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続・樹の散歩道
  陶酔のバニラの香り


 この世の食べ物には至高の組み合わせがいくつか存在し、誰もが決して異議を唱えないもののひとつがバニラアイスクリームにおけるミルク、砂糖そしてバニラの甘く豊かな香りである。とりわけハーゲンダッツのバニラアイスクリームは、超絶のハーモニーを醸し出しており、多くの人に至福のひとときをもたらしている。ここでバニラが存在しなければ、ハーゲンダッツもただの氷菓でしかないと思われる。
 改めてこの奇跡のバニラ≠ノ感謝すると共に、敬意を表してその実像について、理解を深めることにした。 【2015.4】 


 1  ハーゲンダッツ「バニラ」はなぜ圧倒的においしいのか   
   
 
 愛しのハーゲンダッツ バニラ  成分・原材料表示
 
   
   ハーゲンダッツでもやはり経営上の宿命的な事業戦略なのか、次々と新しい味の製品が生まれてきたような気がする。たまに体験のために浮気をしたことはあるが、バニラを上回るものはあり得ないと確信した。やはり、バニラに始まり、バニラに還るというのが真理であろう。

 さて、ハーゲンダッツは高いから滅多に食べないが、このバニラが出始めのころ、このアイスクリームはなぜこんなにクソ美味しいのか知りたく思い、他の製品と表示成分のみを較べたところ、牛乳由来成分のパーセント比率が高いという事実のみを確認した記憶がある。
 
 改めて、会社のホームページを見ると、
 
 
     
 
@  原料にこだわっている 
A  オーバーラン(空気の比率)を20〜30%と低く抑え、濃厚でクリーミーな味わいとしている
B  添加物を使っていない 
C  マダガスカル産のバニラビーンズを使用している(注:100%なのかどうかは確認できない。)
 
     
  とする記述内容を確認した。@Bは、フムフム、まあそういうものかと受け止めるだけであるが、Cはやはり感動的である。合成バニリンの使用が当たり前となっている現実の中で、天然のバニラ香料を使用しているのは大きな効果を発揮しているに違いない。

 実は、
Cの事実を始めて確認して、正直なところ安心した。仮に“合成バニリン100%”の製品で陶酔していたとすれば、間抜けな自分を呪い、二度とハーゲンダッツを口にしなかったかもしれない。

:合成バニリンを全く添加していないのかは確認していない。  
 
     
 2  植物としてのバニラ Vanilla planifolia のあらまし    
 
 
 バニラ の肉厚の葉         バニラの若い果実
 
人工授粉により豊かに結実した例である。
 
     
 
           開花直前の花序
 花序は基部からパラパラと一日花として開いていく。
            バニラの花 1 
 花にはもちろんバニラの香りはない。
 
     
 
            バニラの花 2
 展示温室の定番となっている植物であるが、開花を誘導するにはコツがあるようで、花がまったく見られない温室も珍しくない。日差しが強く気温の高い日は開花している時間が短いと聞いた。
         バニラの花 3 
 時に剪定が開花に効果を発揮することもあるようである。もちろん、国内では人工授粉をしなければ結実を見ない。
 
     
     
 
収穫時期のバニラ果実の横断面  収穫時期のバニラ果実の縦断面 
 
     
   バニラ、バニララン Vanilla planifolia  (バニラ・プラニフォリア)
               Vanilla fragrans (バニラ・フラグランス)は旧学名
 ラン科バニラ属のメキシコ原産のつる性の多年草植物。回旋性の着生(気生)ラン。
 英語一般名 Vanilla , Bourbon Vanilla , Flat-leaved Vanilla , Madagascar Bourbon Vanilla , French Vanilla , Vanilla Orchid
 
