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樹の散歩道
   シーダー(Cedar)とは一体何なのか


 シーダー(Cedar)はもちろん英語であるが、しばしば樹の名前の一部を構成している単語であることは一般に意識されていると思われる。また、国内ではブランド名、商品名、さらには会社名に取り込まれている例も見られる。英語民族でもない限り、シーダーのニュアンスの何たるかを考えたところで何もわからないから、以下に情報を整理をしてみた。【2010.2】


アトラスシーダー(新宿御苑)
 中央の直立した樹木が新宿御苑で唯1本のアトラスシーダーとされるもの。葉の位置が高く、手が届かない。
 この公園にはさらにアトラスシーダーの品種とされるギンヨウヒマラヤ Cedrus atlantica f. glauca 英語名 Blue Atlas Cedar (ブルーアトラスシーダー) が9本存在する。

 梢端は直立、幼枝は多毛、枝は疎生、上向、斜向、葉は最も短い、断面を見ると幅よりも厚さの方が大。球果はレバンノシーダーより小さいが同形を呈す。種子と翅はヒマラヤシーダーと大体同じ。
ヒマラヤシーダー(芝増上寺)
 この樹にはグラント松の名がある。説明看板には「米国第18代大統領グラント将軍は明治12年7月国賓として日本を訪れ、増上寺に参詣し記念としてこの樹を植えた。」とある。

 主枝、梢頭少しく下垂、枝は長く、下垂し、幼枝に密毛あり、葉は最も長く、球果は無梗、長楕円体、円頭。

ヒマラヤスギとも)
レバノンシーダー(新宿御苑)
 新宿御苑でヒマラヤシーダーの樹群に隣接してレバノンシーダーの樹群(ナンバーテープ 9-484から9-499)が存在する。両者を比較するには具合がいい。

 梢端は上向又は少しく下垂、幼枝は無毛又は少毛、枝は硬い感じがして水平に出る傾あり、葉はヒマラヤシーダーより短い。断面を見るに厚さより幅の方がひろい。球果は広楕円体、梢凹頭、截頭。

レバノンスギとも)
アトラスシーダー(小石川植物園)
左:レバノンシーダー  右:ヒマラヤシーダー
 上記3樹種は、特に幼樹では区別が困難といわれている。ヒマラヤシーダー以外は滅多に見る機会がないから、細かい識別点を覚える気にならない。(形態的特徴の記述は樹木大図説による。)
1  「シーダー」の呼称
 
 以下に手近な資料を掲げた上で整理を進める。
 シーダー その1 【Britannica英語版(抄)】

 “cedar(シーダー)”は、マツ科ケドルス(Cedrus)属(*後述)の4種の常緑針葉樹及びその木材のいずれかを指し、そのうち3種は地中海地域の山岳帯に産し、1種は西ヒマラヤ産である。これらが true cedarsトゥルー・シーダー真正シーダー))で、具体的な樹種は次のとおりである。

@ Atlas cedar   アトラスシーダー
A Cyprus cedar  キプロスシーダー
B Deodar ,Deodar cedar  ヒマラヤシーダー
C Cedar of Lebanon  レバノンシーダー

 これらの違いを明らかにするには困難な面があって、一説にレバノンスギの地理的変異とする見方もある。
 シーダー≠フ名で知られる他の多くの針葉樹についても、常緑であること、芳香があること、しばしば赤色あるいは赤味のある材(多くの場合耐朽性と耐虫性がある)である点で真正シーダーに類似している。 giant arborvitae(米スギ) 、incense cedar(インセンスシーダー)、いくつかの junipers 類(red cedar(レッドシーダー)など)は鉛筆、チェスト、クローゼットの内張、フェンス支柱として身近なシーダーウッドとして利用されるほか、材から蒸留されるオイルは、多くの化粧品に利用されている。
 シーダー その2 【木の大百科】

 cedar の名は針葉樹でヒノキ科及びスギ科の諸属、主にヒノキ科のヒノキ属 Chamaecyparis 、イトスギ属 Cupressus 、ネズコ属 Thuja 、ビャクシン属 Juniperus などの材に広く使われるが、広葉樹でもチャンチン属又はこれに近いものに用いられている。材の匂いが類似していることによるものである。
 シーダーの名称はもちろん学名とは異なり、分類学的観点とは異なった一般的な呼称として事例が見られる語であるから、どんな実態にあるかを概観することがとりあえずの課題である。

