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木の雑記帳
 
  下駄材に関するメモ帳                


 下駄材として最適なものは、長い歴史の中で桐に優るものはないということになっている。これはその美観、機能性両面からの経験則による総合評価であると考えられ、これ自体には異論はなさそうである。しかし、日常使いの生活用品としては、より低価格の製品も求められたため、各地で価格が安く、安定的に確保できて、さらに当然ながら加工性もよい素材が幅広に選択されてきた経過がある。普及品であれば、それほど難しい製品ではないから、利用されてきた樹種は実に多彩である。【2009.8】 


        戦時下駄
   (広島県福山市日本はきもの博物館蔵)
  
 下駄を巡る近年の歴史の一コマを物語る製品である。
 
 大東亜戦争末期の昭和19年に広島県福山市松永で考案された仕様とされる。原木を無駄なく使用する木取りとするとともに、挽き放しとして省力化を図ったものである。当時、ゴムや皮革が軍需に優先使用されたことから、下駄の需要が増大し、このタイプの下駄が全国で製造されたとされる。
 素材は国産の広葉樹材と思われるが樹種は不明。
 例えば、明治時代にあっても下駄は日常の履き物の主役であったから、「木材の工藝的利用」(明治45年刊行)でも力が込められていて、非常に多くのページを割いて詳述している。歴史的な資料としての価値に加えて、当時の地域情報についても興味深いため、特に利用されていた樹種に関する部分を以下に整理・掲載する。
 下駄用樹種 総論
   
(下駄用材)
   
 下駄材としては軽きを要すキリ、アブラギリ、セン(注:ハリギリ)、サワグルミ、ニレ、コシアブラ、ノブノキ(ノグルミ)、スギ、クロベスギ、サワラ、キササゲ、チャンチン等を用ふ就中キリは軟材の長たり其質軽軟鬆踈なるも摩滅すること少し
 
 下駄材としては表附と直履とを問はず又塗ると塗らざるとを問はずキリを第一とす
 下駄材として古来キリを賞用し殊にその木理の太くして判明なるを貴び柾目取りを賞用す 
   
(差し歯用下駄歯用材)
   
 下駄歯はアカガシを最上とす
 東京:カシ、ブナ、ケヤキ、ホオノキを主なるものとなし其他ソネ(注:特定のシデ類を指しているのか、シデ類の総称かは不明)、シイ、ムク、ナラ、クヌギ等とす
 鹿児島地方にてはタブ、イチイガシを用ふカシ材は十中の六七分を占め次でブナとすケヤキ以下は其需要僅少なりといふカシは堅くして摩滅少く粘靱にして割裂し難く下駄歯材として最も上等なり次でケヤキ材は堅さカシ材に及ばざれども滑ることなきを以て魚河岸にてはケヤキ歯のみを用ふといふブナは軟くして摩滅早しホオ歯は甚厚く柾目物、神代スギ、スギ柾等の上等下駄に用ひ茶人、粋人向なり夏期に多く用ひしも今日は売行悪し其他のものは下駄歯として不適当ならざるも稀に出荷せらるるに過ぎず
 大阪:下駄歯板にブナを使用するに至りしは明治十四五年頃より初まり但馬及伊予より出せしを嚆矢とす当時はハンノキ及カシが主なるものにしてケヤキ、ホオノキも安物ながらも売行きありたりブナは爾来年と共に需要多く従って自余のものは漸減しケヤキ、ハンノキはほとんど駆逐せられ現今は坪数より見ればブナ8分カシ、ホオにて2分を占めカシとホオにてはカシの方売行よし

 下駄用樹種 地域論

 近年北海道よりセンの下駄棒多量に輸入し来り安価のものは悉く此材にて造らる又塗下駄としてはスギ材を素地としたる塗下駄静岡より輸入せらる其他サワグルミ又はヤマギリ(注:ここではアブラギリの意か?)の下駄は東北地方及長野県より産す又スギ材を焼きて庭下駄とせるもあり
 キリの代用として北海道産及内地産セン(注:ハリギリ)を用ひその流行今や我邦全部を風靡せり蓋し其材軽くして廉に又外観もキリに稍々似たるが故ならん近来セン下駄に線条を付け以てキリの柾目に模擬せるものあり安価のものは悉くこの材にて造らる
 アブラギリは白ギリに似るを以て下駄に代用せらる然れども一地方の需要あるに過ぎず北陸地方にてはチャンチンを下駄に用ふ材色赤く木理判明にして美なり
 塗下駄としてはスギ材を素地としたる塗下駄静岡より輸入せらるこれは主に同地監獄内にて製作す、其粗造にしてサワラ塗り下駄に及ばず
 サワグルミ又はヤマギリの下駄は東北地方及長野県より産す近年セン下駄に圧迫せられ来ること少なし
 名古屋にてはサワラを塗下駄として好評を博し関西地方より近県各地に輸送す(又近年ケヤキを染めて神代物に擬せるあり又ホオノキ、クリを以ても作る)
 長野県にてはサワグルミの外キハダをも用ふ
 島根県にてはアブラギリ材を用ふ之に白と赤とありキリよりも遙かに重し
:アブラギリは種子から桐油(とうゆ、きりあぶら)を採取する目的で古くから広く栽培されていた。)
 兵庫県の山岳地方にてはイヌボウ(注:タカノツメ又はコシアブラ)を用ふ
 宮崎都城地方にてはタラ、イヌギリ(注:イイギリ)、アブラギリ、アカメガシワ、ネムノキ、キハダ、シマクロ、キリ、ハリギリを用ふ
 鹿児島県加治木地方にてはハリギリ、イヌギリ(イイギリ)、カナメ、クルミ、エンジュ(イヌエンジュか?)、センダン、ホオノキ、フカノキ等を用ふ
 スギの焼下駄は房州館山又は下総より来るも少量なり
 キリ下駄及甲良の産地は新潟、福島、岩手、茨城、栃木の諸県とす 
〔注記〕:「ヤマギリ」について

 地方名としての「ヤマギリ」は、地域により多くの樹種に対して使用されている呼称である。総じて材が軽軟な樹木を指していて、具体的にはアブラギリ、イイギリ、ハリギリ、サワグルミ、アカメガシワ、キササゲ、シラカンバ、カラスザンショウ、クサギ、コシアブラ、ハマセンダン、オニグルミ等に対する呼称として使用例が確認されている【日本植物方言集成(八坂書房)】。ここに掲げた樹種では、シラカンバを除き、いずれも下駄材として利用されたとする記述情報がある。
   
<参考> 使用樹種に関する他文献資料

大日本有用樹木効用編(明治36年)】

@刳り下駄(歯を刳り出した下駄):ヒメコマツ、ネズコ、サワラ、シラベ、スギ、ネズミサシ、キリ、サワグルミ、ホオノキ、イイギリ、ハリギリ、アブラギリ、キハダ、チャンチン、クリ、カツラ、タラノキ、シナモキ、デロ、ヤマナラシ、ヤナギ、オニグルミ、ニガキ、コシアブラ、タカノツメ、カラスザンショウ

A足駄(注:特に江戸、関東では雨天時等の差し歯の高下駄を指した。)の甲良(注:差し歯下駄の台):キリ、アブラギリ、サワグルミ、ホオノキ、タラノキ、モミ等刳り下駄用材に略ぼ同じ

B足駄の歯:カシ類、ホオノキ、ブナ、シイノキ、ハンノキ、ケヤキ、クリ、サクラ、ヤチダモ