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樹の散歩道
 
  生薬は楽し                


 金沢市内の裏道を歩いていたところ、魅力的な大きな看板が目に入った。意味不明でありながら、由緒ありそうな雰囲気を感じさせる漢字5文字が記してある。最後の1文字は多分伝統的な薬らしさを漂わせている。近づくと添え書きした文字が何たるかを明記していた。地域版の伝統的秘薬か? その文字の魔力に吸い寄せられて店に入った。
【2009.8】 


 組成はショウガ科のガジュツを主体として、同科のウコン、ショウキョウ(生姜。ショウガの生薬としての呼称。)にマコンブ(真昆布)を加えている。
 ガジュツは種子島、屋久島産。
 
 ■株式会社恵命堂
 本社:東京都中央区新川

 
主原料となるはもちろんこの根茎である。
恵命我神散(けいめいがしんさん)の店看板 (金沢市内)     分包   ガジュツ(星薬科大学)
 店にはおじいちゃんとおばあちゃん、そして嫁さんがいた。おじいちゃんはベテラン薬剤師なのか、その薬についてみっちり講釈をしてくれた。話を聞いて、この胃腸薬は、金沢には全く縁のない、遙か彼方の屋久島の産であることがわかった。

 生薬を基剤とする漢方系医薬品は現在でも多数あって、安定した国民的医薬品となっているもの、特にお世話になっていなくても昔から知名度抜群で、郷愁さえ感じてしまうもの、江戸時代からど根性で生き残っているものなどなど、詳しい来歴を知れば益々関心が高まってしまう。

 ところが、「生薬」とか「漢方」、「漢方薬」、「民間薬」、「医薬品」など、実はどういった定義で使い分けがなされているのか非常にわかりにくい。

 また、生薬名に関しても、本草学の元祖である中国の医学(中医)の呪縛に捕らわれ続けた日本の悲しい宿命を感じていた。つまり、その植物が日本に分布していても、その和名がどうあれ、その植物由来の生薬名は突然中国名になる怪である。例えば、キハダ薬は中国語でキハダを意味する黄柏オウバク黄檗に同じ。)である。中国本国ではこんな馬鹿な使い分けなど生じないことを考えると、強い違和感を持っていた。しかし、生薬の多くが中国原産であり、現在でもほとんどの生薬の調達を中国からの輸入に依存していることを考えれば仕方がないのかと思ったりもする。やはり、中国医学ウン千年の前に、生薬名は中国名を使うことであくまで格調高く、またそれらで構成され、中国伝来の智恵に多くを依存する漢方処方の名称との相性がいいこともその理由となっているのであろうか。

 こうした疑問を持ちつつ、言葉の定義は後回しにして、あくまで興味本位に選んだおなじみの生薬由来の医薬品をリストアップしてみよう。
名 称 組 成 備 考
いのちのはは
命の母
(命の母A)
ダイオウ末、カノコソウ末、ケイヒ末、センキュウ末、ソウジュツ末、シャクヤク末、ブクリョウ末、トウキ末、コウブシ末、ゴシュユ、ハンゲ、ニンジン、コウカ、各種ビタミン
婦人病全般
笹岡薬品(株)(大阪市)
小林製薬(株)(大阪市)
明治36年生まれ。命名者は創業者の笹岡昌三。強烈な印象を与えるネーミングである。平成17年に小林製薬(株)と独占販売契約を締結。
うづきゅうめいがん
宇津救命丸
ジャコウ、ゴオウ、レイヨウカク、ギュウタン(注:牛の舌ではなくて牛の胆嚢)、ニンジン、オウレン、カンゾウ、チョウジ 小児薬
宇津救命丸(株)(東京都千代田区)
慶長2年(1597)に創業。宇津家の秘薬として口伝により代々造り続けられていた。大人用の万能薬であったが明治期に小児薬に転換。
おおたいさん
太田胃散
ケイヒ、ウイキョウ、ニクズク、チョウジ、チンピ、ゲンチアナ、ニガキ末、炭酸水素ナトリウム、沈降炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、ビオヂアスターゼ、エルメントール 胃腸薬
(株)太田胃散(東京都文京区)
明治12年に官許を得て発売。オランダ人の医師ボードウイン博士の英国処方を譲り受けて作られた肉食を主体とするヨーロッパの食生活を主体とするヨーロッパの食生活に適した胃腸薬とされる。
じつぼさん
實母散
(実母散)

