樹の散歩道
ケンポナシの特異な個性
ケンポナシとは、何ともユーモラスでとぼけた響きのある呼称である。ところが漢字表記では「玄圃梨」となり、重々しい由来がありそうな印象へとガラリと変わる。 この樹は奇妙なかたちの可食果柄を付け、材は指物用材として古くから利用されてきた。さらには意外や悪酔い、二日酔いにも利用の途があるという、実にユニークな存在である。ふだん接する機会の少ないこの樹を以下に紹介する。【2009.11】 |
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1 | 名前について | ||||||||||||||||||
漢字表記の「玄圃梨」については、格調高い印象があるが、いつから使用されているのか確認できない。たぶんこれは日本における充て字と思われる。「玄圃」には「中国の崑崙山上にある仙人の居所」の意味があるともいわれるが、単に似た音の漢字を充てただけで、想像の翼を羽ばたかせても仕方がなさそうである。中国の本草綱目にも登場しない。 名前の音の由来については、牧野富太郎は、「多分手棒梨のなまったもので、形がらい病人の手に似ているからであろう。支那にも癩漢指頭(らいかんしとう)の名があるが、また地方によりテンボナシの名もある。玄圃梨というのは間違いであろう。(牧野新日本植物図鑑)」としている。その他にも諸説が見られる。 |
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漢字表記としては、これも充て字の俗称として「介牟保乃奈之(けんぽのなし)」(和漢三才図会)の表記が見られるほか、工芸の指物の世界で「献保梨(けんぽなし)」とした表記例もある。 ケンポナシは中国にも分布していて、日本の本草学の本では中国名の「枳椇」の漢字(本草綱目)に「ケンポノナシ」の仮名を振っている。(和漢三才図会、大和本草) 一方、中国樹木誌(中国林業出版社)では、ケンポナシを「北枳椇」としている。具体的には同属の3種を掲げて次のような中国名を掲げている。 鼠李科枳椇属(クロウメモドキ科ケンポナシ属) |
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(注)ケケンポナシ Hovenia tomentella は日本の本州西部と四国に分布しているという。 | |||||||||||||||||||
2 | 材の利用 |
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材の利用に関する各種資料での事例は以下のとおりである。 | |||||||||||||||||||
【木材の工藝的利用】 洋家具、家具指物(火鉢、文房具、机案等)、洋風建築及指物彫刻、木象嵌、三味線胴 【効用編】 材は旋作用、指物用に供し又盆類、火鉢、文房具、櫛等を作るに用ひらる 【木の大百科】 ときに玉杢などの杢が現れるものがあり、それが縮み様の光沢をあらわして美しく雅致がある。特にクワの模擬材とされることが多い。 建築では床板(とこいた)、落掛などの床まわりの材に杢の材が賞用される。家具材ではテーブル、椅子、台、鏡台、書棚などに用いられ、特に杢板はテーブルの鏡板に賞用される。器具材では箱、盆、火鉢、文房具、櫛、器物などがあり、楽器では三味線の胴に用いられ、また下駄・足駄の台と歯などにも使われた。 |
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3 | 可食部等の効用・特性、そして利用 | ||||||||||||||||||
果柄の果肉について、新訂原色牧野和漢薬草大図鑑(H14北隆館)では、概略次のように説明している。「果実にはショ糖、ブドウ糖、シュウ酸カリ、リンゴ酸カルシウムなどを含む。根皮にはポリペプチドアルカロイドであるフラングラリン、ホベニンを含む。利尿、解毒薬として二日酔い、嘔吐、口渇、大小便不利に用いる。(中国では果実以外の部位も加えて広範な利用が知られている。)」 この中で、二日酔いに対する効用を掲げてるのは実に興味深い。実際に、そのことを謳った医薬品等があるのであろうか?・・・・ さらに興味深いのは、この効用と共通する特性として、この果肉、材が酒を打ち消す、あるいは酒を水に変えるとする古い記述が見られることである。元祖となる情報は中国の本草学の模様で、日本の本草学でもこれを継承しているようである。特に「酒を水に変える」とする話は実に面白い。飲んべえが聞いたらとんでもない話だと腹を立てるに違いない。こうした話の一方で、花柄は果実酒にもされる【朝日百科植物の世界】とする話もあって、果実酒のはずがアルコール分が打ち消されて水になってしまうのではと心配になる。 |
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【本草綱目】枳椇 新註校定 国訳本草綱目第八冊 春陽堂蔵版(S50.7.15) ・音は止矩(シク)である。) 《集解・抄》 ・陸機の疏義に「・・・能く酒の味を敗るもので、もしこの木を柱とすればその屋内の酒はみな薄くなる」とある。 ・〔言偏+先〕日く、昔、ある南方の人が住宅を修繕するのにこの木を用ゐ、誤って一片を取落して酒甕の中へ入れたところ、その酒が化して水となったさうだ。 《主治》実(註:花柄部) ・頭風、小腹拘急。渇を止め、煩を除き、膈上の熱を去り、五蔵を潤ほし、大、小便を利する功用は蜂蜜と同じ。枝、葉の煎膏もまた同じ。嘔逆を止め、酒毒を解し、蟲毒を避ける。 《発明・抄》 ・時珍曰く、枳椇はただ木が能く酒を敗ることを言ったに止るが、丹渓朱氏は酒病を治するに往往その実を用ゐた。その功はやはり同じかるべき筈である。 【和漢三才図会】枳椇(けんぽのなし) (本草綱目の記述を紹介) 【大和本草】枳椇(ケンポノナシ):中村学園所蔵・抄 実(み)は鳥の足の如くまがれり葉榎の葉の如し大木にみのる小樹にはみのらず実は味甘し食するに堪たり酒をよく消す酒をかもすに此木酒中に入れば酒化して水となる此木を柱とすれば屋中の酒薄くなると本草に見えたり丹渓酒病の久く治し難く煎薬の中に其の実を加え之を服れば愈ゆ 【原色日本薬用植物図鑑:保育社】 民間薬でこの果柄および果実を煎じてのむと酒毒を解し、悪酔、二日酔によく嘔吐を止める作用があるといわれている。また古くから酒づくりには禁忌とされ、この木で柱を作ると家中の酒がうすくなり、種子等を酒の中に入れると酒が水になるといわれる。 そこで、ケンポナシの二日酔いによいとする伝説に則った商品が存在するのかであるが、やはり存在した!! ①利尿、二日酔い予防、肝機能向上を謳って、ケンポナシの皮を販売している漢方薬局の例、②二日酔いによいといわれているとしてケンポナシの蜂蜜を販売している例、そして予想どおり、③二日酔いに対する効果を謳ったケンポナシの抽出成分入りの韓国産ドリンク剤が存在したのである。いずれもマイナーな存在ではあるが、伝説は生きていたのである。 二日酔いに対する効果や、酒を打ち消す効果について、科学的に実証されて、そのメカニズムが明らかにされているのかは確認できないが、実はアルコールに関連して、これまた驚くべきことに、身近な食品で応用事例があるのを知った。何とチューインガムである。 |
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実に、ウン百年(知見の記録はさらに古いか?)の時を隔てて、ケンポナシに関する中国の智恵が再び確認されて、日常の食品に応用されているのである。中国本草学の歴史と実力に感服するのみである。 |
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