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続・樹の散歩道
  山火事をじっと待つ松


 世界には様々な環境に適応した植物が存在することを書籍等で知ることができ、しばしばその個性に驚かされるが、そうした中でも極めて特異な性質を持つ植物が存在し、その一つとして山火事に対して見事に適応し、これをチャンスと捉える植物が存在するという。
 日本人のフツーの感覚では、山火事など滅多に発生しないから、いつまで待たされるのかわからない山火事の発生に依存するという戦略には少々違和感があるが、かの新大陸では主として落雷に起因する大規模な山火事が珍しくないというから、やはりこうした環境に適応したものも存在するのであろう。
 この具体的な例として、北米産のバンクスマツ(ジャックパイン)ロッジポールパイン(コントルタマツ)が知られていて、国内では林業用樹種としての利用はないものの、しばしば樹木園等に植栽されているほか、その材も実は一般に意識されない中で利用されている。改めてそのメカニズムに関する講釈を確認するとともに、これらの球果の実際の様子を観察してみることとした。【2014.3】 
以下、両樹種に関する情報は主として米国農務省(USDA)の公開資料によるもので、他の資料による場合は文末に略記する。 


   バンクスマツ Pinus banksiana

 北米原産の二葉松。(アメリカ東北部、カナダ東部・中部産)
 その他の和名: バンクシアナマツジャックパイン
 英語名: 筆頭一般名はJack Pineジャックパインで、その他 scrub pine スクラブパインBanksian pine バンクシアンパインHudson Bay pine ハドソンベイパインBanks pine バンクスパインの名がある。
 
 
     
 (1)  バンクスマツ(ジャックパイン)の様子   
   
 
 ・  樹高は通常、成熟木で17~20メートルであるが、30メートルに達するものもある。 
 ・  葉の長さは2~5センチ。 
 ・  種小名Banksiana は英国の植物学者で王立協会会長のジョゼフ・バンクス Sir Joseph Banks (1743 – 1820) を記念したもの。
(Jack の由来は不明。)
  
 
     
 
 
 バンクスマツの若い樹  バンクスマツの葉
葉は短くて扁平気味である。
   バンクスマツの樹皮(中径木) 
 樹皮は橙赤色から赤褐色。
     
  バンクスマツの雄花 (6月上旬)   バンクスマツの雌花 (6月上旬) バンクスマツの若い球果
(2年目の7月下旬) 
     
   バンクスマツの成熟した新球果
 前年秋に成熟したもの。球果の先端部がしばしば曲がっている。
 (2月上旬)
    バンクスマツの古い球果
 年数が経過した球果はすべて表面が灰色になっていた。(2月上旬) 
     バンクスマツの種子 
 左の2粒は球果内での上面で、右の2粒は種鱗に接していた下面である。
 
     
 
        バンクスマツの球果の様子 1
 この個体のこの枝ではほとんどの新旧球果は閉じたままである。灰色の閉じた古い球果がたっぷり付いたままとなっている。(2月上旬)
      バンクスマツの球果の様子 2 
 別個体の様子で、閉じた球果と開いた球果が混在している。
 (2月上旬)
 
     
 (2)  バンスクマツ(ジャックパイン)のあらまし   
     
 
 ・  雌花は受粉から13ヶ月後に受精し、その後に球果として肥大化する。 
 ・  受粉した翌年の生育期の後期(晩夏から初秋にかけて)に球果が成熟して種子が熟す。 
 ・
 ジャックパインは特に初期の成長条件が良好であれば、他のマツ類よりも早くに花をつけ、自然の条件下では日当たりがよければ一般に5~10年で花をつけ始める。 
 ・  球果の鱗片を接着している樹脂物質の溶融温度は50℃であるが、南に分布するものでは、これよりも低温で軟化するようである。鱗片が開くメカニズムは湿気に由来し、樹脂物質による接着が解かれれば鱗片の水分量が因子となり、乾燥条件下で鱗片は外側に反り返る。 
 ・  ジャックパインの球果は乾燥した気象条件で気温が少なくとも27℃あれば最も容易に開くが、多くの球果は火にさらされたり、風折れや伐採作業後に地表近くが高温になるまでは閉じたままである。球果は気温がマイナス46℃又はそれ以下の場合も開くことがある。 
 ・  米国やカナダでは重要な商業樹種である。中庸な硬さと重さで、パルプ材、木材、電話電柱、フェンス支柱、坑木、枕木に利用されている。クリスマスツリーとしても植栽されている。 
  (注)北米産のSPF材に含まれている。  
 ・  ジャックパインの最も注目すべき特別の役割は、希少で絶滅の恐れのある鳥類であるカートランドアメリカムシクイKirtland's Warbler (Setophaga kirtlandii) のための繁殖地となることである。この鳥は1.5~6メートルの高さの均質なジャックパインの樹林が必要で、できれば面積が32ヘクタール以上あることが望ましい。 
 
