トップページへ  木の雑記帳目次
木の雑記帳
   軒瓦のカニは松葉ガニかタラバガニか


 和の木造住宅の屋根はもちろん和瓦が落ち着いた雰囲気を演出する。旅の車窓から住宅地を遠望していると、その地方により赤い瓦が圧倒的に多かったり、皆で申し合わせたように格調高いシャチホコ付き瓦(鯱瓦)を使った仕様であったりと、地域による瓦の個性に気づき、また、住宅の外部デザインの地域性と合わせて尽きることのない興味を感じる。
 さらに、古い町並みを歩けば軒瓦が至近距離で視野に入って、よく見ればきわめて多様な様式化されたデザインが見られることに驚かされる。
 こうした中に、明らかにカニをデザインの素材としたと思われる軒瓦が広く普及している風景を目にした。 【2011.1】 


 以下は生息していたカニの例である。(いずれも岡山県内にて。)
   
 その1: 散歩した地域では最もオーソドックスで、数が見られたタイプである。  その2赤い瓦であれば茹でたカニのイメージとなって、ますますカニっぽい。
 その3これは塀瓦に利用した例である。  その4これは格調高い本瓦仕様である。
   
    さて、まずは、なぜ軒瓦にカニのデザインが採用されているのかである。

 島根県の石州瓦であれば、松葉ガニに敬意を表して松葉ガニのデザインを採用することも考えられないではない。しかし、市場にとってはカニなどどうでもよいことで、一般性に欠ける点は否めない。それに、これが果たして松葉ガニなのか否か。

 形態上の候補としてはタラバガニが考えられる。両者の識別は足の本数が異なっている点に着目すればよいが、瓦のデザインはあまりリアルではないから、生物学的アプローチにはやや無理がある。

 それにしても、カニとはあまりにも唐突であり、やや不安になったため、おもむろに瓦の伝統的なデザインを調べているうちに・・・・・・・・・・なんと! 恥ずかしながら、
これはカニではないことが判明した!

 
正解は「唐草文様」であった!  しかし、生活感覚でイメージを持っている唐草文様とは随分印象が異なる。しかし、そんなことを言ったところで仕方がない。様式化された唐草文様のデザインのひとつとして受け入れるしかない。

 個人的には “ カニ風唐草文様 ” として理解することにした。

 変な表題を掲げてしまったので、反省の意味を込めて、以下に軒瓦のいろいろなデザイン事例を紹介することとしたい。

 日本の伝統的な文様に関する知識があれば、個々に何を表現したものかを理解し、コメントできるはずであるが、勉強不足で現段階では困難であるるため、悪しからず。

   
   
 このタイプで、唐草のないものを万十軒瓦と呼んでいる。万十は饅頭から。模様が入っていれば花剣軒瓦、唐草模様であることから、饅頭唐草軒瓦とも。写真の瓦については、鳥取県倉吉市の大畑九一氏の作と聞いた。  京花軒瓦又は巴紋に着目して、巴付唐草(京花)軒瓦の名がある。
   
 形は野郎軒瓦で、模様があるから京花野郎瓦の名がある。
 本瓦葺きは、丸瓦平瓦で構成する。軒丸瓦に巴紋を入れるのは古い時代からの仕様とされる。
   
 
 これはシンプルな装飾なしの、のっぺらぼうである。   下端が直線になっているため、一文字軒瓦の名がある。 
   
    ちょいの間歩いただけで撮った写真であるが、随分いろいろなデザインがあってびっくりである。商品であるから、それぞれその模様にふさわしい名称があると思われるが、製造元の製品カタログでもない限り、デザインの講釈は困難である。

 瓦は個人的にはてらてらした陶器瓦よりいぶし瓦が好きであるが、残念ながら好きというのと実際の自宅は別である。最近主流のコロニアル(カラーベスト)系に比べれば、瓦屋根は異次元の品格がある。たぶん、防水性、耐久性、断熱性も遙かに勝っているのであろう。
 
   ついでながら、最近感じることがあった。行政の後押しもあって、大きなソーラーパネルを屋根に乗せる風景をよく見かけるようになったが、せっかく仕上げた屋根を別の素材ですっぽり覆うというのは実に不合理なことである。それが美しい瓦であればなおさらである。屋根屋にとってみれば、一生懸命に施工した屋根が見えなくなってしまうことは、瓦、屋根屋の存在否定にも等しいことであり、腹立たしいのを通り越して、絶望のどん底に突き落とされる思いかもしれない。

 しかし、現実は直視しなければならないから、ここで居直って、ソーラーパネル兼屋根材とする製品を開発するのも生きる道なのではないだろうか。といいながらも、これでは屋根はますます安っぽいものとなってしまいそうなのが心配である。 あるいは、ガラス瓦の下に太陽電池を組み込んだらどうであろうか。

 そこで、もしやと思いつつ、「ソーラー瓦」の語を検索したところ、何と、最近これが登場していることが判明した。そして、案の定、安っぽく見えないようにするための努力も見られる。
   
  <参考1:備前焼瓦のある風景>  
   
   
 
 国宝閑谷学校講堂の屋根。備前焼の本瓦が美しい。
   
 

 谷神社の屋根瓦これももちろん備前焼である

同左拡大写真。丸軒瓦の揚羽蝶(あげはちょう)は池田家の家紋
   
  <参考2:目地漆喰が美しい屋根> 
   
 
 姫路城は瓦の屋根目地漆喰が美しいことで知られる。
   
 
 上記写真の部分で、屋根瓦の目地に丁寧に塗り込まれた漆喰が更なる美しさを演出している。年数経過で色はくすんでくるが、軒下は特に白さが残っている。

 これとは趣を異にするが、瓦の目地に漆喰を塗った屋根は沖縄でも見られる。古くからのものではないとされるが、強風に適応した仕様という。近年はコンクリートの住宅が主流で、赤瓦に漆喰の風景は減少しているそうである。
   
  【追記 2011.1】

 運よく、瓦屋の親父さんに聞くチャンスがあった。先程のカニ風唐草文様の件であるあが、このデザインは島根県の石州瓦(石見瓦 いわみがわら とも)では定番のデザインで、最も普及しているものであることがわかった。これほどまで主流の製品であれば、できればその沿革的なことも知りたいものである。さらに、三州瓦淡路瓦ではどんな傾向があるのかも併せて知りたいものである。