トップページへ  樹の散歩道目次へ   続・樹の散歩道目次へ
続・樹の散歩道
  雌株だけで果実をつけたハナイカダの真相


 「花筏」でよく知られているのは目黒川や千鳥ヶ淵で、これはもちろんサクラの花びらが多数水に浮いて重なった様子を指しているが、ここで採り上げるのはハナイカダ科のハナイカダである。都内のある公園でハナイカダの雌株が単独で植栽されていて、花の時期にはもちろん雌花をつけているのを確認しているが、夏の果実ができる頃に見ると、不思議なことに雌株しかないにもかかわらず、葉の中心部に緑色や黒色の果実がついているのを確認した。ハナイカダが雌株単独で結実するなどとは聞かない。そこで、どう見ても果実としか思えないものを目を凝らして見ると、その多くに小さな穴が開いている。ということは、さては・・・ 【2017.9】


 ふつうに見るハナイカダの様子  
 
 
        花期のハナイカダの雄株
 日本と中国に分布するハナイカダ科ハナイカダ属の雌雄別株の落葉低木 Helwingia japonica
 葉の真ん中に花・果実をつけるため、珍奇な植物としてしばしば植栽されている。
       花期のハナイカダの雌株 
 雄花も雌花も花の着生部から葉の基部まで主脈が太いのは、花軸が主脈に合着しているためとされる。
 
     
 
      ハナイカダの雄花 1
 雄花はふつう数個つき、花弁と雄しべは3〜4個で花柱は退化している。写真ではわかりにくいが、花盤からわずかに蜜を出していた。
     ハナイカダの雄花 2
 花の数には幅が見られた。 
      ハナイカダの雄花 3
 この葉には花と蕾が合計10個もついていた。 
     
   
     ハナイカダの雌花 1 
 雌花はふつう1個つくとされるがこの写真では4個ついている。花弁は普通3〜4個つき、花柱(柱頭)は3〜4裂する。
     ハナイカダの雌花 2 
 6花弁、花柱6裂の花の例。
 雌花は雄しべを欠いている。
      ハナイカダの雌花 3
 5花弁、花柱5裂の花の例。
     
      ハナイカダの雌花 4
 雌花を横から見た様子である。
     ハナイカダの雌花 5 
 4花弁、花柱は見にくいが4裂している。花盤から蜜が出ている。
     ハナイカダの雌花 6
 3花弁、花柱3裂の例で、蜜で柱頭が隠れてしまっている。 
 
     
 雌株だけで果実のようなものをつけた奇妙なハナイカダの様子  
 
 雌株だけで結実する植物としてはクスノキ科のヤマコウバシが有名である。ヤマコウバシは在来種であるにもかかわらず、雄株の存在が確認されておらず(中国では雄株も存在する。)、雌株だけで結実するものと認識されている。また、極めて身近な存在であるクロガネモチも経験的に雌株だけでも結実することが巷で広く知られている。しかし、ハナイカダが雌株だけで結実するなどとは全く聞いたことがない。

 そこで7月〜8月にかけてハナイカダの雌株で見られた果実のようなものを入念に見てみると、色は緑色のものから黒色のものまで存在し、それらのほとんどのものに小さな穴が開いているのを確認した。明らかに羽化した幼虫の脱出孔と思われ、追って調べてみると、ハナイカダではいろいろと謎の多いハナイカダミタマバエの虫えい(ハナイカダミフクレフシ)がしばしば見られることが知られているようである。ということは、雌株単独の条件で果実のように見えるのはすべて虫えいということなのか?

