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続・樹の散歩道
  ムシトリナデシコの花の観察


 ムシトリナデシコはカワラナデイコと同じナデシコ科の植物で、カワラナデシコのピンク色と同様な色合いのきれいな花をつけ、鑑賞目的に江戸時代に導入されたとされる。ムシトリナデシコは特にその種子が個性的で、別項こちらを参照)で精緻な文様をもった種子の外観を観察したが、その小さな種子を室内の鉢に播種しておいたところ、寒い時期にも関わらずザワザワと芽を出し、1月には花盛りとなってしまった。花に特別の関心はなかったが、せっかくの身近な存在であることから、ムシトリナデシコの花の構造をちょっとだけ観察してみることにした。 【2018.3】


                ムシトリナデシコの花の様子
 ムシトリナデシコ(虫捕り撫子) Silene armeria はヨーロッパ原産のナデシコ科マンテマ属の越年草。花の径は1センチほどと小さいが、きれいな色合いの花をつけ、雑草化しても愛されている。
 上部の茎のベタベタ部分
 虫は張り付いていないが、浮遊していた他の植物の冠毛が張り付いている。 
 
 
 ムシトリナデシコの名をもらっているのは、もちろん茎の上部に粘着物質を分泌するためで、決して食虫植物ではないが、蜜泥棒のアリなどが這い上がってくるのを防いでいるのであろうと考えられている。  
 
   とりあえず、花序の複数の花をざっと見た限りで感じた点は以下のとおりである。  
     
 
@  雄しべが5個見られる花が多いが、よく見ればされに多いものもあり、5弁花であるから5の倍数の10個が本来の雄しべの本数かといった印象である。しかし、活きのよい雄しべを10本出しているものがほとんど見られないのは不思議で、見極める必要がある。 
A  花弁の中心部に花弁と同色の副花冠のような細くて尖った部位があって、結構目立つが、一体これを何と呼んでいて、どんな機能を持っているのかが気になる。 
B  3個の花柱が長く伸び出た時点では、雄しべが萎びているから、たぶん雄性先熟の性質があると思われるが、念のために要確認である。 
 
     
 ムシトリナデシコの雄しべの様子  
 
     
    5個の雄しべを出した状態
 雄しべは10個あって、早番の雄しべ5個と、遅番の雄しべ5個があるようである。写真は早番の雄しべである。
2回目に5個の雄しべを出した状態
 遅番の雄しべが出た状態で、早番の雄しべは既にしぼんで、下方に少しだけ見える。  
雄しべが消えて雌しべを出した状態
 明らかに雄性先熟の性質があるようである。図鑑では特に明記された記述を見ない。 
 
     
 早番雄しべの伸長状態
 遅番の雄しべは明らかにまだ短い状態である。 
  遅番雄しべの伸長状態 
 早番の雄しべは花糸が丸まって萎び始めている。
   遅番の雄しべを無理やり放射状に開いた状態 
 早番の雄しべと遅番の雄しべが一見すると律儀にも交互に並んでいるように見えるが、実際には5個ずつ2輪生していて、外側が早番、内側が遅番のようである。
 
 
 すべての花で早番と遅番の雄しべがキッチリと規律正しい行動を示すものでもなく、しばしば10個の雄しべを見せていることがある。以下の写真はその例である。  
 
      雄しべを10個見せた花の例
 よく見ると、花糸が太いものと細いものがある。
        同左の雄しべの拡大写真
 1-1〜1-5は早番、2-1〜2-5は遅番の雄しべで、そろって姿を見せているが、早番の雄しべは萎れ始めていて細いから識別できる。中央に成熟前の雌しべが見える。 
 
 
 ムシトリナデシコの花弁の様子  
 
       広げた花冠の様子
 萼筒を取り除き、花弁を広げた状態である。花弁は上部は幅が広く舷部(げんぶ)と呼び、下部は幅が狭く爪部(そうぶ)と呼んでいる。 
   花弁の様子 1 
 舷部基部の鱗片状のものはいろいろな呼称がある。(後出)
       花弁の様子 2 
 花弁上の汚れのように見えるのは散らかった花粉である。
 
 
 花弁の舷部基部の鱗片状のものの呼称については、図鑑でも必ずしも統一されておらず、付属体、鱗片、小鱗片、突起、副花冠、副花冠片の語の使用例を目にし、必ずしも副花冠の語で統一されているわけでもなさそうである。英語では appendages (付属器官)の語の使用例を見た。  
     
付属体  日本の野生植物 
鱗片  野に咲く花、原色日本帰化植物図鑑 
小鱗片  植物用語事典 
突起  植物観察事典 
副花冠  植物用語事典 
副花冠片  中国植物誌 
副花冠状の鱗片  園芸植物大事典 
 
 
 こうしてバラバラな事情は不明であるが、例えばスイセンの花であれば中心部のメガホン状のものは副花冠の呼称が定着していることと較べると、ひょっとするとムシトリナデシコの花弁の鱗片は全体としても副花冠と呼ぶにはあまりにも貧相で、副花冠と呼ぶのを躊躇せざるを得ない人がいるのであろうか。しかし、スイセンの属するヒガンバナ科では、ヒガンバナ属の場合に非常に小さくても副花冠としているようであるから、単に大きさの問題ではなさそうである。

 では、付属体の起源についての様々な見解が影響しているしているのか気になったが、そこまで厳密なものでもなさそうであり、結局のところよくわからない。なお、花の付属体の起源についての情報はあまり得られないが、例えば、スイセンの副花冠は雄しべの付属物で、マンテマ(ナデシコ科)の場合は花冠上の突起と考えられている(大日本百科全書)という。 
 
