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樹の散歩道
 
  百草、百草丸は健在也!!
   キハダ由来の伝統的国民薬
         


 長野県に縁があって、日本の伝統的なキハダに由来する黒い胃腸薬は身近な存在であった。板状の古典的なタイプと、丸剤としたタイプがあって、いずれも植物系の生薬百パーセントの薬である。日本各地にこの兄弟分が存在することを聞いていたが、現在でもこれらが生存しているのを確認した。【2009.8】 


 キハダの樹皮の表情にはこうした個体差が見られる。
   キハダ樹皮1(北海道)    キハダ樹皮2(北海道)    キハダ樹皮3(都内)
 
      キハダの葉 1
  葉は奇数羽状複葉。
                キハダの葉 2
 
         キハダの小葉(葉表)
 小葉のふちには浅い鈍鋸歯があるとして説明されるが、この個体ではほとんど鋸歯を感じさせない。
          キハダの小葉(葉裏)
 
       キハダの小葉の基部(裏) 1
 白い毛が密生している。
      キハダの小葉の基部(裏) 2
 左とは別の個体で、毛が疎なタイプである。
 
 (キハダの雌花、雄花、果実)
 
          キハダの雌花
 キハダは雌雄異株である。花弁はぱっくり開くつもりはないようである。
          キハダの雄花 1
 花弁を大きく開かないのは雄花でも同様である。
 
        キハダの雄花 2 
 花弁を無理に開かせてもらったもの。花は普通は花弁が5枚とされる。雄しべの基部には毛が見られる。
        キハダの雄花 3
 この個体では6枚の花弁の花が普通に同居していた。雄しべも6本見られる。 
 
 
   キハダの葉痕
個性的な顔≠ニなっている。
    キハダの果実 1
 キハダの青い果実にはミカン科らしく柑橘系の強い香りがある。 
    キハダの果実 2
 やがて黒くなるとともにシワが生じて、この段階では全く美しくない。 
 
(キハダの樹皮)
 
 キハダ黄肌黄膚黄檗Phellodendron amurenseミカン科キハダ属の落葉高木で、外観はコルク質の発達した樹皮に特徴がある。凸凹の外皮の内側には鮮やかな黄色の内皮があって、これを乾燥したものを生薬「黄柏おうばく)」と呼び、古くから胃腸薬の原料としてきた歴史がある。地方名として「きわだ」の名があるほか、北海道では「しころ」と呼ぶ。
  外側から見たキハダの樹皮(外皮と内皮)  内側から見たキハダの樹皮(内皮と外皮)
 樹液の流動が盛んな夏の土用前後であれば樹皮の剥皮は容易で、しかも外皮と内皮も簡単に分離できる。
 
 日本薬局方
収載の生薬名「オウバク」(日本名別名「黄柏」、英名“Phellodendron Bark”)は、キハダまたはその他同属植物の周皮(注:上記の外皮)を除いた樹皮としている。
 
 オウバクにはベルベリン等を含み、オウバクエキスオウバク末等の種々の薬品の原料となる。生薬としてのオウバクの調達について、かつては北海道が全量の8割を供給していた時代があったとの記述も見られるが、現在では他の生薬と同様にほとんどを中国からの輸入に依存しているという。

 わが家のくすり箱にも随分前に買った長野産の「百草」と「百草丸」の名のオウバクエキスを主剤とする胃腸薬が納まっている。胃腸薬はそのときの気分で使い分けていて、瓶入り丸剤である百草丸にも登場願うときがある。一方、板状の古典的仕様の百草は、オウバクエキスのみの単剤で、必要量を割って舌の上で溶かせばその苦味は強烈で、ブヨブヨのからだがはたちどころに収斂して、身が引き締まるのではないかとの錯覚を持てるほどである。

製品の部分。いい艶で苦さは丸剤にはるかに勝る。
 現在でもこのタイプは販売されているが、一般の薬局、ドラッグストアでは手に入らない。置いていても、丸剤に比べて扱いにくいから、こだわる者以外には売れないであろう。
 文化財的価値を感じて丁重に保存している次第である。
 なお、現在の製品は、割りやすいように、板チョコ状に成形されている。


 実は、この百草の兄弟分が現在でも日本各地で健在である。その名も「陀羅尼助だらにすけ)」、「煉熊ねりぐま)」などと、とうれしくなるような名称である。面白そうなので、これらの生薬成分を比較してみる。まずは製品の事例を紹介する。
 この製品の丸剤の表面が漆黒で照りがあるのは、炭とコーティング剤を使用していることによる。中味は暗褐色である。茶色の瓶入りである。

