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続・樹の散歩道
  エサキモンキツノカメムシのお母さんはエライ!!


 背中にハートマークのあるこのカメムシは従前からファンが多いが、なかなか現物を見る機会がないままとなっていた。しかし、都内某所のハゼノキでこの虫が見られ、卵を抱えたものもいるとの情報があって、やっとその姿をじっくり観察することができた。おかげで、このカメムシの特異的な個性の一端も知ることができた。ただし、入れ替わり立ち替わりカメラのレンズをグイグイと無神経に近づけられたカメムシのお母さんにとっては、突然に降ってわいた災難であった。 【2019.8】 


1   エサキモンキツノカメムシの様子   
     
   現地の生息場所周辺も探ったところ、幸いにもガクアジサイの花序にもエサキモンキツノカメムシを確認できた。   
     
 
 
        ガクアジサイの花序でくつろぐ?エサキモンキツノカメムシ 
 ガクアジサイはエサキモンキツノカメムシが通常見られる植物ではないが、素っ気ないハゼノキの葉の上よりも、こちらの方が間違いなく写真になる。カメムシは吸汁昆虫であるから、花粉を食べることはないはずであり、何のためにうろうろしていたのかは不明である。
 
     
   まずは、図鑑等の情報で、エサキモンキツノカメムシの学習である。   
     
 
           エサキモンキツノカメムシの主要各部の名称
 ハートマークもいいが、全体の黄色と緑色の繊細な色使いが美しい。名前を漢字表記すると「江崎紋黄角亀虫」で、 エサキの名は昆虫学者江崎梯三博士の名を奉献したものとされる。
(カメムシ目ツノカメムシ科 Sastragala esakii
 
     
   体長は10から14ミリ程度で、体は主に茶褐色であるが、頭部、身体の周囲、脚部で黄色から緑色を交えた配色が美しい。 側角(両肩の外側に突き出た角)は黒色で、背中には小さな黒色の点刻が密に見られる。小楯板(しょうじゅんばん。前翅の基部に挟まれた三角形の部位)の大部分を覆う大きな黄色又は白色の紋はハート形をしている。触角は5節。腹面(写真は後出)は黄褐色。 

 エサキモンキツノカメムシは、樹上生活者で、ミズキ、ハゼノキ、コシアブラ、ウド、カラスザンショウ、ケンポナシ、フサザクラ、アカシデ、ヤマウルシ、ヌルデなど多くの樹木の葉裏に見られるが、最もよく見られるのはミズキである。成虫は11月頃より越冬場所のスギやヒノキなどの樹皮下や朽木、落葉間、ときには家屋内に侵入し冬を越す。越冬した成虫は、初夏に交尾をし、ミズキの開花期の5月中旬頃から飛来し、ミズキの実ができる6月頃、雌成虫はミズキの葉裏に70から80個の卵を産みつけ、その卵塊に覆い被さり、じっとしている姿が見られる。このようにエサキモンキツノカメムシのメスは卵保護の習性を持つカメムシで、ふ化した幼虫は6月下旬から見られ、8月に入ると新成虫が出現する。 
(「カメムシ おもしろ生態と上手なつきあい方:野澤雅美」より)
 
     
 卵を守るお母さん  
 
 
           卵を抱えたエサキモンキツノカメムシ(A子さん)  
 
 
  卵を抱えたエサキモンキツノカメムシ(A子さん) 
  6月上旬に見られたお母さんである。多数の卵の上で前脚を前方に突っ張り、断固として卵を守る強靱な意志を示している。次々と訪れるカメラを構えたヒトによるストレスに耐え、怒りに身を震わせながら?一生懸命に卵を守っているように見える。(ハゼノキの葉裏)
  卵を抱えたエサキモンキツノカメムシ(B子さん) 
  7月上旬に見られたお母さんである。
  (左と同じハゼノキの葉裏)
 
 
 調べてみると、エサキモンキツノカメムシのお母さんは卵だけでなく、孵化した幼虫が二齢を迎えるまで守り続ける習性があるという。

 エサキモンキツノカメムシの外的な刺激に対する反応に関してであるが、通常見られる個体はかなり神経質で、カメラを近づけるといやがって葉の反対側に回り込んだりして逃げ回り、さらにしつこく追いかけ回すと葉から飛び降りてしまうのが一般的な行動である。こうした反応がふつうであるにもかかわらず、卵を抱えたお母さんが身体を張って外的な圧迫にじっと耐えるのは大変なストレスとなっているのは間違いない。

 ちなみに、卵を守る習性はツノカメムシで見られるのもで、ほかにオオツノカメムシ、ヒメツノカメムシ、アカヒメツノカメムシ、セグロヒメツノカメムシなどが知られていて、いずれもメス成虫が産んだ卵を守るという。
 
 オスは何をしているのか ・ ・ ・
 
     
 卵を守るお母さんにのしかかる不届きもの  
 
              卵を守るお母さんに交尾を迫るオス
 節操がないとはこのことで、頑張るお母さんに対する粗暴な行動は慎むべきである。
 (ハゼノキの葉裏)
 
 
 卵を一生懸命に守っているお母さんの後ろから忍び寄ったのか、強引にのしかかったのか、プロセスの詳細は不明ながら、信じ難い風景である。

 はたして交尾に至ったのかは見届けてはいないが、ひょっとして既に変則的な後背位で交尾状体にあるのかも知れない。 それにしても、卵を命がけで必死に守っているお母さんに対して執拗に交尾を要求するなど、とんでもない無神経、破廉恥な行為である。

