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樹の散歩道
  夏坊主、沈丁花の仲間たちの毒性と薬効


 有毒植物は恐ろしくも時に隠悪な雰囲気の漂う非常に興味深い対象である。毒性が強烈なものであれは矢毒などに使われたり、あるいは上手に使いこなして薬に転じた例もあり、いずれにしても生活の上できわめて有用なものとして、広く利用されてきた事例が多く存在することも知られている。もちろん、よからぬ目的で使用された例も数多く知られている。お毒味役の存在がそれを物語っている。【2010.8】


 有毒植物に関する記述情報を目にして感動するのは、毒性を認知し、時に利用に至るまでには少なからぬ犠牲者の発生をみたはずであり、こうした積み重ねを経て、貴重な知恵として受け継がれたものなのであろう。
 しかしながら、身近に広く分布していないものについてはどの部位に毒があるのか、またその味はどうなのかなどの情報が明確でなく、図鑑類の弱点となっている。図鑑の多くの情報は信頼性が高いと判断した文献情報を踏襲していて、自らすべてを検証することなど土台困難なために生じる現象である。植物の外形的な特徴であれば情報量は多いが、危ない植物の毒性の情報は実に貧困である。これらを次々と口に入れて体験し、自覚症状を記録に残したら大変貴重なデータとなるはずである。植物学者たるもの、ぜひとも体を張って頑張り、引用の連鎖から脱皮してもらいたいものである。
 猛毒でも口に入れて味を確認するくらいは問題がないようであるから、せめて味くらいは統一的な見解が欲しいものである。

 さて、たまたま目にしたナニワズオニシバリ(ナツボウズ)が有毒植物と聞き、ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の植物の記述情報を調べると、やはり若干の食い違いが見られた。備忘録として次に整理してみる。
 シンチョウゲ属 Daphne L. (中国名:瑞香属)
 ジンチョウゲ属を概観すると、以下の点を確認できた。
 皮の繊維が強く、特に中国では優良な製紙原料、代用綿として評価されている。
 花は一般に黄色で、時に白色のものがある。
 果実は赤色系である。
 毒性については必ずしも全ての種に言及されていない。果実を有毒としているものが多く、一部で花や皮も有毒としている場合もあるが、統一的に把握されていないようである。このため、既存文献を踏襲している場合と、確認できない情報の記述を避けている場合があるものと思われる。なお、中国では多くが殺虫剤として利用できることが知られている。
 薬用利用については本草学の歴史が長く、種数も豊かな中国ではの知見が圧倒的に多く、日本ではなきに等しい
 属名 Daphne は、葉の形がゲッケイジュ(ダフネ Daphne が変身したという神話がある)に似ているところからついた(ゲッケイジュのギリシャ名)。果実は色が美しいが、かむと辛く、かつ有毒なので注意が肝要である。有毒な配糖体のダフニン daphnin などを含有するものもあるが、薬用とされることがある。【平凡社世界有用植物事典】
 ジンチョウゲ属 Daphne の樹木は樹皮の靱皮繊維が強靱で切れにくいので、結束に用い、また和紙の原料にも混ぜるが、いずれも量が少ない。【平凡社世界大百科事典】
 瑞香属(ジンチョウゲ属)は約70種存在し、中国には35種存在する。【中国樹木誌】
   瑞香属(ジンチョウゲ属)は約95種存在し、中国には44種存在する。【中国植物誌】 
 ジンチョウゲ属樹種の例
  印」は日本に自生するといわれているものである。
  中国の樹木図鑑からは、薬用に関する記述を優先して抽出した。
 セイヨウオニシバリ、ヨウシュジンチョウゲ、ダフネ・メゼレウム
 Dephne mezereum
 ヨーロッパから西アジア原産
 本植物の樹皮を白瑞香皮と称し、薬用とする.味は苛烈で灼くようである.エキスを製し刺激性発泡剤としてリュウマチス、痛風などに外用する。【誠文堂新光社 村越 原色植物大図鑑】
 花は鮮やかな紅紫色。種子は有毒で、ヨーロッパではキツネやオオカミを捕殺するのき利用したという。薬用にもされていた。【平凡社世界有用植物事典】
(注)「種子」を有毒としている例は他の種で見られない。果実の誤りか?
 オニシバリ、ナツボウズ
 Dephne pseudo-mezereum  「ニセのセイヨウオニシバリ」とは実に失礼な学名である。
 本州(福島県以西)、四国、九州(中部以北)
 花黄緑色、液果赤熟。
   
