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樹の散歩道
  カタクリを食する


 「片栗粉」とは本当は春先に薄紫色の花を付けるユリ科のカタクリの鱗茎から作られたものをいい、現在片栗粉と称しているものはすべて馬鈴薯澱粉であり、片栗粉の名称だけがそのまま商品名としても使用されている。このことを知る人は知っているし、知らなくても何も支障はない。スーパーでは細長い紙袋に収まった馬鈴薯澱粉由来の片栗粉がその素性も明記して販売されていて、各家庭にも大抵は常備されているはずである。だだ、山菜としても知られていたカタクリを食べたり、本物の片栗粉を見たことがある人は多くないはずで、実は自分もその仲間であった。【2010.4】


       カタクリ1
 葉のまだら模様の濃淡は群落間でかなりの差が見られる。
      カタクリ2
 こちらのまだらは薄い。カタクリは他の植物が繁る初夏にはその姿を消してしまう。
      カタクリ3
 小振りの花の割合に雄しべの葯がむっちり大きい。
 昔はカタクリなどどこにでもあったとも聞くが、近年はカタクリの群落が相対的に貴重な存在となっていて、地域住民が熱心に保護活動をしている例が見られる。カタクリの生育環境は落葉広葉樹林であるが、保護地区ではカタクリの生育を応援するために、雑草や笹、灌木の刈り払い等の補助的な作業を行っているものと思われる。

 さて、このカタクリは随分ファンが多いのであるが、山菜の解説本を見ると必ず採り上げられていて、丁寧に食べ方も具体的に説明されている。現在でも東北地方ではカタクリの大群落があって、季節の味として生活の中でこれを採って食べる習慣が普通に存在するとも聞くが、一般の人にはこうした機会がないのが現実である。

 自分もその機会がないままであったが、たまたま、気心の知れたところで、カタクリを少々採取することができた。さあ、早速味見である! ついでにわずかでも澱粉(片栗粉)が採れたら御の字である。
   カタクリの全身写真
 水に浮かんだカタクリも美しい。
 カタクリの味

 多様な調理法に挑戦する根性はないから、おひたしで食べるのが最も簡単で普通であるらしいため、さっと茹でて、めんつゆとゆずポン酢の2種類を垂らして食べてみた。あっさりしていて、普通のほうれん草や菜っ葉のような感じで、特別の感動はなかった。

 茹でた後に乾燥して保存し、水に戻して食べる方法もあるようなので、量がなくて情けないほどであるが、わずかな量で試してみた。乾燥したカタクリの葉は、色を失うことなく、まるで乾燥ワカメのようになった。しかし、ワカメのように厚みは戻らない。このためか、食感はやや歯ごたえのあるものになった。特に違和感はないが、カタクリならではというものは特に感じなかった。
 カタクリの澱粉

 カタクリの澱粉本物の片栗粉)は鱗茎を搗いて水に浸して搾り採るとされる。この鱗茎の小さいこと! よくこんなものを利用したものである。形態的には小さなワケギの最下部の直下に小さな芝栗の半割れを複数個、数珠状に連ねたような印象である。土を落とすためにはこれをばらばらにする必要があったが、小さいため実に面倒である。加えてひげ根が多くてじゃまである。こんなものを大量に処理するなどぞっとする。

カタクリの鱗茎部分
 採取できた純正の本物の片栗粉はわずかな量で、羽付き餃子を焼くほどもなかったが、折角なので、敬意を表して顕微鏡写真も残すことにした。
    本物の片栗粉
 カタクリ澱粉の顕微鏡写真
  馬鈴薯澱粉の顕微鏡写真
 カタクリ澱粉よりやや大きい。
 カタクリの澱粉は、くせがなく風味がよいとされ、古くから最良の澱粉であったといわれる。しかし、本物の片栗粉が本当に広く利用されていたものなのかはよくわからない。つまり、「本物の片栗粉が馬鈴薯澱粉に置き換わった」と表現するほどに、本物の片栗粉の利用に関して普遍性があったものなのかは疑問があり、確認できない。また、馬鈴薯澱粉と比べて使い勝手、特性がどうであったのかなど、生活感覚的評価もよくわからない。澱粉は由来作物の違いによってその物理的な性質が異なっていることが知られていて、その利用目的で各種のものが使い分けられているが、昔は選択肢は多くなかったはずである。そうした中で、カタクリ澱粉が選択的に利用されたのか、あるいは単に身近なものとして利用されたのかなどの事情も知りたいものであるが、詳しい説明を目にしない。
<参考1>
(カタクリのメモ帳)
   
