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続・樹の散歩道
   シラカバ、樺の木はなぜ “母なる木”(マザーツリー)なのか


 樹木に関する面白い表現を目にした。この由来とされる視点はわからなくはないが、日本の文化とは少し捉え方が異なっている。掲載された新聞記事の該当部分を抜粋すれば次のとおりである。

 「・・・ シラカバは山火事後の荒野に最初に自生する強い生命力を持つことから、英語で「マザーツリー(母なる木)」とも呼ばれる ・・・ 」(北海道新聞 2013年(平成25年)6月5日)

 日本語サイトで調べると、確かにシラカバに関して、ヨーロッパでは「マザーツリー」あるいは「母なる木」と言われているとした紹介文を個人HPで多数確認した。さらに主としてシラカバ樹液関連化粧品の販売事業者も参戦して、シラカバは「森の看護婦」「ナースログ」とも呼ぶとして紹介しながら、製品をPRしている。既に怪しい雰囲気が漂ってきている。そもそも日本の文化と何の関係もない呼称をもったいぶって持ち込むことに違和感を持ちつつ、意味不明な講釈がなされている現実を直視し、教養として確認する必要性を感じた。そこで、仕方なく英語サイトを安易に検索して調べることとした。

【2013.6】
  ビーチ、バーチ、オークの比喩表現についてはこちらを参照


   シラカバの樹皮には随分個体差が見られ、中には驚くほど白くツルツルの美白美人も見られる。老樹となればもちろん表面は荒れてくる。   
     
 
      シラカバの樹皮 1
 
ツルツルのきれいなお肌である。 
       シラカバの樹皮 2
 この質感も繊細で魅力的である。
      シラカバの樹皮 3 
 横長の皮目が目立つタイプである。
     
     シラカバ樹皮の白粉
 これは蝋質のものとされる。
     伐倒木の木口の様子 
 シラカバは木材としての評価は高くないが、爪楊枝、割り箸、アイスクリームスティックとしてはおなじみである。 
     シラカバの材面(LVL)
 シラカバでは形成層潜孔虫による食害跡に生じた傷害柔組織であるピスフレックが生じやすい。
 
     
     
 日本語サイトで紹介されていたシラカバの呼称事例

 シラカバに関して、以下のような呼称がしばしば紹介されていた。

  @   母なる木(樹)、マザーツリー
  A   森の看護婦、森の看護師、ナースツリー
  B   ナースログ
 
     
 英語サイトでの上記呼称の確認結果

 確認した結果は、おおよそ以下のとおりである。
 
 
 
注: ヨーロッパにはシラカバは分布しないが似た樹種は存在する。この件では英語の Birch ( tree ) として登場する。これはカバノキ科カバノキ属 Betula の樹種を指し、ここでは「樺の木(カバノキ)」と呼ぶこととする。(国内ではシラカバ、ダケカンバ等が該当する。) 
 
     
 
@  Mother Tree マザーツリー

 樺の木に関して、
古代にこの呼称があったとする記述(必ずしも権威あるものではないが)が多数見られた。  
   
A:  氷河時代に多くの植物が衰微した際、樺の木(the birch tree)は伝説にあるように空虚な谷や平原を癒した先駆者であった。樺の木は、忍耐と先駆の能力を持たないすべての木々、植物に新たな生育地をもたらしたことから、古代の人々は、樺の木を母なる木 'the Mother Tree' と呼んだ。【treewerks.com】(抄訳) 
   
B:  古代世界では、樺の木(Birch)'The Mother Tree' と呼ばれた。その理由はこの木が先駆樹種で、土地がひどく痩せていたり、生育に不適当な場合であっても耐える力を有していた。事実、氷河時代の氷河が後退した際、樺の木が最初に定着した。北欧神話では、樺の木は偉大なる母なる女神フレイア Freya の精神を意味した。
【bio.brandeis.edu】(抄訳)
   
C:  樺の木(the Birch)に関する伝承は多い。樺の木は氷河時代が終わった後に真っ先に根付いたことから、母なる木 ‘Mother tree’ として知られている。それ故に、樺の木は肥沃と関係付けられている。【stonelanegardens.com】(抄訳) 
   