 
 ムシトリナデシコの花弁の付属体にどんな機能があるのかも気になるところである。想像の域を出ないが、ささやかながらもチョウを誘引したり、チョウの足場として役に立っているのかも知れない。  
 
3   ムシトリナデシコの萼の様子   
     
 
        萼の様子 1     萼の様子 2       萼の様子 3
 
     
   長い萼筒の先端の裂片(萼歯)は観察しにくいが、花冠を除いた状態が「3」の写真で、萼歯の辺縁には白い膜状のひれがついている。萼筒は薄くて柔軟性があり、萼筒を持って花冠を引き抜こうとすると、萼筒と花冠基部がしっかりくっついていて、萼筒が完全に裏返しになってしまう。  
     
4   ムシトリナデシコの雌しべの変化と胚珠、葯、柱頭の様子   
     
 
     雌しべ変化 1
       雌しべの変化 2
 花柱が3個あって、放射状に広がる。  
  子房の中の胚珠の様子 
 胚珠は縦に6列見られる。写真では切る際に少々脱落している。
 
     
 
 
    ムシトリナデシコの子房の横断面
 子房は縦に3室あり、それぞれに2列の胚珠があり、計6列の胚珠が確認できる。  
    ムシトリナデシコの裂開した葯
 
花粉も葯と同じ暗紫色である。葯の裂開直後は花粉がこんもり盛り上がっている。 
 
     
 
       ムシトリナデシコの花柱(1本)
 
花柱部と柱頭部の明確な境はないが、先端部に近いほど微小な毛が次第に長くなって増えており、毛の多い部分が柱頭と見なされる。 
     ムシトリナデシコの柱頭部分
 柱頭部の透明な毛が美しい。 
 
     
5   ムシトリナデシコの果実(刮ハ)と種子の様子   
     
 
ムシトリナデシコの刮ハ
成熟すると先端が6裂して種子をこぼす。萼筒はついたままである。 
    ムシトリナデシコの種子 1 
 マンテマ属の種子はどれも個性的な模様があって、本種もそのひとつである。発芽率は良好であった。
    ムシトリナデシコの種子 2 
 
     
6   参考   
     
   植物の説明に関しては中国植物誌に詳しい。  
     
 
中国植物誌】ムシトリナデシコ:  中国名:高雪輪、石竹鐘 Silene armeria L.

 一年生草本で、高さは30〜50センチ、常に粉緑色を帯びる。茎は単生、直立、上部は分岐、無毛あるいは粗柔毛に被われ、上部に粘液がある。基生葉の葉片はさじ形で、花期には枯れる。茎生葉の葉片は卵状心形から披針形で、長さ2.5〜7センチ、幅7〜35ミリ、基部は半分茎を抱き、頂端は急に尖るか鈍く、両面とも無毛。複傘房花序はかなり緊密である。花梗は長は5〜10ミリ、無毛。苞片は披針形で膜質、長さ3〜5(〜7)ミリで無毛。花萼は筒状棒形で、長さ12〜15ミリ、直径約2ミリで、紫色を帯び無毛、縦脈は紫色、萼歯は短く広三角状卵形で頂端は鈍く、辺縁は膜質。雌雄の蕊柄は無毛で長さは約5ミリ。花弁は淡紅色、爪部は倒披針形で花萼が露出せず無毛で、耳がはっきりせず、弁片は倒卵形、わずかに凹欠か全縁。副花冠片は針形で長さは約3ミリ。雄しべはわずかに外に出る。花柱はわずかに外に出る。刮ハは長円形で、長さ6〜7ミリ、宿存する萼より短い。種子は円腎形で、長さは約0.5ミリで、紅褐色。花期は5〜6月。果期は6〜7月。
 
     
   <参考メモ>   
 
 ・   マンテマ属は萼片が合着して萼筒をつくるのはナデシコ属と同じだが、萼筒に目立つ脈がある点が異なる。また、花弁の舷部の基部に2個の鱗片があるのも特徴。【野に咲く花】
 ・  茎の上部の節下には環状に粘液を分泌し、これに虫がつくところから、ハエトリナデシコとも呼ばれる。【園芸植物大事典】
:ハエが誘引されるとは考えにくく、本当ハエが貼り付いてもがいている風景が見られるのかは未確認。 
 ・  株全体が白色の粉状物(フラボン系物質)でおおわれている。【植物観察事典】 
 ・  開花時の花粉媒介はおもにモンシロチョウがする。【植物観察事典】 
 
     
【追記】 ハダニ襲来!!  
 ムシトリナデシコの茎葉が次第に白く縮れたようになってきたため、よくみると赤いクモの赤ちゃんらしきものが、自ら張った巣のようなものの上を動き回っていた。そこでサンプルを捕捉してその姿を確認してみた。

 すると、その虫は明らかにクモの体型とは異なっており、調べてみるとハダニの1種であることが判明した。ムシトリナデシコが皮肉なことにハダニの被害を受けていたのである。そこで、念のために茎の粘着部を見てみると、赤いハダニがびっしりと貼り付いていた。しかし、ハダニの大群の前には無力である。救済のため、早速アブラムシ、ハダニ用の殺虫剤をスプレーした。

 これで一安心していたところ、今度は鷹の爪の葉に同じハダニが発生しているのを確認した。そして、またしても糸のネットを形成していた。この種のハダニ類は生息密度が高まると糸を出すのは普通に見られる風景であることを学習した。
 
 
 
         ハダニ 1
 ナミハダニの赤色型なのかカンザワハダニなのか識別できないが、どちらにしても農作物のやっかいな害虫にもなっている模様である。
         ハダニ 2
 大きさは0.5 ミリにも満たないほど小さい。
         ハダニ 3
 捕捉して撮影しようとすると動き回るため、葉を吸汁しているときに撮るといい。