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樹の散歩道
 
  栗物語5 かち栗とは? 生活の中の保存食
             


 搗栗(かちぐり、搗ち栗)、勝栗(かちぐり、勝ち栗)というと、何やら古い時代の保存用の食糧、縁起物といった印象であるが、現在でもその意味するものに多様化が見られるものの商品の名称として生き残っていて、また地域でも生活の中で生き残っている事例が見られる。【2008.10】 


 大きめの栽培種の栗であれば冷凍したり、少し手をかけて甘露煮にして保存されたりもしているが、指の先ほどの大きさしかない野生種のシバグリ柴栗)はさて、どんな食べ方がふさわしいのか、またどんな保存方法がふさわしいのであろうか。


どこにでも見られるシバグリ



 左は栽培種、右は小粒のシバグリ。
 シバグリの大きさには、指の先ほどの小粒のものから天津甘栗程度のものまで非常に幅がある。 

 各地の様子を知ることは難しいが、見聞の範囲の事例は次のとおりである。

@  生で食す場合

 今の子供であればシバグリなんぞ蹴飛ばして歩くのであろうが、かつては山村部の子供がワイルドにシバグリを生食いするのはふつうの風景であったようである。スダジイ、コジイ、マテバシイなどと似た食感であるから、別に変わった行動ということではない。

A  茹でて食す場合

 小粒のシバグリをパクパク食べるのはなかなか困難な作業で、間違いなくストレスがたまってしまう。九州で、あるオヤジさんが持ち込んできた茹でたシバグリ。本人自身が「食べるのが面倒でいかん。」とぼやくほどであった。
 なお、茹で栗をそのままの状態で保存することは困難で、放置すれば水分が失われてカチカチとなってしまう。
 
B  干して炒った上で食す場合

 写真は岡山県北部で「かちぐり」と呼んでいたものである。
 作り方を聞いたところ、日に干して軽く炒る作業を何回か繰り返すのだという。いくらか焦げ目が見られる。振ればころころと鬼皮の中で実が踊る。歯で噛んで鬼皮を割って実を取り出すと渋皮は割れていたり、付いていても簡単にぱりぱりと剥がすことができる。この渋皮を簡単に剥がせる点がミソである。昔から子供達にとってはおやつ代わりになっていたとのことである。
 もちろん実は硬いから、口の中で転がしてもよし、入れ歯でなければガリガリと噛んでもよしということである。昔からシバグリは栽培種よりも甘味があることが知られているから、少ないながらもシバグリのファンが今でもいるようである。
 なお、干した栗を炒る時に爆ぜるのではないかと心配したが、しっかり干せば爆ぜる心配はないとのことである。

 ここで、「かちぐり」が登場しているわけであるが、古来の「かちぐり搗栗、勝栗))」は「栗の実を殻のまま干して、臼で搗ち(注:搗(か)ち=搗(つ)くの古語)、殻と渋皮とを去ったもの。搗と勝と通ずるから出陣や勝利の祝、正月の祝儀などに用いた。押栗。あまぐり。〔広辞苑〕」とある。

 ここでの「搗く」の意味であるが、例えば籾を籾摺りしてして籾殻を取り除く処理と同様で、クリの鬼皮と渋皮のみを取り除くことを意味している模様で、決して粉砕して粉にすることを指しているものではないようである。
 ややこしいが、「米を搗く」という場合は籾殻を取り除いた玄米を搗いて精米することを意味している。

 なお、搗栗の作り方に関しては、日本国語大辞典にも以下のような一つの例が紹介されている。

 「秋に収穫したクリを1週間から20日くらい日光で乾燥した上、さらに竹簀底の木箱に入れて焙炉にかけ約2昼夜加熱したのち臼にとり、杵で搗いて殻を搗き割り、ふるって、実だけを残す。」

 さて、カチカチの「搗栗」はどのように処理して食すのか。これについては、「食べる時は、一晩水につけてから水からゆでて、一度煮こぼしてから柔らかく煮て味付けをする。」としている説明例が見られた。

 次に、現在「かちぐり」の語を使用している商品を調べたところ、次のような例が見られた。

@  乾燥し、渋皮を除去した状態の実を袋詰めして「勝栗」の名称で販売しているもの(九州産)
 商品説明では、「特産の栗をゆがいて渋を取り、乾燥させたものです。」としている。問い合わせて確認したところ、栗は蒸しているとのことであった。同様の商品では、利用方法について「お正月用の黒豆煮によく用いられます。30分位お湯につけ黒豆が2/3位煮えてから一緒に煮てください。又、栗ぜんざい・甘煮にも最適です。」とした説明を付している例が見られた。

