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樹の散歩道
   ユリノキの蜜を味わう              


 ユリノキLiriodendron tulipifera)はモクレン科ユリノキ属の落葉高木で、北アメリカ原産であるが、すくすくと大きく育ち、いい緑陰を提供するため、わが国でも古くから街路樹、公園樹として多用されてきた。目にすることが多いため、名前を知らなくてもその特徴のある葉は広く知られている。そして、この木が蜜源としても重要であることがしばしば語られている。つまり、豊かな蜜を提供しているという意味であるが、残念ながら今まで、唯の一度もその蜜をペロリとやったことがない。そもそも目にするユリノキは大木ばかりで、花が付くのは遙か上空であるのがふつうである。
 しかし、幸いにも身近なところで枝を大きく下に降ろし、目の高さで多くの花を付けているユリノキに出会った。さあ、チャンスである!! 蜜はどこにある・・・ 【2009.7】


 ユリノキは見かけるものは大木ばかりで、その花を上からのぞき込む機会はほとんどない。ホオノキやネムノキと同様に写真を撮りにくい木の典型である。
 米国では蜜源となっているとされるが、日本では街路樹としてしばしば植栽されている程度の現存量であるから、これをもって蜜源とは言い難い。

ユリノキの蜜 その1

 蜜腺はふつう、子房の基部の雄しべの間や花弁の基部の内側にあるという。花を一つひとつチェックした。ユリノキは蜜が多いというからにはじわりと滲み出ていても不思議ではないはずであるが、いずれもさらりとしていて、その気配がない。そのうちに、3枚の萼片の一つに虫がたかっているのが目に入った。虫を追っ払うと、萼片の先端に水滴がたまっている。ひょっとしてとの思いでなめてみると、砂糖水のように甘い。虫のご馳走を横取りして申し訳なかったが、ユリノキの蜜の初体験である。

ユリノキの蜜 その2
 この経験則に従って、引き続き萼片に重点を置いてチェックすることにしたが、なかなか同様のものがない。そうした中て、やや高い位置にあった花を引き寄せると萼片からタラリと液体が流れ落ちた。蜜であれば大損害である。まだ残った液体はそれでも先程よりも豊かで、ゴックンすると間違いなく蜜であった。こぼれてもなお写真の量である。数は少ないもののこうした状態になるものがあるということを知ることができた。
 意外であったのは、この蜜は目にするふつうの蜂蜜とは全く違って粘性はほとんどなく、すっきりした甘さの液体であった。蜂蜜は蜜蜂がせっせと溜め込む過程で含水率が低下して、とろみのあるものになるとされているが、そもそもオリジナルの花の蜜はこういったものなのであろう。
 また、蜜が萼片に溜まる現象の発生頻度がどの程度なのかも不明である。多くの花がこうして蜜を垂らしたら、ユリノキの木全体の葉がベタベタになってしまうはずである。そうではないところを見ると、この程度がふつうなのかもしれない。
 なお、蜜源として重要と言われるものの、現存量はたかだか知れているため、“重要”との表現は、やや大げさな印象がある。
(注)  花の蜜はショ糖が主で、ブドウ糖と果糖はわずかな量であるのに対して、蜂蜜は蜂が有するショ糖分解酵素のインベルターゼ(スクラーゼ)の働きで大部分がブドウ糖と果糖に転換されているという。
 
ユリノキの蜜 その3 【追記 2011.6】 
 たまたまユリノキの花の中をのぞき込んだところ、アリ君が花の蜜腺の位置を教えてくれた。
 花披片のオレンジ色の斑紋部分にアリがずらりと並んでいる。ということはこの部分から蜜を分泌しているということである。

 低い位置で咲いていたために、蜜泥棒のアリの餌食になったものであるが、アリに感謝である。それにしても奇妙なところから蜜を出すものである。
   
 ほかの花で確認した蜜の様子で、オレンジ色の部位から蜜が出て盛り上がっている。 
<参考1>
 
ユリノキの名前 小石川植物園のユリノキの説明板

 国内のユリノキはいかに巨大で歴史を感じさせるものであっても、明治期に植栽されたものである。歴史が浅いにもかかわらずハンテンボクの別名もある。名前の由来はいつも諸説あるが、ユリノキの名前の由来を語る一つの話が東京大学の小石川植物園の説明板に記されている。内容は次のとおりである。

