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木の雑記帳
   カシュー樹脂塗料はなぜ「合成樹脂塗料」なのか


 カシュー樹脂塗料の缶は目につきやすい黄色と赤を基調としたデザインで、昔から全く変わらないような印象がある。このため店頭では一目でそれとわかる。漆(うるし塗料)は「ウルシ」の木から採れるように、カシュー樹脂塗料の素材は「カシュー」の木から採れると聞いている。独特の香りに特徴があり、人によっては好き嫌いがあるかもしれないが、個人的には実は好きな匂いである。(この個性的なにおいが単に合成樹脂や有機溶剤に由来するとしたらがっかりであるが・・・)
 最近は使う機会が減ったが、前から気になっていたことがあった。原料が天然樹脂であるにもかかわらず、品名には「合成樹脂塗料」と明記されているのである。これはどういうことなのであろうか。いつの間にか合成樹脂に原料転換したのであろうか。【2011.5】


   カシュー樹脂塗料とは、これを発明した会社の当初の主力商品で、現在では製品の幅が広くなっているが、会社名は現在でも「カシュー株式会社」である。 
   
   A:かつての製品の表示

 
カシュー樹脂塗料
フタ部の種別区分(色)表示
家庭用品品質表示法に基づく製品表示(部分)
   
  B:現在の製品の表示
 
 
 上の写真の缶は少々古いため現在の製品の表示とは少々異なっている。しかし、そのおかげで、この製品の歴史を知ることもできる。
 例えば、古い缶にはJISマークを確認できるほか、「特許」の文字も見える。

 ちなみに、この古い缶の蓋を久しぶりに開けたところ、表面がガチガチに固まっていた。厚いかさぶた状態であったが、これを割ると中から新鮮な褐色のとろみのある本来のカシュー塗料「透(すき)」が現れた。いい匂いである。有機溶剤(キシレン)と樹脂との複合的な匂いか・・・

 左の写真は現在の製品の表示で、上の写真に比べると、各種法令に基づく表示義務が、随分付加されていることがわかる。結果として、商品本来のデザインのスペースが圧迫されていて、小さな商品では大変である。
   
 天然樹脂由来なのになぜ特許の表示があったのか

 
結論を先に言えば、この製品は天然樹脂そのままではなく、他の樹脂その他原料を使用して加工したもので、その加工方法に関わって特許を取得したもののようである。会社ホームページに拠れば、1950年に特許油性塗料「自然乾燥カシュー」の製造開始したとある。ということで、特許自体は、とうの昔に有効期間は満了している。したがって、現在の製品には「特許」の表示はない。 
   
   1社だけの製造なのになぜJISマークがあったのか

 ある企業だけが製造しているものについて、わざわざJIS規格を定める必要はないであろうから、たぶん、特許切れで他社の参入を想定してJIS(日本工業規格)を定めたのかもしれない。しかし、他社の製品は聞いたことがない。こうしたなかで、平成20年10月1日をもって「カシュー樹脂塗料」及び「カシュー樹脂下地塗料」のJIS規格は廃止されてしまった。理由はこれらの需要が少ないということによるもので、したがって現在の製品にはJISマークは付いていない。 
   
 合成樹脂塗料としているのはなぜか

 この表示が何に基づくのかといえば、写真でもわかるとおり「家庭用品品質表示法」の定めに従ったものである。順序を追って整理してみよう。 
   
@  カシューナットの木とは
 
 
カシューナットの木の果実

製品パッケージの絵より
(共立食品株式会社(埼玉県草加市)の製品)
   
 
         カシューナッツ
 製品説明では、「インド産カシューナッツをノンフライロースト製法により焙煎し、オリーブオイルと宮古島の「雪塩」で風味豊かに仕上げました。」とある。
       皮付きのカシューナッツ
 製品として多くはないが、皮付きのものも見られる。この製品はポリフェノール効果を売りとしていた。皮は簡単に剥がれる。
   
  カシューナットノキAnacardium occidentale  ウルシ科 
   
 
 ナッツのために熱帯地域で広く栽培されている。16世紀にポルトガル人がブラジルからインドに持ち込み、さらにそこからアフリカに移入された。今日ではベトナムが世界一の生産国となっている。樹皮は灰色から褐色、平滑、成木になると割れ目ができ、樹液を分泌するが、外気にふれると黒色になる。葉は互生、倒卵形から卵状長楕円形、前縁。花は頂生する円錐花序、花弁は黄緑からピンク色。果実は花托が発達して肉質の果実のようになった柄の先につく。【樹木(コリン・リズディルほか)】
 Cashew とはポルトガル語 Caju に由来し、これはブラジルの人、 Acaju の名に因む。【樹木大図説】
 カシュー、カシューの木:ブラジル原産でピスタチオやマンゴーと近縁である。インドが主要生産国。カシューナッツは多肉質の果実に似た花梗にひとつぶら下がっている。花梗はカシューアップルと呼ばれるが、実際にも梨に似ている。カシューナッツは二重の殻に包まれている。この二つの殻の間にあるものがカシューバーム(cashew balm / カシューの香油)として知られる樹脂状の油で、この腐食性の液体は主にシロアリから木を守るためのニスや樹脂を作ったり、防水製品インクや殺虫剤を作るのに使われる。もし、ナッツを手作業や口でかんで取り出そうとすると、指やくちびるをやけどしたり、水泡ができる。【世界食材事典(柴田書店、翻訳図書)】 
   
