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樹の散歩道
   カイノキの様々な名前と材


 日本人にとって、孔子は永遠の尊敬すべき聖人で、論語を真面目に読んだことがなくても、「子曰く・・・」のくだりは嫌々であろうが、多くの人はたどたどしく文字を追ったことがあるはずである。そして、中国各地にあるとされる孔子廟が日本にも存在するのである。さらに、学問の象徴としての孔子廟とのつながりで、「カイノキ」が日本各地に好んで植えられている。カイノキは「学問の聖木」として、日本でも確実に定着している。
 このカイノキであるが、実はほかにもいろいろな呼称を目にする。本家中国、台湾での呼称も気になるため、わかる範囲で整理してみた。 【2011.4】


閑谷学校のカイノキ 1
(向かって左側に植栽された木)
 
閑谷学校のカイノキ 2
(向かって右側に植栽された木)
   
   バッサリと剪定される一般的な植栽樹とは異なり、ゆとりある空間でのびのびと枝を広げた自然樹型のカイノキは美しい。閑谷学校(しずたにがっこう。旧藩校。)のカイノキは有名であるが、緑の葉を付けた状態のものが紹介されることはほとんどない。なぜなら、この樹が注目されるのは次の状態になった時だけで、それ以外の間は見向きもされないという宿命にあるからである。
   
   
                           カイノキの紅葉       特別史跡 旧閑谷学校 岡山県備前市閑谷784
   
   上の写真のとおり、この2本のカイノキは、毎年左の木は紅葉し,右の木は黄葉する。いずれも雌木とされる。このタイミングで人がどっと繰り出すため、人が入らない状態での撮影は困難となる。 【紅葉写真撮影・提供: 澤村高至 氏】

 岡山県内ではやたらとカイノキが目立つが、聞くところによると、かつて、県の施設である三徳園(岡山市東区竹原)がカイノキを増殖し、県の職員が自ら県内の学校に広く配ったという経過があるそうである。願いが届いて岡山の子供達は皆勉学に勤しみ、いい子に育っているのであろう。

 ところで、孔子が生きたのは紀元前551年から-前479年というから、当時の日本は文字もなき弥生時代である。世界の文明の発祥し、発展した地域からは遠い辺境の地にあった日本は、長きにわたり自然と共に穏やかな採集生活が続き、その後も大陸からの文化、稲作を含む広範な技術の導入に多くを依存してきた歴史があり、これを考えれば、孔子崇拝も自然の流れであろう。

 さて、カイノキのはなしであるが、日本への渡来は決して古いものではない。その辺の事情については、かつては国立の林業試験場のあった目黒区の「林試の森公園」の植栽木(表示は「カイノキ」(ランシンボク)」としている。)や文京区の湯島聖堂の植栽木(表示は「楷 かい」、「楷樹」としている。)の説明看板にも記述されていて、比較的広く知られている。もちろん、「樹木大図説」はこうした話にはめっぽう強く、関係者の手記まで紹介している。

(注)三徳園:第一生命保険の創業者として知られる矢野恒太が、岡山県の農業者育成施設として「三徳熟」を創設し、後年、岡山県にこれを寄付し、県は「三徳園」として県民の憩いの場、研修の場として運営するところとなって、現在に至っている。
   
  カイノキの伝来

 樹木大図説では、「カイを日本に入れたのは白沢保美林学博士である。大正四年(1915年)三月博士が山東省に出張の際、孔林を訪ひ、墓上に生じていた老楷の根本に落ちていた種子を拾ひあつめこれを持ち帰り、林業試験場で下種し幼苗を作り、これを各地に頒布された、日本で孔子廟といはれるところ- 湯島聖堂を初め -には必ずこの樹あり、博士の下目黒の旧邸、林業試験場にもあり・・・」としている。

 先に触れた看板の説明内容は以下のとおりである。湯島聖堂の看板はいつの間にか更新されてきれいになっていた。  
   
 
 カイノキ(ランシンボク) 楷木(爛心木) ウルシ科    Pistacia chinensis
 中国、台湾、フィリピン原産の紅葉がとても美しい木です。中国山東省曲阜にある孔子廟に植えられている木として有名です。老木になると幹が腐って空洞ができることが多いので、芯が腐爛する木という意味でランシンボクともいわれています。
 日本では林試の森公園の前身である林業試験場の白澤保美(しらさわやすみ)博士が、大正4年に中国の孔子廟から初めて種子を持ち帰り、この試験場で苗を植えました。
 その苗木は、孔子にゆかりのある場所にそれぞれ寄贈されました。東京の湯島聖堂、岡山県の閑谷学校(しずたにがっこう)、栃木県の足利学校には、今なお林試の森公園に由来するカイノキが生育しています。

