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続・樹の散歩道
  マテバシイの葉のどこがマテ貝に似ているのか


 都内ではどこにでも見られるマテバシイに関して、その名前の由来についての同じ講釈をしばしば耳にしている。それは、「マテバシイの名は、その葉がマテ貝(馬刀貝)に似ることによります。」という、確信に満ちた断定である。たぶん、これを聞いてもマテ貝がどんなものか知らない人がほとんどであるから、「あーなるほどねえ」と、納得できる人はまずいない。自分も同類で、仕方なくマテ貝について調べてみると、幼い頃に図鑑で見たような記憶があるやや扁平な棒状の貝であり、この貝と一体どこが似ているのか全く理解不能で、イライラが高じて、ついには腹が立ってくる。そもそも、講釈していた当人が十分納得しているのかが疑わしくなってくる。 【2015.12】 


          新葉を付けたマテバシイ
 そもそも地味な特徴のない樹であるが、新葉を付けたときは美しい。馬刀葉椎と一般に表記され、別名はサツマジイ、マタジイなど。ブナ科マテバシイ属の常緑高木 Lithocarpus edulis で、中国には分布していない。
            花期のマテバシイ 
 花の時期は雄花序がよく目立つ。クリやシイの花に似た匂いを辺りに漂わせる。葉は厚い革質で、いかにも丈夫そうで、排気ガスに対してはめっぽう強そうである。 
 
     
 
   マテバシイの雄花序と雌果序
 真ん中の棒状のものが雌果序で、上部が雄花となっていることが多い。
     マテバシイの雄花
 軸が黄褐色なのは密生する短毛による。花被は6裂しているとされるが確認しにくい。
     マテバシイの雌花 
 雌花は1~3個ずつつき、花柱が3個あることが確認できる。ブナ科樹種の中でもとりわけ地味である。
 
     
 
    マテバシイの堅果
 写真のようにたっぷり付ける。
  マテバシイの堅果とエゾモモンガ
 実際の分布の観点からは、こうした出会いはあり得ない。マテバシイの堅果の尻は同属のシリブカガシと同様に凹んでいる。
        堅果の断面    
 マテバシイの堅果の果皮は多種に較べて厚く手頑丈なため、虫に食われにくいことが知られている。
 
     
 マテバシイの堅果は同じマテバシイ属のシリブカガシと並び、その果皮が非常に厚く、これが属名に反映していて、属名はギリシャ語 lithos (石の意)と karpos (果実の意)に由来し、そのかたい堅果にちなむ。種小名 edulis は食べられるの意味で、種子はえぐみがなく食べられることに由来する。  
     
     
 マテバシイは緑化木の便利屋のような存在で、公園樹として、あるいは街路樹として、あまりにも多用され過ぎていて、都内でも既に乱用に近い状態にある。マテバシイには何の責任もないが、いい加減にウンザリする。非常に安易、安直な樹種選定といえるが、優しい目で別の見方をすれば、都会の劣悪な環境にもよく耐え、常緑であるから葉を散らかすこともなく、〝管理しやすいみどり〟であることは間違いない。

 この街中でも溢れるように存在する樹木の名前がどんな意味なのか全く訳がわからないのは実にもどかしいことである。そこで、たぶんスッキリした結論など得られないであろうことは覚悟の上で、マテバシイの名の周辺情報を調べてみることにした。
 
 
 そもそも、混乱の要因であるマテガイ(馬刀貝)の名前の由来は何なのか  
     
 
              マテ貝の冷凍品
 アメ横センタービルで1パック(500gちょっと)500円也である。製品の表記は「まて貝」「本まて貝」の他に、中国語表記の「竹蛏」も普通に見られる。特にこのビルの地下の食品店は海外勢の進出が著しく、怪しいアジアの路地裏のような風景となっていて、見慣れない食材で溢れている。さらに複数のアジア言語も飛び交い、既に商品の産地を推定するのは困難な印象となっており、これなどは異国の冷凍品かも知れない。
          マテ貝の中身と殻の外観
 何とも個性的な形態である。貝殻の長さは11.5ミリほどである。上方を前端と呼んでいて、足を出し、下方を後端と呼んでいて、水管を出す。
 
