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続・樹の散歩道
  桃金娘とはどんな娘なのか


 中国の樹木図鑑(中国樹木誌)をぱらぱらと見ていたところ、「桃金娘」の名前に目がとまった。うーん、実にいい名前である。桃金娘科 桃金娘属 桃金娘 と、分類名も桃金娘のオンパレードで、中国では科名と属名の代表種にもなっている。あいにく写真図鑑ではないため、図版ではイマイチイメージがわかない。そこで、学名から検索すれば、ピンク色の小振りで可憐な花の写真をたくさん見ることができた。名前にふさわしい姿である。フトモモ科の常緑低木とのことである。フトモモ太腿でないのが残念なくらいである。もっとも太腿科の桃金娘ではできすぎか・・・
【2015.5】


   桃金娘の正体

 中国で言う桃金娘とは、日本で言うところのフトモモ科、テンニンカ属のテンニンカ(天人花)Rhodomyrtus tomentosa を指していることがわかった。種小名 tomentosa はラテン語で「密に細綿毛のある」の意とされる。

 テンニンカは高さ1~2メートル常緑低木で、沖縄から台湾、マレーシア、オーストラリアまで広く分布するとされ、ピンク色の花が美しい上に、紫黒色に熟す果実が食べられるところがよい。

 南の島以外では普段見かけることはないが、植物園の温室ではしばしば栽培されている。沖縄県では5月~6月頃に花をつけるとされるが、都内の温室でも4月下旬~5月に開花する姿を見ることができた。苗木の販売は取扱いは少ないが、沖縄の苗木生産者が通販しているのを見かけた。 
 
   
 
         テンニンカの花 1
 花は直径2~3センチの5弁花である。 
         テンニンカの花 2 
 ピンクの花弁と黄色の葯の対比が美しい。
   
        テンニンカの果実 1
 手前が成熟果実で、奥が若い果実である。 
        テンニンカの果実 2
 果実を含めて、全体が軟毛でおおわれている。
 果実は甘酸っぱく、美味しく生食できる。 
 
     
   日本の図鑑ではなぜ漢名を「桃金嬢」としているのか

 国内の図鑑ではテンニンカの漢名は「桃金嬢」としていて、桃金娘としている例はない。
 日本国内では漢字の「嬢」と「娘」は使い分けが見られるところであるが、中国では事情が異なるのか、それとも中国から伝わる際に、桃金嬢に変化してしまったのであろうか。

 そこで、繁体字、簡体字、新字体(日本で定めたもの)の3体の対比表を見てみると、不思議なことに、中国では「娘」は「孃」の簡体字として位置付けられている模様である。つまり、

 繁体字表記  →  桃金孃  (旧中国。現在の台湾) 
 簡体字表記  桃金娘  (現在の中国式)
 日本の表記  →  桃金嬢   (日本では「娘」を「孃」の新字体とはしていないため、漢名としては「桃金嬢」として扱っている。

ということが判明した。

 日本人の勝手なイメージとしては、桃金嬢よりも明らかに桃金娘の方が音感として魅力があり、しかも、桃尻娘の親戚のような響きがあるのがよい。 
 
   
   テンニンカの和名

 テンニンカの和名については、しばしば「天人花」の漢字表記を見るから、それなりの講釈がありそうであるが、残念かつ不思議なことに名前の由来は確認できない。これではテンニンソウ(天人草。シソ科テンニンソウ属)の名前の由来がわからないのと同様である。テンニンカの場合は、その美しさが天上界の存在と思わせるほどであることに由来するのであろうか。沖縄にも分布するといわれるものの、沖縄固有の地方名(地域名)については特に情報を目にしない。益々名前の素性がわからない。 
 
     
   フトモモ科のフトモモとは
 
 フトモモが残念ながら太腿ではないことは確認済みであるが、これがどんな「モモ」なのかは、またもや普段見られるものではないため、温室や図鑑のお世話にならなければならない。
 
     
 
   フトモモ Syzygium jambos

 インド原産のフトモモ科 Myrtaceae フトモモ属の常緑喬木で、東南アジア、東アジアで広く栽培され、屋久島、奄美大島、沖縄島、石垣島、西表島などで野生化している(日本の野生植物)という。
 果実は芳香があり、甘酸味があって、生食のほか他の果実と混ぜてジャム、ゼリーをつくり、またソースや発酵酒をつくる。日本には琉球列島でかなり古くから栽培され、果実は江戸時代から本土でも知られていたという。(牧野新日本植物図鑑)
 花と果実の現物にはまだお目にかかっていない。
フトモモの葉   
 
