存在すれば、それは王とか女王とか母ではなく、「神様」が宿るものとして敬うというのが普通の感性であった。

 以下は、主として安易な検索等による結果、概ね確認できた語である。雰囲気としては、ケルトの神話、伝承が基盤となっている模様で、日本文化の延長線上にないため、自ずと身に付かないのであろう。結果として、英語サイトでの説明は詳しく(注:どこまで裏付けのある記述なのかはわからない)、日本語での記述は簡単なコピペの連鎖が多く、時に怪しい記述も見られた。 
 
樹  種  比喩の事例
Beech tree (ヨーロッパブナ) the mothers of the forest (森の母)
Queen of the Forest (森の女王)
the Queen of the Woods (森の女王)
Birch tree  (ヨーロッパのカバノキ)  Lady of the Woods (森の貴婦人)
the White Lady of the Woods
(森の白い貴婦人) 
Oak tree    (ヨーロッパのオーク)  the King of the Forest (森の王) 
the King of All Trees(樹々の王)
 
注1:  森の貴婦人とされるカバノキ類は、日本のシラカンバに近い木肌が白く比較的平滑な樹種を指している。  
注2:  イギリスではヨーロッパブナもしばしば lady of the woods(森の貴婦人)と呼ぶ。【BBCほか】  
注3:   樹木大図説で、ヨーロッパブナを 「森の聖母 Madonna of the Wood」あるいは「森の医者 Doctor of Forests 」と呼ぶとするとして紹介していたが、英語サイトではこれを確認できなかったから、一般性がないのかもしれない。 
注4:   国内のHPで、ブナに関して、「大地の母」、「緑のダム」あるいは「生命の泉」といわれていますとして紹介している事例が見られたが、一般な表現ではないと思われ、由来はよくわからない。  
メモ:  バオバブを現地のマダガスカル語でレナラ Renala( Reniala)と呼ぶ。レニは母を、アラは森を意味し、レナラ「森の母」を意味するという。
 
 国内産の樹種に置き換えれば・・・ 
Beech 代替品の国産ブナ
(大分県竹田市久住町) 
Birch 代替品の国産シラカンバ
(北海道育種場植栽樹) 
Oak 代替品の国産ミズナラ
(札幌市近郊) 
 
 とりあえずは、国内自生種に置き換えれば、女王と王はそれぞれブナミズナラの外観のイメージを念頭に置くことで記憶出来そうである。貴婦人のバーチに関してはシラカンバを思い描けば良さそうである。 
 
<参考1:表現例> 

Beech tree

 Beech is traditionally known as, ‘Queen of the Forest’, because this tree is seen as the female counterpart to the oak, the ‘King of the Forest’. 【socyberty.com】

 Often called lady of the woods, this is possibly our most beautiful native tree with smooth grey bark and copper and russet autumn foliage.【bbc.co.uk】

 Celtic mythology Beech is the Queen of the forest and her king is of course the mighty Oak.
 【hadowsgardendesigns.co.uk】

 The beech tree puts down very deep roots and is thought to be unbeatable when it comes to improving the soil. Thus since early times it has been known as the Mother of the forest.【lenzing.com】

Birch tree

 
The birch is often known as the ‘Lady of the Woods’, and signifies new beginnings, predominantly because it is the first tree to grow back after a forest has been burned.【socyberty.com】

 
Coleridge the English poet of 1772 - 1834 called the Silver Birch the "Lady of the Woods" because of the way she gentle sways with the wind as it blows through it's branches.【grannulsgrove.com】

 
Called the White Lady of the Woods, the birch tree is linked to the Mother Goddess in Celtic folklore.
 【hubpages.com】 

Oak tree

 The Oak tree is known as the King of the Forest, the Oak Tree also represents the Summer King in many Pagan, Wicca and Druid rituals. 【mysticfamiliar.com】

 The oak is sacred to the druids and is known as the King of All Trees.【hubpages.com】

 the king of the forest森の王、カシの木(oak tree)【ランダムハウス英和大辞典】
 (注)オークはミズナラに近いが、これをカシ(樫)と訳すと、国内の常緑カシをイメージするため、このままオークとした方が良い。
 
