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木の雑記帳
 
  本当の最も重い木と最も軽い木とは  


 世界で最も(一番)重い木と軽い木については昔から定説があって、その2者は揺るぎのない不動の地位を確立しているようであるが、しばしばさらに重い木がこの世に存在するとの講釈を聞くこともある。
 一方、日本では、最も(一番)軽い木についてはやはり昔からの定説があって、異議の申し立ては全く聞かれない。しかし、最も(一番)重い木となると、4樹種が手を挙げている風景を見かける。このうちの2者は特に自己主張が強く、円満な解決は当面困難な雰囲気である。【2009.8】 




 世界で最も重い木
としては、一般には西インド諸島のハマビシ科のリグナムバイタLignum-vitae 英語市場名)Guajacum officinale の名が挙げられている。

 また、世界で最も軽い木としては、迷うことなく熱帯アメリカのパンヤ科のバルサBalsaOchroma lagopus ,Ochroma pyramidale の名が挙げられている。
(独)森林総合研究所関西支所による展示品。
左がリグナムバイタの丸太で、右がバルサの丸太。
 
 日本国内では、最も軽い木はゴマノハグサ科キリ属のキリであることは誰もが知っている。しかし、最も重い木となると、例えばホームページ上では、団体、個人が掲げる樹種として、次の4樹種が登場している。(ホームページではデータの拠り所はいずれも明示されていない。)
@ イスノキ(マンサク科イスノキ属)
A ウバメガシ(ブナ科コナラ属)
B オノオレカンバ(カバノキ科カバノキ属)
C ヤエヤマコクタン(カキノキ科カキノキ属)

 こんなことはさっさと決着を付けてもらいたいものであり、それに、このままではもの知りクイズのネタにもならない!!

 なぜこうした事態が発生したのかについては、原因を想像できる部分もあるが、安易にデータに基づかないで記述しているケースもあると思われる。
 では、以下に順を追って検討を進めることとする。
注:密度(気乾密度)の単位は g/cm3 であるが、以下の記述上は省略する。かつては木材では「比重」、「気乾比重」の語が一般に使われていた。(比重には単位はない。)

 木材の密度について

 そもそも木材は均質なものではないため、その密度は個体(樹木単体)の部位により変動があり、さらに個体間にも変動が見られるため、絶対的な一つの数値のみを掲げることは困難な事情にある。金属や樹脂のように均質な素材であれば特定の組成、属性の素材の物理的なデータがぶれることはない。

 このような事情から、木材の特性に関する数値データは、サンプル調査結果を踏まえて幅を持った表記になっているのがふつうである。実用上は幅のある数値の平均値のみを掲げることも多い。

 主要な国産材(50種)の密度(気乾密度)については、林業試験場(現在の森林総合研究所)のデータに基づく「日本産主要木材」(1960 木材工業編集委員会編、日本木材加工技術協会)の表が従来から広く採用されている模様である。もちろんこれとてサンプリングした範囲のデータであり、例えばさらに高い密度を示すものはいくらでもあると思われるが、さらに充実したサンプリングにより同様のデータを整理しようとする者はどこにも現れないことから、この表が実質的に基準となっている。
 最も重い木と最も軽い木について

 先に述べたように、木材に関するデータは唯一の数値ではない。したがって、安易に特定のものに「最も」の語を付すことが適当なのかを考え直した方がよいのではないかと感じる。それが平均値であっても、サンプルの採り方によって平均値はかなりずれるからである。つまり、データにかなり幅のあるものについて、固定的な序列化を図ろうとすることには無理がある。
(1)  国産材の場合
   
(最も軽い木)
 キリの気乾密度は先の表では最小0.19、最大0.40と幅が広く、平均値は0.30 である。平均値は50種のうちの最小となっていて、また、キリの最小値は他樹種の最小値より圧倒的に小さい。最大値はホオノキ、カツラ、ハリギリの最小値と同様で、ドロノキ、サワグルミ、ヒロハノキハダ、シナノキの最小値を上回っているが、「最も軽い」の表現は何とか許されるかと感じる。 
(最も重い木)
 先の4樹種の気乾密度は次のとおりである。(あくまでサンプルデータであり、サンプル如何で数値は変動する点に留意する必要がある。)
イスノキ(柞) 0.90(0.75 〜 1.02)
ウバメガシ(姥目樫) 0.99(0.85 〜 1.23)(木の大百科掲載値)
オノオレカンバ(斧折樺) 0.84 〜 0.99(木の大百科での引用値)
ヤエヤマコクタン(八重山黒檀) 0.74 〜 1.21(木の大百科での引用値)