     
   和名のフトモモの名は、中国名の蒲桃(プータオ)に由来し、ホトウ(フートー)はその音読みという。したがって、フトモモを強いて漢字で表記すれば「蒲桃桃」と、奇妙な表記となってしまう。

 フトモモ科の科名の学名 MYRTACEAE は地中海地域で「マートル(myrtle)」と呼ばれるギンバイカに由来するというから、ヨーロッパではちゃんと地中海沿岸原産種を科名の代表種として採用したということがわかる。

 一方、日本での科名として、日本に自生のないフトモモ(蒲桃)をわざわざ代表種としていることには違和感を覚える。しかし、実は、古い図鑑(例えば昭和15年初版・昭和34年増補版の牧野日本植物図鑑)では、フトモモ科ではなくテンニンカ科としていたことが確認できる。変更の事情はわからないが、やはり沖縄に自生があるというテンニンカを代表種とした呼称のままとした方がよかったのではないかと感じる。

 ちなみに、中国では自国に自生のあるテンニンカがちゃんと科の代表となっていている。つまり、フトモモは、中国で 桃金娘科 蒲桃属 蒲桃 としている。  
 
     
   テンニンカの材の利用

 テンニンカは低木であるため、特に目立った材の利用は目にしないが、中国樹木誌には次のようにある。

 木材赤褐色、堅硬緻密、可作手杖及細木工等用材。
 
     
     
   フトモモ科の樹種の花や果実の例

 フトモモ科の植物は、約155属3600種以上の主に南半球の熱帯から温帯の樹木で構成されているとされ、多くの種が存在するものの国内での自生種は4種のみ(ムニンフトモモ、アデク、ヒメフトモモ、テンニンカ)であるため、植物園では主として温室で多様な外国産の樹種が栽培されているのがふつうである。温室とは言え、原産地との環境とは少々異なるためか、花や果実を見られないこともしばしばあり、その場合は退屈な葉のみで我慢しなければならない。

 以下はフトモモ科の花や果実に巡り会えた事例である。花は総じて多数の雄しべがフサフサとして美しいものが多いほか、果実が食べられるものが多いのは魅力である。 
 
     
 
         レンブの花
 Syzygium Samarangense
 フトモモ科フトモモ属の常緑小高木
 細くて長い花糸が多数あって非常に美しい。
      レンブの果実
 果実は生食用に栽培される。
 和名のレンブは中国名の「蓮霧」に由来する。 
       ピタンガの果実
 Eugenia uniflora 
 フトモモ科エウゲニア属の常緑低木
 英語名はスリナムチェリー。味は甘酸っぱくてジューシーで、生食・加工用とされる。赤いのが成熟果実。
     
       ギンバイカの花
 Myrtus communis 
 フトモモ科ギンバイカ属の常緑低木
    ギンバイカの果実
  生食できる。なぜか目黒天空庭園には多数植栽されている。
   グアバ(バンジロウ)の果実
 Psidium guajava 
 フトモモ科バンジロウ属の常緑低木 
 食用として商業的に栽培されている。
 ビタミンCに富むといわれる。
     
      フェイジョアの花
 Feijoa sellowiana 
 フトモモ科フェイジョア属の常緑低木
     フェイジョアの果実
 果実は生食・加工用となる。写真の右側は果実を縦割りした断面の様子。 
     テリハバンジロウの花
 Psidium littorale   
 フトモモ科バンジロウ属の常緑低木
 キバンジロウ、ストロベリーグアバとも。果実は生食用として商業生産される。   
     
   ユーカリノキ属の一種の花
 Eucalyptus sp.
 フトモモ科ユーカリノキ属の常緑高木 。果実は木質化した蒴果で食用とならない。     
     ギョリュウバイの花
 Leptospermum scoparium
 フトモモ科ギョリュウバイ属の常緑低木。果実は小さな蒴果で食用とならない。観賞木として一般的。
     ブラシノキの花序
 Callistemon sp.
 フトモモ科ブラシノキ属の常緑低木
 果実は木質化した蒴果で食用とならない。観賞木として一般的。 
 
     
  フトモモ科フトモモ属の常緑中高木であるチョウジノキの花と果実の様子はこちらを参照   
     
 
【2015.9 追記】 


 中国名に天女の文字の入った名称を目にした。純白の大きめで優美な花をつけるモクレン科モクレン属のオオヤマレンゲ 大山蓮華 Magnolia sieboldii で、中国にも分布が見られ、中国名に何と天女花天女木蘭、小花木蘭の名がある。 花の大きさはこちらは随分大型となるが、テンニンカと形は似ている。