 これに似た行為は他の昆虫でも見られるようで、餌を食べる雌のカブトムシの後ろからムラムラしてしまった雄がしがみつく例もあるらしい。確かに、人間界でも料理で忙しく台所に立つ若妻の後ろ姿を見て発情する夫の行動は古典的なエロ映画のワンシーンにもなっている。
 
 
  気づきの点
 先に掲げた写真の卵に関してであるが、一部が暗色となっている。一般に、こうした色合いとなるのは卵に寄生した寄生バチの羽化が近いことを示している。本来のカメムシが孵化する場合、初齢幼虫は淡色であるため、こんな色にはならない。
 顛末を確認していないが、仮にすべての卵が暗色となった場合は、すべてが寄生バチに乗っ取られたことになる。 
 そんなことになったら、エサキモンキツノカメムシのお母さんは、涙を流すに違いない。
 
     
 愛を確認しあうペア  
 
         交尾真っ最中のエサキモンキツノカメムシのペア
 左側の身体がひとまわり小さく、紋が黄色のものがオスらしい。尻が下側になっている。
 (ハゼノキの葉表)
 
 
 別の日に、愛を確認しあっている仲良しペアを確認した。身体がやや小さくて、紋に黄色味のあるのが雄とされる。

 先に見たとおり、卵を抱えたお母さんはどんな圧迫があってもその場を離れないが、交尾中のカップルでは、しつこくカメラを近づけられると葉から飛び降りてしまうケースを目にした。この際、驚くべきは結合状態が決して解除されないことである。詳細はわからないが、しっかりロックされているようである。

 ところで、カメムシが交尾している姿はよく目につき、多くの人が喜んで写真を撮るため、その姿は広く知られている。このため、カメムシは暇さえあれば交尾ばかりしているような印象があるが、調べてみると、カメムシ類は交尾の時間が長く、何と1日以上も頑張っていることが多いという。こんなこともあって、交尾現場がしょっちゅう激写されることになっているのであろう。

 ちなみに、オオツマキヘリカメムシの名のカメムシの場合は長くて10日以上、平均でも3日間近く同じ相手と交尾し続ける(カメムシの生活:夏原由博)という。これは競争相手を排除する行動と理解されている。
 
     
  <参考1: その他のカメムシの交尾風景>   
     
 
   
     交尾するアカスジカメムシ 1
 ドクニンジンの若い果序の上で。アカスジカメムシはセリ科の植物が大好きである。
     交尾するアカスジカメムシ 2
 ノラニンジンの花序の上で愛し合う二人。花園で幸せな時間を過ごす二人はうらやましい限りである。
   
      交尾するキバラヘリカメムシ
 ツリバナの葉表で。このカメムシはマユミやツリバナなどが大好きである。
      交尾するマルカメムシ
  クズの茎で。丸っこくて、カメムシらしくないマルカメムシは、クズが大好きである。左下には本種の卵塊が見られる。
   
     交尾直前のキマダラカメムシ
 クロガネモチの樹幹で大形のカメムシを目にして、同定のために撮影したものであるが、その後の展開をみると、雄が雌のお尻をクンクンして、気持ちを高ぶらせていたのかも知れない。尖った頭部の白線が印象的である。
    突然交尾したキマダラカメムシ
 突然にこういうことになった。追って愛の結晶の卵を探すこととしたい。
 なお、このカメムシは外来種で、国内では南部から生息域を拡大して、既に本州ではふつうの存在として帰化している模様である。 
 
     
  <参考2: カメムシの交尾の体位について>   
     
   カメムシの交尾様式はグループによって異なっているとされ、反対向きに尻を合わせる体位が多く、ほかに同じ方法を向いてマウントする体位(例:コブチヒメヘリカメムシ)、V字形に傾く体位(例:ノコギリヒラタカメムシ)が知られている。(カメムシ博士入門より)   
     
5   群れるカメムシの幼虫   
     
 
 卵のその後であるが、左の写真の幼虫群が先の卵に由来するものか否かは不明であるが、2回にわたって幼虫が群れているのを確認した。本種の幼虫の同定をする自信はないが、同じハゼノキの葉裏でもあり、たぶんエサキモンキツノカメムシの幼虫と思われる。

 幼虫群を見ると、お互いに重なった状態で群れていて、決して行儀よく葉から吸汁しているようには見えない。こうした状態をどのように理解すればよいのであろうか。にわか勉強すると ・ ・ ・ 
      群れるエサキモンキツノカメムシの幼虫
 
     
 
 ・ カメムシの初齢幼虫は水以外のものを摂取せず、母親が卵殻周辺に残した共生微生物を摂取する。(カメムシ学入門) 
 ・ カメムシでは卵の中に栄養がたくさんあり、幼虫はいわば弁当持参で孵化してくることから、多くのカメムシ類では一齢幼虫は摂食しなくても脱皮できる。(カメムシはなぜ群れる?) 
 
     
  とあるなど、初齢幼虫は摂食しないで、まずはじっとして群れているのがふつうのようであり、これ自体が発育のひとつのプロセスのようである。しかし、群れていることの生理・生態学的な意味に関しては多くの可能性が論じられていて、「カメムシはなぜ群れる?:藤崎憲治」にもいろいろな可能性が紹介されている。きっと何らかのメリットがあるに違いないが、現在のところはスッキリした裏付けをもって解明されるには至っていないようである。似た例として孵化したクモが群れて、「まどい(団居)」と呼ばれる現象が見られるが、これについてもよくわからないのと同様である。   
      
     その他の種類のカメムシが群れている例  
 
     アオモンツノカメムシの孵化幼虫の群れ
 ヤツデの葉裏で孵化したもので、折り重なって団子状態となっている
      キバラヘリカメムシの幼虫の群れ
 円陣を組んで、申し合わせたように外を向いている。
 警戒態勢にあるようにも見える。