「この木は明治初年に植えられてたわが国で最も古い株のひとつで伊藤圭介博士が米国からもらい受けた種子より育てたものである。明治23年大正天皇がご来園された際にこの木をみて「ユリノキ」と命名されたといわれている。」
(注)  和名のユリノキは、学名の Liriodendron tulipifera の属名の直訳で、ギリシャ語の leirion (ユリ)+ dendron (木)に由来し、種小名もチューリップの花が咲くことを意味する言葉に由来する【木の名前:岡部誠】という。花は見てのとおりで、ユリの花を連想する形態ではないが、仕方がない。。
<参考2>
 ユリノキの材

 ユリノキに関し、米国農務省のHPには、「材は用途が広いことにより、また、減少する家具・フレーム用軟材の代替材として高い市場価値を有している。また、蜜の木、野生動物の食料供給源、広い場所での緑陰樹としても重要な存在である。」としている。また、具体的な用途に関して、「近年の最も重要な用途は、家具用の表面に出ない部材や芯材、家具部材の構造部や背面用・内装部材用合板の下地のためのロータリー単板、パルプ材である。」としている。
 かつては米国から少ないながらも輸入されていたとする記述が見られるが、日本国内では何らかの事情で伐採されたものが厚板として販売されている事例が見られる程度と思われる。
     ユリノキの木口面
 径は30センチを超えているが、意外や心材の比率が低い。心材の鋸断面は時間の経過で暗褐色となる。
   ユリノキの心材(下半分)と辺材の色合い
 同じ樹から作ったサンプルで、下半分が心材部である。質感、色合いは同じモクレン科のホオノキの印象に近い。まな板にはいいかもしれない。
 別のユリノキの太い枝で作成したサンプル。強度のデータではホオノキをやや上回っているが、材は比較的軟らかく、材面も特に個性はない。このため積極的に質感を生かした利用は考えられない。
  ユリノキの厚板の演台
 (岡山県林業試験場 森の館)
   辺材面(塗装)
 
    心材と辺材(塗装)
<参考3>
 米国内での呼称

 イエローポプラ(yellow-poplar)、チューリップツリー(Tuliptree)、チューリップポプラ(tulip-poplar)、ホワイトポプラ(white-poplar)、ホワイトウッド(whitewood)とも呼ばれる。【USDA】
 初期の入植者は、インディアンがカヌーの材料としているのを見て、カヌーウッドcanoe wood)と呼んだ。(Lloyd & Lloyd, 1887)【フロリダ大学】
 
 以前には、アメリカの材木商のあいだでは、ユリノキを丸太で扱うときは「バスウッド」と呼んでシナノキとごっちゃにし、ユリノキの辺材を板材にしたものを「ホワイトウッド」と呼んで海外に輸出していた。しかし、イギリスに輸出するときに限って、相手の好みかどうか不明だが、「カナリーウッド」という名を用いることが多かった。
 若木の材色は白く、米国の材木商はこれをホワイトウッドと呼び、黄色を帯びる壮成木をイエローウッドと呼んで区別しているという。【ユリノキという木:毛藤勤治ほか】

<参考4>
 
シナユリノキ Liriodendron chinense

 都内では小石川植物園、目黒林試の森公園での植栽樹が見られる。花にオレンジ色の斑がなく黄緑色である点に特徴がある。中国語ではユリノキ属は「鵝掌楸属」、シナユリノキは「馬褂木」である。ちなみに北米産のユリノキは「北美鵝掌楸」と呼ぶ。

 ユリノキとシナユリノキの交雑種の存在が知られている。「ユリノキという木」(毛藤勤治ほか 1989.12.15、株式会社アボック出版局)で、埼玉県越谷 アリタキ・アーボレータム(現在は越谷アリタキ植物園)に、断定はできないものの、オレンジ色の花を付けた自然交雑と思われるというものを写真と共に紹介している。

 一方、中国の出版物「鵝掌楸属樹種雑交育種與利用」(王章荣等編著 中国林業出版社)にはオレンジ色の花を付けた人工交配による交雑種が紹介されている。中国ではシナユリノキは北部の冷涼な気候帯に適合していて、ユリノキのように広範な生育が困難であるが、交雑種は適合エリアが広くなり、この特性を活かした利用が研究されている模様である。