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続・樹の散歩道
  トチュウの花や果実を検分する


 樹木としてのトチュウ(杜仲)は一般人にとってはイメージが薄く、それよりも健康茶としての「杜仲茶」の知名度が高いことから、この世に「杜仲」という名前の樹木が存在するらしいということだけは広く知られているようである。そもそも、導入されてからの歴史が短く(大正時代に日本に渡来したといわれる。)、植栽されている個体がそれほど多くない上に、あまりにも地味な花は目に付きにくいため、特に雌花については自分でもつい最近まで目で確認できていないままとなっていた。
 そこで、タイミングを見計らって、やっと雌花の写真を撮ることができたが、雌花は小さくて地味な上にまったく花らしくない形態から葉に紛れていて、目を凝らしてやっとその存在を確認できたほどであった。 【2017.9】


 トチュウの様子  
 
 トチュウは薬用植物園であれば定番の植栽樹で、その他の植物園や公園でもまれに見かける樹木であるが、雌雄異株であることに加えて、大きく育ったものでは花の観察は困難で、しかも花や果実を全く付けない例も見かけるなど、雌雄そろって観察に都合のよい個体は知っている範囲でも多くない。

 その一方で、この葉をゆっくり引きちぎろうとすると、糸を引く現象が見られ、植物観察会的にはこの特性は有名で、「グッタペルカ gutta-percha (ガタパーチャとも)」の名の物質に由来することも植物観察が大好きな者の間では比較的広く知られている。
 
 
 
            トチュウの葉 
 中国中南部原産のトチュウ科トチュウ属の落葉高木   Eucommia ulmoides 。雌雄別株。4月頃、葉の展開とほぼ同時に開花する。
           トチュウの若い葉
 こうした若い葉が杜仲茶の原料となるようである。
 
     
 
      トチュウの雄花 1
 雄花も雌花も花被がなく、雄花では雄しべだけが4〜16個ある。写真は花粉放出前の状態である。 
      トチュウの雄花 2
 葯が紫色を帯びて、花粉を放出し始めた状態である。花糸がごく短いため、ほぼ全体が細長い葯である。
      トチュウの雄花 3
 花粉を放出し終えた葯は程なく黒変するため、まったく美しくない。
 
     
 
           トチュウの雌花 1
 雌花(矢印)は何ともぶっきらぼうで、平たいへら状の子房の先端に2個の短い花柱がついているだけである。多数の若い葉の基部と並び、同色でチョコンとついているため、よく見ないと気づかない。
            トチュウの雌花 2
 花柱と柱頭の区別ができない。表面は小さな突起に覆われている。先端部が褐色のさじ形のものは苞片である。
【雌花の追記 2018.4】   
   
            トチュウの雌花 3
 芽吹き時点の様子である
          トチュウの雌花 4
 雌花が6個ついている
 
     
   なお、トチュウの花及び果実の形態について、中国植物誌では、以下のように記述している。   
     
 
 花は当年枝の基部につき、雄花に花被はなく、花梗長約3ミリ、無毛、苞片は倒卵状さじ形、長さ6-8ミリ、頂端円形、辺縁に睫毛があり、早落性。雄しべの長さは約1センチ、無毛、花糸長約1ミリ、葯隔は突出、花粉嚢は細長く、退化雌しべはない。雌花は単生、苞片は倒卵形、花梗長8ミリ、子房は無毛で1室、平らで長く、先端が2裂し、子房柄はごく短い。翼果は扁平で長楕円形、長さ3-3.5センチ、幅1-1.3センチ、先端は2裂し、基部はくさび形、周囲に薄い翼がある。堅果は中央にありやや突起し、子房柄長は2-3ミリ、花梗に接して節がある。種子は扁平で線形、長さ1.4-1.5ミリ、幅3ミリ、両端円形。早春に開花し、秋の終わりに果実が成熟する。 
 
     
 トチュウの果実を改めて検分する  
 
 
     トチュウの若い果実
 果実(翼果)は扁平で、先端部が2裂している。
    トチュウの成熟果実 1
 緑色の果実をバラバラ落とす一方で、褐色となるまでぶら下がっているものを見る。
    トチュウの成熟果実 2 
 中央部に細長い種子が入っている。
     
 トチュウの果実と取り出した種子
 果実は裂開しないため、種子は自然には裸出しない。 
 種子を割って胚を取り出した状態 
 薄い胚乳に包まれて大きく発達した胚(中央)が姿をみせた。写真は2個の子葉の先端部を少しずらして撮影したもの。
    トチュウの胚の様子
 2個の子葉を少し開いて撮影したものである。 
 
