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    風流江戸小咄 その2
1
【間男】「間男をした」とて大乱をやる故,隣の亭主聞きかね,「何事でござる」といふて来たれば,内の亭主「イヤ,嬶めが,あの男と密通しました」隣の亭主「おれがこふあらうと思った。まだここの亭主は大まかだ。おれが見たばかりも,密通(みっつ)や四つじゃない」
2
【熊の毛皮】「大きに御無沙汰しました。皆様お変わりもござりませぬか」「ヲヽ,お出か。サア,煙草でもあがれ」「そんなら一服しませふ。ハア,忘れました。一服下さりませ」「ホイ,ちっときつからふが」と,毛皮の煙草入を差出せば,「これは熊の皮じゃの。さてもよい」と,手でひねって見て,「イヤほんに,妻(さい)もよろしうと申しました」
〔注〕熊の毛皮の手触りから女房を連想して,女房からの伝言を思い出したもの。類話として熊の毛皮の敷物のバージョンもある。
2-
【松茸】座敷に松茸が,つるしてある。よその女房,客に来て,かの松茸をにぎって見て,「ホンニ,内でも,よろしくと申しました」
3
【恋病】恋は女(おなご)の癪の種,娘ざかりの物思ひ寝,ただではないと見てとる乳母,しめやかに問ふは,「お前の癪も私の推量,違ひはあるまい。誰さんじゃ。言ひなされ。隣の繁様か」「イヽヤ」「そんなら,向ふの文鳥様か」「イヽヤ」「して又誰じゃへ」娘,まじめになり,「誰でもよい」
4
【下女】女房の留守に下女を手なずけ,「これ幸い,嬶が留守だから,この間約束の通り,一番しやう。まづ,湯屋へ行って来い」「アイ」といふて帰っていれば,客があって話して居る。下女も好きな奴にて,どふぞ早く客を帰し始めたいと思へども客帰らず。あまり待兼ねて,「旦那様,よく洗ひました。」
5
【雁首(がんくび)】お姫様,庭のけしきを眺めて,たばこをあがる。折りふし,空を雁が渡るゆへ,お姫様「あれを見や。局,がんが通る」とおっしゃった。局「がんは雁(かり)とおっしゃるがよふござります」と申し上げた。お姫様,吸いがらをはたくとて,雁首(がんくび)がぬけて灰ふきの中へおちた。「これ,灰ふきの中へかりくびがおちた」
6
【禁物】手代,医者の方へ行き,聞き合せければ「手前娘御もお陰を以て段々全快致します。この間はいろいろの食好みを致されます。鱚(きす),長芋の類は給(たべ)てもよふござりますか」「なるほど,もはやよふござる」「松だけのような物はな」「イヤイヤそれは大禁物でござる。なりませぬ,なりませぬ」「イヤサ,松だけの事でござります」「ムム,松茸なればよふござるが,松だけの様なものはなりませぬぞ」
7
【毒饅頭】和尚「コリャ小僧よ。おれが留主の中,戸棚の饅頭を食ふなよ。あの饅頭には毒があって,食ふとじきに死ぬから,必ず食ふな,きっと云ひ付けたぞ」出ていかれしあとにて,小僧かの饅頭を取出し,残らず食ってしまひし所へ和尚の声がするゆへ,小僧忽ち,和尚の秘蔵の茶碗を板の間へうちつけ,みじんに打ち砕きて,わざと泣いてゐるを,和尚帰り,和尚「小僧なぜ泣く。どうした」小僧「私は申し訳ない事を致しました。あなたのお留守に,門前の市と角力を取って,私がご秘蔵の茶碗の上へ打こけて,このやうに打砕いてしまひました」和尚「エゝにくい奴,おれが大事の茶碗をみじんにしをった」小僧「それで申し訳がござりませぬから,生きてゐられぬ。いっそのこと,死んでしまをふと存じまして」和尚「どうふした」小僧「饅頭をみな食ってしまひましたが,まだ死にませぬ」