都立林試の森公園
  目黒区下目黒五丁目・品川区小山台二丁目
  楷樹の由来 
 楷 かい とねりばはぜのき うるし科 
 Pistacia chinensis
 楷は曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木で初め子貢が植えたと伝えられ 今日まで植え継がれてきている 枝や葉が整然としているので 書道でいう楷書の語源ともなったといわれている
わが国に渡来したのは 大正四年 林学博士 白澤保美氏が曲阜から種子を持ち帰り 東京目黒の農商務省林業試験場で苗に仕立てたのが最初である これらの苗は当聖廟をはじめ儒学に関係深い所に頒ち植えられた その後も数氏が持ち帰って苗を作ったが性来雌雄異株であるうえ 花が咲くまでに三十年位もかかるため わが国で種子を得ることはできなかったが 幸いにして数年前から二三個所で結実を見るに至ったので 今後は次第に種苗がふえてゆくと思われる
中国では殆んど全土に生育し 黄連木 黄連茶 その他の別名も多く 秋の黄葉が美しいという台湾では爛心木と呼ばれている 牧野富太郎博士はこれに孔子木と命名された
孔子と楷とは離すことができないものとなっているが 特に当廟にあるものは曲阜の楷の正子に当る聖木であることをここに記して世に伝える
  昭和四十四年己百秋日  矢野一郎 文
  平成二十年戊子秋日    松川玉堂 書

湯島聖堂
  東京都文京区湯島1-4-25
 
 湯島聖堂孔子像

 湯島聖堂にはカイノキが複数本存在するが、説明看板を付した主木の近くには重厚な孔子像が存在する。いや、むしろ孔子像の近くにカイノキが植栽されているというべきか。
 
 
 湯島聖堂の管理を担っている公益財団法人斯文会のチラシに拠れば、この孔子銅像は昭和50年(1975)中華民国台北市ライオンズ・クラブから寄贈されたもので、丈高15呎(4.57メートル)重量約1.5トンの孔子の銅像は世界最大としている。
 荘厳な雰囲気の漂う立派な像である。

 台座には次の文字が見られる。

 中華民國台北市城中國際獅子會敬立
 闕明德教授恭塑
 台北・三本鋳造工業社恭製
 
 
   
 カイノキの呼称 
 
 日本の図鑑では Pistacia属を カイノキ属ピスタキア属ランシンボク属又はトリバハゼノキ属として、和名は「カイノキ」楷樹)又は「ランシンボク」(爛心木)のいずれかの名を優先している。他の呼称としてカイ)、トネリバハゼノキトリバハゼノキの名もしばしば見られる。牧野富太郎がわかりやすい「孔子木」の名を与えたというが、残念ながら一般には定着していない。
 中国、台湾では様々な名称が見られるが、いずれも「黄連木」の名が標準的な呼称となっている模様である。
 しばしばランシンボク(爛心木)の名は台湾での呼称であるとして説明している例を見るが、むしろ台湾での別名のひとつとして理解すべきであろう。
 樹木大図説では、ランシンボク(トリバハゼノキ、ハゼモドキ、爛心木) Pistacia formosana Matsum. を台湾産の独立した種としていて、カイ(カイノキ) Pistacia chinensis とは別に掲載しているが、現在では、中国、台湾でもこれらは黄連木として同一のもの(シノニム)として取り扱っている。
   