 
 ・  メキシコからブラジルにかけての熱帯林の中に野生し、19世紀中ごろから栽培もされている(世界大百科事典)。主産地はマダガスカル島、コスタリカ、西インド諸島、インドネシア地域、オセアニアの島々など(日本大百科全書)。 
 ・  花を観賞用、果実は薬用、芳香剤用に栽培。(原色世界植物大図鑑) 
 ・  原産地では先住民がチョコレートドリンクの香り付けに用いていた。(植物の世界) 
 ・  茎は直径約1.5cm、葉の反対側の節から太い気根を出して他物にからみつき、10m以上に伸びる。(世界大百科事典ほか) 
 ・  葉は長さ10〜20cm、楕円形・肉厚で互生し先がとがる。(世界大百科事典ほか) 
 ・  花は淡緑色(注:黄白色、緑がかった黄色とも)でトランペット状に開き、直径5〜8cm、葉腋20〜30花ほどが房状につく。下位の花から次々に咲き、早朝に咲き夜にはしぼむ。(世界大百科事典) 
 ・  原産地のメキシコでは、オオハリナシバチハチドリがバニラの花の授粉係である。(National Geographic) 
 ・  刮ハは長さ15〜30cm、豆のさやのような形なのでバニラ豆 vanilla bean と呼ばれる。初め緑色から黄色になり、4〜5ヵ月でつやのある紫褐色に変わる(世界大百科事典ほか)。内部は褐色の粘液に包まれた微少な種子が多く入っている(日本大百科全書)。
緑色の果実は切り開いても青臭いだけで、芳香は全く感じられない。
 
 ・  ラン科植物のなかで「実がなる」種は非常にまれとされる。(植物の世界) 
 ・  属名はスペイン語の「小さいさや」に由来する(植物の世界)。種小名はラテン語で「扁平葉の」の意(原色世界植物大図鑑ほか) 
 ・  Vanilla planifolia にBourbon Vanilla ブルボンバニラブルボン種の名があるのは、フランスがかつて南方の島々を自由に自分のものとしていた当時、ブルボン島(現在のレユニオン島)にこれを持ち込み、奴隷をこき使ってブランテーション栽培を実施したことによる。一般的にはマダガスカル島、レユニオン島、コモロ諸島の3島で収穫されたバニラビーンズは同じ系統(ブルボン種)で、同様の処理方法(ブルボン方式が基本)を採用していることから、こらを総称して、ブルボンバニラブルボン産バニラビーンズと呼んでいるという。 
 ・  タヒチに持ち込まれたものを Vanilla tahitensisバニラ・タヒテンシス)として一般に別種として取り扱っていて、固有の特性が知られている。製品としては Tahitian Vanilla タヒチアンバニラの名が使われていて、価格的にはブルボンバニラより高め設定となっている。植物学的にはハイブリッド種と見なされている。 
 
     
 3  呼称をめぐる混乱    
     
   まずは確認であるが、「バニラ」の呼称は、国内では一般に @植物そのもの Aバニラから採った香料 Bバニラアイスクリームの略称として使用されている。

 問題なのは「バニラビーンズ」の呼称の理解である。外来語であることもあって、広く誤解があるのを確認した。バニラビーンズの名は、植物のバニラの鞘状の(ナマの)果実又は香料材料として製品化された暗褐色のバニラの鞘を指した呼称である。元々バニラの細長い果実が双子葉植物のインゲン豆のような刮ハの形態に似るためこの名があるのであろう。しかし鞘の中には豆っぽいものは入っていない。ということから、バニラビーンズの鞘の中に小さな黒い種子がぎっしり詰まっているが、これ自体を指してバニラビーンズ、あるいはビーンズとは決して呼ばない。

 しかし、国内の商品の説明に際しては誤りが多く、少々消費者を混乱させている面がある。スパイスの某SB食品のホームページでも、鞘の中の黒い種子をビーンズ、バニラビーンズとして説明しているほどである。また、ウィキペディアでも「バニラビーンズはその名の通りバニラの種子のことである。」としているのもふつうの誤りである。

 英語ではバニラビーンズの鞘は(vanilla) pod であり、中の黒い種子はあくまで(vanilla) seeds であり、beans ではない。

 なお、英語では本当の豆の「ビーンbean」の語は、もちろんは鞘の中の豆を指すことが多く、鞘も含めて全体を指すこともある。

 ついでながら、Vanilla Beans の語をそのまま「バニラ豆」と訳している例が多いが、日本人にとっては明らかに豆ではないから全くなじめないので、これは是非ともやめてもらいたいものである。
 