<参考2:神聖で神秘的なケルトの樹と森(抄訳)>

 Sacred and Mystical Celtic Trees and Woods【hubpages.com】

 ケルトの伝承には森や動物、樹々、生き物との多くの関係がある。その伝説に登場するのは妖精、レプラコーン(妖精の類)、人魚、魔女、ノーム(地の精)その他多くの変わった面々たちである。森の樹々はケルト神話では霊的な力があると信じられ、神聖なものと見なされている。神聖なケルトの樹々は、その格別の美しさや大きさ、あるいはその際立つ特性から、他の樹とは明確に区別されている。

 ケルトの伝承において、シーダー、トネリコ、リンゴ、エニシダ、ニワトコ、ブラックソーン、ハンノキ、ニレ、モミ、オークブナ、ハシバミ、カバノキ、ナナカマドのほか多くのケルトの樹々は特別の位置付けがある。こうした神秘的なケルトの樹々は魔法や能力、知恵、魔除けを象徴している。

Beech tree
ブナ:ブナ(ヨーロッパブナ)はケルトの伝承では知恵と復活の生き物である蛇と関連している。ブナは未知なるものを意味するとともに、古いものの終焉と新しいものの開始を象徴している。ブナはナナカマドのように保護的な力を持ち、害悪に対する保護のための魔法の目的に使用される。また、森の王たるオークを引き立てる森の女王(the Queen of the Woods)としても知られている。

Birch tree
カバノキ:カバノキは白い貴婦人(the White Lady of the Woods)と呼ばれ、ケルトの伝承では母なる神に関連している。この樹は機会、浄化、新たな開始、再生を象徴する。カバノキのほうき(管理者注:ヨーロッパシラカンバ Betula pendula を使用した枝ぼうきを指す。)は春に家の掃除をするのに使用される。カバノキの鞭は悪人の邪悪な精神を退けるのに使用される。また、カバノキの樹皮は愛を引き寄せる媚薬としても使用されるが、ルールに反することからほとんど使用されない。カバノキは肥沃と妖精による誘拐からの保護の象徴と信じられている。

Oak tree
オーク:伝承中、最も好まれているケルトの樹のひとつである。オークはドルイドにとっては神聖であり、あらゆる木の王(the King of All Trees)として知られている。この樹は知恵、忍耐、強さ、勇敢さを象徴する。落雷に耐えたオークは神聖なものと考えられている。オークの堅果は忍耐と小さな始まりから多くを成し遂げる能力を象徴する。オークはまたロビンフッドのような有名な物語で、英雄を助けあるいは救うことに関連している。(管理者注:ロビンフッドはイングリッシュオーク Quercus robur の樹に隠れたという。)葉を燃やせば空気を浄化するという。オークは強さ、安定、成功、保護を求める魔法に利用される。

(以下略)  
 
<参考3:本家の女王、貴婦人、王の姿> 
 
森の女王
Beech tree
 ヨーロッパブナ 
Fagus sylvatica (ヨーロッパ、コーカサス原産)
                     セイヨウブナとも
                      英語名 Common beech , European beech  
 
    ヨーロッパブナ
   (北海道育種場)
  ムラサキセイヨウブナ
 (ヨーロッパブナの変種)
 (北大植物園)
      ヨーロッパブナの葉裏
   葉柄、脈腋の毛が目立つ。
 ヨーロッパブナは伐採されて椅子にされなければ、多分300年以上成長し、樹高は40メートルに達する。ブナは数百年にわたって特に家具の製造に利用されてきた。ブナ材は曲木が可能であることから椅子用としては理想的であり、また、木理は緻密でほとんど節がない。【Kew Royal Botanic Garden】 
 ヨーロッパブナはうわさによると国産のブナに比べてなぜか通直で素性がよいといわれる。
 