 国産の特に重い木材としては、イスノキのイメージがあったが、このデータではウバメガシの平均値がイスノキを上回っている。個人的にはイスノキのデータがやや低い印象があり、心材化の進行した材のサンプル採取に制約があった可能性がある。
 写真はイスノキの小径木の芯持ち材から製作したサンプルである。未だ心材化が進行していないため淡色であるが、水に投入すれば表面のみを残して水没するため、気乾密度は1.0をわずかに割る程度であろう。
 写真はイスノキの心材で製作した拍子木である。水に投入すればストンと沈むことから気乾密度は1.02どころではない。
 
 九州人の知る漆黒の心材であれば、さらに気乾密度は高くなると思われるが、こんなことをいっても仕方がない。
 ある公益法人が、最も重い木としてウバメガシではなくイスノキを掲げている例があって、独自のデータを保有しているものではないと思われるが、ウバメガシは用途が備長炭のみで、通常の木材としての一般的な使途がほとんどないため、当初から対象外としている可能性もある。先の50種の気乾密度の平均値では、アカガシが1.05で最大となっていて、次いでシラカシとイスノキが共に1.02となっている。しかし、ウバメガシは50種のデータでは採り上げられていない。
 オノオレカンバとヤエヤマコクタンはややマイナーであるが、これらを「最も」の字を付して紹介している事例については、データ的な裏付けはないと思われ、生活感覚的実感を表現したものかもしれない。
 いずれにしても、これらは似たり寄ったりで、「最も重い」とする表現が適当か否かで悩むのではなく、素直にそれぞれ「最も重い木材の一つ」として表現するのが適当であると考える。

(2)  外国産材の場合
   
 この件に関して、極めて良識的な表現の英文ホームページを確認したので、以下にその要旨を紹介する。
【Botanical Record-Breakers 】http://waynesword.palomar.edu/ww0601.htm
 少なく見積もっても1ダースほどのアイアンウッドIronwood)と呼ばれる樹木が「世界で最も重い木」としてのタイトルを保有している。
 たぶん、世界で最も重くて硬いアイアンウッドの一つリグナムバイタlignum vitaeGuaiacum officinale と呼ばれる西インド諸島の樹木で、密度は1.37(注:国内では1.25、1.23の数値を使用している例がある。)である。
 世界記録のギネスブック(The Guinness Book of World Records)には、ブラックアイアンウッドSouth African black ironwoodOlea laurifolia (注:モクセイ科オリーブ属) を密度1.49の最も重い木材として掲載している。木材の純粋の細胞壁の密度(注:真密度のこと。空隙と含水率に関係しない木材の細胞壁実質の密度で、樹種によらず一定であることが知られている。)は1.5(つまりいかなる細胞構造、空隙もないとした場合)であるから、これはやや疑わしい。自分で試験したサンプルでは1.11程度であった。
 熱帯アメリカのバルサOchroma pyramidale)は、世界で最も軟らかくて軽い木の一つで、密度はわずか0.19(注:国内では0.10、0.17の数値を使用している例がある。)である。
 
 以上のとおりで、安易に特定のものを指して「世界で最も重い」とか「世界で最も軽い」とする表現を用いていない点は極めて冷静・客観的で好感が持てる。
 

<登場樹種メモ>
キリ  和家具、指物、下駄、琴など、古くから多方面にわたって利用されてきた。
イスノキ  唐木と見紛うほどの硬さと質感で、素晴らしいフローリングとなる。心材のとりわけ漆黒のものは高価な床柱や木刀になる。
ウバメガシ  もっぱら高級白炭の備長炭の素材として知られる。大きく育たないため木材としての用途は限られていた。
オノオレカンバ  木曽のお六櫛の素材として知られ、かつては算盤の珠にも加工された。この材にこだわったクラフトを製作販売するメーカーがある。
ヤエヤマコクタン  極めて重厚で強いが、その割には脆いとされる。市場では黒檀の中に入れられる。沖縄島、八重山列島産で見られ、分布は東南アジア、インド、アフリカ東部にまで及ぶ。【木の大百科】
バルサ  模型工作用として昔からふつうに販売されいるが、こうした需要が安定的にあることが未だに不思議でならない。利用が目に見えないが、幅広く利用されているという。
リグナムバイタ  かつては船舶スクリューの軸受けにされたほか、ヨーロッパではその樹脂が梅毒の治療にも利用され、別名の癒瘡木(ユソウボク)の名にその痕跡を留めている。緑檀の名で数珠にも加工されている。端材が昔から販売されているが、購入者の使途は全く不明。
ブラックアイアンウッド  the South African black ironwood (Olea laurifolia)
 耐摩耗性のある優れた旋削用材で、装飾用の広い利用が見られるという。