     
   ロッジポールパイン Pinus contorta 

 北米原産の二葉松。(アメリカ西部、カナダ西部産)
 その他の和名: ヨレハマツコントルタマツ
 英語名: 一般名は Lodgepole Pine ロッジポールパインで、以下の4つの地理的な変種(時に亜種扱い)に対してそれぞれの呼称がある。
 
     
 
 ①  Pinus contorta var. contorta (沿岸部での形態)
 英語名:shore pine ショアパイン、coast pine コーストパイン、beach pine ビーチパイン
 樹高:12-15 m(Oregon State University )
 ②  Pinus contorta var. bolanderi
(カリフォルニアのメンドシーノ郡ホワイトプレインズの形態)
 英語名:Bolander pine ボランダーパイン
 樹高:10 m未満
 ③  Pinus contorta var. murrayana (シエラネバダの形態)
 英語名:Sierra lodgepole pine シエラロッジポールパイン、tamarack pine タマラックパイン
 樹高:28-30 m
 ④  Pinus contorta var. latifolia (内陸部での形態)
 英語名:Rocky Mountain lodgepole pine ロッキーマウンテン・ロッジポールパイン、 black pine ブラックパイン
 樹高:13-45 m
 
     
 (1)  ロッジポールパイン(コントルタマツ)の様子   
     
 
 ・  内陸に生育するものは通直で樹高が高いが、海岸沿いの地帯に産するものは背が低く、形はよくない。あまり大きい丸太がないので、良質の大きな木材は得難い。(須藤) 
 ・  学名の種小名contorta はラテン語のcontortus (捩れた)からで、葉の特徴に由来。英語のcontorted に同じ。
 ・  英語の一般名 Lodgepole Pine ロッジポールパインの名は、アメリカの原住民がティーピ Tipi(Tepee) と呼ばれる移動用住居(テント)の構造用支柱(ポール)に利用していたことに由来する。 
 
     
 
   ロッジポールパインの外観     ロッジポールパインの葉
 
葉はバンクスマツより長く、同様にやや扁平であることから、湾曲している。種小名の由来である。
    ロッジポールパインの樹皮
  ロッジポールパインの未熟球果
 種鱗に鋭い刺が見られる。(2月上旬)
  ロッジポールパインの新しい球果
 
前年の秋に成熟したもの。(2月上旬)
  ロッジポールパインの古い球果
 年数の経過した球果は、しばしば地衣類がついて緑色になっている。
 
     
 
  ロッジポールパインの閉じた球果と開いた球果の様子 (2月上旬採取)
 左の淡色の2つの球果が新しいものである。種鱗には鋭い刺が残っている。
    ロッジポールパインの種子
 左の2粒は球果内での上面で、右の2粒は種鱗に接していた下面である。 
 
     
 (1)  ロッジポールパイン(コントルタマツ)のあらまし   
     
 
 ・  球果はふつう受粉後1年以上経過した8月、9月あるいは10月に成熟する。内陸部や高標高の林分は明らかに沿岸部や低標高の林分より早く成熟する。球果の成熟は球果が青緑色から淡褐色に変化するのが目安となる。 
 ・  ロッジポールパインはふつう5年から10年の若い年齢で結実し、その種子の発芽率も成木と何ら変わらない。 
 ・  球果は酷寒に耐え、一般に球果や種子を食べる昆虫の影響を受けないか、唯一リスやヘリカメムシが種子をよく食べる。 
 ・  ロッジポールパインは昔から火災依存亜極相型 fire-maintained subclimax type であると見なされてきた。他の種を排除して極めて高密度に成立するその再生能力は閉じた球果の性質に起因している。多年にわたり大量の種子が保存された状態にあり、火災によって準備される苗床で直ちに発芽する用意が整っている。 
 ・  閉鎖球果は鱗片が樹脂で接着されていて、成熟しても開かない。接着は45℃から60℃の間で解かれ、鱗片は吸湿状態に従って自由に開く(乾燥状態で開く)。多くの種子は火事のおかげで林分の再生に利用されることになる。地表面あるいは地表近く(30センチ未満)の閉じた球果もそれを開くに十分な日射による温度にさらされ、種子を散布するであろう。しかし、いくらかの種子は火災、とりわけ伐採残さの燃焼により損なわれるかも知れない。 
 ・  樹上の閉鎖球果に貯えられた種子は、何年も生き続ける。明らかに、球果や種子が地面に接していない限り(球果が地面に落ちれば球果は開く。)、種子はより長く生きることができる。 
 ・  ロッジポールパインは骨組み、羽目板、支柱、囲い柱、電柱、枕木、パルプ材として利用される。 
  (注)ロッジポールパインは輸入されている北米産SPF材のうちのマツの主体を占める。集成材、フローリングの製品例を見る。
 
     
   気づきの点

 バンクスマツロッジポールパインの,現物を観察しての気づきの点等は以下のとおりである。 
 
     
 