     
     
 まずはマテガイ(馬刀貝、馬蛤貝、蟶貝)及びこの別称とされるマテ(馬刀、馬蛤、蟶)について調べてみると、何とこれ自体の名前の由来についても残念ながら諸説あって収束していないことが判明した。ただし、馬刀貝や馬刀の語は古くから一般化していた語であったようであるため、「馬刀」の語をさらに調べる必要性がある。

 しかし、日本国語大辞典でさえ「まて(馬刀)」については、貝「まてがい」の別称としかしていない。訳のわからない語源説も紹介されているが何の役にも立たない。この語は実に具体的な意味のある漢字の組み合わせであるが、どう見ても国内では具体的な物に即した呼称として定着したものとなっていない雰囲気があることから、中国語を調べてみることにした。 

 すると、あっけなく(たぶん)真相に行き着いてしまった。
「馬刀(簡体字では马刀 Mǎdāo マーダオ)」には中国語で騎兵用の軍刀(サーベル)の意味があることを確認した。つまり、細長いマテガイの貝の殻が馬上で腰につけるサーベルに似ているという説明であれば直ちにガッテンであった。念のために、「馬刀」又は「马刀」の語で画像検索すれば、マテガイの貝殻の形状(前端が斜めに、後端が直角に切れたかたち)によく似たサーベルの写真が多数見られる。

 そこで、次に中国でマテガイを何と呼んでいるかを調べると、一般的には「竹蛏(日本字では「竹蟶」)」、「马刀(日本字では馬刀)」の呼称もあることを確認した。ということは、たぶん、中国ではマテガイがサーベルの馬刀の形状に似るためこの貝にも同じ名を与え、あるいは中国らしく竹の形状・色合いをイメージして竹蟶の名を与えたのであろう。ただし、国内でマテガイを指す漢字の一つとなっている「馬蛤(簡体字では「马蛤」)」は中国ではいろいろな貝を指していて、現在の中国では一般にミルクイの代用品となっているバカガイ科のアメリカミルクイ Tresus nuttalli (英語名 Pacific gaper , horse clam )を指している模様である。この場合の馬(马)の文字の意味は四つ足の馬ではなく、「大きい」の意であろう。
(注)中国語では「蟶」の1字にマテガイ類の意味があるから、竹蟶は種類を絞ったマテガイの呼称となっていると思われる。

 ということは、国内での漢字表記である馬刀貝(馬刀)、蟶貝(蟶)、馬蛤貝(馬蛤)の何れもが中国伝来であることがわかる。 マテガイの名前の由来に関して、国内の古語の「まて」の漢字表記である「真手」や同義の「全手」などを手がかりとした推理がみられるが、これらはことごとく徒労であったことが明らかになった。
(注)呼称の語尾に「貝」の語を付すのは、貝の名称とわかるように取り扱った日本固有の慣行である。

 ちなみに、英語民族はマテガイの貝殻の形からカミソリを連想して razor clam レザークラム,razor shell レザーシェルと呼んでいる。実は和名でも同様に「かみそりがい」の別名もあって、共通している点は面白い。

(注)国内のメディアを通じて知られるところとなった斬馬刀(ざんばとう)はやはり中国発の長柄あるいは大型の刀剣を指すが、馬上で身に付ける刀剣の馬刀とは異なる。
 
 
  <マテガイに関する参考メモ>   
世界大百科事典
 
マテガイ(馬刀貝) Solen strictus (抄)
マテガイ科の二枚貝。殻は左右の両殻を合わせると長円筒形で、長さ12cm、高さ1.5cm、膨らみ1.2cmに達する。殻は薄く、表面は黄色の光沢のある殻皮におおわれる。殻頂は前端にあり、前端はやや斜めに、後端は直角に切れている。 
日本国語大辞典  まて(馬刀、馬蛤、蟶):貝「まてがい」の別称
<語源説>
(1)口が左右にあるところからマテ(真手)の義か〔名言通・大言海〕。マテ(左右)の義〔日本釈名・滑稽雑談所引和訓義解〕。マテ(真手)の義〔言元梯〕
(2)ウマテ(馬手)の義〔日本語原学=林甕臣〕。
(3)ムマツメの反。馬のツメに似ているところから〔名語記〕。 
図説魚と貝の事典  マテガイ(馬刀貝・馬蛤貝・蟶貝) (抄)
和名の由来:「マテ」は古語の「真手」で両手のこと。殻の両端から足と水管を出しているのが、左右の手のように見えることから。
(マテガイは殻の前端からは黄橙色の大きな足を、後端からは短い水管を出す。) 
注:この説明で納得する人はまずいないであろう。
貝の和名:
相模貝類同好会
 
