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続々・樹の散歩道
 スズメガ(シモフリスズメ)の卵の運命の行方  
  ふつうの卵と異変が生じた卵


 キッコウヒイラギ(注:ヒイラギの品種)の葉裏に小さな卵が単独で(ひとつだけ)付着しているのを確認した。別項で紹介したヘリグロテントウノミハムシが取付いていた植栽木であるが、このハムシの卵は観察努力不足で確認できないままとなっていた。しかし、今回目にした卵は明らかに別物で、食樹の種類を勘案しつつ調べたところ、スズメガの一種であるシモフリスズメの卵である可能性があるとわかった。
 そこで経過観察したところ、いつのまにか卵から弱々しいほどに細い黄緑色の幼虫が孵化していて、シモフリスズメであることを確認したのであるが、孵化する際の様子を見逃してしまったため、再度同様の卵を採取して経過観察することにした。 (2021.9) 


 シモフリスズメの卵と孵化幼虫の様子  
 
   シモフリスズメの卵
 キッコウヒイラギの葉裏にひとつだけポツンと付いていたものである。大きさは径が約2ミリほどで小さい。
 
   卵から孵化したシモフリスズメの幼虫
 ふ化後間もない幼虫で、まだからだが小さい割に、スズメガ幼虫でふつうに見られる暗色の尾角が長いのには驚きである。まだ全身が黄緑色で、固有の模様はみられない。
 3対の胸脚、4対の腹脚、1対の尾脚が確認できる。  
   
   食事中のシモフリスズメの幼虫 1
 餌としては、卵が付いていたキッコウヒイラギの若葉を選んで与えた。チビのくせに一丁前に葉を食べている。  
   食事中のシモフリスズメの幼虫 2
 葉の縁を縦にしてしがみつき、頭を上から下に動かして葉を食べる。ひたすらこの動きを繰り返す。さらに大きくなったら葉をむしゃむしゃとたくましく食べる大腮(たいさい)=大顎(おおあご)の構造を是非見たくなる。  
 
 
 小さな卵から幼虫が孵化する様子も見たかったのであるが、油断をして見そびれてしまった。聞くところによると、孵化幼虫は自分が生まれた卵の殻を食べてしまうらしく残骸もないため、卵の殻の一部が外側にパックリ開いたのか、それとも孵化幼虫が内側から食い破ったのかも確認できず、残念であった。

 幼虫のその後の様子は後ほど紹介する。
 
     
異変が生じたシモフリスズメの卵  
 
 追って採取した卵は上部にクレーターのような凹みが見られた。時間の経過でふつうに見られる現象のようであるが、ひょっとしてこの部分が孵化に際して内側から押されるとパックリとフタのように開くのではないかとの期待を抱いて経過を観察した。
しかし、数日経過しても孵化する気配はなく、透明な卵の殻の中に複数の小さな幼虫が存在することがはっきりしてきた。ということは、明らかに寄生蜂の餌食となっているということになる。別項でもチャタテムシやカメムシの卵から寄生蜂が羽化したり、サツマキジラミの幼虫から寄生蜂が羽化する様子を確認したが、またしても寄生蜂による乗っ取りの風景を見ることになった。
 
 
   様子が怪しいシモフリスズメの卵
 先に卵を確認したのと同じキッコウヒイラギの植栽樹で見られたもので、こちらは葉表にひとつだけ付いていた。 凹み自体は正常な卵でも途中で生じるらしいが、透けて見える色はこの卵の中身が反映しているようである。 
   様子が怪しいシモフリスズメの卵
 多数の幼虫の存在を感じさせる色合いである。 
   
   多数の幼虫が透けて見える卵
明らかに多数の幼虫が卵の中を占拠しているようであり、もはやシモフリスズメの幼虫は寄生者の餌食となってしまったようである。 
 蛹あるいは成虫となった寄生者が透けて見える卵
 寄生者は既に幼虫の時期を過ぎたようである。
 卵の殻で見られる白い点は寄生者のお母さんが産卵管を差し込んだ跡なのかも知れない。 
   
   寄生者が脱出した卵の殻 
 寄生者が脱出した卵の様子で、半透明のからだけが残されている。
   寄生者が脱出した卵の殻
 写真の右下に見られる小さな穴は、寄生者の成虫が脱出する際に食い破った跡である。 
   
 羽化した小さな寄生者の様子は次のとおりである。

 種名はわからないが、明らかに寄生蜂の一種で、すべて同一種と思われる。卵からは9匹ほどが出てきた。寄生蜂のお母さんは、2ミリほどの小さな卵に、我が子がすくすくと育つであろう確たる見通しを持って、これだけの数の卵を産み付けたのであろう。 
   