 ・  両種とも、多数の閉鎖した球果をつけていたが、開いた球果も多く、見た限りではこれが着生部位(高さ)に関係しているという印象はなかった。 
 ・  両種とも、閉鎖球果の比率についてはかなりの個体差があるように感じられた。 
 ・  これらのことから、バンクスマツ、ロッジポールパインのいずれも、山火事の機会のみに依存しているということではなく、適宜種子を散布し、さらに個体差が存在するということは、集団として幅のある適応を示しているものと考えられる。もちろん、山火事の後は他の競合する樹木が打ちのめされている中で、無機質肥料に富む畑のような環境を独り占めし、一気に一斉林を形成するには最良の条件であることは間違いない。 
 
     
   閉鎖球果の火あぶり試験   
     
    採取したバンクスマツロッジポールパインの閉鎖球果をしばらく屋内に放置しておいたが、やはり頑として全然開く気はないようなので、模擬的に山火事条件を再現するために弱火でゆっくり加熱して反応を見ることとした。責め道具は燻製用に用意してあるドーム状の蓋付きで下に焼き網を敷いた中華鍋である。   
     
 
       火あぶり試験により開き始めた球果 
 左の4個がバンクスマツで、右の4個がロッジポールパインである。それぞれ上の2個が古い球果で、下の2個が新しい球果である。いずれも、新しい球果の方が開き始めるのがやや早い印象である。
     火あぶり試験によりほぼ開いた球果
 ヤニで固着した種鱗が解放された後は、種鱗は乾燥が進むに従って反り返ることになる。
 ロッジポールパインの古い球果はやや開きが悪い印象である。
 
     
  <参考メモ1>   
   山火事に対する適応形態として、海外では次のような事例のあることが知られている。   
     
 
セコイアメスギ
(センペルセコイア)
 
 厚い樹皮で山火事の熱に耐え抜き、結果として時に純林を形成している。
 写真はセコイアメスギの厚い樹皮。ザクザクとした感触である。
 
 
ユーカリ類    オーストラリアのユーカリ類の多くは、山火事に際しても火に強く、幹や枝の厚い樹皮の下から芽吹き、中には地下の塊茎から茎を伸ばすものや地上部が消失しても種子が芽生えるものもある。(植物の世界)  
ブラシノキ
(カリステモン、キンポウジュ 金宝樹)
 
 オーストラリア原産のフトモモ科ブラシノキ属の常緑小高木で、Callistemon speciosus が代表的で広く園芸的に利用されている。この種子は熟しても枝のブツブツの木化した果実に入ったまま残り、火事に遭うと蒴果が裂開して種子を飛ばすという。
 写真は前出のカリステモン・スペキオススの花序。
 
 
バンクシア属   オーストリア原産のヤマモガシ科のバンクシア属 (Banksia) の多くの樹種は種子の散布を山火事に依存しているという。穂状花序が個性的で観賞用として国内でも見かける。バンクシア・メンジエシイBanksia menzies には ファイアーウッド・バンクシア firewood banksia の英語名がある。
 写真は同属の バンクシア・エリキフォリア Banksia ericifolia の花序。
  
 
ヤマナラシ属   ヤマナラシ属では山火事や伐採で地上部が消失した場合に、根から萌芽「根萌芽」ルートサッカー root sucker と呼んでいる。)する繁殖様式で再生する。(植物の世界)
(注)国内のヤマナラシ属ではヤマナラシで根萌芽が見られるという。その他外来種のニワウルシやハリエンジュでも見られることが知られている。タラノキも同様で、栽培する場合は根を短く切った「種根(しゅこん)」を利用している。
  
 
     
  <参考メモ2>   
   国内では、さすがに山火事をチャンスとして捉えて種子を散布する植物は知られていないが、山火事に関連してある特性を示す樹種は思い浮かぶものはある。   
     
 
カシワ  定期的に野焼きされる草地で、樹皮の厚いカシワだけが点状に生き残って、盆栽状の樹型を見せている風景は九州でしばしば見かけた。写真はカシワの厚い樹皮。
カンバ類  シラカンバダケカンバウダイカンバといったカンバ類は、山火事跡地や伐開地でいち早く芽生えて一斉林を形成することがあることが知られている。日本では山火事はほぼすべてが人為的なものであるが、北海道ではかつて薪を燃料とした鉄道機関車が沿線に火の粉をまき散らしたために山火事が頻発し、結果として沿線のあちこちがカンバ類の二次林と化した時代があったという。
 シラカンバやウダイカンバの散布された種子は山火事の熱に遭うと休眠打破(解除)されて発芽する性質があるといわれる一方で、土中の種子は1~3年で発芽力を失うともいわれれいる。実際の山火事後に芽吹く種子の由来が 休眠が打破されたものと 新たに飛来したものとそれぞれがどのような役割分担を演じてきたのかは気になるところである。
 なお、興味深いのは、カンバ類の種子は発芽に際して光を必要とする光発芽の性質があるとされる点である。そもそもカンバ類は先駆樹種として、生育には十分な光を必要とする陽樹であることが知られていているから、これらのことを合わせ考えると、カンバ類は種子の段階で、まるで辺りが明るく生育に適した環境なのか否かを確認した上で発芽を判断しているかのようである。