 (芽生えから)花が咲くまでに8〜10年かかる。【朝日百科植物の世界】
 花が咲くまでにはおよそ7〜8年かかり、それまでは1個の葉で過ごす。【山に咲く花】
 (カタクリの種子の)エライオソームに含まれる脂肪酸や高級炭化水素を、果たしてアリたちが利用しているか否かは、未だ定かではない。【朝日百科植物の世界】
 鱗茎は毎年更新を重ね、旧鱗茎の下に新鱗茎が作られる。そのため、開花株では鱗茎は土中深くもぐる。【山に咲く花】
 片栗粉:3〜5月に掘りとった鱗茎をつきくだいて布袋に入れ、水中でもんでデンプンを洗い出し、精製、乾燥する。製品歩留りは約20%。無味無臭の白色粉末で、湯で練ると無色に変わり、くせがなく風味がよい。【平凡社世界大百科事典】
(カタクリの食べ方メモ帳)
   
 朝日村では自分の持ち山でカタクリを摘み取って食用にしている。取ってきたカタクリは茹でて、快晴の日に外のむしろに並べて干して乾燥させる。乾燥したカタクリは冬まで保存し、正月や冬の日に水やぬるま湯で戻して食べる。昔はカタクリの鱗茎を掘り起こして石臼でつぶし、そのデンプンを木綿で超し採って乾燥させ、料理にとろみを与える粉(片栗粉)を作っていた。鱗茎はそのまま煮たり焼いたりして食べても美味しく、若菜も茹でて食べることができる。【カタクリ 花の咲く春の森で:太田威(平凡社)】
 鱗茎はそのまま煮て食べてもおいしく、若葉もゆでて食べられる。【平凡社世界大百科事典】
 は茹でておひたしに、は湯通しして甘酢かサラダに、花と茎と葉をまとめて茹でて、おひたし、和え物にもよいが、食べ過ぎると下痢するとのこと。【食べられる野生植物の大事典:柏書房】
 カタクリを乾燥すると上品な香りと歯ざわりがあり、ほかには求めがたい。カタクリの乾燥品は高級品扱い。【山の幸利用百科:大沢章(農文協)】
 葉と花を採取し,茹でて水にさらし、おひたし、和えもの、油炒めなどに利用する。【山菜ハンドブック:ナツメ社】
 カタクリの若葉は、やわらかな甘みがあり、さっと茹でて煮物、おひたし、和え物などとする。【小学館食材図典】
   
(澱粉のメモ帳) 【小学館食材図典ほか】
   
@  ジャガイモデンプン(じゃがいも澱粉)
 食用、水産練り製品用、加工澱粉用 等
 代替利用:片栗粉の代替として、とろみ付けに使う。
A  サツマイモデンプン(さつまいも澱粉)
 水飴、ブドウ糖原料 等
 代替利用:くず粉、わらび粉の代替に使う。
B  コーンスターチ
 製菓用、糖化用、加工澱粉用 糖
C  小麦澱粉
 食用、水産練り製品用 等
D  くず粉(葛粉):クズの根に含まれる澱粉を精製したもの。
 独特の風味を持ち、透明で粘度が高い糊となり、安定なゲルを形成するので、くずまんじゅう、くず桜などの高級和菓子のほか料理に使う。市販品の多くは代替品でサツマイモでん粉であるが、本物の葛粉(本葛粉)も高価であるがスーパー等で普通に販売されている。
 小さく砕いても,角ばった形に割れるものが良品である。古くから奈良県吉野産のものが吉野葛の名で知られたが,最近では吉野産のものはきわめて少なく,福岡,三重,福井などが主産地である。料理や菓子に多用される。【平凡社世界大百科】
 亀戸の船橋屋の「くず餅」は有名であるが、これは江戸時代の創業当初から小麦澱粉を使用していて、このことは明示されているし、買う側も承知している。
E  かたくり粉(片栗粉):カタクリの鱗茎から得られる。
 古くから最良のでん粉とされたが、今ではほとんど製造されず、現在かたくり粉の名で市販されるのはジャガイモでん粉で、とろみ付けに使われる。
 江戸時代には大和の宇陀のものが有名で、幕府へ献上され、播磨、越前その他でもつくられていた。【平凡社世界大百科事典】
F  わらび粉(蕨粉):ワラビの根茎からつくる。
 ジャガイモでん粉より糊化温度が低くて糊になりやすい。サツマイモでん粉が代替として流通している。わらび餅の材料。葛粉のように透明にはならなす、わらび餅は普通茶褐色になる。
 昔、子供相手に自転車で「わらび餅」を売るおじさんに世話になったが、色は半透明であったから、たぶんサツマイモでん粉が原料であったのであろう。
 本物のわらび粉を100%使ったとするわらび餅が現在でも存在する。また、本物のわらび粉(本わらび粉)も高価であるが販売品を見る。
<参考2:カタクリの仲間たち>
   キバナカタクリ(北米原産)   セイヨウカタクリ(ヨーロッパ原産)