(喜谷)
トウキ、センキュウ、センコツ、モッコウ、ケイヒ、ビンロウジ、ビャクジュツ、オウゴン、チョウジ、オウレン、カンゾウ 婦人薬(ティータイプの煎じ薬)
喜谷實母散本舗(株)キタニ(東京都目黒区)
創業は正徳3年(1713)長崎の医師の処方に由来するという。實母散(実母散)は一般名で、大東亜戦争前は200種以上存在したといれたが、現在は数を減らしている。前記ほか、福地、全国、日野、三星、広貫堂、山本製薬等の名を見る。
ちゅうじょうとう
中将湯
シャクヤク、トウキ、センキュウ、ソウジュツ、ブクリョウ、ボタンピ、トウヒ、コウブシ、ジオウ、カンゾウ、トウニン、オウレン、ショウキョウ、チョウジ、ニンジン 婦人薬
(株)ツムラ(東京都港区)
明治26年、津村重舎が津村順天堂を創業して中将湯を発売。ツムラの礎を築いたロングセラー製品とされる。
前掲の製品と関連した楽しい無理問答がある。

「陸軍大将の細君がのんでも中将湯(ちゅうじょうとう)とはこれいかに」 ⇒ 「継母(ままはは)がのんでも實母散(実母散 じつぼさん)というがごとし」
きゅうしん
救心
ジャコウ、ゴオウ、センソ(注:シナヒキガエルの腺)、レイヨウカク、ニンジン、真珠、龍脳、動物肝 強心剤
救心製薬(株)(東京都杉並区)
大正2年創業。昭和8年には商標登録。希少な動物性生薬を中心にした組成が印象的で、列記されたものを見ると魔女の秘薬を思わせるような何やら神秘的な雰囲気が漂い、ワクワクしてしまう。この製品名を聞くと、反射的に動悸、息切れの単語が思い浮かぶほどCMが浸透している。
きおうがん
奇應丸
(奇応丸

(樋屋)
ジャコウ、ニンジン、ユウタン、ジンコウ 小児薬
樋屋製薬(株)(大阪市)
発売元:樋屋奇応丸(株)(大阪市)
創業は元和8年(1622)。奇應丸(奇応丸)は一般名。大人でも胃腸の調子を整え、二日酔いを防止するともいう。
ほしいちょうやく
ホシ胃腸薬
ゲンチアナ末、ケイヒ末、コロンボ末、ショウキョウ末、コショウ末、炭酸水素ナトリウム、炭酸マグネシウム 胃腸薬
星胃腸薬(株)(東京都品川区)
明治43年創業。星薬科大学の創立者であり、作家星新一の父、星 一(はじめ)が製造販売を手がけた薬。一時期、星新一が社長を務めた。赤い缶がよく目立つ。
はんごんたん
反魂丹
(越中)
オウレン末、センブリ末、ショウキョウ末、牛肝末、、ウルソデオキシコール酸 胃腸薬
池田屋安兵衛商店(富山市)
この名の売薬は各地に見られたが、越中富山売薬が有名であった。死者の魂をよび返すとされた反魂香にあやかって、采死(ひんし)の病者を回復させる効能があるとして、中国でつけられた薬名である。〔平凡社世界大百科〕 
歴史は江戸時代にさかのぼる。
「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて萬金丹、それをのむやつぁあんぽんたん」の名調子は子供の頃に聞いた。
まんきんたん
萬金丹
(万金丹)