 上記@、Aの資料を参考にしつつ、シーダーの呼称のある樹種の事例を概略整理すれば、以下のとおりである。
(注) シーダー(cedar)は、「シダー」と表記されている場合がある。英語の発音としては「シーダ」が近い。
  Cedar の呼称を含む樹種名の事例
マツ科 ケドルス属
(ヒマラヤスギ属)
アトラスシーダー(Atlas cedar)、アトラススギ
Cedrus atlantica
日本に入ったのは明治20年頃と伝えられる。【樹木大図説】
キプロスシーダー(Cyprus cedar)、キプロススギ
Cedrus brevifolia
イギリスのキュー植物園に見本樹がある。【樹木大図説】
ヒマラヤシーダー(Himalayan cedar, Deodar cedar)、ヒマラヤスギ
Cedrus deodara
デオダラとはインドヒンズー語で神の樹という意味。日本に入ったのは明治12年頃といわれる。新宿御苑に植えたとする説があり、また明治12年アメリカからグラント大統領が来朝したときに芝公園増上寺の門前に植えたのが日本輸入第1号ともいう。明治20年代に輸入した種子をまき育苗したものが林業試験場(現目黒林試の森)の大木である。【樹木大図説】
レバノンシーダー(Cedar of Lebanon)、レバノンスギ
Cedrus libani
日本に入ったのは明治初年で新宿御苑に植え付けられている。【樹木大図説】
ヒノキ科 ネズコ属 ウェスタンレッドシーダー(Western Redcedar, Giant Arborvitae)、 ベイスギ、米スギ
Thuja plicata
ニオイヒバ、ノーザンホワイトシーダー(Northern White Cedar, American Arborvitae)
Thuja occidentalis
ビャクシン属 イースタンレッドシーダー(Eastern Redcedar)、エンピツビャクシン
Juniperus virginiana
ショウナンボク属 インセンスシーダー(Incense-cedar
Libocedrus decurrens
イトスギ属 メキシコイトスギ(Cedar of Goa の呼称もある。)
Cupressus lusitanica
スギ科 セコイアメスギ属 セコイアメスギ(Redwood, Basterd cedar の呼称もある。)
Sequoia sempervirens
タスマニアスギ属 タスマニアシーダー(Tasmania cedar
Athrotaxis selaginoides ほか
スギ属 日本固有種のスギ(英語名に Japanese cedar を充てている。)
Cryptomeria japonica
センダン科 チャンチン属 スパニッシュシーダー(Spanish Cedar, Cigar-box cedar
Cedrela odorata ニシインドチャンチン (メキシコ北部から西インド、アマゾン)
Cedrela angustifolia (メキシコからアルゼンチン北部)
Cedrela fissilis (ペルー、ブラジル、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン)
Cedrela lilloi (ペルー、ボリビア、アルゼンチン)
Cedrela montana (ベネズエラ、コロンビア、エクアドル)
Cedrela oaxacensis (米国・デュランゴからメキシコ、パナマ・チリキ県) 
Cedrela weberbauerii (ペルー・東アンデス山麓)
(USDA資料より)
トゥーン(Toon, Burma cedar, Moulmein Cedar) インド、東南アジア
Cedrela toonan
カランタス(Philippine cedar, Philippine mahogany )
Cedrela calantas
 以上のとおり例示してみたが、cedar の語が針葉樹の複数の科にわたって使用されていることや、さらに広葉樹にまで使用されているなど、きわめて広範に使用されていることがよくわかる。一般的な呼称は決して科学的な知見に基づくものではないから、こうしていくら掲げても何も得られるものはない。実はむしろ気になるのは多様なシーダー≠フ語を日本語としてどのように取り込んでいるかということである。

 日本における「シーダー」の実態

  結論を先に言えば、スギ科ではないものに「スギ」の名を与え、英語の cedar を「スギ」の語に変換していることで、違和感を与え、あるいはおかしなことになってしまっているように思われる。歴史的な沿革は知らないが、以下の諸点を指摘できる。
@  Himalayan cedarマツ科であって、スギ科ではないのに、なぜ「ヒマラヤスギ」なのか。「増補版 牧野日本植物図鑑」では、ヒマラヤスギの名称に関して、「和名はヒマラヤの産にして葉状の観スギに似たれば斯く云ふ」とある。実用上の和名を誰が考えたのかは知らないが、迷惑な話である。話の順序はわからないが、この属名 Cedrus も「ヒマラヤスギ属」とされてしまっている。このため、先のリストアップでは敢えて「ケドルス属」の名を優先した。本属の各樹木も○○シーダーのままの方が据わりがいいように感じる。
 なお、中国では全く問題がなさそうである。日本語での「マツ科 − ヒマラヤスギ属 − ヒマラヤスギ」は、中国では「松科 − 雪松属 − 雪松」であり、日本のようにマツとスギが混在するような節操のない呼称となっていないからである。
  
