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木の雑記帳
  北ヨーロッパからやってきたカーリーバーチ


 「カーリーバーチ」の木製品に接する機会があった。生産国は遙か彼方の北ヨーロッパのフィンランドである。国内での呼称は英語の Curly Birch の音そのもので、直訳すれば「縮れ模様のカバノキ」となろうか。木材の木目がうねったように変化した杢(もく。杢目とも。)はどの国でも珍重されていて、これもカバノキ科の特定の樹木由来の杢の見られる材を指している。
 この素材の生活用品は国内ではほとんど一般性はなく、百貨店でも製品を見たことがない。ところが、ナイフ大好き人間であればすぐにピンと来る素材で、スカンジナビア地方の伝統・文化を感じさせるものとしてファンも多いようである。国内のナイフショップでは必ずこの素材を使用したナイフが並んでいるはずである。 【2012.11】 


 カーリーバーチの製品

 検分したカーリーバーチの製品は次のとおりである。 
   
 
 
カーリーバーチのプレート  カーリーバーチのプレート(部分) 
 
 
カーリーバーチのプレート(更なるアップ) 
 
 
 成型合板の仕様となっている。木理が複雑に絡み合った様子は瘤の杢に似ている。さらに他の樹種では見られない暗褐色の短い筋が分散して入っている。

 一般に杢(figure)を念頭にカーリー(curly)の語を使うときは、例えばカーリーメープルのように木理が横縞状に波打つものを指しているのが普通であるから、そうした使い方とは異なっている。 
 製品のしおり  
   
   国産樹種でも、多くの特に広葉樹で、多様な杢が出現する場合があることが知られていて、美しい斑紋が広く一様に現れたものは、驚くほどの高値で取引されている。こうした価値があるからこそ、その模様に応じて多様な呼称が与えられているところである(杢の話はこちらを参照)。 
   
   
 カーリーバーチの素性

 さて、カーリーバーチ Curly Birch の素性であるが、製品のしおりには Betula pendula f. carelica の学名が記載されている。ヨーロッパでは一般的なカバノキ科カバノキ属の シルバーバーチの品種carelica の意である。調べてみると、学名は Betula pendula var. carelica とした変種として扱っている場合も多い。カーリーバーチは樹幹がモコモコと連続的・不規則に肥大化(枝部でも発生)するものを指していて、その肥大部にカーリー模様がよく形成されるようである。低木生のものから通常のシルバーバーチのような高木生のものまで見られ、さらに、リンゴの木のような形態を呈するものまであるという。 
   
 
 
   基本種シルバーバーチの植栽樹 (北海道育種場)
 
残念ながらカーリーバーチの候補は見当たらない。英語名シルバーバーチ Silver birch の和名は定着したものがなく、ヨーロッパシラカンバオウシュウシラカンバシダレカンバペンデュラカンバ等の名前を見る。
   カーリーバーチの例 (METLA メトラ)
 一見すると、ほとんど病的な印象があるが、癌腫病によるものではないし、外的障害によるものでもないという。北ヨーロッパでは最も価格の高い材を生み出している。
 
   カーリーバーチ Curly Birch の呼称は、その樹木と個性ある材の両方を指しているが、その他に Karelian birch (カレリアンバーチ)及び Masur birch (マスアバーチ、マズアバーチ、マスールバーチ)の呼称を見る。
 カレリアンはフィンランドからロシアに跨がるカレリア地方の名に由来する模様で、変種(品種)名の carelica も同源と思われる。カレリアンバーチの名はロシア側で使用されているようである。ちなみにロシア連邦のカレリア共和国the Republic of Karelia)の公式ホームページで、カレリアンバーチは共和国のシンボルの一つとしている。ちなみに、カレリア人はフィンランド人と同類とされるが、歴史的にはロシアに蹂躙・支配されてきた歴史があり、カレリア地方はソ連がフィンランドから奪い取った地であることが知られている。
 
 Masur birch の呼称はスウェーデン語の masur(節目のある木材) +英語のbirch(カバノキ)の合成語で、元々はスウェーデン語の呼称 masurbjörk(マースルビョルク)のbjörk(カバノキ)を英語の birch に置き換えたものであろう。こんなところでスウェーデン語が登場するのは、かつてスウェーデンがフィンランドを蹂躙・支配した歴史があって、支配者のスウェーデン人(語)の呼称が流通上残っているのであろう。  
   
