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木の雑記帳
 
  「アサジ」の杵とは?
    地方名のなぞ解きを楽しむ

    
            


 地方の道端の物産館で「餅搗き杵(きね) 素材アサジ 価格一丁四千五百円」とした表示を見かけた。はて、「アサジ」とはいかなる樹種なのか。目を凝らして製品を見たものの、年輪はぼやけていて、材色は白っぽい。サンダーの仕上げ具合で実際よりも白く見えることがあるため、本当は濡れ色の方が都合がいいが、試すことはできない。しばらく考えたものの、どうにもわからないため降参して店のおやじさんに聞いてみた。【2009.5】 



加茂町インフォメーションハウス
 岡山県津山市加茂町桑原121-1
 そもそも、植物の呼称は全て地方名であって、標準和名としているものも地方名の一つである。各地域で耳にする地方名は標準和名に似ていれば予想できるが、一般的には名前だけではさっぱりわからないものがほとんどである。しかし、葉の付いた現物を前にすれば自己責任で翻訳可能である。また、加工した材が目の前にあれば、これは大サービスのヒントとなって、状況は一転して楽しい「なぞ解きの世界」となる。

 さて、アサジの別の名称を問われたおやじさん、おもむろに電子辞書を取り出し、広辞苑を検索した。しかし、さすがの広辞苑も植物の地方名は守備外である。そこでおやじさん、「アサジはやっぱりアサジで、ほかの名前を聞かれてもわからないねえ。」ということであった。そもそも、相手が植物大好きおじさんでもなければ、日常の呼称以外の呼称を尋ねること自体が誤りである。

 ちなみに、表示看板の皮付きの板もそのアサジであるという。そこで、改めてその看板を見てみた。このように樹皮がペラペラと剥離する広葉樹は限られている。ひょっとすると○○○か、しかし杵の方は色がちと違うし・・・・

 後日調べてみると、鳥取方面の方言でアサジとはカバノキ科アサダを指すとの情報があった(全国樹木地方名検索辞典)。ひょっとすると・・・・と思った樹木であった。現地は鳥取県寄りであるし、そのとおりなのかもしれない。

  アサダはその樹皮に個性があって、識別しやすい。北海道では多くはないが珍しい樹ではない。
     アサダの樹皮 1      アサダの樹皮 2        アサダの樹皮 3 
 
          アサダの新葉
 新葉は毛でふかふかしているが、次第にその毛は失われる。
          アサダの成葉
 
紐状のものは受粉後の雌花序である。
  
 
    アサダの雄花序と雌花序      アサダの雌花序   アサダの雌花序(拡大写真)
 
    成熟途中の果穗
 果実はこの袋状の果苞内にある。 
     その後の果穗 
 成熟するにつれ果穗は次第に褐色となる。 
       若い堅果
 果苞を破ると、青い堅果が顔を見せた。  
 
    アサダの材

 アサダも赤味が強い方が好まれる。やや硬めの緻密な材で、いかにも加工しやすい良材といった印象である。手かんなをかけた面には光沢が生じる。
 特殊な用途として、靴木型、鮑(あわび)の突き棒にも供されたという。(写真は北海道産)
 アサダ材無垢フローリングの施工例 (2011.6 追記)
 アサダ材のフローリングは魅力的である。心材、辺材を織り交ぜたツートンカラー仕上げである。  供給量が少ないため、それなりの単価と思われる。さらに、赤身だけを集めたら贅沢品となるであろう。
 
 アサダの材は写真を示したとおりその材色、質感は、家具・床・内装材として評価の高いウダイカンバ(マカバ)材の印象に近く、古くから床材として一級品とされてきた魅力のある優良材である。資源量として多いものではなく、またウダイカンバほどの大径材は見かけたことがない。北海道では名が知られているが、内地では「真央ちゃん」を知っていても「アサダ」を知っている人は少ない。出材量も少なくなったようである。

 そこで、アサジの杵であるが、看板はアサダの材として納得できるが、本体の杵についてはどうも色が白く見える点が気になる。木材用オイルで一拭きすれば解決するかも知れないが、このままでは自信が持てない。文句を言う筋合いにものではないが、アサダの杵は既に売り切れて、別の材の製品がたまたま入荷して販売されているのではないかとも思えてしまう。残念ながらこの状態では本件は結論を保留せざるを得ない。
   
 なお、木の臼と杵はイベントや地域のコミュニティの演出用の小道具としてまだまだ健在である。臼の用材は特にケヤキが適材として知られていて、杵はケヤキの他にミズメ(これもアサダと同じカバノキ科)など硬くて強度に優れたものが好まれている。ただし、臼を痛めないように、臼よりも少し軟らかい素材を意識して選んでいることもある。アサダの利用について知ったのは初めてであったが、地域における適材の選定事例として興味深い。臼と杵の文化は幸にもしばらく生き続けそうである。