  <資料>  (注)簡体字は新字体に改めた。 
   
 
資料名  記述内容(カイノキの呼称) 
 朝日百科 植物の世界   ウルシ科ピスタキア属 カイノキ
 山渓 樹に咲く花   ウルシ科ランシンボク属 ランシンボク(爛心木)
 別名 カイノキ、トネリバハゼノキ
 山渓 日本の樹木   ウルシ科ランシンボク属 ランシンボク(爛心木)
 別名カイ。
 樹木大図説  うるし科トリバハゼノキ属 カイ Pistacia chinensis
 楷、楷樹、黄楝樹、黄蓮茶、黄連頭、黄連芽、黄銀樹、涼茶樹、孔木、孔菜、回味、藍香、山崖子樹、黄華、開樹、水精樹  
 うるし科トリバハゼノキ属 ランシンボク Pistacia formosana Matsum
 トリバハゼノキ、ハゼモドキ、爛心木、爛森木、雞冠木、雞油樹、洋楊、欗心木、黄楝樹
 中国樹木誌  漆樹科黄連木属 黄連木(植物名実図考) 楷木(山東) 黄連茶(江蘇)
 百度百科  黄連木 
 別名 楷木、楷樹、黄楝樹、薬樹、薬木、黄華、石連、黄木連、木蓼樹、鶏冠木、洋楊、爛心木、黄連茶等
 国立台北大学  黄連木
 別名 爛心木、楷樹、孔樹、腦心木 
 国立台南大学  黄連木 別名 爛心木
 台灣大百科全書  黄連木
 別名 木黄連、黄連芽(湖南) 木蓼樹、田苗樹、黄兒茶(湖北) 雞冠木、爛心木(台灣) 雞冠果、黄連樹(雲南) 薬木(甘肅) 薬樹(陝西) 茶樹(雲南、陝西) 涼茶樹(貴州) 岩拐角(四川) 黄連茶(雲南、福建、湖北、江蘇、山東) 楷木(湖南、河南、河北)
   
 カイノキのあらまし
   
 
カイノキの偶数羽状複葉の葉           カイノキの小葉
   
 
     カイノキの雄花序
 開葉前に雄花は密に付き、花粉を飛ばせば潔くさっさとピンポン球大の褐色と化した総状花序をぽたぽたと落とす。
    カイノキの雌花序
 開葉前に散生する雌花序は小さいため、紅色でも目立たない。
   カイノキの雌花序(部分)
 小さな花で、個々の花の形状はまるでコナラの雌花を見ているようである。
 
   
 
 カイノキの成熟前の果実      カイノキの成熟果実
 成熟果実は紫紅色
       カイノキの種子
 ピスタチオとは随分印象が異なる。
   
 
 Pistacia chinensis ウルシ科カイノキ属(ピスタキア属、ランシンボク属、トリバハゼノキ属)の落葉高木。中国、台湾、フィリピン原産。
 ピスタチシオの木ピスタチオの木)と同属である。
 雌雄異株。葉は互生、偶数羽状複葉(まれに)奇数羽状複葉)。枝や葉には独特の香気がある。静岡県の下田市では街路樹として植えられている。【樹に咲く花】
 若葉に芳香あり、茶の代用とし、幼芽、新葉を食用とす。秋の紅葉も美しく賞用す。種子から油を採る。材は碁盤、杖、槍の柄とする。【樹木大図説】
 園芸的には干ばつに対して非常に強く、また厳しい環境にも耐えるため、都市部の街路樹として一般的である。また、ピスタシオの木(ピスタチオの木)のつぎ木台木として利用される。木材は家具の生産や黄色染料をつくるのに利用される。【英語版Wikipedia】
 果実は核果で成熟時は紫紅色。【中国植物誌】 
 核果は倒卵円形、紅色のものは空で、緑色の果実には成熟種子が入っている。【薬用木本植物野外鍳別手册】
 (注)この記述内容についてはよくわからない。
 老樹では心材が腐爛して空洞となるため、爛心木の名がある。【国立台南大学】
   