   
 樺瘤(カバこぶ)との比較

 国内の様々な杢を見慣れた目でカーリーバーチの模様を鑑賞すると、地の色が淡色でコントラストがなく、光の反射の変化もそれほど強くないため、おとなしい地味な模様に見えて、ややインパクトが弱い感がある。日本でも同じカバノキ科カバノキ属の樹木(特にダケカンバ)でしばしば見られるから極上の杢が出る材が得られることが知られていて、その美しさは喩えようがないほどのもので、杢の王者といってもよいくらいである。
 
   左の写真は、ダケカンバの瘤からつくられた小物の例(ネクタイピン)である。 
   左の写真は、ダケカンバの瘤を輪切りにした花台で、杢の美しさは眩しいほどである。 
   
   カバノキの瘤杢(バール杢)は欧米でも杢の一つとして珍重されている。カーリーバーチとこの樺瘤を並べたら、大方の評価は瘤の杢の方に軍配を上げるであろう。ただし、樺瘤は瘤ゆえに大きな素材が得られないし、発生頻度も高くないのが弱点である。一方のカーリーバーチであるが、家具や単板用の材が得られるし、カーリー模様の発現には遺伝性が確認されていて、かの国ではそれを目的とした選抜、採種園の造成、クローン増殖、人工植栽も行われているというから驚きである。  
   
   
 ナイフ柄材としてのカーリーバーチ

 カーリーバーチがナイフに利用されると、独特の個性的な魅力を醸し出している。特にフィンランドのナイフメーカーが、この素材をナイフの柄材として利用している例が多く、ノルウェーやスウェーデンのメーカーでも同様の製品が見られる。事業戦略として、地域の伝統的なデザインと、伝統的な素材をウリにしたものと理解され、幸いにもナイフファンからは高い評価と根強い支持を受けている模様である。ラップナイフ(Lapp Knifeの名もあり、上級品にはさらにトナカイの角を部分的にあしらった仕様がしばしば見られる。 
   
 
 フィンランドのマルティーニ(Marttiini 会社製品カタログより
   カーリーバーチ柄のナイフ製品例
 
   
 ノルウェーのヘレ(Helle 会社製品カタログより
   カーリーバーチ柄のナイフ製品例 
   
   
 スウェーデンのケロ(Kero  hand-tools.com より
   カーリーバーチ柄のナイフ製品例
   
   
   改めて使用されているカーリーバーチの材の質感を見ると、瘤杢のような重厚さはないが、逆に、変に重苦しさのない軽やかな美しさを感じる。なお、中段の色の濃い柄材は染色している可能性がある。 
   
   
 遺伝性が確認されているモコモコの例

 一般に木理がもくもくとうねって美しい「杢」はその形成のメカニズムはわかっていないし、遺伝性があるとはいわれていない。こうした中で遺伝性のあるカーリーバーチは特異である。遺伝性があるモコモコといえば、杢そのものに着目したものではないが、やはり変わり者が存在する。特定の樹種で、樹幹が凸凹あるいはぶくぶくと変形する品種が存在する。 
   
 
 左の写真は天然絞り(天絞 てんしぼ)の形質を持ったスギの品種である。
 
 外観でもわかるとおり、樹皮を剥げば美しい凸凹面がくっきり現れる。

(関西育種場植栽樹)
 左の写真中、ポールの左側の周期的にくびれが見られるのは「福俵(ふくたわら)」と命名されている俵絞(たわらしぼ)の発現するヒノキの登録品種である。(右側は比較用の普通のヒノキ)

 遺伝性があるため、さし木増殖で同様の特性が再現される。

(関西育種場展示写真より。現物及び植栽もあり。)
    
   上の写真のような材を縦割りにした場合にどんな様子なのかは興味があるが、一定の繊維の乱れ、うねりが予想されるもののが、杢に相当するようなものではないであろう。 
   
   以下は、カーリーバーチに関連した参考メモである。 
   
  <参考 1> 
 
 CURLY BIRCH (Betula pendula var. carelica)AND ITS MANAGEMENT IN FINLAND
 フィンランドのカーリーバーチとその経営管理 (METLA メトラ フィンランド森林研究所) (抄訳)


 カーリーバーチが美的、経済的な価値があることからMETLA では1900年代初頭から研究を開始し、1930年代には最初の植栽林を造成している。採種園産種子やクローン増殖したものが利用可能となった1980年代後半以降は、一般の植栽が増加して、現在は年間300から400ヘクタール植栽されている。)