D:  樺の木(the birch)はニューハンプシャー州の木である。鑑賞樹としても一般的で、合衆国大統領の母に敬意を表してホワイトハウスに植栽されたことから、母の木 "Mother Tree" の愛称がある。【hardwoodinfo.com】(抄訳) 
   
   古代の話として了解である。Dはもちろん古代の話ではないが、近代のよもやま話である。 
   
A   Nurse Tree ナースツリー 、(森の看護婦)

 最初から違和感のあった「森の看護婦」さんについて、若くてきれいな看護婦さんは大好きであるが、この場合のナースは看護婦(人)ではなく、稚幼樹などを保護する保護樹のことである。「看護婦」と訳せば別のニュアンスとなり、また、健康や肌に対するプラス効果からこの名前があるというような文脈で語ることは適当ではない。なお、Nurse of the Forest , Nurse of the Woods のいずれの表現も存在を確認できなかった。

 Britnnica Online には以下の記述が見られる。

 「樺の木(Birches)は氷河が後退した後に定着した最初の木々の仲間である。丈夫で、成長が早く、病気や昆虫の攻撃に対して比較的抵抗力があり、森林の再生、侵食防止、被覆木あるいは保護樹(protective cover or
nurse tree)として、より恒久的な植物が定着するまでの間にあって重要である。(抄訳)」

 残念であるが、森の中ではやはり看護婦さんではなく、「森のくまさん」の方がふさわしいと思われる。
 
   
B    Nurse Log ナースログ

 これは全く異質な存在である。森林で、地上に落ちた種子が芽生える土壌の役割を果たす腐った倒木や切り株のことである。芽生えの際に光を遮る下層植生から解放された日当たりのよい条件を提供することになり、倒木更新切り株更新の呼称がある。

 これにより成木となった場合に、土台の “ナースログ” が朽ち果てて消失すれば根上がり状態となることが知られているが、樺の木ゆえにナースログになるということではない。ただし、米国産のキハダカンバ(イエローバーチ)で根上がり状態となることがある模様で、この事例が紹介されているのも確認した。シラカバ(樺の木)がらみで、なぜこうした錯誤が生じているのかはわからない。ナースツリーの呼称が関係して混乱したのであろうか。
 
 
     
   以上の事情を承知すれば、シラカバ樹液関連商品・化粧品の宣伝のために、ナースツリー、ナースログの講釈を持ち込む理由は失せてしまう。
 日本でもシラカバは短命であるが、特に北国では山火事跡地、皆伐跡地、地表が攪乱された跡地で、いち早く芽生え、当面の緑を形成する樹種(先駆種、先駆樹種、パイオニア)として知られてきた。一般に高原を代表する樹木の一つともされるが、緯度の高い北海道では平地で見られる樹種である。木材としての市場価格は低く、主としてパルプ用材として利用されてきた。日本の文化ではこれを“母”にたとえる感覚はない。
 
 
     
 一般用語としてのマザーツリー   
     
 森林・林業での Mother Tree は、日本語では「母樹(ぼじゅ)」と呼んでいるものであり、先に登場したような情緒的な表現ではなく、種子を採取(自然状態であれば散布)し、あるいは挿し木用の穂木を採取する樹木を指している。

 法律でも登場する用語で、林業種苗法では「育種母樹」「普通母樹」「特別母樹」の語が使用されているほか、森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法では「特定母樹」の語が使用されている。これらの法律上の定義は、それぞれの法律で明記されている。
 
 
     
     
<参考>   
   冒頭に紹介した新聞記事は、北海道美深町仁宇布(にうぷ)地区でのシラカバ樹液採取の取組を紹介した記事の中での記述である。それによると、4月中旬頃(注:一般的には葉が開葉する前までの1ヶ月間ほどが勝負であるという。)に、幹に開けた数センチの穴にチューブを通して採取しているとしている。その量たるや1日で何と木1本から10リットルほど採取でる状態が約3週間続くという。99パーセント以上が水分であるが、ミネラルを豊富に含んでいると言われ、とろみがあって、ほんのりと甘いという。

 シュガーメープル(サトウカエデ)では、これほどの量の樹液が採取できるとは聞かないから、驚きである。また、胸高直径20cmのシラカバで1シーズンに100〜150リットルの樹液が採取できるとする話もあるが、これを大きく上回る成績である。