 この製品の丸剤は炭やコーティング剤を使用していないことから、色は褐色で照りはない。白のプラ容器入りである。
 この製品の丸剤の表面は炭で黒色に仕上げている。写真は携帯用としていて、30粒単位でビニールパックの分包となっていて、紙箱入りである。
 「陀羅尼助丸」の名称は、奈良の吉野勝三商店の吉野氏の登録商標となっているためか、こちらは「陀羅尼丸」である。
 この製品の丸剤の色も褐色である。20粒単位の分包になっていて、紙箱入りである。製品チラシには「全国一の質を誇る中国山地の天然キハダから黄檗エキスを抽出しています。」とある。
 「煉熊(ねりぐま)」はしばしば誤って「練熊」と紹介されている場合がある。
 なお、板状の陀羅尼助を製するに当たっては、色沢をよくするために、かつてはミズキ科アオキ属のアオキの葉をキハダの煎汁に混ぜて用いたいわれるが、現在はアオキは使用していない
製品組成一覧表
区  分 オウバクエキス ゲンノショウコ ビャクジュツ センブリ コウボク ガジュツ リュウタン ゲンチアナ 延命草 ケイヒ ニガキ
御岳百草(長野県製薬)  *板状                     
御岳百草丸(長野県製薬)            
御嶽山百草(日野製薬)  *板状                    
御嶽山日野百草丸(日野製薬)            
大峰山陀羅尼助(大峰山陀羅尼助製薬)
発売:銭谷小角堂ほか    *板状
                   
大峰山陀羅尼助丸(大峰山陀羅尼助製薬)
発売:銭谷小角堂ほか
               
フジイ陀羅尼助丸(藤井利三郎薬房)         ○     
石鎚山陀羅尼丸(松田薬品工業)
発売:石川健康堂
               
大山煉熊丸
(宝仏山 煉熊製薬)
             
製造・販売者一覧
製品名 会社名等 備 考
御岳百草
御岳百草丸
長野県製薬株式会社 百草の郷本舗
長野県木曽郡王滝村此の島 100-1
http://www.hyakuso.co.jp/
 ドラッグストアではかなりの確率で置いている。かつては小規模製造所が多数存在したが、政府による統制の流れの中で集約化されてきた歴史がある。
御嶽山百草
御嶽山日野百草丸
日野製薬株式会社
(本社)長野県木曽郡木祖村薮原 1598
http://www.hino-seiyaku.com/
 かつて、御岳山の登山客を相手に、猛烈な販売努力をしている話を耳にした。
大峰山陀羅尼助丸 (製造販売元)
大峰山陀羅尼助製薬有限会社
奈良県吉野郡 天川村大字洞川
(発売元の例)
吉野勝造商店 奈良県吉野郡天川村洞川 51
銭谷小角堂 奈良県吉野郡天川村洞川 254-1
辻彦平本舗 奈良県吉野郡天川村洞川 168
 従前は多くの製造者があったが、昭和55年の医薬品製造工場に関する厚生省の規制に対応するため、共同して工場を設立したという。このため、発売元が多数存在する。
フジイ陀羅尼助丸 株式会社藤井利三郎薬房(陀羅尼助)
奈良県吉野郡吉野町吉野山 2413
http://www.darasuke.co.jp/omise.htm
 三本足の蛙のマーク(三足蛙印)が登録商標となっている。
石鎚山陀羅尼丸 (製造販売元)
松田薬品工業株式会社 
愛媛県松山市河野中須賀 318
(発売元)
有限会社石川健康堂
愛媛県西条市東町 336
 従来からの製造所が高齢で、閉鎖したため、丸剤のみを製薬会社に生産委託している。薬事法改正で個人に対する販売環境が激変したため、残念ながら在庫限りの販売とする考えであるとのこと。(2009.7)
大山煉熊丸 宝仏山煉熊製薬有限会社
鳥取県日野郡日野町舟場
 複数あった製造所が消滅寸前の状態に至ったため、伝統薬を守るために設立された会社で、平成8年に医薬品製造承認を得て製造を開始したという。
 それぞれの歴史があって、なかなか楽しい天然素材系医薬品である。申し合わせたように、いずれも修験道の場としての御岳山大峰山吉野山石鎚山大山という御山(おやま)を控えた環境で成立していることも興味深い。しかし、平成21年6月から、これらは第二類医薬品として区分され、従来可能であった通信販売が不可能(薬局のない離島居住者と継続使用者には2年間の経過措置あり。)となってしまった。販売力では劣勢にある零細メーカーの製品にとっては打撃となることが心配である。
<参考メモ>
 キハダの中国名
 キハダは本草学の本家である中国にも分布している。中国名は次のとおり。
【中国樹木誌】芸香科黄檗属
 黄檗(東北)
 檗木(神農本草経)、黄檗木(本草綱目)、黄波羅(東北)
【その他】
 黄柏
キハダの利用(日本)
【木の大百科】
 家具材、建築内装材にも用いられるが上級ではない。
 色と木理がややクワに似ているので鏡台、針箱、茶箪笥などにクワの模擬材として使われる。

