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樹の散歩道
  凍てつく街の生活は命がけ


 雪国の厳冬期、特に凍結した路面はお年寄りにとっては大変である。そもそも積雪自体が一人暮らしで戸建て住宅に住むお年寄りには残酷な拷問に等しい苦痛となっている。雪のない季節であればカートを転がして近所のスーパーに買い物に向かうところであるが、積雪状態の歩道ではカートは用をなさないから選択肢は限られ、涙が出そうになる風景をしばしば見かけた。足もとが悪い上に雪が降りしきる中、足腰が弱って危なっかしい足取りでカートに代えてそりを押し、あるいは引いている姿を見るのは本当につらいものである。そして、路面がツルツルに凍結すれば、それはもう死と隣り合わせである。【2013.3】  


 
               雪をのせたミズナラの樹
 雪をのせた木々に光が差す風景は美しい。気温が低いと、サラサラ雪はわずかな風に舞い、キラキラと輝く。しかし、この美しさの一方で雪に起因する地獄絵巻が展開している。
 
     
   雪国では自治体は日々道路の除排雪に追われる一方で、道路の要所要所には専用の散布車を使って滑り止め材(滑り止め用砕石)を適時散布しているほか、基幹的道路には車輌を着実に蝕むことにもなる融雪剤(凍結防止剤)をやはり専用散布車を使ってせっせと散布している。市街地の歩道では人力により滑り止め材を散布している姿を見かける。こうした膨大な労力とコストを要する対策が運転者や歩行者の命を守ることに役立っている。 

 さらに、ある程度の密度のある住宅地であれば、歩道用あるいは坂道の車道用として、拠点毎に袋入りの滑り止め用砕石がストックされた「砂箱」が設置されている。地域の住民が必要により使用するためのものであり、ささやかではあるが、命をつなぐ小石でもある。

 しかし、それでも不幸は起きる。凍結路面でのスリップ、転倒に起因する死亡事故は決して珍しいことではない。身近でも 40 歳台の知り合いが普通に歩行中に転倒・骨折し、完治に約1年も要した例があった。人ごとではない。
 
 
     
 
   砂箱 @(江別市内)
 これは鋼板製の固定タイプの砂箱である。通年設置したままでも支障がない場所の例である。
  砂箱 A(同左降雪期の様子)
 雪で埋没寸前である。皮肉にも砂箱の機能を維持するために付加的な労力を要することになっていることがよくわかる。
   砂箱 B(札幌市郊外)
 砂箱の仕様は様々で、これは木製の手づくり風である。札幌市の中心市街地ではこれよりもずっとこぎれいでおしゃれな砂箱が積雪期間中に主要な交差点に設置される。       
 
     
 
  札幌市の滑り止め材
 札幌市が砂箱用に備えている袋入りの滑り止め材(砂袋)である。「ゆきだるマン」のキャラクターに初めて気付いた。
  滑り止め材のサンプル
 道路で拾った滑り止め材の砕石のサンプルである。さて、これは安山岩であろうか。
  ホームセンターの販売品
 「滑り止めジャリ」と表記している。袋サイズはいろいろある。寒冷地ではウンザリするほどコストがかかることを実感する。
 
     
   滑り止め用の砕石は、 JIS A 5001-1995に規定するS-5(7号)単粒度砕石が一般的で、サイズはは5 mm 〜 2.5 mm となる。滑り止めとしては、写真のように、角のある砕石でなければ用をなさない。

  積雪地では自宅玄関廻り等にも滑り止め用砕石や融雪剤が必要で、ホームセンターにはため息が出るほどにこれらの袋詰めが山のように積まれている風景を普通に見る。
 
(注)大量に散布された滑り止め材は、大変手間のかかることであるが、春の融雪後にはお掃除・回収されている。回収された砕石は滑り止め材として再利用することはなく(多分、角が丸まっていて、滑り止めとしての機能は低下しているものと思われる。)、アスファルトの下に敷く路盤材などとして再利用されているという。

