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樹の散歩道
  中国からやってきた最強のはびこり樹木
    神樹の名の由来は何処に?


 田舎道を車で走っていると、しばしば道端に羽状複葉のうねるように巨大な葉を付けた樹木が繁茂している風景が目につく。並外れた繁殖力を持つ中国生まれのニワウルシ(庭漆)である。シンジュ(神樹)の名もあって、その由来は「英名の Tree of Heaven の直訳である」とする図鑑の説明が頭にあるものの、“ heaven ” がなぜ「神」なのか、少々違和感を持ち続けていた。【2010.10】


                 ニワウルシの様子 
道端で勝手に元気に育っているニワウルシ。果実を付けるとよく目立ち、これが赤くなるとさらに目立つことになるが、ニワウルシの名称はあまり一般には認知されていない。


    ニワウルシの大きな樹
 植栽木で20メートルほどあるが、道端ではびこっている樹に比べると、葉に勢いがなく、衰退期にある。
 
   勝手に生えたニワウルシ
 左の樹の斜面下方で、実生で増えた子供たちの一部である。元気に突っ張る長大な羽状複葉が特徴である。
  群生状態の道端のニワウルシ
 道端でよく見かける風景である。絶やすことは簡単ではないようである。
    道端のニワウルシ
 条件により、羽状複葉の葉は1メートルにも及んでいる。大きく湾曲した葉には他を圧倒するエネルギーを感じる。
      切り株の萌芽
 退治されたニワウルシであるが、たくましい萌芽力で、以前よりも繁りそうである。根からも萌芽するという。
       小葉の形態
 小葉の基部の鋸歯の裏側には花外蜜腺がある。右方向が先端部である。
        冬芽と葉痕
 たくましい葉を支えていることの証明で、葉痕も巨大である。
     ニワウルシの雄花1
 雌雄異株で、花は円錐花序である。
    ニワウルシの雄花2
 花が小さいため、写真に撮って初めて観察できる。
     ニワウルシの雌花
 子房は5つに分かれている。
    たわわに実った果実
 果実もたっぷり付け、これまた強い繁殖力を感じる。
      赤くなった果実
 やがて褐色となる。2~5個の分果に分かれるとされ、写真では4個である。
 
(シンジュの名称の説明事例)

 一般的な図鑑等の説明事例を掲げれば、以下のとおりである。

【A 牧野日本植物図鑑、B 牧野新日本植物図鑑】シンジュ (ニワウルシ)
A:和名神樹は Tree of Heaven なる西洋の俗名を訳せしものにして、此樹に対し我邦にて最初に名けし名称なり。
B:庭漆はウルシに似た葉の木で庭園に見かけるからである。

【木の名前:婦人生活社】ニワウルシ 別名シンジュ
・名前の由来はウルシに似た、庭植えできる木の意味によります。別名は神樹で英名 tree of heaven を直訳したことによります。属名は天の樹を意味し、非常に生長が早く、大木になることにちなみます。種小名は非常に高い様子を意味します。

 Tree of Heaven であれば、天の樹、あるいは天国の樹といった感じがする。語学の素養のある者が哲学的に深読みして神樹としたのであろうか。素人的に、神樹、神の樹であれば、むしろ God tree ではないかと感じてしまう。
 そこで、もう少し重量のある文献に当たってみることにした。そうすると、やけに詳しい説明があって、視界が晴れてきた。
 