   これらは植栽もの
   
 盛夏の約1ヶ月間だけ葉を落とす。【平凡社世界有用植物事典】
 有毒植物なので注意を要する.本植物の樹皮よりエキスを製しリュウマチス、痛風などに外用する。【誠文堂新光社 村越 原色植物大図鑑】
 民間にてオニシバリの花・葉及樹皮等を駆虫薬又刺激発泡葯として用いたることあり。【今井廉編 日本薬草及有毒植物】
 多くの図鑑で、果実は非常に辛く、有毒であるとしているが、必ずしも両方に触れていない。
 果実は非常に辛い。【山渓 日本の樹木】
 果実は有毒。【樹に咲く花】
 有毒無毛の落葉灌木。果実は七月熟し、味辛し。【牧野日本植物図鑑】
 果実は赤く、はなはだ辛い。【保育社原色日本植物図鑑】
 紅色の実を結ぶ、クコに似て円し、味辛く毒あり【本草図譜】
 液果が赤く熟し、辛く有毒である。【平凡社 日本の野生植物】
 赤い果実は有毒である。【朝日百科 植物の世界】
 チョウセンナニワズ
 Dephne pseudo-mezereum var. koreana オニシバリの変種とする学名
 本州、四国、朝鮮
 
 落葉期が冬にずれた変種である。【平凡社世界有用植物事典】
 カラフトナニワズ
 Daphne kamtschatica
 北海道、樺太、朝鮮ほか
 北海道での分布は確かではない。【平凡社 日本の野生植物】
 ナニワズ、エゾナニワズ、エゾオニシバリ、エゾナツボウズ
 Daphne kamtschatica var. yezoensis カラフトナニワズの変種とする学名【樹木大図説】 
 Daphne kamtschatica ssp. jezoensis カラフトナニワズの亜種とする学名【植物の世界】
 Daphne pseudo-mezereum subsp. jezoensis オニシバリの亜種とする学名【日本の野生植物】
 Daphne ezoensis  独立の種とする学名【樹に咲く花】
 北海道、本州(石川県以北)
 萼筒黄色、液果赤熟。
   北海道の自生
 オニシバリとは別種とされることがある。③【平凡社 日本の野生植物】
 花・葉だけでなく全体にクマリン誘導体を含み、有毒植物の扱いを受けている。【北海道薬科大学】
 アイヌの人々はケトニまたはケト・ハシ(つっぱる・灌木の意)と呼び、毒矢を作るのに利用していました。【北大植物園】
 夏坊主と云木あり。是は毒草のよし。夏は葉が落る故號(なづく)るか。土人此木を煎(に)て銛槍(やり)に塗り、海馬)猟に用ゆるに、如何計(ばかり)大なる海馬も一本にて斃(たほれ)ざることなしと。【松浦武四郎 西蝦夷日誌・五編 濱益毛〔濱益〕】
:原文では海馬に「せいうち」のふりがなが付いているが、これは誤りで、「ドド」を指すというのが定説である。
 果実は有毒。【亜璃西社 新版北海道樹木図鑑】
 花、樹皮、果実にクマリン系配糖体ダフリンがあり有毒である。アイヌ民族はこの木から絞った液を矢毒に用いたといわれる。【渡島支庁】
 ナニワズの名称に関して、北海道で長野県人がこの植物のことをオニシバリに対するの自県の方言でナニワズと呼んだことに始まるという説明が広く伝播しているが、誰が言い出したのかは不明で、長野県人にとっても心当たりがないとする声があり、この呼称の由来は謎のままのようである。
 レブンナニワズ
 Daphne kamtschatica var. rebunensis カラフトナニワズの変種として扱う考え方による学名
 カラスシキミ
 Daphne miyabeana
 北海道、本州(大山、隠岐島以東の日本海側)
 花白色、液果は赤熟。
 果実は有毒。【樹に咲く花】
 コショウノキ
 Daphne kiusiana
 本州(関東地方以西の太平洋側)、四国、九州、沖縄、朝鮮半島南部
 萼筒白色、液果赤熟。
 辛みがあるとする記述がほとんどであるが、一部に辛くないとしているものがある。また、有毒としているのも一部だけで、一般認識となっていない。(真実は不明。)
 果実は赤く熟し、辛みがある。【山渓 日本の樹木】
 液果は赤く熟し、はなはだ辛い。【保育社原色日本植物図鑑】
 初夏につく赤橙色の液果を噛むと非常に辛いところから「胡椒の木」の名がついた。【朝日百科植物の世界】
 果実は辛いといわれるが、実際は辛くない。果実は有毒。【樹に咲く花】
 ジンチョウゲ (中国名:瑞香 ほか)
 Daphne odora
 中国原産で、室町時代に日本に渡来したとされる。
 萼筒外面紅紫色、内面白色、液果赤熟
    一般的なタイプ     葉が覆輪の品種      白花の品種
   