マテガイ(馬刀貝) Solen strictus 
直線的に細長い殻の薄い食用二枚貝。内湾潮間帯の砂地に棲み、穴に食塩を入れると飛び出してくるのを捕る。マテとはこの類の貝を指す中国語「馬刀(マータオ)」の転訛。もともと貝そのものを指す名前であるから、本来-ガイを付けなくてもよい和名といえる。もっとも、「馬刀」がマテガイと呼ばれる貝ではないようで、「和漢三才図会」のその項には “ 蛙(どぶ貝)に似て小さく狭く長し・・・大なる馬となしその形馬に象る故に馬刀と名づく ” とあり、ササノハガイを思わせる図が描かれている。同書には今日のマテガイの図を示した「蟶(まて)」の頁があり「大きさ指の如く両頭開く」と解説されている。
注:中国語に目を向けたのまではよかったが、惜しい!!
 
 
 そこで、なぜマテバシイの葉がマテガイに似ているとされたのか(マテバシイの名前の由来  
 
 まずは念のために図鑑を確認してみた。すると、そもそもプライドの高い樹木図鑑や植物図鑑ではしばしば見られる「馬刀葉椎」あるいは「馬手葉椎」、「全手葉椎」、「真手葉椎」といった漢字表記は一切見られず、さらにマテバシイの名の由来に関しても触れていないのが普通であった。つまり、マテバシイの名前の由来に関するもっともらしい定説がないことから、賢明にも意味不明の怪しい俗説などは全く相手にしていないということである。そもそも、どう見ても似ていないにもかかわらず、マテバシイの葉がマテガイに似ているなどと平気で口にできる感覚がおかしいのである。

 出所不明の「馬刀葉椎」等の漢字表記自体が単なる当て字と考えられることから、このいい加減で安易な表記の「馬刀」からマテガイと受け止めてしまうのは輪をかけていい加減な解釈ということになる。仮に元のサーベルの「馬刀」と解釈するのも類似性は全くないことに変わりはないから問題外である。したがって、ここでマテガイ説(仮にそれ以前のサーベル説があったとしても)は自滅である。

 整理すると、マテガイの名前の表記として定着していた中国名の「馬刀」を日本語の音が共通する樹木の名前の表記に転用したことが混乱の始まりであったとがここで明らかとなった。つまり、マテガイ説は当て字にとらわれた暴走と解される。

 また、「その他マテガイの名前の由来の推理でもしばしば登場する「全手」、「真手」の当て字に依拠した講釈が、マテバシイの場合もアンデッドのように再登場しているが、相当無理があって全く説得力がない。

 牧野日本植物図鑑では、「和名マテバシイのマテは九州の方言にして其意不明なり」としていて、スペースの無駄となる訳のわからない諸説を紹介していないのは正しい選択である。

 ということで、中国内で細長い貝をサーベルの馬刀に喩えたのは自然であるが、国内では変な当て字に惑わされて特定の樹木の名の解釈にまでワープしてしまっているのは全くの誤りであることに確信を持つことができた。しかし、依然としてマテバシイの「マテ」の具体的な意味については謎のままである。残念ながら、たぶん永遠の謎であろう。
 
 
 そうであれば、どんな講釈がよいかマテバシイの名前の由来に関する説明方法  
 
 以下は軽い感覚の講釈案である。  
     
 
「マテバシイの名の由来についてはいろいろな説を耳にします。

 ひとつは葉あるいは実の形が細長いマテガイに似ているからという見方があって、実際にしばしば貝の名前のマテ(馬刀)の漢字+葉+椎の字が充てられています。しかし、誰が見ても全く似ていないことは明らかで、この変な当て字が原因でとんでもない勘違いが生じたようです。