森の貴婦人
Birch tree
  ① ヨーロッパシラカンバ
 

  Betula pendula (ヨーロッパ、西・北アジア原産)
  シダレカンバペンデュラカンバ
  オウシュウシラカンバとも 
  英語名 
  Silver birch シルバーバーチ
  Europian birch ヨーロピアンバー
  Europian white birch ヨーロピアンホワイトバーチ
  Common birch コモンバーチ
  White birch ホワイトバーチ
  
中国名 垂枝桦(垂枝樺) *中国にも分布
  ヨーロッパシラカンバ
  (北海道育種場) 
  ヨーロッパシラカンバ
 の葉
 
   
 ヨーロッパシラカンバの樹液は糖分の採取源として有用で、ビールやワインに醸造できる。シルバーバーチ・ワインはスコットランドでは現在でも商業的に製造されている。【british-trees.com】 
 種小名の pendula は「垂れる」の意で、枝が下垂することによる。
森の貴婦人
Birch tree
  ② ケカンバ
 

  Betula pubescens (ヨーロッパ、北アジア原産)
  プベスケンスカンバ、プベッセンスカンバ
  プベスケンス・バーチ、ウラゲシラカンバ
  アラゲシラカンバとも
  英語名 
  Downy birch ダウニバーチ(ダウニーバーチ)
  White birch ホワイトバーチ
  Moor birch ムーアバーチ
  Hairy birch ヘアリーバーチ
  Hairy white birch ヘアリーホワイトバーチ
      ケカンバ 
    (北海道育種場)
    ケカンバの葉 
   
 ケカンバはスコットランドやイングランド北西部では優先するカバノキ類である。【british-trees.com】 
 種小名の pubescens 、英語名中の downy はいずれも「(細)毛のある」の意で、茎に毛が多いことによる。
 
森の王
Oak tree
 ヨーロッパナラ Quercus robur (小アジア、北アフリカ、コーカサス、ヨーロッパ原産)
                   英語名English oak イングリッシュオーク 、pedunculate oak ペダンキュレイト・オーク、
                   French oak フレンチオーク 
 
    ヨーロッパナラ
   (札幌市円山公園)
      ヨーロッパナラの葉(裏表)   ヨーロッパナラのどんぐり(堅果)
 
・   ヨーロッパナラの葉は、北米産のホワイトオーク Quercus alba にやや似るも、堅果がやや長細く、果柄が長い(上記写真のとおり)点が異なる。 
・   イングリッシュ・オークは強度、大きさ、寿命のいずれの点でも森の比類なき王様である。結実が不規則であるにもかかわらず、オークは30メートル以上に育ち、千年以上生きることができる。【Kew Royal Botanic Garden】 
・   バイキングの帆船からネルソン提督の旗艦まで、オークは造船用に使われた。【新樹社「樹木」】 
 
<余談1>  
 
 〇〇の母

 日本国にあっては、「森の王」、「森の母」などの表現はそもそも違和感がある。また、「森の母」といっても一向にピンと来ないのは、決して日本の文化を背景とした表現ではない上に、既に長きにわたって別の著名な固有名詞が生き続けてきたからである。何と言っても「岸壁の母」「命の母」の知名度には太刀打ちできない。

 さらに、地域の市民生活と密接に係わる多くの母がいる。具体的には、新宿の母、有楽町の母、銀座の母、原宿の母、大泉の母、大阪ミナミの母、奥州仙台の母、西新宿の母、天神の母、新橋の母・・・等々の名を確認でき、それぞれの地で悩み多き人々の相談に応じている模様である。 
 
<余談2> 
 
 森は海の恋人 か 海は森の恋人か

 これは油断をすると間違える恐れがあり、正解はもちろん「森は海の恋人」である。豊かな森にはぐくまれた川の水には森に由来する栄養分があって、これが海の魚の餌となるプランクトンに供給されていることを表現したものである。しかし、「海は森の恋人」を検索しても、ちゃんとヒットする。海は地球的視点では水の供給源であるが、森が海から直接的な恩恵に浴することはない。例えば津波は森の恋人にはならない。