 日本に渡来したのは尺素往来(1534年)に沈丁華として出ていることから室町時代に入ったものであろう。【保育社原色日本植物図鑑】
 花は形態的には両性だが、結実する株と結実しない株があるために、雌雄別株ともいわれる。日本ではほとんど結実しないが、まれに結実する株がある。
果実は赤色に熟す。有毒。【樹に咲く花】
 花(瑞香花)や根(瑞香根)は有毒であるが薬用にされ、中語では歯痛、咽喉痛、乳癌初期、神経痛などに用いられる。原産地は中国で、宋の時代から人家で栽培されていた。【平凡社世界有用植物事典】
 開花期に花を採取して天日乾燥したものを煎じて服用すると、のどの痛みや腫れに効くという。煎液でうがいをしても効果的。歯痛には煎液を口に含むようにして飲み、また、葉を火であぶったものを腫れもののの患部に塗るとよいとされる。【山渓 薬草】
 ジンチョウゲには普通は果実はできず、実のなる木はごく少ない。これは、ジンチョウゲが雌雄異株で、日本には雄株しかないからだと説明されている。ところが、花を解剖して調べてみると、実のならない株の花にも、完全な雄しべと雌しべがあり、形態的には立派な両生株である。原産地である中国の図鑑にも、雌雄異株とは書かれていない。ジンチョウゲ属の雌雄性が生理的な条件によるものなのか、調べ直す必要があるだろう。中国での自生地は不明である。【朝日百科 植物の世界】
 「中国樹木誌」には自国に産するジンチョウゲ属の21種、変種2種が掲載されているが、なんと中国原産であるはずの「ジンチョウゲ」は掲載されていない!!(栽培種と見なしていることが伺える。)
 そこで、次に中国植物誌を見ると、「瑞香」の名で、ジンチョウゲは掲載されているが、解説に以下の一文が付されている。
 「野生のものは発見されておらず、公園や庭園で栽培されているものしかない。このことから、本種はひとつの栽培種である。」
 フジモドキ、サツマフジ (中国名: 芫花 ほか)
 Daphne genkwa
 中国・台湾原産で、江戸時代初期に日本に渡来したとされる。
 中国:遼寧南部、河北、山西、山東、河南、陝西、甘粛及び長江流域各地、南は福建、台湾
 花紫色或淡紫紅色、果肉質、白色。
 果実は乳白色に熟す。有毒植物だが、漢方では花や根を利尿剤などに用いる。【山渓 日本の樹木】
 にはゲンカニン genkwanin アピゲニン apugenin を含有し、むくみを取り去り、痰をきる作用があり、中国では薬用とされる.しかし、有毒なので虚弱体質の人や妊婦は服用してはならない。【平凡社世界有用植物事典】
(注)有毒部位がわかりにくいが、中国の図鑑では全株を思わせる。
 枝皮繊維柔靱、為製打字蜡紙、複写紙、牛皮紙等高級文化用紙及人造棉優質原料。花蕾可治水腫、作利尿及去痰薬。四川、浙江-帯用根、葉魚毒。全株可作農薬殺虫【中国樹木誌】
 黄瑞香
 Daphne giraldii
 四川、陝西、甘粛、青海
【中国樹木誌】
 花黄色、果鮮紅色。
 茎皮繊維柔靱、皮紙、綿紙等高級文化用紙及人造棉。茎皮及び根皮薬用、可止痛、補血、有麻痺性及小毒
 甘粛瑞香
 Daphne tangutica
 湖北、陝西、甘粛、青海、西臟、四川、雲南
【中国樹木誌】
 花萼外面紫色或紫紅色、内面白色
 茎皮繊維可作造紙原料。花、葉可殺虫
 紫枝瑞香 毛瑞香(中国高等植物図鑑)、瑞香(中国経済植物誌)ほか
 Daphne odora var. atrocahlis ジンチョウゲの変種とする学名
 長江流域、台湾、広東、広西
【中国樹木誌】
 花白色、萼筒被淡黄色絹毛、果卵状楕円形熟時鮮紅色。
 茎皮繊維柔靱、為製打字蜡紙、皮紙等高級文化用紙及人造棉。鮮花可提取芳香油、為名貴香料。根和茎薬用、可去風除湿、活血止痛
 川滇(さんずい+真)瑞香
 Daphne feddei
 四川、貴州、雲南
【中国樹木誌】
 花白色、果球形、橙紅色。
 茎皮繊維含量約40%、靭性甚強、可作打字蜡紙、皮紙、鈔票紙及人造棉優質原料。鮮花可提製芳香油浸膏。全株入薬、可治風湿及跌打損傷
 凹葉瑞香
 Daphne retusa
 湖北、陝西、甘粛、四川、雲南
【中国樹木誌】
 萼筒外面淡紅紫色、内面白色或淡紅色。果鮮紅色。
 茎皮繊維為優良造紙原料。種子可搾油。花、葉可殺虫
 川西瑞香
 Daphne gemmata
 四川西北部
【中国樹木誌】
 花黄色、果球形、熟時紅色。
 茎皮繊維可造紙。葉、花可作殺虫剤。種子可搾油。