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続・樹の散歩道
 カルミアの奇妙な雄しべの動静 (花粉放出メカニズムの真相)


 カルミアつぼみ金平糖のようなかたちをしていてかわいらしく、さらに開いた花冠の色も多様な品種があって美しいためファンが多い。この花をのぞき込むと、雄しべの花糸は湾曲して放射状に広がり、その葯が行儀よく花冠のポケット状の凹み、すなわち、外側から見れば金平糖の出っ張り部分にちゃんと収まっていることは多くの人が知っているところである。ということで、金平糖のように見えたつぼみの尖った部分は、雄しべの葯をすっぽり収納するための構造であることを知る。しかし、雄しべのその後の動静についてはそれほど広くは知られていない。 【2017.6】 


 実は、自分もよく知らないひとりであったが、雄しべをつつくとピューンと葯が飛び出すらしいことは話としては前から聞いていた。ただし、花の形態を見る限りでは、湾曲した雄しべの花糸が上方に跳ね上がる力をためていたとしても、この花糸を上から押して葯がポケットから飛び出すなど構造的には考えられない。ということで、何だかよくわからないままになっていた。

 そこで、カルミアの花が咲く時期に、改めてその雄しべの動静花粉放出メカニズムについて、理解を深めるための自助努力をしてみた。

 とりあえず確認したい点は以下のとおりである。
 
     
 @  どういった刺激で雄しべの葯が飛び出すのか?
 A  花粉が虫に付着するメカニズムはどうなっているのか?
(花粉は散布されるのかそれとも粘着するのか)
 B  虫の刺激がなかった場合は、葯はポケットに収まったままで、花粉を放出する機会を全く失うことになるのか?
 
 
 カルミアの花の様子  
 
             カルミアの花 1
 カルミア(アメリカシャクナゲ)Kalmia latifolia は北米原産のツツジ科カルミア属の常緑低木で、国内でのカルミアの名は、本種及びその品種を指し、カルミア属の属名 Kalmia によるもの。  
            カルミアの花 2
 赤味の強い品種の例である。カルミアの花冠の切れ込みはわずかであるが、花冠裂片は5個として表現される。 
   
             カルミアの花 3
 この品種では、つぼみの外側及び花柄が粘着成分を分泌する繊毛に覆われていてひどくベタついた。 
            カルミアの花 4
 写真で明らかなように、この品種の花柄の毛はわずかで、左のものとは異なっていて、ベタつきは全くない。 
 
 
   カルミアのつぼみを金平糖にたとえるのは普通感覚であるが、一部でアポロチョコが別名となっているようである。  
 
          懐かしの金平糖
 ポルトガル伝来とされる金平糖の製造者は随分減ってしまったというが、まだこうして見ることができる。ただ心配な点は、あまりにも製造に日数が掛かることに伴うコストである。京都の老舗の高価格品はよいが、駄菓子としては生存環境が厳しくなっている。 
        懐かしのアポロチョコ
 確かに、これもよいたとえである。明治製菓のアポロチョコは1969年に明治製菓が売り出したもので、味が悪いことでは定評のあるハーシーズのキスチョコに比べたたら異次元の美味しさである。加えて細工に手間を掛けている点は実に日本的である。 
 
     
 カルミアの雄しべが跳ね上がるきっかけ  
     
       花粉放出前の雄しべの様子
 雄しべは10本あり、葯はすべて花冠のポケットに隠れた状態となっている。 
      1本だけ雄しべが跳ね上がった様子
 刺激を受けて跳ね上がった雄しべは葯から花粉を飛ばし、緊張から解放されて反対側に寝た状態となっている。 
 
 
 このことについては先に触れたように、花糸に上からの力が掛かっても葯は飛び出さないであろうと考え、論理的には、少なくとも蜜を求めて訪れた昆虫が移動する際に、花糸に脚が掛かって横方向の力が加わるか、又は脚を引き抜くときに上方向の力が加わることで初めて葯が飛び出すきっかけとなるのであろうと考えていた。

 しかしである。真相はこれとは全く違っていた!!

 細い小枝でカルミアの花の花糸を多数ツンツンとつついてみた結果、成熟した雄しべでは、おおよそ次のような反応が見られることがわかった。

 全く予想外であったが

 @ 湾曲した花糸を上から軽くつついても葯が飛び出し、 
 A 湾曲した花糸を花の中心部の側から外側に軽く押し出した場合(力は葯をポケットへ押し込む方向に働いている。)でも葯が飛び出したのである。 

 ということは、花糸に力が加わって、葯が花冠のポケットの中でわずかに動いたことで、ポケット内に葯をとどめていた摩擦が減少することが発射のきっかけになっているものと理解できる。