 そこで、虫えいを多数割って見たところ、ハナイカダミタマバエの幼虫、蛹は既に見られず、唯一、穴のない虫えい内で、羽化した昆虫を1匹だけ確認した。これは寄生蜂のミフシタマバエコマユバチかもしれない。
 
 
 
   脱出孔のある虫えい果 1
 幼虫室が複数あっても脱出孔はふつう1個で、まれに2個あった。  
    脱出孔のある虫えい果 2     ハナイカダミタマバエの蛹の殻 1 
     
  ハナイカダミタマバエの蛹の殻 2
 脱出時に残した上半分である。  
  ハナイカダミタマバエの蛹の殻 3
 虫えい内に残っていた下半分である。
     虫えい果の断面 
 ふつう複数の幼虫室があるが、1つのものが多かった。
     
  ミフシタマバエコマユバチか?
 穴のない虫えい果の中で見られた蛹のようなものもの。  
   ミフシタマバエコマユバチか?
 穴のない虫えい果で見られたもので、虫えいを割って見られた脱出前の様子である。
   ミフシタマバエコマユバチか?
 左と同じ個体の写真である。
 
 
(観察メモ1)  
・   種子を内蔵した正常果は全く見られなかった。これは雌株単独であることから、通常の結実がないことによるものと考えられる。 
・   黒熟した果実のように見える穴のある虫えいをつぶしても、一般に正常果で見られる暗紫色の果汁を含むものと含まないものが見られた。 
 穴のある虫えいにはしばしば蛹の抜け殻が半身抜き出た状態となっていた。これはハナイカダミタマバエの蛹が羽化する際の特徴的な形態とされる。脱け殻は後に自然と脱落するという。
・   雌株単独の観察個体で見られた果実様のものは、決して果実の内部に虫室が形成されたものではなく、基本的にはすべて純粋の虫えいと理解すればよいと思われるが、穴のないものがわずかに見られたものの、これを割っても虫室の存在がはっきり確認できなかった。
(穴のない虫えいに関してはあとで検討する。) 
 
 
<参考>  
・   ハナイカダミタマバエは孵化した幼虫はあらかじめ羽化の際の脱出用として、虫えい果に薄い膜だけを残して穴を開け、羽化に際しては蛹がこの膜を破り、半身を出した状態で抜け出る(元九州大 湯川)という。 
・   寄生蜂はハナイカダミタマバエの幼虫に寄生し殺し、羽化後に穴のない虫えい果に自ら穴を開けで脱出する(元九州大 湯川)という。 
 
 
  (観察メモ2)   
 通常であれば、穴のない果実様のものは、可能性として以下のケースが考えられる。  
 
@  正常果 
A  ハナイカダミタマバエの卵が孵化する前の果実(虫えい果) 
B  ハナイカダミタマバエの幼虫が寄生蜂のミフシタマバエコマユバチの餌食になった虫えい果(寄生蜂羽化前) 
 
 
 観察した個体でも穴のない大小の虫えい果がわずかに見られたが、観察時期には既にハナイカダミタマバエの羽化が終わっていた模様であり、しかも雌株単独であったことから、理屈上は寄生蜂のミフシタマバエコマユバチが羽化・脱出する前の虫えい果である可能性が高いと考えられれる。 しかし、ミフシタマバエコマユバチらしきものを1匹確認した以外は一体何なのか確認は困難であった。
(時期的に、ハナイカダミタマバエの卵が孵化する前の状態とは考えられない。)

 なお、ハナイカダミタマバエはさすがに雄株で純粋の虫えいをつくるマジックを起こす能力はないようである。
 
 
   <参考:日本原色虫えい図鑑>  
 
 ハナイカダミフクレフシ
 ハナイカダミタマバエ Asphondylia sp. によって実が不規則に膨れ、正常果よりわずかに大きくなり変形する。高さは4.2〜8.7ミリ、最大直径は3.1〜8.3ミリ。表面は平滑で、正常実と同じ緑色である。内部には通常3〜5個の幼虫室があり、それぞれに1匹ずつの幼虫が入っている。ハナイカダの実は葉上に形成されるため、初めてそれを見る人には虫えいのように思えるが、たいていの場合は正常実である。しかし場所によっては50%以上が虫えいになっていることもある。
〔生態〕:このタマバエの生活史にはなぞの部分が多い。幼虫は5〜6月に葉上の虫えいから羽化するが、その時期には産卵対象となるハナイカダの蕾や花はなく、どの植物のどの部位に産卵するのか不明である。したがって、越冬生態も不明のため、春の新葉上の蕾や花に産卵する成虫もどこから来るのか分からない。タマバエの成虫越冬の可能性はほとんどない。寄生蜂としてミフシタマバエコマユバチ Bracon asphondyliae が知られている。
 