  シモフリスズメの卵から羽化した寄生蜂 A
 
体長は1ミリほどの小さな寄生蜂である。チョロチョロとよく動き回り、生きた状態での撮影が困難であったため、以下の写真はすべて餓死した状態のものである。 
シモフリスズメの卵から羽化した寄生蜂 B 
   
シモフリスズメの卵から羽化した寄生蜂 C  シモフリスズメの卵から羽化した寄生蜂 D 
 
 
   最終的に5個の卵を採取したが、シモフリスズメが羽化したのはたったの1個で、他の4個はいずれも寄生蜂の餌食となっていた。なかなか厳しい世界である。   
 
 シモフリスズメの幼虫の各部位の様子  
 
   これまでいも虫君(青虫)をじっくり観察したことがなかったので、食樹が近くで手に入れやすいこともあって、シモフリスズメを教材とし、体の各部を観察してみることにした。特に、葉をバリバリとたくましく食べる口器の様子に興味を感じたが、大腮の写真は撮影が難儀であった。なぜなら、当然ながらあーんと口を開けてじっとしていてくれないからである。   
     
    初回脱皮直後の2齢幼虫の尾角
左側に見えるのは脱皮殻で、黒い尾角がピンとたっている。脱皮後間もない幼虫の尾角は淡色である。
    シモフリスズメ若齢幼虫の全身
体の模様や気門が確認できる。 
   
   シモフリスズメ幼虫の尾角 1
 鋭いとげ状の突起で覆われている。時間の経過で暗色となる。 
  シモフリスズメ幼虫の尾角(同左アップ) 
 齢数を重ねるとトゲが全面を覆う。スズメガ類では共通してみられる器官であるが、何の役割を担っているのかは未だにわかっていない模様である。
 
 
 
     シモフリスズメ幼虫の尾角 2
 若齢幼虫の尾角で、全体が大小のトゲに覆われている。鬼の金棒のような仰々しい形態となっている。ただし、虫体が成長すると,尾角は相対的に小さな存在となり、捕食者がこれを見てびびるなどということは全く考えられない。丸々太ってプロプヨとした虫体は捕食者にとっては尾角の存在にかかわらず、極上のごちそうであることに変りはない。
 なお、幼虫の体は確かにぶよぶよであるが、実はつつくと怒って体をくねらすが,この際に体は驚くほど硬くなり、本当は全身が筋肉質であることがわかる。 
 
     オリーブの葉を食べているシモフリスズメの幼虫
 葉を食べる際は葉の縁に対して縦方向に上から下に反復して小刻みに咀嚼しながら、摂取している。この上下運動に際して、切れ込みのある上唇に葉の縁が食い込んでいて、上唇はは葉を食べるに際しての上から下方向に大腮(大顎)をスライドする時のガイドレールの役割を果たしているように見える。
 3対の胸脚は、咀嚼する葉を縦方向に保持するのに使われている。
 写真の方向からでは、大腮(大顎)が咀嚼している風景は見えない。 
 
    シモフリスズメ幼虫の腹脚の様子
 腹部に4対あるこの腹脚はパワーに溢れている。基本的にはお食事に際して体を小枝や茎、葉柄にガッチリ固定するのに必須の器官で、末端が吸盤のような形状で広がっていて、先端部のふちにはグリップに有効な小さな多数の爪が線状に配置されている。保持力が非常に強く、幼虫の体を引き離そうとしても、体がぶち切れるのではないかと心配になるほど頑なにしがみついて離さない。 
 
       シモフリスズメ幼虫の尾脚の外観
 シモフリスズメのお尻側の様子で、上方に肛上板、左右に1対の尾脚がある。この外観は肉質の3枚のフタが肛門を隠しているような形態である。写真の尾脚はシマトネリコの羽状複葉の葉柄を左右からガッチリグリップしている。次に、これを少々下方から見てみる。 
 
      シモフリスズメ幼虫の尾脚の様子 
 尾脚の内側の末端部の様子は腹脚と同様で、小さな多数の茶褐色の爪が線状に配置されていて、葉柄をガッチリとグリップしている。
 
      シモフリスズメ幼虫の気門の様子
 気門は胸部に1対、腹部に8対の計9対が存在する。気門はもちろん空氣の取り入れ口である。形態は楕円形で、穴の内側にはびっしりと淡黄褐色の細かい毛が取り巻いている。異物の侵入を極力避けるためのものと解されている。 
 
      シモフリスズメ幼虫の頭部、胸部の側面の様子
 上唇の直下に黒光りする立方体状に見えるのが強力な咀嚼能力を発揮する大腮(大顎)である。大腮は左右方向に開閉し、強力な力で小刻みに葉を咀嚼して摂取する。
 なお、たくましい筋肉を内蔵する頭部は表面にザラつきがあって硬い。脳みそより筋肉を優先しているのであろう。  
 