 残念ながら、実際に昆虫が花冠の中でゴソゴソやって、花糸が跳ね上がる瞬間は目撃できていない。

 ユーチューブには英国のエジンバラ王立植物園が動画を提供していて、カルミア(Kalmia latifolia) を訪れたセイヨウオオマルハナバチの様子と、雄しべを人為的に引き上げた場合の葯の動きを動画で紹介している。

 https://www.youtube.com/watch?v=iCvrbq3TsFk

 動画の冒頭で以下の説明書きが見られる。

 カルミア(Kalmia latifolia):花粉放出のメカニズム
 エジンバラ王立植物園
 雄しべの花糸に接触されると、花粉は葯の小さな穴からハチの背中に放出される。


 残念ながら、これを見てもマルハナバチに花粉がバシッと付着しているのかはよくわからないが、花粉が放出されればハチの体のどこかに付着する可能性が高いことは理解できる。動画では人為的に刺激を与える際に花糸に対して引き上げる力を加えているだけであるが、経験に照らして言えば、もう少し色々なつつき方をしていれば、一層わかりやすい動画になったと思われる。 
 
 
<参考資料:Flora of North America(抄訳)>  
 カルミア属の花粉放出のメカニズムは本属のほとんどの種で見られる特徴で、少なくとも1772年以来認識されている(A. Kress 1988)。開花期に昆虫が湾曲した雄しべの花糸をかき乱すと、ポケットから葯がポンと飛び出し、昆虫の体に花粉粒が付着する。マルハナバチ(マルハナバチ属)はカルミアの有効な送粉者であることがわかっている。 
 
 
 カルミアの葯と花粉の様子  
 
 花糸をつついて葯が飛び出す際の様子を見れば確認できるが、花粉はゆるく固まった状態で葯の穴からほとんどの花粉がきれいに放り出されているのがわかる。要は投石器の原理である。また、抜け殻となった葯を見ると、2つのつぼ状になっており、この形態はツツジ類と同様である。ということは・・・との思いで、この花粉のかたまりを指に採ってみると、予感どおりこの花粉も「粘着糸」を持っていることがわかった。つまり、カルミアは粉状のサラサラの花粉を放出するのではなく、粘着糸の絡んだ花粉を素材にして製造された花粉砲弾≠撃ち出して送粉者に付着させることを選択していた。  
   
 
           カルミアが花粉放出した後の雄しべの様子
 花粉放出後の雄しべは、役割を終えて、最終的には中心部に戻る。物理的な緊張状態が解除されることを意味する。葯はほとんどの花粉を放り出すが、写真では粘着糸の絡んだ花粉がいくらかぶら下がって残っている。
 
 
 
      カルミアの空の葯
 花粉放出後の葯で、つぼ状の葯はきれいに空っぽになっている。
     カルミアの葯と花粉
 人為的に葯をそっと取り出したもので、花粉は粘着糸でまとまっているためサラサラと流れ出ない。 
   カルミアの糸を引く花粉
 人為的に花粉をズルズルと引き伸ばした状態。粘着糸の効果で送粉者に付着し、絡み付くものと思われる。
 
     
 調べてみると、粘着糸はツツジ科ではツツジ属、カルミア属のほか、ホツツジ属、イワナシ属、ツガザクラ属、ヨウラクツツジ属などで見られるほか、アカバナ科花粉でも見られるようである。
(注:オオムラサキツツジの花粉の粘着糸の様子はこちらを参照)
 
 
 虫に刺激してもらえなかった雄しべの運命  
 
 このことを実際に目で見届けることはできないが、花の構造からすれば、外的な力が加わることなく葯が花冠のポケットから抜け出すことはあり得ないと思われる。したがって、ハナマルバチ等が花糸をかき乱すことがなければ葯はポケットに収まったままで終わってしまう可能性がある。

 葯が花冠のポケットにしっかり収まっている構造はカルミア固有の投石器の原理そのものであるが、放出されないままとなる葯が一定量発生することは避けられず、少々気になるところである。もちろん、百パーセント葯が露出しなければ多くの花の受粉が達成できないというものでもないが、こうした構造に関連して、生物学者のブログ(pollinators.blogspot.jp)に「(カルミアの)花粉は雨や風に対して十分に保護されている。」(Pollinators:Beatriz Moisset)としている記述は、なるほどと思わせる内容である。要は総合的に安定した受粉が達成できることが肝要であることを改めて認識することができる。
 
 
<参考メモ> カルミアは蜜を含めて植物体全体が有毒とされる。  
 
 ・  カルミアはアセビのように葉に有毒成分アンドロメドトキシンandromedotoxin があり、動物は食べない。
【世界大百科事典】 
 ・  カルミア(Mountain laurel)はグラヤノトキシン(grayanotoxin)とアルブチン(arbutin)を含み、馬、牛、サル、人などの数種の異なる動物にとって有毒である。植物体の緑色の部分、花、小枝、花粉、蜜はすべて有毒である。
【wikipedia 英語版】 
 ・  鹿はカルミアの葉を食べるが、牛にとっては有毒となりうる。【West Virginia University】 
 ・  カルミアの材は堅くて重く、美しいとされ、特にバール杢のある根部はブライヤー(ツツジ科エリカ属樹種の肥大した根部)の代用としてパイプの素材にされる。