 
     
 4  ツルに付いたままの果実は香りを持っているのか   
     
 
 
                    ツルに付いていた様々な状態のバニラの果実

 最上段の緑色のものは、まだ先端部でも黄色味がない。以下乾燥の進行具合の順に並べてみた。長いもので20センチほどである。下の2本は販売品のバニラビーンズの含水率に近いが、販売品に較べると樹脂分のツヤに欠け、さらに総じて乾燥具合にムラが生じている。手をかけた販売品には遠く及ばないが、褐色のものはバニラの香りを発散しており、実用に供せないわけでもない。また、縦割りにしてそのままにしておけば、アロマ効果十分である。
 
     
 
 
                     褐色となったバニラ果実の縦断面(“開き”状態)

 砂粒のように小さくて黒い種子がぎっしり詰まっている。これをそぎ取ると、粘りのある成分の存在を確認できる。
 鞘は乾燥してペラペラの薄い状態となっている。 
   
     褐色となったバニラ果実の横断面 1
 乾燥の初期の状態のまだふっくらした果実の横断面である。意外や鞘は随分肉厚で、その内面をベタつく種子がびっしりと覆っている。乾燥に伴って、鞘はペラペラとなる。 
    褐色となったバニラ果実の横断面 2 
 左と同じ果実の鞘の中味を押し出した状態である。赤褐色のねばねば成分がニュルッと種子と一緒に出てきたが、果肉に由来するものであろう。 
 
     
   温室内でたっぷり果実を付けた個体で確認したところでは、緑色の果実は一般にいわれるとおり、芳香は全くない。   12月に改めて見たところ、緑色の果実まだ多数ある一方で、成熟期を通り越して暗褐色となったものも多数見られ、しかも乾燥の進行状況にも幅があって、ムッチリやわらかいものから多数の皺が生じて身が細ってきているものまで、各段階のものがツルにぶら下がったままとなっていたため、これ幸いとじっくり検分することができた。たぶん人工授粉した成果なのであろう。

 結論を先に言うと、暗褐色のものは程度の差はあるものの、何れもうれしいバニラの香りを発散していた。見た中では、果実がある程度収縮して表面に艶が生じ、先端部に割れが生じたものはとりわけ豊かな芳香を発散していた。そのまま製品化してもいいほどである。ただし、中には乾燥が進みすぎで、鞘が固くなって艶もなく色も乾燥した色である淡褐色となったものもあって、これはイマイチであった。傾向としては、やはり果実の着生部側の細い部分から過乾燥し易い傾向が見られた。

 製品化に際しては面倒なキュアリングという処理(後述)が必要とされており、たぶん経験的に香りが最も豊かになるタイミングを見計らい、利用に際しての処理がし易い状態となり、さらに保存性も良好な状態とするための最良の技術が試行錯誤で集積されてきたのであろう。
 
     
 5  香りはどの部分に由来するのか   
     
 
    バニラ果実の種子
 拡大して見ると照りのあるキャビアのようである。しかし、プチプチつぶして食べるわけではなく、そのまま腸を素通りする。 
       バニラの種子
 種子の形態は水滴型である。表面のベタベタ成分はアルコールで除去してある。ランの種子は胚乳を持たないとされる。
   押しつぶしたバニラの種子 
 爪で押しつぶすとピチピチ音がしてつぶれるから、小さい割りには種皮が丈夫な印象である。種皮の内側にはさらに半透明の膜が見える。
 
     
   バニラビーンズの香気の主成分はバニリン Vanillin とされるが、化学的には同質の合成のバニリンのみではバニラビーンズの香気は再現できないという。他の多くの香気成分とのバランスでバニラの香気を再現している(香りの百科)としているのは、天然香料の強みを感じて興味深い。