A  ふつうの天津甘栗に「かちぐり」の名称を付しているもの
 これについては特に深い意味はなさそうである。

B  栗入りの白あんの饅頭に「勝栗」の名称を付しているもの
 これは縁起をかついだ演出としての需要を期待した商品である。 

 といった具合で、「かちぐり」の語は広く使用されているが、中身には随分幅がある。

 なお、古典的な「搗栗かちぐり)」に関しては、和漢三才図会に以下のように「造法」(作り方)の記述があった。(平凡社口語訳より)
 「老(ひ)ねた栗を殻つきのまま晒乾し、やや皺(しぼ)んだとき、臼で搗いて殻やしぶ皮を取り去ると、肉は黄白色、堅くて味は甜(あま)くて美(よ)い。また、熱湯に浸したり、火灰に埋めて柔らかくなってから食べるのも佳(よ)い。あるいは食べるとき、1,2顆を掌の内に握り、やや温めると柔らかく、乾果の珍物となる。これを嘉祝の果とするが、それは勝軍利(かちぐり)という言葉が縁起がよいからで、武家では特に尊重する。」

 シバグリは里山、郊外の道端でもぽろぽろ落ちている風景はごく普通に見られ、ほとんどがムシ、小動物たちのご馳走となっていて、ヒトにはほとんど利用されていない。しかし花の時期、多くのイガグリを付ける時期にはそれぞれの季節の風景を織りなす脇役として穏やかに存在している。


<栗に関するよろずメモ>

栗の保存

生栗
 そのまま冷蔵(0℃)→ これによって糖度も高まる。
 渋皮が付いたままで冷蔵する。
天津甘栗
 皮付きのまま冷蔵する。   
加工
 「かちぐり」とする。
   
日本栗の渋皮取り
 圧力鍋で10分ゆでる。又は、鬼皮をむいた後に渋皮ごとフライパンで油で炒めると、渋皮も剥き易い上に、渋皮ごと食べることも可能。【ためしてガッテン】
 一旦冷凍して、解凍し始めは渋皮がふやけて剥き易い。
 苛性ソーダ3%の沸騰液(栗1キロにソーダ液約1立)に浸し10分間かきまわし取り出して水洗すれば簡単にとれる。【樹木大図説】
電子レンジ調理

鬼皮に切り込みを入れれば爆ぜない。水分が激しく飛んでしまうため乾燥防止措置が必要。
   
焼き栗

鬼皮に切り込みを入れれば爆ぜない。
中国栗ではホットプレートを使用する場合は、130度で30分程度加熱すればよい。ただし、130度以上では破裂して危険である。【岡山林業試験場研究員 阿部剛俊】
(注)日本栗でそのまま適用できるかは未確認。
和漢三才図会には次のようなとても本気とは思えない話が真面目に記述されている。
 栗を爆ぜないように炒る方法
「炒るとき一つだけを取って手の中に持っておく。そしてそのことを誰にもわからないようにする。そうするとはぜない。別の法 一つだけ取って咬み破り、香油に浸し、それを他の栗と一緒にして鍋に入れて炒る。そうするとどれも爆ぜない。銀杏(ぎんなん)も同様である。
別法として、『五雑組』によれば、「栗の子を眉の上で三回擦(こす)れば、これを焼いても爆ぜない」とある。」

(平凡社口語訳より)
 これをまねして爆ぜても良安先生は責任を取ってくれません。
植えるための種子としての栗の保存

 食用ではなく、播種を目的としたクリの種子は、どの程度保存することができるのであろうか。
 もちろん、そもそも栽培を目的としてクリを植栽する場合は、品種が明確であることが必要で、果樹類と同様につぎ木増殖した苗が利用される。したがって、事業的にクリの種子を植えるのはつぎ木用の台木作りの場合に限られる。なお、野生種のシバグリを植えたいのであれば、シバグリの種子を播種・育成すればよい。
 さて、翌春に播種する場合は、保湿低温貯蔵か土中貯蔵をすればよいということは広く知られているが、種子としての栗の長期保存に関しては、以下の記述が見られる。
「長期間の貯蔵条件を調べた報告も少ない。保湿低温貯蔵で1年間以上貯蔵することができるが、貯蔵中に種子が発芽したり腐敗すので、6〜8か月間以上の貯蔵は不適切であると考えられている。」【日本の樹木種子 広葉樹編:社団法人林木育種協会(平成10年9月30日)】