 その他各種器具材(盆などの旋削もの、杓子など)、経木、寄木、薪材としての用途があり、又、北海道では合板の心材としても用いられる。
 水湿に強いので枕木としての用途があり、建築では土台、流し場の板などに使われることがある。
(注)  優良な広葉樹資源が減少している中で、キハダは明らかに従前よりも地位が向上しており、枕木などのもったいない使い方は影を潜めたと思われる。
【銘木史】
 古くから堂宇建築の彫刻物、看板の彫刻などにケヤキの代用で用いられた。また、大阪方面では、クリ、クワの代用に茶箪笥、鏡台の前板に使われるほか、静岡や四国地方の漆器や家具材として用いられた。
 床柱では、明治期から酸化剤を用いてクワに似せた床柱をつくるなど、クワの代用に使われていた。
 キハダを素材とした江戸指物手あぶりである。全体に杢が出ている。右側に立てかけてあるのは蓋である。季節はずれには蓋をして箱善にもなりそうだ。内側はもちろん銅製の落としである。こうした手あぶりを身近に置いて、スルメを焼いてみたいものである。¥99,750
 キハダは江戸指物では最も多く使われる材料とされる。

江戸指物木村 木村利男
 東京都荒川区町屋8−9−5
【朝日百科植物の世界】
 キハダの樹皮は生薬名を黄柏おうばく)といい、ベルベリンと呼ばれる苦味アルカロイドが入っており、体の部分的な熱を取り去る清熱薬として有名な「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」や「温清飲(うんせいいん)」などの漢方薬に配合される。
 ベルベリンには強い殺菌作用があり、細菌性の下痢などに効果がある。
 民間薬としても、胃腸薬のほか、肝臓病に内服したり、また粉末を酢で練って骨折や捻挫の湿布薬とされる。
【薬用植物辞典:村越三千男、福村書店】
 変質強壮及び健胃整腸剤として賞用せられ、殊に苦味健胃・殺菌整腸薬として優秀なもので、強力な腸内殺菌の効がある。1日10グラム位を煎服又は粉末として内服する。其の他貧血・萎黄病・瘰癧・子宮出血・又一般鎮痛剤に用ひて効がある。又煎汁は結膜炎等の眼の充血に妙効があるとて洗眼に用ひられる。
 外用としては外皮(注:「内皮」の誤りか)の粉末を酢と練り合せたものを打撲傷・骨折の患部に塗布すれば卓効のあることは昔から有名であり、又火傷・股擦れ・湿疹等には内皮の粉末をそのまま患部に撒布すれば之れを治し、其の他口中病・癲癇症・胃痙攣・歯痛・腫物・狼瘡・逆上眼・血眼・解毒・乳腫・腹痛等に有効である。
(注)  薬事法の関係で、オウバク由来の現在の医薬品では外用の効用は謳っていない。
【平凡社世界大百科】
 種子は苦みがあり、薬用、殺虫剤とする。
【草木染 染色植物図鑑:山崎清樹、美術出版社】
 有史以前からキハダの樹皮が染色に用いられ、深緑を除く他の緑色系の色はすべて藍と黄檗で染めていた。
【平凡社世界大百科】
 古代から樹皮の内皮を染色に用い、またこの粉末は健胃薬としても使われる。薬理作用は主成分の植物塩基ベルベリン berberine であり、染料の黄色色素の成分もこれと同じである。キハダは水溶性多糖類を含み染料助剤となり、タンパク質繊維にも植物繊維にもよく染着する。染色はきわめてたやすく、媒染剤は不要である。「延喜式」は藍との交染による深緑、中緑、浅緑、青緑などの色を染め出す処方を伝えている。また防虫作用があり写経用紙を染めた。正倉院にその記録と遺品がある。
キハダの利用(中国)
【中国樹木誌】
 辺材淡黄色,心材淡黄褐色,堅実耐用,材質優良;供建築、車、船、槍托(注:銃床)、高級家具、室内装飾、膠合板等用。樹皮内層供薬用,可清熱解毒治痢疾(注:しぶり腹のある感染性の下痢)、眼疾等症。外皮木栓層為軟木原料。果可作駆虫剤。種子含油率7.76%,可制肥p(石けん)及潤滑油。又可作蜜源樹。