 一方、雪は無情にもさらに降り続き、屋根から落ちる雪がさらに追い打ちをかけ、除排雪の気力が萎えると、さらに住人を追い詰めるように窓から差す光は急速に減少し、ついには昼なお暗い陰鬱な空間に押し込まれることになる。雪降ろし作業はお年寄りにはあまりにも過酷な重労働である上に、作業中には毎年多くのやはりお年寄りが転落し、あるいは落雪により犠牲となっている。
 
 
     
 
     雪に責め立てられる住宅(岩見沢市内)
 豪雪地岩見沢市内の住宅風景である。この状態から脱出するためには、自費で排雪を要請するしかない。第3者的には孤立死の可能性も考えなければならない。
(ある国の出先機関の古く痛ましい宿舎)
    バス停の除雪風景(札幌市郊外)
 数あるバス停も、こうしてマメに除雪しないと機能麻痺してしまう。
 
     
 
 写真の風景はユーモラスに見えるが、車を運転中に暴風雪に巻き込まれた場合は、とんでもない事態に発展することがある。

 3月2日の道内における暴風雪では、多くの車が吹きだまりにはまって立ち往生して、雪に埋まった車内で一酸化炭素中毒になり、あるいは車外に出て凍死するなどで、一晩で9人が亡くなるという実に不幸な出来事があった。

   
    多雪地域から通勤する車輌の例
 
自宅の敷地で昨夜の雪を払い落とすスペースがなくて、道路に自然落下させようとしているか、単なる横着か、いずれかである。 
 
 
     
     
   住人が元気な場合は、せせこましい日本の住宅事情から、自宅敷地内の雪を深夜に公道に放り出す違法行為(道路交通法違反)が横行し、住宅地域はもとより、市街地でも無法地帯と化す。某岩見沢市では、親切の意味で市が道路を狭めている両側の雪の排雪予定日を明示したところ、前夜に地域住民がこぞって自宅敷地内の大量の雪を公道に放り出し、あるいはわざわざ雪を運び込んで捨てたため、道路は一夜にして雪捨て場と化し、翌日には交通が完全に麻痺したという壮絶な出来事が発生し、このことが北海道中に知れ渡った。過酷な雪は時に人を粗暴な動物に変えてしまう。

 これが札幌市の中心市街地であれば、そこは北海道における異質の空間であることを痛感する。雪が降っても歩道はロードヒーティングで常に路面を見せていて、少々雪が多くても雨降りの路面と全く同じ状態となり、むしろ水はねが気になるほどである。また、利便性の高い集合住宅に住めば、多分、雪国であることを忘れてしまうに違いない。お年寄りから見れば、先の雪地獄と較べたら、残酷なまでの格差である。人は居住地を簡単には変えられない。


 雪国の悲しい一面を紹介してしまったが、日本全国で健康的に徘徊するお散歩大好きオジサンやオバサンは北海道にも多数いて、さすがに吹雪の状態では姿を見ないものの、まずまずの天気であればストックを手に、防雪長靴スノーシュークロスカントリースキーで広大な自然豊かな森林公園等で元気に縦横に活動している姿を普通に見かける。結果として、雪の上には人の痕跡とキツネ野ウサギの足跡が広大な面積にわたって広く入り交じった状態となっていて、まるでヒトと野生動物が競って足跡を残しているようにさえ見える。これを見ると、先程とは逆にいかに体力を持て余した元気なお年寄りが多いかを実感できる。
 
     
 
 雪中行軍のよい点は、道路や歩道のようにツルツル状態とは無縁であり、滑って転んで骨折、負傷するような心配は決してないことである。積極的に考えれば、健康管理には実にいい運動であることが理解できる。通年的ポールウォーキング(ストックウォーキング)が可能である。  
          キツネ君の足跡