 ところで、バニラビーンズの香りの根源はそもそもどの部分に由来するのであろうか。

 
この点に関しては明確な説明を確認することができない。そもそもどの部分で生成されるのかがはっきりしない。抽出製品ではバニラビーンズ全体を使用するという。菓子作りでバニラビーンズを使用する場合は、鞘を縦に2つに割って、鞘の中味(一般には表現として黒い種子としている。)をそぎ落として利用している。その場合、残った鞘にも香りがあるとして、暖かいミルクに投入したり、砂糖に投入して香りを移し、バニラシュガーができるとしている。

 さて、そもそも固い種皮に包まれた種子自身は、ビーンズをどんなに手間を掛けてキュアリングしようとも依然として種子でしかないわけで、これに香りが生成されるとは思えないし、種子は腸を素通りするだけである。また、現に香り成分を求めて種子をすりつぶして利用するような実態も一切ない。ところが、「種(たね)から取れる油がバニラオイルである」などと明らかにでたらめの説明をしている例があるほか、ウィキペディアの「種子は香料の原料となるが、収穫した豆(種子鞘)には香りはない。」とする説明もわかりにくい。

 そこで、以下は個人的な考えである。

 
バニラの種子自体は香気を持たないと思われる。仮に黒い種子の表面に外から付着した香り成分をアルコールで洗浄すれば、ただの香気のない黒い粒でしかないと思われる。これを金鎚で叩きつぶしても変わらないであろう。高級アイスクリームに天然バニラの証としての黒い粒々が入っていたとしても、これ自体はそのままでウンコになって出てしまうだけで、製品中の存在としての種子は香りには全く貢献していないはずである。

 となると、香りの主役は鞘(pod)の中の果肉由来の黒いタール状に変化した成分としか考えられない。細かい種子はこれと一体になっているため、そもそも分離などできないし、結果として実態上の表現としては、「中の黒い種子をそぎ落として使う」と言うしかないわけである。真実は
「除去できない種子が混入した香気のあるタール状の果肉を使用している」として理解すべきであろう。

 また、この香気のある黒いベタベタ成分には(香り成分が溶け込んだ)樹脂分バニラ樹脂 vanilla resin の名がある。)が存在し、これが鞘の内側全体に浸潤していることから、表面に濡れ色の艶を形成しているものと思われる。これによって、鞘にも一定の香気がしっかり移っているものと理解される。(注:表面には樹脂分のベタつきはない。)

 したがって、言葉を整理すれば、
「香気の源泉となっているのは、種子を抱き込んで黒くペースト化した果肉部分である。」というのが正しい表現であると考えられる。

 
このことを考えると、香り成分が浸潤した鞘を含めてバニラビーンズの全体から含水アルコールで香り成分をキッチリ搾り取って、結果として香りには関係のない種子を除去することにつながっている製品であるバニラエキストラクトは、極めて合理的で使い勝手のよいものであることを改めて認識することができる。
 
 
     
 6  バニラビーンズが躍動するキュアリングとは   
     
 
 
                       1本売りのバニラビーンズの製品例
 
長さは14センチほどであるが、やはり販売品は黒光りして全体がしなやかで均質で、自然に乾燥したものとは少々異なる。包装の都合か、ビーンズは二つ折りにされていて、中には脱酸素剤が入っている。
(原産国:マダガスカル、加工者:宮崎市 株式会社 私の台所 近所の店での価格¥451)
   
 
          上記バニラビーンズの表面の質感
 しわの間に種子が1列に並んで見える。しかし、鞘には全く割れは確認できないから、別の裂開したビーンズの種子が付着した状態で、製品の選別・出荷調整の段階で外観を整えるために拭われて、しわに入ったものと思われる。
   掻き取った中味の様子
 ビーンズ半分から白いスプーンで掻き取った中味の量である。まるで種子の佃煮のようである。香りには全く関係しない種子が容積のほとんどを占めている。 
 
     
   