 
3   改めて雄株と雌株が隣接したハナイカダの果実の様子を見ると・・・   
     
   ハナイカダの果実については特に関心がなかったため、手元には果実の画像データが全くなかったことと、本当の果実ができる条件下で、虫えいがどの程度存在するのかも確認したいと思った事情から、ハナイカダの雄株と雌株が隣接して存在する場所で、その様子を確認してみた。

 7月下旬にその雌株の様子を見ると、緑色の果実と黒熟した果実があって、何とこちらでもハナイカダミタマバエの脱出口と思われる小さな穴のある果実が多数確認された。形態的には同時に見られた正常果と思われるものと全く同様で、外観上の違いは認められなかった。

 そこで、穴(脱出口)のある果実と穴のない果実の両方のサンプルをわずかに採取して、これらを割って見たところ、 
 
     
 
@  果実に穴があって、種子を1〜2個内蔵したもの 
A  果実に穴がないものの、すべての種子がしいなであったもの(単なる不稔か?) 
B  果実に穴がなく、種子を3個内蔵したもの(正常果ということになる。)

が見られた。(こちらでは寄生蜂は確認できなかった。) 
 
     
 
     ハナイカダの正常果
 果実は液果(核果)で、直径7〜11ミリの扁球形、8〜10月に紫黒色に熟し、果汁は暗紫色。 
      ハナイカダの種子
 核は1〜4個、長楕円形で表面には網目状の隆起がある。 
 
     
 
 
                 ハナイカダの虫えい果(左)と正常果(右)
 果実を割って見ると、は穴があって2個の種子を含み、は穴があって1個の種子を含み、は穴がないが不稔(しいな)で、は穴がなく3個の種子を含んでいた。
 
   
     
   わずかなサンプル数であったが、結実個体で観察した範囲では、ハナイカダミタマバエは果実の一部を間借りして虫室をつくっているという印象である。したがって、雌株単独で存在するハナイカダに純粋の?虫えい(受粉なしで完全に幼虫がハナイカダに作らせた果実様の真正の虫えい)が形成されるメカニズムとは少々異なっているように見えた。また、黒色の虫えい及び黒色の正常果ともに暗紫色の果汁が確認できた。
 なお、ハナイカダミタマバエは果実に幼虫室をつくっても、種子の形成を完全に阻害するものではなさそうである。

 今回、ハナイカダミフクレフシを少々観察してみたが、いつも感じることであるが、虫えいの命名については悩ましい点があることを実感する。この虫えいの場合は、外観上は正常果実と比べても、小さな穴が開いているだけで、何ら見分けがつかないにもかかわらず、「ミフクレ」の語を機械的に使わざるを得ない状態は必ずしも実態を反映しておらず、何とももどかしさを感じる。 
 
     
  <ハナイカダに関する参考メモ>   
 
 ・  葉の表面に著しい光沢がある。これは表面の細胞が1列に正しく並んでいるためである。(植物観察事典) 
 ・  地方によってはママコ、ママッコ、ママコナと呼んで、若芽を摘んで食べるところもある。(植物観察事典ほか) 
 
     
   【追記 2018.5】   
   昨年は時期的にハナイカダミタマバエの脱け殻しか見ることができなかったため、改めて5月に雌株単独のハナイカダの虫えいを採取したところ、ハナイカダミタマバエの幼虫と蛹を確認した。蛹はその後、虫えいに半身の脱け殻を残して羽化した。   
     
 
  ハナイカダミタマバエの虫えい
 左の虫えいに蛹が、右の虫えいに幼虫が入っていた。
   ハナイカダミタマバエの幼虫
 初期の幼虫である。 
   ハナイカダミタマバエの蛹 1 
 蛹の背側の様子である。
     
   ハナイカダミタマバエの蛹 2
 幼虫の腹側の様子である。
  ハナイカダミタマバエの成虫 1 
 背側から見た全身の様子である。
  ハナイカダミタマバエの成虫 2
 腹側の様子で、平均棍が確認できる。
 
     
 
                   ハナイカダミタマバエの頭部と胸部