|
|
ドキドキしながら、殻の一部を切り取った様子は次のとおりである。 |
|
|
|
小さいのに殻はタマゴよりはるかに硬い。厚さは見事に均一で、内側の仕上げは外壁よりも平滑でツルッとしていて、施工技術水準の高さを物語っている。
中にはどこかで見たことのあるような幼虫が収まっている。この正体はまさに「イラガ」である。ということは、この硬いカプセルはイラガの繭(まゆ)ということになる。
調べてみると、イラガの幼虫は完全防備かつおしゃれな超硬質の繭を器用に作って収まって前蛹(まえさなぎ)で越冬し、翌春に蛹化して6月に羽化・成虫となるという。
幼虫にはしっかり毒トゲがある。元気な幼虫時代と比べると随分縮んでいるが、繭を作るのに相当のエネルギーを使い果たしたのであろうか。
改めてこのカプセルをまじまじと見れば、幼虫がどうやってこのカプセルを作るのか、繊維質ではない硬質の殻の素材はいったい何なのか、疑問が次々と沸いてくる。案の定、同じ疑問を抱く昆虫の研究者が昔からいたようで、本気で研究した記録が残されている。図鑑の記述と併せて、これらの要旨を以下にまとめてみた。
(注)手近な資料によるもので、現在までの知見をすべてをカバーしているものではない。○数字は文献等番号。 |
|
(イラガのあらまし−前述の補足)
|
・ |
イラガ(Chinese cochlid)Monema flavescens の幼虫は体長25mm 、黄緑色で背面には褐色の幅広い縦の帯状紋を持つ。体表には多くの肉質突起をもち、これには多数の有毒刺がある。(A)
|
・ |
幼虫の毒トゲに触れると電撃的な痛みを感じ、皮膚炎を起こす。この毒の成分の詳細はわかっていない。(F)
|
・ |
卵は葉裏に数個ずつ産み付けられる。年1回、ときに2回発生し、樹上につくられた繭の中で越冬する。(A)
|
・ |
繭は羽化時に端の部分が蓋がはずれるように開く。その形態から「スズメノショウベンタゴ(雀の小便担桶)」と俗称される。(A)
|
・ |
越冬中の繭中の前蛹(終齢幼虫)は(渓流での)釣りの餌にされ、「タマムシ(玉虫)」と称して売っている。(注:この段階では刺されることはないという。)(B) |
|
|
(繭の形成方法)
|
・ |
幼虫は糸を吐きながら繭の土台となる網格子を作りながら前進し、虫体がこの網格子の長さに達すると体を反転させて未完成部分を完成させ、以後この網格子を土台に頭部を8の字に運動させて糸を吐きながら繭を作っていく。(C)
|
・ |
繭の網目が相当密になった段階で肛門からは白色泥状の液が排出し、口からは淡褐色粘稠な液を吐き出し、繭内で前進しながら腹面、とくに体の前半で繭の内壁を圧して白泥色状液と、淡褐色液を繭の内壁に塗り込んで卵形の繭を形成していく。(C、D)
|
・ |
肛門から排出される液はマルピギー氏管の分泌物(シュウ酸カルシウム等)で、空気中で速やかに凝固する。(C)
|
・ |
口から吐出される液にはタンパク質が含まれている。 |
|
|
(繭の属性)
|
・ |
繭の横断面は円形で、全体の形はほぼ回転楕円体である。繭は4層あるいは5層に識別でき、最内層は糸のみからできている。繭にはイラガが将来羽化して繭を出る際に、はずれ去る蓋が輪線状の刻線によって明瞭に区別できる。(C)
|
・ |
イラガの繭は非常に硬く、おそらく日本に分布している昆虫でこれほど硬い繭を作る種は他にないであろう。岡島・武田(1932)は繭が耐えられる圧力を測定していて、長軸に対しては平均約7.7kg、短軸に対しては平均約6.4kgであった。(E)
|
・ |
繭の硬さは科学的には硬化されたタンパク質が主な要因で、それが絹糸の網目にきっちりと詰まっている。(E)
|
・ |
繭層にはカルシウムが多く含まれているが、それはシュウ酸カルシウムとしてマルピーギ管で生成されたものであり、主として繭の白斑部に局在している。(E)
|
・ |
繭は空気や水をほとんど通さない。斑紋の生ずる機構は明らかでない。(C) |
|
|
正体がわかると、木々の枝先にしばしば付いているのが目に入るようになった。「スズメノショウベンタゴ」とはよく付けた名前で、なかなかセンスのよいネーミングである。ただし、しばしば下向きに脱出口が開いている場合もあり、これではスズメも利用できない。
じっくり観察させてもらったことから、また眠りについてもらうため、木工ボンドで接着して復元し、手元に置いて様子を見ることとした。 |
|
<他で見かけたイラガの繭> |
|
|
|
みんなデザインが異なっている。 |
羽化後の小便たご状態 |
集落≠形成していて、これは別物かもしれない.
|
|
|
<参考文献> |
@ |
保育社 原色樹木病害虫図鑑 |
A |
原色庭木・家僕の病害虫:社団法人農山漁村文化協会 |
B |
保育社 原色日本蛾類幼虫図鑑 |
C |
イラガの繭について:篠崎壽太郎(低温科学第10輯、昭和28年 |
D |
イラガの繭U:石井象二郎(日本応用昆虫学会誌第28巻第3号 1984) |
E |
イラガの繭V:石井象二郎ほか(日本応用昆虫学会誌第28巻4号 1984) |
F |
神奈川県衛生研究所 http://www.eiken.pref.kanagawa.jp/index.html |
|
|
|
|
|