 まずは以下の説明がわかりやすい。

 バニラビーンズ(原文バニラ豆)は8か月前後で収穫され、キュアリングにかけられ、ここでグルコバニリンにβ-グルコシダーゼが作用してフリーのバニリンが生成すると同時にその他のフェノール系化合物も遊離される。キュアリング後のバニラビーンズ(原文バニラ豆)を含水エタノールで抽出したものがバニラエキストラクト(原文バニラチンキ)で香料として使われている。(香りの百科事典一部修正)

 キュアリング とはバニラのさやを加温し、酵素活性を高め、熟成を促進させ、さらに微生物が繁殖しなくなるまで水分を乾燥させる作業のことである。できた製品はバニラビーンズと呼ばれ、黒褐色の光沢をした、しなやかなものとなり、バニラ特有の香気を発するようになる。(香りの総合事典)

 キュアリング Curing にはいくつかの方法があるとされるが、タヒチ種以外はブルボン方式(Bourbon method ブルボンメソド) がベースとなっている模様である。何れの方法でも基本的な手順は同様とされ、以下はブルボン方式をベースとしたインド国内での処理法の例である。
 
 
     
 
 Killing キリング
 湯に浸けて植物としての生理的な活動を停止させる。浸ける時間は68度で、サイズにより3〜5分。
 :マダガスカルでは63度で3分とする説明を見る。
 
 Sweating スウェティング
 有害な発酵を防ぐため、加温して乾燥を促進する。昼間は暗色の毛布に並べて日に当て、夜はウール張りの木箱に収めるという作業を8〜10日繰り返す。
 
 Drying ドライング
 芳香成分の生成を促すために屋内のトレーの上で15〜20日間、ゆっくり乾燥し、目標とする水分レベルとする。
 
 Conditioning コンディショニング
 芳香成分の生成に必要なエイジングで、包装紙に包んで2、3ヶ月間密閉容器で保存する。
 
 
     
   キュアリングの詳細の英語情報については、生産国でもあるインドのサイト情報が多数あって参考になるため、一部を抄訳で最後に掲げた。
 なお、キュアリングの生化学的なメカニズム等は未解明な部分が多い(香りの百科)とされている。
 
 
     
 7  合成バニリン    
     
   天然のバニラが高価であることから主要な香気成分たるバニリンの合成方法が研究されてきた歴史があって、消費者の知らない間に現在ではバニラ系香料の需要のほとんどを占めるに至っているという。

 合成バニリンに関しては、以下の説明例を見る。

 1890年、オイゲノールの分解による合成法が提示され、以来いくつかの合成法が行われている。バニリンは芳香族アルデヒド(4-オキシ-3-メトキシベンズアルデヒド)で、比重1.06(液体)の白色ないし淡黄色の針状結晶。アルコール、油に可溶、水、グリセリンにはわずかに溶ける。(世界大百科事典)

 市販されているバニリンは、パルプ工場から排出される亜硫酸廃棄中に含まれるリグニンを原料とし、これを分解する方法と、全合成としてのカテコールを原料とする方法がある。(香りの総合事典)

 紙パルプ工場と言えば、かつては未処理の工場廃液を野放図に垂れ流した典型的な環境汚染業種で、沿岸の海をヘドロで埋め尽くした前科がある。その忌まわしい廃液が原料になるとはがっかりで、その生産工程を見たら口にするのはいやになるに違いない。
 
 
     
 8  様々な製品   
     
   特に食品工業の分野でのバニラ系の香料に対する需要は高く、主は合成バニリンであっても、上質な製品では天然バニラ成分が利用されている模様である。業務用からコンパクトな家庭用まで、様々な製品の例を見る。   
     
 
バニラビーンズ
Vanilla beans
 
 1本売りから束になったものまで見られる。1本売りの価格は200円〜400円程度の幅が見られる。マダガスカル産がほとんどで、その他タヒチ産等の製品を見る。 
バニラエッセンス
Vanilla essens
 
