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木の雑記帳
  カツラの心地よい甘い香りの葉と穏やかな材


 カツラの樹はその葉や樹冠が端正で優しい印象があって、都市緑化木としてもいい雰囲気の緑陰を提供してくれる。そして秋の黄葉はひときわ美しく、条件が整えば、ほのかな甘い香りを漂わせ、これに気づいて、ふと足を止めることになる。さらに、その木材は古くから生活に密着した堅実な有用材として知られ、利用されてきた。【2011.12】 


 1  カツラの樹の様子 
   
   カツラは大きくなる樹で、各地で残り少なくなった大径木がしばしば保存されている。
 
 
カツラの大径木 1(北海道内) カツラの大径木 2(広島県内) カツラの大径木 3(北海道内)
   
   カツラは樹形が優美であることから、都市部でも街路樹として利用されているほか、ビルの一角の鑑賞樹としても利用されている。
 カツラの花には花弁がなく地味で、しかも開葉前にひっそりと咲くため、その存在に気付かない人が多い。
   
 
東京オペラシティのカツラ カツラの雄花 カツラの雌花
   
 
      カツラの果実 
カツラの果実は小さなバナナのように見える。
     カツラの成熟した果実
 裂開した果実。ぎっしり整列した種子を見せている。
       カツラの種子
   種子には片側に偏った状態の翼が見られる。
   
   ついでなので、次にカツラの種子が果実(袋果)の中でどんな具合に収まっているのかを念のために確認してみる。 
   
 
           カツラの袋果内の種子 1
 袋果は外側の先端部が特に大きく縦に裂開する。種子は翼のある面を向かい合わせにして2列になって整列している。この状態で種子はこぼれ落ちて風に流されるのであろう。
          カツラの袋果内の種子2
 袋果内の整列した種子の一部を取り出したものである。翼は果柄の側に伸びていて、キッチリ重なり合っている。
   
         カツラの袋果内の種子 3
 袋果から取り出した種子の一部である。種子はほとんど隙間なく整列している。上段の種子は隣と引き離した状態である。
              カツラの種子
 種子の翼はペラペラで、少し透けるほどに薄い。
   
 
 カツラ科はカツラ属だけからなる単型科で、中国と日本の温帯に広く分布するカツラ(桂) Cercidiphyllum japonicum (中国名 連香樹)と、本州の東北・中部地方の亜高山帯に分布するヒロハカツラ(広葉桂) Cercidiphyllum magnificum (短枝の葉の先端は円形)の2種からなる。また、カツラの変種 毛葉連香樹銀葉連香樹とも) Cercidiphyllum japonicum var. sinense が中国に分布している。雌雄異株。カツラは、日本では北海道から本州、四国、九州の山地の谷沿いに生育している。【朝日百科植物の世界ほか】
 東アジアにおける遺存植物のひとつである。【中国樹木誌】
 果実入薬、有袪風、定惊、止痙功効、用于小児惊風、抽搐、肢冷等。【薬用木本植物野外鍳別手册】
   
   カツラの葉の香り  
   
 
        黄葉時期のカツラ並木
 落葉のマットができている。
       雨上がりでしっとり濡れた落葉
 甘い香りの発生源である。
   
  (カツラの葉の香り成分)

 カツラの葉の甘い香りについてはもちろん古くから知られていて、これに因んだ呼称もあり、おこーのき(岩手:九戸・下閉伊・紫波)、こーのき(宮城、新潟、長野:北安曇)、しょーゆのき(山形:飽海・北村山、岡山:備中)、まっこ(秋田:仙北)、まっこのき(青森:弘前市)、まっこーのき(青森:南津軽)、まっこのき(青森:津軽、秋田:北秋田・南秋田)などと呼ばれる(日本植物方言集成)という。

 この芳香成分については高石らの研究で「マルトール maltol 」によるものであることが既に明らかになっている。しばしばキャラメルのような匂いともいわれ、正にそのとおりである。マルトール自体は砂糖を含む菓子等の製造過程で生成される甘い匂いを持つ物質とされ、要はキャラメルの匂いと同じである。したがって、〝キャラメルのような匂い〟ではなく、〝キャラメルの匂いそのもの〟であることが理解できる。