     
 トチュウの果実は緑色の状態でパラパラと少しずつ落とし始めるため、果たしてどの状態のものが成熟種子を内包した果実なのかがよくわからない。いろいろな状態のものを採取し播種してみれば結論が得られると思われるが、豊かな環境がないとそれも難しい。  
 
 糸を引くグッタペルカについて  
 
   
       糸を引くトチュウの葉
 よく知られた風景である。
     糸を引くトチュウの果実 
 トチュウの果実は葉よりもはるか多くグッタペルカが含まれているようで、強い粘性があって、引きちぎろうとするとその強靱さに驚く。
 
     
 グッタペルカ gutta-percha (マレー語に由来し、ガタパーチャとも。)の本家はアテツ科のパラクイウム(パラキウム)属の Palaquium guttaグッタペルカの木)が代表的で、それらの樹液から採取された樹脂を指している。主成分は化学構造が弾性ゴムに似た「グッタ」(68〜88%) とされる。熱可塑性のゴム様物質で酸やアルカリ等に対して安定で、古くは海底ケーブルの絶縁性被覆、ゴルフボールにも使われ、現在でも歯科診療に際しての歯の根の詰め物(根管充填材料)として利用されているという。

 トチュウの葉や樹皮にも2〜7%のグッタペルカを含むことから、葉などを引きちぎるとゴム質の糸を引くが、含有量が少ないため、トチュウからはグッタペルカの経済的な採取はなされていないという。(世界大百科事典ほかによる。)
 なお、グッタペルカの性状について、トチュウの場合にしばしば「白色乳液」として表現されているが、樹皮、葉、果実のグッタペルカのいずれも決して乳液質ではなく、また糸を引いた場合に一見白く見えるのは単に光の反射によるものである。
 
 
 トチュウの薬効の理解  
 
 生薬としての「杜仲」はトチュウの乾燥した樹皮(粗皮を取り除いたもの)を指していて、日本薬局方にも収載されており、例えば「養命酒」(第2類医薬品)にも多数の配合生薬の一つとして、トチュウの樹皮が使用されている。しかし、なぜか杜仲茶では杜仲葉が原料とされている。また、グッタペルカが何らかの貢献をしているのかと想像していたが、グッタペルカはあくまでゴム様の安定した物質であり、残念ながら薬効とは直接の関係はないようである。  
 
(1)  生薬としてのトチュウ   
 
 生薬としてのトチュウ樹皮の利用は中国発の中薬の知恵に学んだもので、国内で杜仲を含んだ複数の漢方処方がみられるが、一般用医薬品(市販薬)の成分としては利用されていないようである。ただし、生薬としての位置付けはないものの杜仲葉成分が配合されたとされるサプリメント(注:もちろん医薬品ではない。)は目にすることができる。

 和漢薬草図鑑では、その用途について「強壮、強精、鎮痛薬として、腎虚、腰膝の疼痛、妊婦の腰重、足膝軟弱、胎動流産などに応用する。」としている。
 
 
(2)  中薬での杜仲  
 
 中薬大辞典では杜仲の薬効と主治について、「肝腎を補う、筋骨を強める、胎を安らげる、の効能がある。腰、背の酸痛、足膝痿弱(膝の麻痺)、小便余癧(残尿)、陰下湿痒、胎漏痿弱(女子の不正出血、早流産)、高血圧を治す。」とある。本草綱目の内容とほぼ同様である。「神農本草経」で上品(じょうほん)に収載。なお、本草綱目では杜仲の名前に関して、李時珍が、「昔、杜仲という人が、これを服して得道したというに因んで名とした」としている。  
 
(3)  杜仲茶  
 
   杜仲の葉にも樹皮に近似する一定程度の成分があるとされ、国内で杜仲葉に由来する杜仲茶の茶葉が販売されている。トクホ(特定保健用食品)の承認を得た事業者(小林薬品)の製品(杜仲源茶・ペットボトル入り)では、「杜仲葉配糖体を含んでおり、血圧が高めの方に適した食品です。」としている。もちろん、あくまで食品扱いであるから、高血圧症の予防薬や治療薬ではない。国内でわずかに杜仲茶葉の生産が見られる模様であるが、国内で利用・販売されている茶葉のほとんどは中国産である。

 トチュウの樹皮を採取するということは樹体を痛めることになるが、葉の採取であればこうした心配はないため、中国にとっては都合のよい輸出品(注:中国産は品質のバラツキが大きいと言われる。)となっているはずである。ちなみに中国では杜仲茶はそれほど一般的な存在ではない印象があるが、中国内でも杜仲茶葉が販売されている。杜仲茶用の茶葉には古い葉や落葉は不適で、若い葉を使用するのが基本とされる。