 家庭用の一般の市販品は合成バニリンを主体としたアルコール溶液と思われる。生クリーム、冷菓用。
 時に「バニラビーンズ本来の香りを生かしたバニラエッセンスです。」とした説明を付している例があるが、詳細は不明。天然物あるいは有機栽培のものはは「天然」、「オーガニック 有機」の文字を冠していて、商品名としては Vanilla extract バニラエキストラクトの名を使っているのがふつうである。
 
バニラオイル
Vanilla oil
 
 家庭用の一般の市販品は合成バニリンを主体としたグリセリン溶液(わずかのアルコールを含むのは、バニリンの溶解用か?)と思われる。焼き菓子用。時に「バニラビーンズ本来の香りを生かしたオイルです。」とした説明を付している例があるが、詳細は不明。 
バニラエキストラクト
Vanilla extract
 
 バニラビーンズを含水アルコールで抽出したもの。
 バニラビーンズ加工製品の強度を示す表現として“Fold”の語がある。1Fold のバニラエキストラクトとは、エキストラクト1ガロン中に1バニラ単位のバニラビーンズを含んだ製品のことをいう。1バニラ単位とは、水分25%以下のバニラビーンズ13.35オンスをさす。(香りの百科)
バニラオレオレジン
Vanilla oleoresin
 
 バニラエキストラクトから溶剤を除いたもの。前記の濃縮版。 
バニラチンキ
Vanilla tincture
 
 商業的な実態ははっきりしないが、チンキは一般にはアルコールで浸出した液のことをいう。大容量の業務用が見られる。 
バニラエッセンシャルオイル
Vanilla essential oil
(Vanilla Absolute Essential Oil)
 
 そもそもバニラの正確な意味でのessential oil 精油はこの世には存在しない(あり得ない)が、溶剤抽出であってもこの語が商業的に使用されていて、さらに勢い余って Vanilla pure essenntial oil の呼称まで見る。実質的にはバニラエキストラクトあるいは濃度調整したバニラオレオレジンと同様と思われる。 
バニラパウダー
Vanilla powder
 
 バニラビーンズを鞘ごと粉砕してパウダー状にしたもの。 
 
     
 
<参考1:キュアリングの例>

TSS SIRSI  www.tssindia.in 】
 
Vanilla(抄訳)

 授粉
 インドでは自然の授粉は見られないため、事業的には人手による人工授粉が実行されている。このコストはバニラ栽培の総コストの4割を占めている。花は早朝に開花し、8 時間だけ開き、この間に授粉が可能である。花は花序の基部から1日当たり1ないし2個、時に3個咲く。

 果実
 果実の伸張は3ないし4か月続く。完全に伸張すると、長さは約20センチとなる。

 収穫段階
 未熟果は濃い緑色である。十分成熟し、収穫できる時期には先端部が淡黄色を帯びてくる。成熟後にツルに残ったままになっていたビーンズは完全に黄色となり、割れ始めて赤褐色の少量のオイルを出す。これはバニラ樹脂(the Balsam of Vanilla)と呼ばれている。

 :製品としてのバニラビーンズは一般に未熟果を発酵させたものと表現されるが、どの時点を以て熟果かといえば、たぶん淡褐色となって、まだ皺ができる前と思われる。

 収穫
 バニラの結実は通常植栽の3年後に始まり、5年目までにに安定する。収穫はその後の8ないし10年の間が最適状態となる。
バニラビーンスは受粉後9〜10か月で成熟する。バニラビーンスは大きな緑色の豆の莢に似ていて、中には何千もの小さな種で満たされている。収穫されたビーンスには芳香はない。芳香はビーンスの処理またはキュアリングのみによって生まれる。ツルでより長く成熟したビーンズは、キュアリング後により多くのバニリンやその他の芳香成分を含む。バニリンを多く含むことは高い品質を示している。
収穫したビーンズは1週間以内に直ちに処理されなければならない。それらは水分量が多く、久アリングの間に22〜30パーセントに減じなければならない。