 ・  単一のあるいは少数の遺伝子の突然変異により生じたシルバーバーチの遺伝的な変異である。  
 ・  遺伝性として、採種園由来の子供でカールする傾向と関係する特性の複合が見られるものが60から70パーセントに及ぶ。 
 ・  極めて装飾的な材にはカールした木理と褐色の筋や斑点がある。最良のものでは木の大理石のように見える。 
 ・  天然林では極めて稀で、ヨーロッパ北部及び東部に点在している。 
 ・  植林地の造成方法の選択肢は、実生苗植栽、クローン増殖、直播きのいずれかとなる。 
 ・  フィンランドではこの遺伝的変異が他のいかなる自生種よりも大きいことから、大きな遺伝獲得量が得られる可能性がある。 
 ・  最良のプラス木(大きなシルバーバーチに似たもの)は採種園や民間でのミクロ増殖に利用されている。 
 ・  木材生産での遺伝獲得量(質と量の両方を指す。)は、クローンによる場合非常に大きいが、現在のところは正確な評価はできていない。 
 ・  2006年に3番目の採種園ができ、2番目の採種園では既に生産している。 
 ・  採種園産種子による子供で、60から70パーセントがカールを形成し、最良の全兄弟家系(注:特定の親同士の掛け合わせ)で、次代検定試験では80パーセント近い形成となる。 
 ・  クローンによれば100パーセントのカール形成が見込まれる。 
 ・  整枝は不可欠で、植栽の2年後に開始する必要がある。 
 ・  実生による場合は最初の間伐が非常に大切で、明らかにカールの形成がないものは(注:外観で判別可)除去する。
 ・  ローテーションの樹齢は40年から50年である。 
 ・  世界市場での最大の生産国はフィンランド、ベラルーシ、スウェーデンである。 
 ・  主たる生産は天然林のものであるが、フィンランドの古い植林地からも一定量が生産されている。 
   (資料外注釈)カーリーバーチに関する研究は、フィンランドのみならず賦存する関係国それぞれの実績がある。
   
   
  <参考 2> 
 
 ・  ロシア皇帝アレクサンドル1世は、カーリーバーチでつくられた家具セットをナポレオンに寄贈している。(METLA) 
   
 ・  フィンランドでは1956年にカーリーバーチ協会“Visaseura” Curly Birch Society)が設立されていて、カーリーバーチの栽培や利用を促進し、カーリーバーチ栽培家、森林産業及び研究の活動を調整することを目的とした活動を推進している。(Visaseura.com) 
   
 ・  フィンランドでは、カール模様はシルバーバーチ(Betula pendula ペンデュラカンバ、ヨーロッパシラカンバ)に加えてダウニーバーチ(Betula pubescens ホワイトバーチ、プベスケンスカンバ)、グルチノーザハンノキ(Alnus glutinosa セイヨウヤマハンノキ、ヨーロッパハンノキ、ブラックオルダー)、セイヨウナナカマド(Sorbus aucuparia オウシュウナナカマド、ヨーロッパナナカマド)でも発見されている。(Visaseura.com
   
 ・  カーリーバーチの出現が多い地域では、材は上級の部屋の仕上げ面や船舶の内装、様々な単板や家具の生産、木彫、記念品製作に利用されている。Viera PAGANOVA スロバキア農業大学) 
   
 ・  国内ではカーリーバーチを利用した輸入製品としては、先のナイフのほか、通販でバターボックス、バターナイフ、ストラップ等の小物製品が見られる。 
   
 ・  カーリーバーチの製品輸入は多くないが、何と、工芸的な加工用の素材として板材が輸入されていることがわかった。専ら先にも紹介したマスールバーチの名で知られ、その素性情報もほとんどない中で、ランディングネット(釣った魚をすくう網。手網(たも)。)のグリップの(こだわりの)手づくり素材など、個性的な工芸的素材として需要があるようである。かなりいい値段で、広く通信販売されている。分野が異なると全く別の呼称が成り行きで使用され、定着している例は他にもあって面白い現象であり、ナイフのカーリーバーチがランディングネットのマスールバーチと同じであることを知る人は少ないと思われる。
 なお、カレリアンバーチ(前出)の名も同義であるが、輸入住宅にカレリアンバーチのフローリングとした仕様(化粧貼り?)の広告を目にするが、本来のものか疑問で、詳細は確認していない。 
   
 ・  北海道の天然林で、カーリーバーチのように樹幹がモコモコと連続的に肥大したダケカンバを見たとする証言を耳にした。こうしたものを選抜・育成すれば、日本版のカーリーバーチの造林、木材生産が可能となるかも知れない。