(小西)
アセンヤク末、カンゾウ末、ケイヒ末、チョウジ末、モッコウ末、チンピ末、寒梅粉 胃腸薬
小西萬金丹本舗(伊勢市)
萬金丹(万金丹)は一般名。武士も印籠に収めて携行したという。
りゅうかくさん
龍角散
キキョウ末、カンゾウ末、キョウニン末、セネガ末 鎮咳去痰剤
(株)龍角散(東京都千代田区)
佐竹藩の藩薬として文政年間に創製。当時の処方の中にあった龍骨(古代哺乳動物の化石)、龍脳(龍脳樹の樹脂結晶)、鹿角霜(鹿の角を煮て乾燥させたもの)から「龍角散」と名付けたという。
龍の角(つの)とも読めるネーミングは、実に格調高く、いい名前である。
じんたん
仁丹
カンゾウ、アセンヤク、ケイヒ、ウイキョウ、ショウキョウ、チョウジ、ヤクチ、シュクシャ、モッコウ、ハッカ脳、アマチャ、各種芳香性精油類 口内清涼剤
森下仁丹(株)(大阪市)
明治26年に森下森下博が創業。明治38年に銀粒仁丹の前身に当たる「赤大粒仁丹」を発売。大正11年には主力商品の仁丹に次ぐ商品として「仁丹体温計」を発売。
クセのある銀粒仁丹のニオイは誰もが認知できる。なお、表面の銀色は本物の銀箔だという。
せいろがん
征露丸
クレオソート、ゲンノショウコ末、ケイヒ末、トウヒ末、カンゾウ末、グリセリン 胃腸薬
日本医薬品製造(株)(奈良県御所市)
創業明治22年。この製品の場合は、「露丸」ではなくて「露丸」である。元祖は明治時代に陸軍が開発したとされる。歴史を物語るネーミングを残し、気骨のある姿勢を示していることでファンが多い。
なお、当局の圧力で歪められた正露丸の名称で複数の製品が知られているが、そもそもこれでは全く意味不明になってしまった。新たに「ロシアを正す」と解するのなら兎も角、間違っても「正しいロシア」では断固受け入れは困難である。
はちみじおうがん
八味地黄丸
ジオウ、サンシュユ、サンヤク、タクシャ、ブクリョウ、ボタンピ、ケイヒ、ブシ 中高年者の老化予防の漢方薬
ツムラ、カネボウ、常磐等多くの製品が見られる。
漢方の古典といわれる中国の医書「金匱要略(きんきようりゃく)」に収載された薬方とされる。同じ組成のものが本家中国から「金匱腎気丸」の名で輸入されている。
<用語メモ> 平凡社世界大百科事典等より
【生薬(しょうやく)】
 植物、動物および鉱物の天産物をそのままか、またはその一部、あるいは動植物のエキス、分泌物,細胞内含有物を乾燥など簡単に加工を施し、薬用に供するものである。しかし、直接医薬品となるものばかりでなく、生薬製剤、成分製剤の原料となるもの、ならびに香辛料、香粧品、工業薬品などの原料をも含む。
 漢方処方によって使う場合は漢方薬,民間療法的に使う場合は民間薬,そして一般には和漢薬と称する。
 生薬には薬事法による医薬品に区分されるものと食品に区分されるものがある。
【和漢薬】
 和漢薬とは和薬漢薬を含むが、和薬の中には日本古来のセンブリ、ゲンノショウコ、ドクダミ、ヒキオコシ、チクセツニンジンのようなものと、漢薬の国産代用品、例えば黄連(おうれん)、当帰(とうき)、蒼朮(そうじゅつ)、山椒(さんしょう)、蜂蜜(ほうみつ)などがある。漢薬は甘草(かんぞう)、人参(にんじん)、附子(ぶし)、大黄(だいおう)、桔梗(ききょう)、茯苓(ぶくりょう)、麻黄(まおう)など中国古来の生薬である。
【漢方】
 漢方という言葉は、江戸時代に、オランダから伝えられた医学を蘭方と呼んだのに対して、従来中国より学んで日本に同化した医学の呼称として日本で造られた用語
【漢方薬】
 漢薬ともいう。漢方医学で用いられる薬物を指し、主として中国産ならびに日本産の植物、動物、鉱物などの生薬を意味する。 
 漢方薬としてよく名の知れたものは約400種、そのなかの150種程度のものが常用される。
【民間薬】
 一般大衆が医師の指導によらず,みずからの判断で用いる民間伝承の薬物をいう。
【医薬品】
 医療の用に供される薬品を医薬品とよぶ。
 重要な医薬品について,その性状,品質,製法その他の基準を日本薬局方で国が定めている。
 一定の生薬も医薬品として認知されている。