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続・樹の散歩道
 ヌスビトハギの果実はまるで高性能のマジックテープだ!
 しかし この植物の名前の由来は何ともわかりにくい!!


昔の子供達は、豊かな自然環境の中で、日常生活を通じていろいろなひっつき虫を運ぶことに随分貢献していた。オナモミを投げ合ってくっつけるのは普通の遊びでもあった。オナモミの果実の表面の毛の先が曲がっているから、特にセーターにくっつきやすいことは子供でもわかっていた。多くのひっつき虫はこれと似たような原理であることは承知していたが、改めて衣服へのくっつき能力ではずば抜けているヌスビトハギの果実を手に取ってみて、不思議なことに気づいた。何と指先にもくっつくのである。ということは、鈎以外の別の隠しワザも備えているのであろうか? 【2017.11】 


      ヌスビトハギの花
 やはりマメ科らしい花を付ける。 
      ヌスビトハギの果実
 1つの種子を単位にくびれているため、節果の呼称がある。 
   立てた指に貼り付いた果実
 不思議なことに、指にも貼り付き、下に向けても落ちない。  
  
 
 ヌスビトハギの果実の毛の様子  
 
 
   果実に密生した
  ヌスビトハギの毛
 ヌスビトハギの果実の毛1
 周辺の繊維をすぐに絡め取るのは、マジックテープと同じである。
 ヌスビトハギの果実の毛2
 鈎状に曲がった先端部が確認できる。
 ヌスビトハギの果実の毛3 
 貼り付き能力はイノコズチなどよりもはるかに高い。
 
     
 肉眼では細かい毛にしか見ないが、顕微鏡で見ればこれはマジックテープのいわゆるオス面に相当する構造で、毛の先端部がわずかに鈎形になっていることが確認できる。しかしこれだけで指先にも張り付くというのは理解できない。どう見ても粘着物質の存在は感触としてあり得ない。

 そこで、ひょっとするとヤモリの足で見られるような微細構造に由来する分子間力(ファンデルワールス力)の可能性を期待し、平滑なツメに押し当ててみたが、残念ながら貼り付く気配はない。ということは、果実を指で摘んで採った際に、押されてやや上向きとなった鈎が、わずかな指紋の溝に引っ掛かるということしか考えられない。

 ヌスビトハギの果実はツルツルのナイロン地以外なら幅広に見事にくっつきまくる能力があり、粘着物質なしで指にさえ取り付くということは、その性能の高さの一端と理解できる。 

 ヌスビトハギはたぶん、本来は中型以上の野生動物に取り付いて種子を運ばせるように適応したものと考えられるが、繊維質の衣類を着た人間の登場は果実のひっつき能力を最大限に発揮できる待ちに待った運搬者との邂逅であったに間違いない。
 
     
 ヌスビトハギの名前の由来の説明がわかりにくい理由  
 
 ヌスビトハギの「ヌスビト」は明らかに「盗人」であり、随分具体的であるから訳のわからない語について想像するのに較べれば案外容易に名前の由来が説明できそうな印象があるが、それでも複数の説を目にする。整理すると以下のとおりである。  
 
盗人の足跡説その1
いわゆる忍者歩きの足跡に似るというもの 
A 盗人の足跡説その2
足袋でつま先立ち歩きをした足跡に似るというもの 
B 気づかない間に家の中に入り込むというもの 
 
 
 これらに関する記述例は以下のとおりである。  
 
 @ (盗人の足跡説その1) 
A  和名盗人萩は盗賊室内に潜入し足音せぬ様蹠(あしうら)を側だて其外方を以て静に歩行する其足跡に其莢(さや)の形状相類するより云ふ、畢竟(ひっきょう)盗人の足萩の意なり。【牧野日本植物図鑑】
注:これが元祖の盗人の足跡説と思われ、具体的に説明しているが疑問が残る。(後述) 
B
 
 泥棒が忍び足で歩くその足跡に、豆果の形が似ているというのでこの名がついた。【新牧野日本植物図鑑 説明2-1】
注:記述が簡略化されているために、一層訳がわからない。 
C
 