 中国のカイノキ属の樹木

 
中国ではカイノキ属の樹木が3種知られている。中国樹木誌の特に利用に関する部分を抜粋すれば以下のとおりである。 
   
   黄連木属 Pistacia L.
 喬木或灌木。葉互生羽状複葉。約10種、分布于地中海地区、亜洲和美洲。我国(注:中国)3種。
 
 
 黄連木(植物名実図考) 楷木(山東)、黄連茶(江蘇) 注:和名 カイノキ
 Pistacia chinensis  〔抄〕
 落葉喬木、高達25米、胸径1米。幼枝疏微毛或近無毛。偶数羽状複葉,小葉5-6(7)対、葉軸被微柔毛、小葉対生或近対生、披針形或卵状披針形、長5-10厘米、寛1.5-2.5厘米、先端漸尖、基部一辺窄楔形、一辺円;・・・
 喜光。主根発達、耐干旱痩薄、多生于石灰岩山地。在微酸性、中性、微碱性土壌上均能生長。在土層深厚、排水良好的砂壌土上生長快、結果多。長寿、在江西永豊雲陶唐石倉、有一株千年樹、高達42米、胸径2.9米、冠幅30米×15米。
 以経営油料為主的黄連木、多採用共砧嫁接;嫁接苗定植後6-7年開始結果。大樹高接換頭後2-3年結果、15年左右進入盛果期、可持続百年以上;単株結実量50-100千克(注:キログラム)、最多達200千克以上。営造油料林毎畝栽100株左右、対雄株要高接換頭、改雄株為雌株、保留5%雄樹作傳粉樹。営造用材林毎畝栽150-200株。
 種仁含油率約56.5%、為不干性油、可供製肥皂(注:石けん)、潤滑油及治牛皮癬等用;油味苦渋、処理後可食用。葉生五倍子虫癭、含鞣質30%-40% 、葉含10.8%、果含5.4%、樹皮含4.8%均可提製栲胶。鮮葉含芳香油0.12%、嫩葉可代茶、称“黄鵬茶”。
 木材黄色、黄褐色、堅重緻密、紋理直、有光沢、易干燥、耐腐; 供製家具、建築、彫刻等用。

 清香木(中国高等植物図鍳) 細葉楷木(四川)
 Pistacia weinmannifolia  〔抄〕
小喬木或灌木状、高達8米。
 種子可搾油。鮮葉含芳香油。樹皮及葉薬用、可消炎、止瀉。木材堅靭;供製家具、建築等用。

 阿月渾子(本草拾遺) 注:和名 ピスタシオの木(ピスタチオの木)
 Pistacia vera  〔抄〕
 小喬木、高達7(10)米。 
 原産中亜細亜和西亜;我国新疆栽培、西安、北京引種試験。
 種仁脂肪及蛋白質含量均高、為滋補営養品及食品工業珍貴原料。種仁搾出的油淡黄色、芳香美味。木材堅靭細緻、色沢美観、可供細木工及工芸品用材。
 為我国西北干旱和反干旱地区有発展前途的徳用経済樹種和城郷緑化鑑賞樹種。
   
 カイノキの材の様子

 前項で紹介したように、カイノキは中国では種子が採油原料となるとともに、材は重硬緻密であることから、家具、建築、彫刻等に供されているという。
 サンプル材を見ると、環孔材で、年輪は明瞭。辺材は淡黄褐色、心材は帯緑暗褐色で、その境は明瞭。孔圏部の道管は1~3列で、孔圏外の道管は列状に接し、波状の縞模様を形成している。
 確かに非常に重硬な材で、手にするとずっしり重い。辺材部の木口面、板目面の印象はケヤキ材を思わせる。国内のウルシ科の材とは全く異質であり、個性的な魅力を感じる。(岡山県森林研究所蔵)
   
   
  カイノキの材 1 
   
 
カイノキの材 2
 濃色部分が心材で淡色部分が辺材
            カイノキの材 3
 木口面の拡大写真。左側の2/3程度の濃色部分が心材部である。 
   
 カイノキの薬効
 
   「薬用木本植物野外鍳別手册」には、根或茎、葉入薬、有清厚、生津、解毒、利湿功効、用于厚熱口渇、咽喉腫痛、口舌糜爛、吐瀉、新潟、痢疾、淋証、無名腫毒、瘡疹等 とある、 
   
 雑件メモ 
 
 中国では種実(仁)から採油するために栽培されていて、早期に結実させるため、つぎ木増殖し栽培されている。また、葉には五倍子虫えいが生じ、タンニンが得られる。
 同属には、地中海沿岸原産のテレピンノキ Pistacia terebinthus L.  英語名Turpentine tree が存在する。「核果は小球形、暗紫色外面皺紋あり、外皮に芳香あり食用とす、幹の傷口より出る液からテレピン油テレビン油とも。英語の発音はターペンタイン。)をとる(樹木大図説)」という。テレピン油は松脂から採るのが普通であるが、名称からはこちらが本家のような雰囲気である。