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樹の散歩道
 
 ヤマコウバシの孤独 
   
            


 木々が葉を落とす頃、ヤマコウバシのカサカサとした紙質の淡褐色の葉がよく目立つ。低木で派手な花を付けるわけでもないため、葉が緑色の時期は全く目立たないが、落葉広葉樹が葉を落とすと、さあ、自分の出番だといわんばかりに地味な枯れた葉を付けたままで春まで頑張り続ける。
 このヤマコウバシは、よく知られているように国内には雌株しかないとされ、なんと雄株なしで結実するのだという。不思議ではあるが生物としては何とも寂しい話である。【2009.2】
   


         ヤマコウバシの葉
 特に特徴が見られない葉で、普段は全く目立たない。(クスノキ科クロモジ属 Lindera glauca
        ヤマコウバシの紅葉
 日当たりの加減か、それとも個体差なのか、しばしば上の写真のように鮮やかに紅葉する。
   
     ヤマコウバシの通常の枯れ葉
 ふつうに見かける枯れ葉の色である。遠くからでもそれとよくわかる。
          左部分(葉表)
 枯れ葉は紙質で柔軟性があり、艶を失うこともない。写真の質感が特徴である。
   
           葉裏の様子
 主脈に毛が見られ、全体にも散生する。
        ヤマコウバシの雌花序
 花披片は6個。仮雄しべが9個あるというが、写真で改めて見てもよくわからない。
            若い果実
 クスノキなどの若い果実と同様の小さな斑点模様が見られる。
           黒熟した果実
 
 
 ヤマコウバシは雄株がないにもかかわらず「雌雄異株」とされるのはどうにも合点がいかない。両方あってこそ「雌雄異株」であるはずである。と、こんなことを言ってもしかたがない。じつはそんなことよりなぜ雌株の雌花だけで結実するのか、そのメカニズムを是非とも知りたいと思い続けるも、わからないままとなっている。複数の試験研究機関に照会したこともあったが、謎は解けていない。

 ヤマコウバシの雌花には仮雄しべが9個あるとされるが、この仮雄しべには葯はないとされる。つまり、この仮雄しべには花粉をつくる機能はないということである。植物学的にも謎のままになっているということで、とりあえずはあきらめざるを得ない。
 
 なお、似た話として次の例もある。クロガネモチは雄株と雌株の両方が存在する普通の雌雄異株の樹木で、庭木として広く利用されているところであるが、これも雌株だけで結実することが知られている。このことに関しては、クロガネモチを含むモチノキ属では結実そのものに花粉が必ずしも必要はないのであろうと考えられている。またまた謎である。

 こうした現象の事例は広く利用される庭木であるほど、経験的に生活の知識として一般に広く知られているところであるが、植物に係わる科学者があまり認識がないということも多い。関心の対象外ということなのであろうが、こうした日常の素朴な疑問に答えられないほど、生物については謎だらけである。
 

【追記1】

 平凡社の「日本の野生植物」には、ヤマコウバシに関して次のような記述があった。

 
「中国のものには雄株もある。」

 これでは、ますます頭が混乱してしまう。

 そこで、念のために中国植物誌を見ると、ヤマコウバシの中国名は山胡椒で、この樹種が属する山胡椒属(日本でいうクロモジ属)が単性の雌雄異種であるとした上で、山胡椒(ヤマコウバシ)の項で、この
雄花と雌花について詳しく淡々と解説している。

 ヤマコウバシの雄花と雌花の形態の説明内容は他のクスノキ科の花の場合と似ているが、中国植物誌の関係分を抜粋・要約すれば次のとおりである。

 
雄花の花被片は黄色で6個、楕円形で長さ2.2ミリ、雄しべは3輪に9個、花糸は無毛、花葯は2室ですべて内側を向き、第3輪の花糸の基部に有柄の2腺体があり、その柄と花糸の基部は合生する。退化した雌しべは細くて小さく楕円形、長さ約1ミリで上部に小突起がある。

 
雌花の花被片は黄色で6個、楕円形又は倒卵形で長さ約2ミリ、退化雄しべは9個あり、長さ約1ミリで条形、第3輪の退化雄しべの基部の両側に2個の腎形片状の無柄腺体があり、退化雄しべの中部以下と合生する。」

 さて、これをどのように理解すればよいのか。日本と中国のヤマコウバシは同種とされているのであるが、日本のものは変わり者なのか・・・

【追記2】

 雌株だけで結実する種子に発芽能力があるのかについては確認していないため触れなかったが、追って以下の記述を目にした。

 「ヤマコウバシは特異で、
胚休眠のため、播種しても2年目の春に発芽し、播種後1年間ほどの貯蔵が必要といわれている。1.5年間保湿貯蔵した種子の発芽率は47%という報告もある。ヤマコウバシの種子の長期間の貯蔵については、2〜3年間活力を維持するといわれているが、詳しく調べた報告はない。」 
 【日本の樹木種子 広葉樹編:社団法人林木育種協会】

【追記3】
 
 
枯れても葉が落ちない特性に着目して、広島市植物公園がヤマコウバシの葉をパウチし、入園者に合格祈願のお守りとして販売していて、好評とのことである。2008年に開始したそうで、他の地域にも伝染している模様である。何処にでもある低木であるが、演出がうけたようである。枯れ葉がこうして利用されるとは、ヤマコウバシ自身もびっくりしていることであろう。