 もうひとつは、「待っていればシイになる」という楽しい説 ・・・ というかお話があります。これがどういう意味かというと、マテバシイは普通のシイに較べて味が少々落ちますが、手をかけて茹でた上で炒ればシイのように味がよくなることが知られていて、こうした調理が仕上がるのを待てばシイになると理解すればわかり易いと思います。もちろんこれは面白半分の話ですが、「マテ」の当初の本当の意味は今となっては永遠にわからないと思われますし、とりあえずは名前を覚えるにも都合がいいので、これでいきましょう。」
 
 
 
  <追記 2016.2>   
 
 待てば・・・の説明は、ダジャレのようなものであるから、名前の由来として真剣に受け止めてはならないが、大胆にもこれを最有力の説として位置付けた樹名板を目にしてしまった。場所は都内の某公園内である。

注:Pasania edulis の学名はシノニムである。  
 
   マテバシイの樹名板 説明内容は???
 
      
     
<マテバシイの名前の由来(語源)に関する記述の例>  
牧野日本植物図鑑  マテバシイ(マタジイ、サツマジイ):
和名マテバシイのマテは九州の方言にして其意不明なり、マタはマテの伝なり、薩摩ジイは薩摩産のシイの意なり。 
植物ごよみ:湯浅浩史  マテバシイとは変わった名だが、それは葉や果実の特徴による。
マテとはマテガイのことで単にマテとも呼ばれる。マテバシイはが他のシイやカシとくらべると特異で、それはマテガイの形に類似しよう。一方、前川文夫博士はマテガイに似るのはそのどんぐりと説いた。マテバシイはところによってはマテジイと呼ばれ、確かにドングリは円筒形で大きく、マテガイの形に近い。
:かなり強引な説明で、マテバシイの葉も堅果もマテガイなどには全く似ていないのは明らかである。 
木の大百科  マテバシイ:
マテバシイのマテは一般に九州の方言によったもので、その意味は不明とされているが、素直にの形がマテガイに似ているからと考えた方がよいのではなかろうか。
:どんなに素直になっても、マテガイには似ていない。 
図説花と樹の大事典  マテバシイ:
和名由来:
①実がマテ貝の形に似ることから。
②全手葉椎の意味から。
:全手は、真手と同様にマテの読みがあり、左右そろった手、両手の意味があり、マテバシイの葉がついた姿形に似るとの無理なこじつけを目にする。 
木の名前:岡部 誠  マテバシイ、サツマジイ:
名前の由来は、がマテ貝の形に似ることによる、または、九州地方の方言に由来しているとの説がある。 
どんぐりの呼び名事典:宮國晋一  マテバシイ 馬刀葉椎
マテバシイの名前の由来は、実が椎(スダジイ)のようにおいしくないことから、しばらく待てば椎になるとの由来話による。
:誰でも思いつくストーリーがとうとう一人歩きしたものであろう。 
 
 
<マテバシイに関する参考メモ>  
 日本に野生し、現在は本州・四国・九州・琉球の暖帯~亜熱帯に広く見られるが、古くから植栽されていたため自然分布の範囲が不明瞭である。元来の自生地は九州および琉球と推定される。【日本の野生植物】

 果は光沢ある褐色、味はシイに劣るも肉量多く大味にして甘味あり、生食又は煮食とす。皮のままトロ火でゆで水がなくなるまで火を引かず、そのとき取り出してそのままホウロクで炒ると甘味をます。【樹木大図説】

 材は薪炭材や器具材など、またシイタケの榾木(ほたぎ)にする。果実(どんぐり)は渋くなく食べられるし、醸造され酒がつくられる。【世界大百科事典】

 材は集合放射組織を有し、カシ類に近似し、シイ類より堅くて強いから、薪炭材となる。また種子は食用となり、樹は庭園樹、防風樹として暖地に植えられる。【原色日本林業樹木大図鑑】