 【樹木大図説】 ニワウルシ 神樹Ailanthus altissima
 神樹というも神とか神聖とかの意味ではない、もとはマラヤ群島アンボイナ島の土語でアイラント(aylanto)即ちモルッカ産のモルッカシンジュ(Ailanthus integrifoliaAilanthus moluccana)が天にも届く喬木であるので天の樹といって、これが属名となった、ドイツに入ってゲッテルバウム(Götterbaum)即ち神の樹となり、日本で神樹という文字に緒方道平氏が訳したのである、悪木とされているが材に乏しい中国ではかなり材として用いている、徐州の諺に「老椿若槐」という文字あり、椿は老木で用いられる、中国の椿の文字は日本の椿ではなくニワウルシ、チャンチン等に使われる。
 白井博士は「此木漢名樗なり、樗の字古来我邦にては真植物を知らずして誤訓を施したり、源平盛衰記にてはアフチ(オウチ)即ちセンダンの木に充て、大和本草にては之をカラスノサンセウ(カラスザンショウ)に充て、本草啓蒙にては之をキツネノチャブクロ即ゴンズイに充て来れり、然れども皆誤なり、明治維新後支那より真物渡来し、始めて其物の和名をシンジュ、一名ニワウルシと命ぜり」という。
 日本へは明治8年頃渡来した。この年オーストリア博覧会に田中芳男、津田仙氏等の一行が参観し、同国より種子を持ち帰った。一説には津田仙氏がインドより種子を入れたとも言う。
 【木の大百科】 ニワウルシ
 英名を tree of heaven ,独名を Götterbaum というが、この属のモルッカ産の樹(モルッカシンジュ)が丈が高く天の樹という意味の土名(aylanto)が学名Ailathus にもなり英名にもなったという。和名の別名でシンジュ(神樹)というのは独名の直訳である。中国名は樗(樹)、臭椿で、中国で樗と櫪の木は材が脆くて役に立たぬもののたとえにされている。わが国で樗をセンダンその他に充てたことがあるがこれは誤りである。
 【朝日百科世界の植物】ニワウルシ
 属名のアイラントゥスは、インドネシア東部のマルク(モルッカ)諸島に分布するモルッカシンジュ Ailanthus moluccana が現地語で「天の木」を意味する「アイラント」とよばれていたことによる。これがそのまま翻訳されて,英名の「ツリー・オブ・ヘブン(天国の木)」やドイツ語名の「ゲッターバウム(神樹)」となり、日本での別名「シンジュ(神樹)」となった。ただし「アイラント」の本来の意味は「天にも届く高木」のことで、「神」の意味はない。(藤井伸二)
 これらを見ると、を踏襲しているようである。も実質的にはの見解と同様であるが、英語かドイツ語かは直接的には明言していない。

 結論的には、神樹の名は、原語とややニュアンスが異なったドイツ語の名称 Götterbaum の直訳であるという説明が説得力がある。ふつうであれば、突然のドイツ語では首をかしげるが、記述のとおりオーストリアで種子を手に入れたのであれば、つじつまが合う。ちなみにドイツ語の Götterbaum は英語に翻訳すれば “God tree”(神樹)である。 

 この説明で疑問は解消してしまった。面倒がらずに、とりあえずは調べてみるというものである。なお、ニワウルシの「ニワ」について、庭園で見るとか、庭植えできる、庭園に植えられるからとのあっさりとした説明をみるが、少なくともこれほど大きくなる木を庭で見たことはない。したがってなぜニワなのかはよくわからない。九州では道端でポツポツと大きな木を見たことがある。また、大分市内、札幌市内では街路樹として利用している例を見た。戦中に、神樹蚕(シンジュサン、樗蚕)の飼養のために植栽が奨励されたことがあったいう。現在では積極的な植栽は見られない。
(ニワウルシの属性)