A  例えばヒノキ科ネズコ属の Western Redcedar に対して、なぜ「ベイスギ」(米スギ)の名を与えてきたのか。これは、 cedar = スギ とする感性が定着していまっていることによるものと考えられる。しかも、悪いことに、日本のスギは国内固有種であるため、日本人にとっての「スギ」はこれしかなく、スギではない○○シーダーの名が○○スギに変換されている場合に、現物に接し、あるいは分類を確認した際に、何でこれがスギなんだいということになってしまっているのである。

B  まさかそんなことはないだろうと思いつつ、念のために 「スペインスギ」、「スペイン杉」の語を検索したところ、なんと!ぞろぞろヒットしたのである!先に掲げた Spanish Cedar は、そもそも広葉樹である。
 「cedar = スギ」の条件反射的思い込みは、すでに病的な状態にあることがわかった。この広葉樹材は葉巻入れ(ヒュミドール)の素材として昔から有名であるが、これを販売する業者がスペイン杉の名で販売しているのを確認した。また、葉巻を解説した書籍でも、スパニッシュ・シーダー(セドロ)はスギであり、スギ材が使用されているとして説明している例も見かけた。

C
 国内の有名な靴のブランドに「セダークレスト CEDAR CREST」がある。「セダー」と読ませている事情は知らないが、これも シーダー(cedar) である。ドイツ語読みではないようで、ドイツ語なら Zeder で、ツェーダーとなる。たぶん訛っているのであろう。元々は米国発祥のブランドで、株式会社チヨダが2005年に商標権を買収したものという。同社のホームページでは、その名称の由来に関して、「米国ノースカロライナ州とテネシー州境にあるスモーキーマウンテンに生育する杉から名付けられた」と説明している。
 このシーダーも、たぶん○○cedar の名を持つヒノキ科の樹種であろう。

D  事態をややこしくしているのは、日本にしか存在しないスギ」の英名が Japanese cedar とされていることである。スギに充てるふさわしい単語がなくて cedar となってしまったといった風情である。既にここまで混沌たる状態にあることがわかる。

E  タバコのように喫煙する医薬品(第2類)として ネオシーダーNEO CEDAR の名の奇妙な鎮咳去痰薬が存在する。この場合の CEDAR が何であるのか。パッケージには薬効成分として塩化アンモニウム、安息香酸、カンゾウエキス、ハッカ油が明示されていて、その他「添加物として香料、その他2成分」としているだけである。したがって、本体のタバコ葉状の原料に関しては記載がないため、会社に問い合わせたところ、それはタバコと同じナス科のある植物の軸とヤマアジサイの葉であるという。シーダーの名があるが、シーダー系樹木とは直接的な関係はないことを確認した。
ネオシーダーのパッケージ  タバコと同じ
 体裁である
 紙巻きされた中身である。ヤマアジサイの葉はわかったが、ナス科の植物が何であるかは企業秘密のようである。
F  ヒノキ科の Cupressus では一般名に cedar の語を使っているケースは少ないと思われるが、なぜか本属の日本語名は「イトスギ属」である。いかにもヒノキ的鱗状の葉の樹木群に対して、なぜイトスギの名を与えたのか、その経過はわからない。
 ゴッホの絵で有名な糸杉であるが、この木はヒノキ科であると理解しておかねばならない。
 ところで、中国での整理がどんな具合かを確認すると、またしても中国の方がわかりやすかった。日本語の「ヒノキ科 − イトスギ属 − シダレイトスギ」は、中国では「柏科 − 柏木属 − 柏木」で、一貫性がある。
 ゴッホの描く糸杉は具体的には Cupressus sempervirens の模様である。英名は Italian cypress で、和名はイタリアサイプレス、セイヨウヒノキ、セイヨウイトスギ、イタリアイトスギ、イトスギ の名がある。中国名は泰然として「地中海柏木」である。

G  最後に、またややこしくなる話をひとつ。近年、DNAレベルでの樹木の遺伝子情報が蓄積されてきていて、いわゆる分子系統学による分類に係わる新たな知見が得られてきているという。既に多くの分類見直しに発展していて、その中ではスギ科が既にヒノキ科の傘の下に入ってしまったという。ただし、一般市民にとっては、例えばスギはいつまで経ってもスギで変わることはないから、幸い日常生活には何も影響はない。
(参考)
スギはヒノキ科:磯田圭哉(関西の林木育種第61号 2010.3 関西林木育種懇話会 )
避けられる「他人の空似」(朝日新聞 2010.3.2)
 以上のとおりである。せめて cedar を即「スギ」とするのは避けたほうがよいと思うのだが。既に手遅れか。