 牧野富太郎は大正6(1917)年、「植物研究雑誌」第1巻6号に、「ぬすびとはぎトハ何故ニ云フ乎」と題する盗人足跡説を発表し、ヌスビトハギの名の由来を、果実の形が盗人の足跡に似ているためと推定した。同じような果実をもつ同属フジカンゾウに、ヌスビトノアシの別名があることからの類推である。【植物の世界 説明2-1】
注:歩き方の説明がなく、一般には趣旨が理解されない。 
A  (盗人の足跡説その2)
 節果をよくみると盗人の足跡と似ている。金品を包んだ大風呂敷を背負い、抜き足、差し足、忍び足で歩く。盗人は足袋をはいている。つま先で歩くので、この節果とそっくりの足跡になる。【野草の名前 説明2-2】
注:そもそもの疑問が生じる。(後述) 
B  (気づかぬ間に家に入り込むとの説) 
 「ヌスビト〜」は、気づかない間にその果実が体に取り付く種類を指す形用語であるから、ヌスビトハギの名前もこの性質に由来するという説もある。【植物の世界 説明2-2】
注:この説の本来の趣旨は、知らない間に家に入り込む点であるから、言葉が足りない。 
 人の気づかぬ間に衣類について家の中に入り込むためともいわれる。【新牧野日本植物図鑑 説明2-2】 
 知らぬうちに節果がつくことが、昔の盗人が目星を付けた人に取り付くことに似ているので、“盗人”の名前を付けた。そして、花が“萩”ににているので、“萩”を加えた。【野草の名前 説明2-1】
注:説明が不十分。  
 
 
 以上のとおりであるが、率直な感想を言えば、泥棒の足跡説はどうにも理解し難い。

 まずは@のいわゆる忍者歩きの足跡説である。

 これは昔の少年雑誌でもよく採り上げられていたが、自分の理解としては特に板の間をペタペタ歩くのではなく、足の外側から静かに着地させて、音の発生を抑える歩き方である。したがって、決して足の外側だけを着地させて歩くものではないから、足の接地面としては普通の歩きと何ら変わるものではなく、特殊な接地面となるものではない。この点を勘違いしているように思われる。

 次にAの足袋履きでのつま先立ち歩き説である。

 この歩き方はコソ泥の忍び足をコミカルに表現した想像上のものであり、つま先だけてちょこちょこ歩くなど実際にはあり得ない。つま先から静かに着地する方法も考えられるが、この場合であっても接地面は普通の歩きと同じとなる。この辺のことを誤解しているように思われる。

 以上のことから、泥棒の足跡説は強い違和感があり、全滅である。結果として、Bの説が生き残った。同じくひっつき虫として知られるイノコズチ「ぬすびとぐさ(盗人草)」の別名があるのと同様と受け止めればよいと思われる。
 
     
<参考:いろいろな種類のひっつき虫>   
 いわゆるひっつき虫の兵器は、毛の先端が鈎状になったものが多く、一部は凶悪な逆トゲ、あるいはシンプルな下向きの針状の部位持ったものがあり、最も不愉快なのは卑怯にもべちゃべちゃの粘液を使ったものである。これが知らない間にべったりと大量に服に付いたときは、絶望のどん底に突き落とされた状態となってしまう。払い落とそうとすれば、逆に服に塗りつける状態となり、手もベタベタとなってしまう。加えてヤブタバコのそう果などはクセのあるニオイにウンザリする。  
 
アレチヌスビトハギ・鈎   フジカンゾウ・鈎  オナモミ・鈎 ゴボウ・鈎 
       
 キンミズヒキ・鈎 ヒメキンミズヒキ・鈎  ミズタマソウ・鈎  ヤエムグラ・鈎 
       
ヤブジラミ・鈎  ミズヒキ・鈎  ハエドクソウ・鈎  ヒカゲノコズチ・下向き針 
       
コセンダングサ・逆棘  ヒシ・逆棘  オヤブジラミ・鈎+逆棘 1 オヤブジラミ・鈎+逆棘 2
 
 
 
ノブキ・粘液  チヂミザサ・粘液    ヤブタバコ・粘液  ヤブタバコのそう果
 (粘液が見られる部分) 
       
オオバコ・濡れると粘質  チカラシバ・小穂柄部棘  チカラシバ・剛毛の棘  ダイコンソウ・鈎 
  
     
:上記写真中、ヒシは少々異質で、その逆トゲは水中で流されないためのアンカーであろうと考えられている。