    シモフリスズメ幼虫の頭部、胸部を下方から見た様子
 大腮は全体が露出状態にないことから、その形態を生体写真でとらえて理解するのは難しい。  解剖すれば可能であろうが、餌をあげて育てているため、かわいそうでできない。  
 
なお、小腮部には小腮髭と思われるものが存在し、白黒の縞模様に見える。
 
    シモフリスズメ幼虫の口器及びその周辺の様子
 大腮に葉の食いカスが付着していて,少々見にくいが、少しだけ口を開けた状態にある。
 顎の全面と咀嚼面の両方にギザギザがあるように見える。
 なお、小腮髭の機能は例えばカイコ幼虫では他の器官とともに味覚をつかさどるものと解されているが、本種に関しては参考情報が得られずよくわからない。 
 
     シモフリスズメ幼虫が大腮を大きく開いた状態
 大きく左右に腮を開いた瞬間であるが、右側の腮を見ると特に咀嚼面がギザギザとなっているのがわかる。   
 
 
  【参考写真】 脱皮直前のシモフリスズメ幼虫頭部の口器付近の様子
 脱皮殻が少々浮いた状態にあるものの、腮の表面形態、色合いは生の腮をそのまま反映している。顎の前面と咀嚼面にギザギザがあることが理解しやすい。上唇部分の脱皮殻は頭部以外の体の部分と同様に極薄のためにしぼんでいるため、形態は崩れている。  
 
 
  <参考メモ>   
     
 
シモフリスズメ幼虫の食樹・食草  「蛾類幼虫図鑑」によれば、ゴマ(ゴマ科)、クサギ、ハマゴウ、ムラサキシキブ(以上クマツヅラ科)、キリ(ゴマノハグサ科)、モクセイ、ネズミモチ、イボタノキ、ハシドイ、ヒイラギ、オリーブ、オオバイ(以上モクセイ科)、シソ(シソ科)、ノウゼンカズラ(ノウゼンカズラ科)、ガマズミ(スイカズラ科)などとされ、非常に広範にわたる。
 今回の飼育に際しては近くで手に入りやすいシマトネリコ(モクセイ科)を与えた。また、試しにオリーブ(モクセイ科)も与えてみたが、そこそこ食べてくれた。
虫体部位の「あご」と「ひげ」   口器及びその周辺の部位の呼称、読み方は非常に分かりにくい。

 「あご」については腮(えら、サイ)顋 (えら、サイ)顎(あご、ガク)の文字が自由に使われている。

 例: 大腮(たいさい)=大顎(おおあご)=大顋(たいさい)

 「ひげ」については髭 (ひげ、シ:鼻の下のくちひげなど)、鬚(ひげ、シュ、ス:柔らかいあごひげなど)、本来的にはニュアンスが異なるはずはずであるが、その他の文字とともに自由に使われている。  

 例: 下唇鬚(かしんしゅ)=下唇枝(かしんし)=下唇肢(かしんし) 
    小腮鬚(しょうさいしゅ)=小腮髭(しょうさいし)

 昆虫の口器は種毎にそれぞれ複雑でとてもついて行けないし、構成部位の呼称の適用漢字もぐちゃぐちゃで、整理不能状態にあるとしか思えない。
 
     
 シモフリスズメ幼虫の脱糞風景を激写 !!
 
(青虫のうんち シモフリスズメの肛門)
 
 
    スズメガ幼虫のウンチに関しては別項(こちらを参照で採り上げたとおりで、手榴弾のような個性的な外観で、その両端(横断面)は菊花紋を思わせるような精緻な造形となっていることを学習した。この秘密は直腸の筋肉の作用によるものであるらしいが、よい機会なので、シモフリスズメの幼虫をサンプルとして、脱糞の風景肛門の様子を観察させてもらうことにした。  
     
  A シモフリスズメの尻の様子
 尻は3裂に割れたように見える。上側の部位は肛上板、左右は尾脚の外側で 、恥ずかしがり屋なのか、中心部の奥に肛門が隠れている。尾脚は通常は腹脚と同様に体を支えるために小枝や茎を左右からしっかり挟み込んでいる。
   B 脱糞の準備を開始した状態
 うんちを出すために息み始めたのか、3個の部位が開き始めている。尾脚は葉柄の保持をやめて浮いている。肛門はまだ見えない。 
   
   C 脱糞(うんち)の途中の様子
 肛門の筋肉のヒダが現れて、中心部にうんちが顔を出し始めた。いよいよである。 
   D 脱糞(うんち)の途中の様子
 体の割に大きなうんちが姿を現した。 
   