 キュアリング Curing
 バニラビーンズのキュアリングは制御された成熟として定義されている。それはビーンズの水分を発散させ乾燥する処理で、水分が80パーセント減少し、バニラ特有の芳香の由来であるバニリンが生産される酵素反応が進む。メキシコ人が独自の労働集約型の5〜6ヶ月間に及ぶ緑色のバニラのキュアリング処理を開発した。この処理はレユニオン島の元の名前に因み「ブルボンプロセス」と呼ばれている。この方法はおよそ4〜6ヶ月間を要し、現在、マダガスカル、コモロ、レユニオン、ウガンダ、インドで実行されている。世界のバニラ生産者の間では4種類の異なった処理技術が存在する。

 ブルボンプロセス Bourbon process
 良質のビーンズを得るために、ほとんどの国で改変型のブルボン法によるビーンズのキュアリングが行われている。基本的にすべてのキュアリング法は次の4段階で構成されている。インドでは改変型のブルボン法によるキュアリングが行われている。

 第1段階 ビーンズの活性停止(キリングKilling)又は萎れさせること(ウィルティングwilting): 酵素反応が開始されるようにビーンスの生理的な活性状態を停止させる
 成熟したビーンスはまずきれいにし、成熟度合いと長さによって仕分ける。割れたビーンスは別にして別途処理する。25〜30キロの仕分けたビーンズをタケのザルにとり、68度のお湯の入った広口容器に浸す。長いビーンズは5分、中サイズは4分、小サイズは3分間浸す。お湯の温度は70度を超えてはならない。これをスカルディング(scalding)と呼んでいる。お湯に浸すことでビーンズ内のさらなる発育を停止させ、芳香(aroma)と香り(flavour)を生産する酵素反応を開始させる。
 次にビーンスを取り出してウール毛布で巻き、熱いうちに毛布で内張した木箱に24時間保管する。

 第2段階 スウェティングSweating : この作用を促進し、有害な発酵を防ぐために速やかな乾燥を実施するためするため温度を高める
 ビーンズのスウェティングは急速な脱水とキーとなる香り成分を引き出すための緩慢な発酵を含んでいる。バニリンと関係成分の生成に係る酵素は、この段階で最も活性状態にある。木箱のビーンズを取り出し、暗色の毛布か綿布の上に広げて日に当てる。これをサニング(sunning)と呼んでいる。サニングの場所は乾燥していて、ゴミの混入を防ぐため道路から離れていなければならない。ビーンスはその温度が55度くらいになるまでそのままにしておく。このことはビーンズを手にすることで確認できる。もし、ビーンズが熱くて持てない時は、必要な温度に達していることになる。通常は、季節によりビーンスは2〜3時間あるいは4時間日に当てる。次にビーンズは同じ毛布又は布でまだ熱いままで巻き、もう30分日に当て、それからウール張りの木箱に収める。この処理を8〜10日繰り返す。この期間の最後には、ビーンズは水分が40〜50パーセントまで減少し、濃いチョコレートブラウン色となる。ビーンズはしなやかになり、心地よい芳香を放ち始める。

 第3段階 スロードライングSlow drying : 芳香成分が生成するようゆっくり乾燥する 
 ビーンスの水分含有量はこの段階でさらに減少する。前段階で50〜60パーセントであった水分含有用は、この段階でさらに25〜30パーセントに減ずる。
緩慢な乾燥は換気のよい屋内の日陰で行われる。ビーンズは換気がよく開け放たれた部屋の架台に据えた木のトレーに広げて緩慢な乾燥をさせる。ビーンズは15〜20日間乾燥する。ビーンズにカビの発生を見た場合は、仕分けた上で熱いお湯に浸し、第2、第3段階の処理を繰り返す。ビーンズは均一に乾燥するように、定期的に返すのがよい。
この段階の間、バニリンと関係物資が生成され続ける。緩慢な乾燥処理は、15〜20日間を要する。適正に乾燥したビーンズは通常は割れたり壊れたりしない。それらはしなやかで、十分に生成された香りを有する。