8
【泣声】門番の嬶が毎晩外へ聞へるほどに泣くゆへ,殿様よりいろいろ御内証にて,一夜嬶をお借りなされ,取らせられ御覧あるに,少しも泣かざれば,ご不審にて,門番を召寄せられ「おれがしては少しも泣かぬが,其方は薬でも付けるか,大道具か上手か,どうして泣かせる」とのお尋ね。「ハイ,泣きまするは,私でござりまする。」
9
【破戒僧】ある長老(高僧〕,お煩ひ以ての外にて,今を限りと見ゆる。弟子も檀那も集まりて「さても笑止なる御事や,この段にては,なにも毒断(どくだち)もいらぬぞ」とて,酒と杯を枕元におき「これこれ,目を開きて御覧じ候へ。いつものお好きのもの」といへば,目をあきて見て「へヽかと思ふた」
〔注〕「へへ」は女性の隠し所
10
【裸参り】若い衆集まり咄しの中へ,友達にこにことして来り「今珍しい飛んだものを見た」といふ。皆々「いかなるものぞ」と問へば「十八,九の女の裸参り。体の白き事,雪のごとく,小股の切れ上がったるが,ふんどしもせず,額ぎはに少し」といふ時,皆々「きりやうは,きりやうは」といはれて「ハア,顔は見なんだ」
11 【貧乏神】だんだんと貧乏になるにつけて「これは貧乏神を祭るがよい」と,わが食ひものもくはずに馳走する。なほなほ貧乏になれば腹を立て「コレ貧乏神,これ程に馳走するに,なほなほ貧乏にするはつまらぬ」と,張肘をすれば,貧乏神「あまり馳走で,家内引越した。」
12 【貧乏世帯】その日ぐらし女房が「アヽおらほど埒(らち)の明いた暮らしはあるまい。くる春もくる春も,何くふまいとまゝなこと。騒がしくても,しまふ世話もなし。盗人が来ても取られるものはなし,これほど気さんじな世帯は又とあるまい」といへば,亭主聞いて「ヲヽその楽(らく)は誰(た)がさせる」
〔注〕この亭主は皮肉も蹴散らしてしまう。
13 【蛸(たこ)】蛸,あまりの暑さに,橋の下へ出て,昼寝をしている。猫見つけ,足を七本食い,一本残しておく。蛸目をさまし,「名無三(しまった),足を食われた。かなしや」と,向こうを見れば,猫,そら寝いりをしてゐる。蛸,川へまきこまんと,一本の足で,ぢゃらす。猫「その手は食わん」
14 【くわい】ぼうぼうと,やせ衰へた若い人,八百屋の店へきて,「くわい(慈姑)を買いたい」といふ。八百屋の亭主が少し医者心もある人ゆへ,「アアお前,そのお顔色でくわいを上がるは水(腎水)を減らして散々悪ふござる。山の芋になされ」といふ。買ひに来た人,「イヤ,女房にくわせます」
〔注〕江戸時代に「くわい」はなぜか精をそぐといわれていた。
15 【医者】医者の所へ行き,「願ふに幸なことがござります」「それは耳より。なんでござる」「日頃見たいと仰せらるる箔屋から,内のものが患ひますから,よい医者を引付けて下されとの頼み。御治療ついでに美しい内儀を御覧じろ」「善は急げじゃ。唯今から参ろう」と伴ひ行く。箔屋の亭主,女房の手を引いて出る。医者,脈より顔をよくよくながめ,「これは御癪気(しゃくけ)でござる」といへば,亭主「とてもの義に,鍼(はり)をお頼み申します」医者「それは忝(かたじけな)い」
〔注〕癪の鍼は臍の下にたてるとか。医者殿,亭主の一言に,待ってましたとばかりに,思わず「かたじけない」と口走ってしまった。