 マルトールは食品産業では甘みや風味を増強する効果を有する添加物(エンハンサー)として広く利用されていて、かつては意外やカラマツの樹皮モミの葉から分離され、現在では発酵法をベースにした工業的製法が確立されているという。
(注)マルトールは焦がした麦芽(モルト)に見いだされ、名称はこれに由来している。

(カツラの葉はどんな時に一番匂うか)

 経験則で言えば、カツラの葉の甘い香りは、黄葉の時期に落葉のマットができた状態で、一雨降った後の雨上がりが一番と思われる。上に掲げた写真もそういった状況での風景である。
 ちなみに緑色の葉を揉んでも匂いはなく、さらに黄葉を揉んでも特に匂いは感じない。また、雨に濡れた黄葉なら少しくらいは匂いそうであるが、これを揉んでもさっぱり匂わないのは不思議である。そもそも強い匂いではないのであるが、条件が整えば、少々離れていてもほのかに漂う香りに気付くことになる。

 なお、カツラの黄葉は抹香の材料にもされたというから、念のために黄葉を揉みつぶして火を点じたことがある。しかし、焦げ臭いだけで香りは全く感じられなかった。固有のノウハウがあるのか詳細は不明である。 
   
   カツラの材

 カツラの材はかつては今よりはるかに生活に密着したものであったはずであるが、現在目にするものは定番の碁盤将棋盤のほかは彫刻用材版画板としてホオノキと並んで販売されているのを見る程度となってしまった。

 昔は張り板裁縫板がどの家にもあって、今となっては身近な現物で確認のしようがないが、カツラは張り板として最適で、裁縫板としても最上とされたホオノキの代替とされたという。洗濯板は現在でも一部に生存していて、ブナやサクラの製品を見るが、木材の工藝的利用によればカツラが適材であったという。また、引き出しの側板も典型的な用途であったが、現在ではシナノキ(合板を含む)、ジェルトン、アガチス等々で、カツラの利用はほとんど目にしなくなった。
 カツラは素直で加工性のよい材といった印象があり、中でも北海道は日高産の赤味のあるカツラは評価が高く、「日高の緋ガツラ」として伝説的な呼称が残っている。 
   
 
     カツラ材のサンプル
 このサンプル材は、やや赤味の強い例である。
 カツラ材の引き出し側板の例(部分)
 普段は見えない部分であるため、色や木目の違いは気にしないで矧ぎ板(はぎいた)としている。  
  同左
   
  【大日本有用樹木効用編】
 材は家屋、橋梁、造船、其他建築材とし又神像、図板、裁板張板版木、下駄、下駄の歯、碁盤、机、箱、煙草盆、釜蓋、鉛筆其他器具を作るに用い又薪材とす 

  【木材の工藝的利用】 
 
材精緻なるを利用す 碁盤及将棋盤張板、彫刻家具、鋳物木型、洗濯板、俎[マナイタ、俎板]、裁縫板製図板、堂宮建築彫刻、洋風建築及指物彫刻、挽物(蓋類、台類)、木櫛、度器、鉛筆(代用)
材軽軟にして工作容易なるを利用す 時計枠、写真焼枠、刷子木地、井戸喞筒(喞筒〔ソクトウ→ポンプ〕とは、弁を使って気体や液体を送り出すもの。)、和風家具指物、洋家具、洋琴風琴の外囲、ラケット手元
材漆膠の附着可にして狂ひ少きを利用す 漆器板物木地〔会津、静岡、秋田、山形県〕、額縁、塗看板、貼木錬心
材色を利用す(紫檀色) 寄木、木象嵌
材の音響伝導に適するを利用す(代用) 琵琶胴
材の抗圧性を利用す 帽子型、靴型

  【中国樹木誌】連香樹
 木材紋理直、結構細、淡褐色、心材・辺材区別明顕、比重0.51~0.63、可作建築、家具、枕木、絵図板、細木工等用。新葉帯紫色、秋葉黄色或紅色、樹形優美、可作緑化樹種。 
   
   
   