A  カシュー樹脂塗料とは  
   
    カシュー株式会社のホームページでは、「当社はカシュー樹脂塗料を発明し、その主原料の名称であるカシュー(Cashew)にちなんで商品名を「カシュー」と名付けました。1950年に特許油性塗料「自然乾燥カシュー」の製造開始・・・」としている。

 一般的には、漆は塗りに手間がかかるほか、乾燥には一定の温度、湿度を保ったムロが必要とされるなどの面倒な点があるのに対して、カシュー樹脂塗料では、スプレー塗装が可能で、常温で乾燥が可能であるため、量産にも対応できることが特性として知られている。
(注)近年、漆の吹き付け塗装も実用化されている。溶剤で薄めるため塗りが薄くなって耐久性は劣るとされる。
   
   書籍での説明例は以下のとおりである。
 
 
 漆に類似した性質を持つ合成漆塗料で、常温乾燥、加熱硬化乾燥とも可能で、漆の代用に用いられる。塗膜は丈夫で、耐薬品性が優れており、漆のように高価ではなく、乾燥に際しても格別の配慮を払う必要がない。ウルシオールに類似した構造を有するカシューナットセル液又はこれに類似の天然フェノール含有物質にフェノール類を加え、この混合物とアルデヒド、さらに乾性油を共縮合させ、溶剤で薄めて作るワニスをビヒクル塗料である。塗膜の諸性質を改善する目的でアルキド樹脂、メラミン又は尿素樹脂その他の合成樹脂を添加する。かつてはJISでカシュー樹脂ワニス(JIS K 5641 )、カシュー中樹脂エナメル(JIS K 5642)、カシュー樹脂下地塗料(LIS 5646 )等の定めあり。【塗料の選び方/使い方(改訂3版):2002.12.16 財団法人日本規格協会】
 カシュー核油樹脂塗料:熱帯性漆科植物であるカシュー樹に実るカシューナットの殻の中に暗褐色をしたカシューナットシェル液を含んでいる。これに石炭酸、メラニン、尿素、アルキド樹脂などをアルデヒドで共重合して得た塗料である。漆との大きな相違点の一つは漆の乾燥には湿気を必要とするのに対して、、この塗料は逆で、湿気は乾燥の外になり、一般油性系塗料と同様に自然乾燥又は強制乾燥で、溶剤の蒸発に伴い空気中の酸素と重合して乾燥硬化する。【塗装 2005.3.20、朝倉書店】

 これらの説明でわかるのは、漆の場合は精製のプロセスと、色漆とするための顔料の添加があるだけであるのに対して、カシュー樹脂塗料の場合は合成樹脂を加えて加工処理されているということである。

 このため、家庭用品品質表示法の下では、カシュー樹脂塗料の品名はあくまで合成樹脂塗料(成分表示も合成樹脂、有機溶剤)となり、メーカによる製品表示もこれに従っているところである。しかし、第三者、あるいは販売者がが塗料の講釈をしている成分は合成樹脂場合には、感覚的に天然樹脂塗料、あるいは天然樹脂系塗料として説明しているケースがしばしば見られ、また、その位置付けから「代用漆」の語で説明されることがある。

 ちなみに同法の下では、塗料の品名に関して、乾性油を主成分とする塗料については「油性塗料」、ニトロセルロースを主成分とするものは「ラッカー」、合成樹脂を主成分とするものは「合成樹脂塗料」、セラックを主成分とするものは「酒精塗料」の用語を用いてそれぞれ表示するとしている。

 慣用的にはカシュー樹脂塗料のことをカシュー漆と呼んでいる場合がある。一方、先の法の下では、カシュー樹脂塗料を使用した製品の品名には、少々紛らわしいが合成漆器の名が使われている例がある。ただし、表面塗装の種類の表示としては「カシュー塗装」としていて、この点は混乱する心配はない。なお、やや紛らわしいと言えば、実は製品の缶の表示も「カシュー油性漆塗料」となっている。決して漆ではないが、やはり、漆にやや似た感触を有する製品について、「漆」の文字を使うことでその御利益にあやかりたいとする気持ちの表れであろう。

カシュー株式会社
埼玉県さいたま市北区吉野町一丁目407番地1

  <参考>

 天然成分由来の塗料の場合、家庭用品品質表示法に定めた「成分」の項の表現の例を見ると、例えば桐油(アブラギリの種子油)亜麻仁油(亜麻の種子油)、荏油(荏胡麻の油)では、「天然樹脂」、「植物性油脂」としたものが見られた。

 なお、亜麻仁油と荏油は、塗料用ではなく、健康食品として近年注目されている。 
    オイルフィニッシュ用の製品例