 ニガキ科ニワウルシ属の落葉高木。雌雄異株。土地の適応力が強く、初期の成長が非常に早い。葉には特有の不快な特有の臭いがある。このため、中国では「臭椿」と呼ばれる。導入国ではその繁殖力から、厄介者となっている例が見られる。
 【樹木大図説】:耐寒、耐暑、耐煙性強く成長極めて早く、1年1~1.5mは伸長し、20年で高15m、幹周1.2メートルに達するが15m以上になると上長力は衰える。土地の要求力少く、却って肥地でない方が樹形がよくできる。
 【中国樹木誌】臭椿:年平均樹高生長量0.7m、胸径1.1厘米。樹高生長前10年最快、20年後減弱;胸径生長10年生左右較快。
 【平凡社世界大百科事典】:根を傷つけるとひこばえを出す性質がある。 若葉は塩蔵して食用にし,また葉をシンジュサン(神樹蚕)の天然飼育に用いる。根皮や樹皮は血圧降下の効があり,収れん剤ともなる。
 【保育社原色木材大図鑑】:樹皮のパルミチン、ステアリンなどの成分は殺虫の効がある根及び樹皮からは殺虫剤をとる
 【Britannica Online(抄)】tree of heavenCopal Tree , Varnish Tree とも。ニガキ科の生長の早い樹で、中国原産であるが他の地域で広く帰化している。公害に強く、病虫害もなく、どんな土壌でも生育可能であるため、都市部の建物間の植栽や街路樹として利用されてきた。葉を傷つけると不快臭があり、雄木はいやな匂いの花をつける。
 【USDA】Tree-of-Heaven :ニワウルシ属は10種ほどあり、アジア、オーストラリア北部に分布する。Ailanthus の語はモルッカの名前 aylanto 由来し、tree-of-heaven の意味で、木の高さを意識したもの。altissima の語は非常に高いという意味である。根から発芽(根萌芽)する性質がある。 ailanthus , chinese sumac , heavenwood , copal tree , paradise tree 等の呼称がある。
(ニワウルシの材等の利用)
 そもそも中国産の導入樹種で、日本では山に植林されているわけではなく、用途が定着するような安定的供給はないが、なぜか図鑑等には材の利用に関する記述がある。たぶん、中国での利用に関する文献情報を踏襲している可能性がある。
 径20センチ弱のニワウルシの樹から採ったサンプル材である。ニワウルシは写真のように淡色の材で、見た目にはきれいな材である。環孔材で、年輪ははっきり確認できる。やや軟らかめで、耐朽性が低いと言うが、別に水回りに使うのでなければ、いろいろな用途に使えそうである。 一昔前であれば、すぐに下駄材にもいいと言われたであろう。 
ニワウルシの皮付きサンプル材   
 材の肌目は粗い。古くから役に立たぬ木といわれているのは比較的脆いことと耐久性が低いことによるものであろう。用途は建築雑用材、器具(箱、農具など)、車両、薪炭があげられるがパルプには良好と考えられる。【木の大百科】
 若葉は塩蔵して食用にし,また葉をシンジュサン(神樹蚕。注:中国では樗蚕。)の天然飼育に用いる。根皮や樹皮は血圧降下の効があり,収れん剤ともなる。【平凡社世界大百科事典】
 支那北部ではこの葉でシンジュ蚕を飼い、そのためにも植栽されるが、わが国ではほとんど広まっていない。
【木の大百科】
 材は器具(指物・農具)、車両、薪炭に、根及び樹皮からは殺虫剤をとる。殺虫成分はパルミチン、ステアリンなど。【原色木材大図鑑】
 最後にニワウルシの原産国の中国の図鑑での説明文(抄)を紹介する。材の利用に関する情報では本場の方が実態を踏まえたものになっていると思われる。
【中国樹木誌】:苦木科臭椿属 臭椿(江蘇)、樗樹(江西)、木礱樹(浙江)
〔木材等利用に関する部分〕木材黄白色、紋理通直、有光沢、易加工、不耐腐;供建築、農具、家具等用材。木繊維含有量達40%、為有料造紙原料。葉可飼樗蚕。種子含油率35%。
 ニワウルシのたくましさを見ると、バイオマスとしても有効な原料になりそうな気がしてくる。
【追記:2011.10】 北海道の大地でのびのび育つニワウルシ

 このニワウルシは、これだけの大きさになっても、衰退する気配など全くなく、力強く枝をゆったり広げている。広大な空間を与えられ、しかも北の大地が故郷の中国に似ていて嬉しいのであろうか。嫌われ者のはびこり樹木として話を進めたはずが、堂々たるこの樹を見ると、敬意を表さざるを得なくなってしまった。(北海道立図書館前)
 
ニワウルシの大木