   中国における「桂」の文字 

 日本では「」の文字はもちろんカツラ科カツラ属のカツラを指すが、実はこれは日本固有のもので、漢字元祖の中国ではそうではないことが知られている。漢和辞典でも明らかで、次のような中国での語義の説明例(学研国語・漢和大辞典等)がある。
 
 数種の香木の総称。ニッケイ属の肉桂、モクセイ属の桂花(=岩桂)( 花の白いものを「銀桂」、黄のものを「金桂」、赤いものを「丹桂」という。)など。中国の名所「桂林」はモクセイの林の意。
 中国の伝説で、月の中にあるという木。
   
   種名として中国で「」の文字が使われているものには、次のようなものが見られる。(樹種名は中国樹木誌による。) 
   
 
 モクセイ科モクセイ属(中国名:木犀科 木犀属)の複数種で、これらでは多くは「◯◯桂花」の名を与えている。
     
 小葉月桂   Osmanthus minor
 蒙自桂花   Osmanthus henryi
 野桂花     Osmanthus yunnanensis
 桂花(木犀) Osmanthus fragrans 和名:モクセイ及びその栽培品種の金桂、銀桂、丹桂、四季桂等
 石山桂花   Osmanthus fordii
 山桂花     Osmanthus delavayi
 クスノキ科ニッケイ(クスノキ)属(中国名:樟科 樟属)ニッケイ節(中国名:肉桂組)の20種余で、「◯◯」の名を与えている。以下はその事例である。
 肉桂   Cinnamomum cassia (和名:キンナモムム・カッシア、シナニッケイ、トンキンニッケイ。樹皮はシナモンの代用となる。)
 天竺桂  Cinnamomum japonicum (和名:ヤブニッケイ)
 香桂    Cinnamomum subavenium
 シナモンはセイロンニッケイ Cinnamomum verum の樹皮。
 和名ニッケイ(肉桂) Cinnamomum okinawense は沖縄等に自生し、内地で植栽されていた(根皮は芳香性健胃剤や菓子の香料となったほか、細い根はそのまま駄菓子とされた。)が、中国名の肉桂とは別種である。Cinnamomum sieboldii はこれと同種とする見解があるほか、中国産の別の1種であろうとする見解もあるが、この素性はよくわからない。
 中国樹木誌では Cinnamomum sieboldii は掲載されていない。
 クスノキ科ゲッケイジュ属のゲッケイジュ 月桂樹 Laurus nobilis (地中海沿岸原産)の中国名は 樟科 月桂属「月桂」としている。
   
  <関連参考メモ>

 
日本ではのいずれもクスノキであるが、中国の呼称で「」の文字の使用例として以下のものが見られる。(中国樹木誌による。) 
   
 
 クスノキ科タイワンイヌグス属(Phoebe)(中国名:樟科 楠属)の中国に産するすべての種に◯◯楠の呼称を与えている。(例:利川楠、沼楠、崖楠、茶槁楠、山楠、竹葉楠)
 クスノキ科タブノキ属(Machilus)(中国名:樟科 潤楠属)の中国に産するすべての種に◯◯潤楠の呼称を与えている。タブノキ Machilus thunbergii の中国名は、紅潤楠、紅楠(中国樹木分類学)、小楠木(四川)
 その他、クスノキ科デハーシア属(Dehaasia 中国名:蓮桂属)で 腰果楠 Dehaasia incrassata 、同科ノタフォエベ属(Nothaphoebe 中国名:賽楠属)で 賽楠 Nothaphoebe cavaleriei が見られる。
 バラ科カナメモチ属のオオカナメモチの中国名は薔薇科 石楠属 石楠(紅葉石楠)である。
   なお、日本のクスノキ科ニッケイ属のクスノキ Cinnamomum camphora の中国名は樟樹(本草綱目)、香樟(杭州)、鳥樟(四川)、傜人柴(広西)、栲樟、山鳥樟(台湾)、小葉樟(湖南)としていて、「楠」の文字は使用されていない。 
   <カツラの様々な葉色・葉形カタログ>

 カツラの新葉は繊細で美しく、また黄葉、紅葉の色合いは実に鮮やかで多様である。こうして並べてみると、いい香りが漂ってきそうである。