   E 脱糞(うんち)終了直前の様子
 うんちがほぼ姿を見せていて、この直後にポトンと落ちた。手榴弾の放出である。体の太さに対して、とんでもなく大きいうんちであることに驚かされる。  
   F 脱糞(うんち)直後の肛門の様子
 うんちを出した直後で、恥ずかしい肛門が完全に露出した状態である。この後に慎ましやかに肛上板と左右の尾脚を閉じて肛門を隠した。肛門のしわしわの形態はやはり菊座の名がふさわしいことを実感する。
 
 
 シモフリスズメの幼虫から成虫までの変身(変態)の様子  
     
   せっかくの機会であるため、幼虫が成虫となるまで見届けることにした。   
     
 
   シモフリスズメの終齢幼虫 
 お食事中ではなく、左側の頭部が下向きとなっている。本来の色合いである。
 
   蛹化直前のシモフリスズメの終齢幼虫
 体が暗紫色となり葉を食べなくなったたため、蛹になる準備段階になったものと判断して飼育ケースに土を入れたところ、頭だけを土の中に入れた。図鑑によれば、土中で蛹化するとのことであるが、土をかけてやっても土が気に入らないのかすぐに外に飛び出してしまった。  
 
   シモフリスズメの蛹 NO.1
 脱皮して蛹のかたちとなったが、当初はわずかな時間だけ鮮やかな黄緑色に変化した。奇妙な太いストロー状の器官は小腮環(しょうさいかん)と呼んでいる。この小腮環は羽化の前の成虫が長い口吻(こうふん:ストロー)を差し入れて、先端部ではさらに口吻を折り返した状態で大切に収めるために存在するようである。  
 
   シモフリスズメの蛹 NO.2
 蛹はまもなく赤褐色となった。 
 
   シモフリスズメの蛹 NO.3
 蛹はさらに暗赤褐色となった。この状態でもつつけば不機嫌そうに尻をピクピクと動かす。 
 
   羽化したシモフリスズメ(成虫)
 黄緑色の蛹となった後のわずか2週間後に羽化してしまった。図鑑によれば、秋遅くに蛹となった場合は、蛹で越冬してよく春に羽化するという。
 間違いなくシモフリスズメであるが、やはりあまり美しくない。触角はまだピンと立っていない。 
 
  シモフリスズメの蛹の抜け殻
 蛹の抜け殻であるが、夜中に羽化した模様で、その瞬間を目撃することはできなかった。殻は小腮環のあたりがパックリ開いている。大切な口吻を損なうことなく、頭部から脱出していることがわかる。 
 
     
   シモフリスズメの羽化までの経過は以上のとおりであるが、じっくり観察してみると改めて昆虫の変態は驚きに満ちたものていることを痛感する。

 例えば鳥類、爬虫類の卵から孵化した子や哺乳類が産み落とした子はそのままの形態で大きくなるだけである。

 ところが変態を伴う昆虫では、例えば「いも虫」と「蛹」と「成虫」は明らかに全く別物である。特に蛹の中では一体何が起こっているのか、強い興味を感じる。内部の変化の過程をなんとか可視化してもらえるとありがたいのであるが・・・

 ただ、間違いなく言えるのは蛹の中ではほとんどの細胞構造、構成が完全にリセットされてのち、別物に再構成、再構築されているということである。リキッドメタルのターミネーターを連想してしまう恐るべき能力である。

 そこで、シモフリスズメの立場になってこの変態の必然性など考えてみると、

 まず、卵から生まれたいも虫型幼虫は、翅など不要で、ただひたすら体を大きくするため、好みの葉を食べるのが仕事である。しかし、幼虫の間は全く無防備であり、多くは捕食者に豊かな栄養を提供してしまっている。(なお、卵の段階でも多くが不本意ながら寄生蜂のお母さんに提供されている。卵をバラバラに産むのはこの犯行を知っているからであろう。)

 充分に太って大きくなった幼虫は、今度は翅をもった成虫となるべく、の殻の中で体を再構成して成虫としての部位をしっかりと形成しなければならない。この場合の変身は、捕食者の攻撃に耐え、確実に広範に繁殖するには翅が何としても必要不可欠であると信じたご先祖様のこだわりと信念の賜であろう。(なお、蛹が繭をつくったり、土の中でじっとしているの(シモフリスズメはこの例)は無防備な体を守るための行動であることは明らかである。)

 晴れて羽化したシモフリスズメの成虫は花の蜜をチューチュー吸いながら、子孫の繁栄を祈って繁殖活動に生きることになる。ただし、成虫のむっちちした体はひょろひょろのチョウに比べたらはるかにおいしそうであるから、捕食者の餌食となることを極力避けるため、もっぱら夜間に行動している。さらに高速の飛翔、ホバリング状態での吸蜜といった落ち着きのない行動も、考えてみればすべて生存のために身につけた能力である。本当に涙ぐましい努力である。