 第4段階 コンディショニングConditioning : 数ヶ月間保存することにより調質する
 調質は芳香生成に必要なエイジング処理である。ビーンズは緩慢な乾燥により水分量が望ましい水準まで減少した後に調質する。通常、緩慢な乾燥処理の後に、ビーンズはそのサイズあるいは重量で束(50から100本)にする。それから、バター紙、セロハン紙、ポリプロピレン袋などで包み、2,3ヶ月間密閉容器で保存する。調質はふつう35度から45度で行う。この段階の間、エステル化、エーテル化、酸化的分解等の様々な化学反応が起き、揮発性芳香物資の範囲が形成される。
 平均的な32パーセントの水分含有量のビーンズは暗褐色で豊かなやわらかい芳香と高い柔軟性を持っている。それらは割れることなく指に巻くことができる。また、心地よい芳香を放ち、中にオイルを含んでいるため、独特な光沢を示す。ビーンズにはバニリンと170種以上の副次的な芳香化学成分を有している。
 
 
     
 
<参考2:バニラの利用に関するメモ>

(利用の歴史)

 
バニラはスペイン人の征服者が発見したという表現をふつうに見るが、コロンブスがアメリカ大陸を発見したという表現と同様、当時の原住民の人格を無視したヨーロッパ民族の傲慢な姿勢が反映した表現であるため、注意が必要である。

・ メキシコ湾岸のトトナコ族がバニラを最初に栽培したと考えられている。中央メキシコのアステカ族は15世紀にトトナコ族を制圧したときに、バニラの存在を知った。(世界の食用植物文化史)
・ アステカはチョコレートの飲み物にバニラをすでに使用していて、スペインのフェルナンド・コルテスが1520年にモンテスマ皇帝にその飲み物を譲り受け、ヨーロッパに広めた。(香りの百科事典)
・ 1819年にフランスの起業家がバニラの挿し木を南インド洋のブルボン島(現在のレユニオン島)とモーリシャス諸島に運び、バニラ交易に乗り出したが、結実せず挫折。その後モーリシャスの12歳の奴隷エドモン・アルビウスが人工授粉を成功させた。1898年には、フランスがバニラを持ち込んだ島々で、世界の供給量の約80%が生産されるようになっていた。(世界の食用植物文化史ほか)
・ バニラの甘い香りは、香水、コロンなどのフレグランスにおいても非常に重要で、19世紀末頃から使われてきた。(植物の世界)

(食品への利用)

 バニラはバニラフレーバーとしての用途がきわめて広く、とくにバター、チョコレート、アイスクリームをはじめ各種の食品香料として大量に使用されている。また、バニラは薬用としても昔から利用され、熱病やヒステリー、月経不順などに効果があるという。(世界大百科事典)

 高級なアイスクリームには天然のバニラエッセンスを用いる場合が多いが、天然のバニラビーンズ(原文はバニラ豆)は高価で生産量にも限界があるためバニラエキストラクトを主体にバニリン、エチルバニリン、マルトールなどの各種合成香料で強化、変調したバニラエッセンスを用いることもある。(新版・食品工業総合辞典)
 :上記はかなり業界に配慮した抑制的な表現となっている。

 乳製品には、エキストラクト、オレオレジンをバニラ香料として使用するほか、変調、強度アップのため合成単品が使用される。バニリン、エチルバニリン、ヘリオトロピン、マルトール、シクロテンなどである。(最新 香料の事典)

 バニラ風味のウォッカやバニラウエハース、バニラプディングなど、
市場に出回っているバニラ製品のほぼ99パーセントは、天然のバニラが使用されていない。(National Geographic)  
 
     
  <追記メモ>     
   香料事情に詳しい者の情報として面白い話を耳にした。
 バニラの香り成分を取り去った種子の需要があって、流通しているというのである。たぶん、バニラエキストラクトの搾りかすと思われ、全く香りのないバニラの種子が合成バニリンに添加されて、天然バニラを偽装するテクニックとして使われているというのである。黒いつぶつぶが入っていれば天然バニラを使用していると思い込んでしまうふつうの感覚の消費者を小馬鹿にしたような手口である。まあ、よくやってくれるものである。食品の香料に関しては、詳しいことがわからない表示となっていることにそもそもの問題がある。