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続・樹の散歩道
  奇妙なグレヴィレア(グレビレア)の花の構造と
  その挙動はどうなっているのか


 オーストラリア原産のヤマモガシ科シノブノキ属(グレヴィレア属・グレビレア属・旧ハゴロモノキ属)の複数の花木が国内にも導入されていて、グレヴィレアと慣用的に属名で呼ばれている。そのうちの真っ赤な花を放射状につける種類(種名は未確認)をしばしば目にしていた。花を見ると、当初は雌しべが勾玉(まがたま)型の花被の筒に湾曲した状態で納まっていて、やがて筒状花被の背の部分が割れて雌しべがツンと突き出すのであるが、その柱頭を見ると既に花粉をタップリとつけている。ということは、奇妙なことであるが雌しべは柱頭に花粉をタップリとつけてからおもむろに姿を現したことになる。こんなことは一般にあり得ないことである。花弁がないのはこの花の個性であるが、雄しべの姿も見えないということは、雄しべは筒状花被の中に隠れたままということになる。
 
一体全体この花は受粉を何と心得ているのか!!【2017.11】 


   
         グレヴィレアの花の様子
 
 残念ながら、正確な種名は確認できない。
          グレヴィレアの葉 
   
   
          グレヴィレアの花序
 花柱を伸ばす前の状態で、これを見ても花の構造はさっぱりわからない。 
      下から見たグレヴィレアの花序
 
伸び出た雌しべの柱頭にしっかりと花粉をつけている。この形態から、英名は Spider Flower スパイダー・フラワーである。 
 
 
 ヤマモガシ科の花の個性  
 
 国内の複数の園芸サイトでも学習させてもらったが、愉快なのはツンと突き出るものを雌しべとしているものと雄しべとしているものの両方があったことである。1本だけの雄しべとは考えにくいが、先端にタップリと花粉をつけているから、これを雄しべと誤ったのであろう。この花の構造や授粉機構に関しては、国内ではあまり語られていないようである。つまり、これが比較的新しい渡来種で、原産国には膨大な種(しゅ)が存在するなかで、本属を広く捉えて論じることができる国内の学者がいないことから、キッチリした情報が普及していない事情がある。ということで、早速ながら学習である。

 情報が得られたのは翻訳書と英語サイトで、少々学習した結果、シノブノキ属が属するヤマモガシ科の低木から高木に至る多数の樹種の花は、ずいぶん個性的な授粉システムを持つことがわかった。次は参考情報の抜粋である。

 注:ヤマモガシ科の植物は国内ではなぜか1種だけ、ヤマモガシの名の常緑高木が存在することが知られている。
 
 
 【花の大百科事典(翻訳書)】
 ヤマモガシ科の特徴(抜粋):
 花は雄性先熟、すなわち雄ずいは雌ずいよりも先に成熟する傾向があり、これは成熟していない花柱の表面から花粉を鳥や昆虫などの受粉媒介者にくっつけるための機能で、この様式は多湿気候に生育するグループにはみられない。心皮は1枚のみ。
 一般的にはヤマモガシ科は分類学的にとても孤立していて、類縁関係が不明瞭とされている。

 【Australian Native Plants Society (Australia) Grevillea - Background】
 (抄訳) 注:以下、文中 Grevilleaグレヴィレア属とする。
 グレヴィレア属(シノブノキ属)はたぶんオーストラリアのすべての植物の種類(属)の中で最も人気があって広く栽培されている。この理由にたどり着くのは簡単である。この植物にはきわめて多くの形態や大きさのものが存在し、そのため、考えられる如何なる立地条件の庭であってもふさわしいグレヴィレア属が存在する。加えてその色彩豊かな花は多くの場合鳥を引きつける。

 グレヴィレア属はヤマモガシ科の仲間で、近縁にバンクシア属Banksia)、ハケア属Hakea)、イソポゴン属Isopogon)、テロペア属Telopea )が含まれる。グレヴィレア属の名は、1804年における英国王立園芸協会の設立者のひとりであるチャールズ・フランシス・グレヴィル(Charles Francis Greville )にちなむ。
 本属には300種以上が存在し、ほとんどがオーストラリアの固有種であるが、いくつかの種がパプアニューギニアとオーストラリア北部の島に存在する。

 グレヴィレア属の花は非常に小さいが、房(花序)をなし、ある種ではたぶん100あるいはそれ以上の花で構成されているであろう。個々の花の開花の経過はヤマモガシ科のほかの種と似ていて、いくつかの段階が見られる。
(訳注:以下はバンクシア属の開花を例にした説明となっている。

1   蕾では、各花の花被は細長い筒のように見え、これは先端部分に花粉を持った葯がついた4つの花被片から構成されている。
(訳注:バンクシア属の花では4つに裂ける花被片の先に花糸のない葯がついた形となるため、この前段について説明しているもの。グレヴィレア属では、花被は大きく4つに割れず、湾曲した先端部がわずかに割れる。) 
2   花が開くと、花被の筒が割れて花柱が姿を見せる(訳注:この時点では花柱が湾曲して姿を見せるが、柱頭は花被の筒の中の葯と密着している)。花が満開となる直前に、葯はその花粉を花柱の先端部(柱頭)に移す。 
3   最終的に柱頭は花被から姿を現す。この段階で、花糸と花粉の付いた柱頭は「花粉提供部位」pollen presenter と呼ばれている。つまり、通常は鳥や小さな有袋の哺乳動物といった花粉媒介者に花粉を提供しており、彼等は授粉のためにある花から別の花に花粉を移す仲介者としての役割を果たしている。
(訳注:花は雄性先熟であるため、自花の花粉をつけた柱頭はまだ成熟していないため、この時には受粉しない。) 

 【オーストラリア国立植物園】
 ヤマモガシ科の特徴(抜粋):
 ・ 雄しべは4個
 ・ 多くの種(しゅ)は豊富な蜜を出し、オーストラリア各地の原住民は甘い飲み物を作るのに使用した。
 ・ ほとんどが鳥(スズメ目のミツスイ)によって受粉する。 
 
     
 グレヴィレアの花の構造  
 
 :冒頭にも登場したサンプルとしたものは種名が特定できないため、以下単にグレヴィレアとする。  
 
 
       グレヴィレアの花の成長経過
 写真は花の成長経過の順に並べたもので、最終的には雌しべを残して花被の筒は脱落する。 
            成長途中の花
 柱頭を無理やり筒から引き抜いた状態で、巻き込んだ花被の先端の内側にある葯はまだ花粉を出していない。
   
        グレヴィレアの花被の筒
 柱頭が抜け出した後に花被の先端についた4つの葯を単位として小さく4裂して少し離れる。 葯は既に抜け殻である。
      グレヴィレアの花被の筒の断面
 花被の筒の底部には蜜がタップリ溜まっていて、光っている。白い毛が蜜が流れ出るのを防いでいるように見える。 
   
   
           グレヴィレアの柱頭 1
 密着していた4つの葯から花粉がきれいに柱頭に移っている。
          グレヴィレアの柱頭 2
  指で突けば花粉は簡単に脱落する。
 
     
 
             グレヴィレアの柱頭の中心部分
 雌しべの成熟時期(受粉時期)はしっとり濡れることを予想したが、その気配はまったく見られなかった。受粉のメカニズムがよくわからない。
 
     
    以下はグレヴィレアの観察結果である。   
     
 ・  花序の小花は下向きに総じて水平・放射状についている。(この点で、小花がよく似た後出のグレヴィレア・ピグミーダンサーとは花序の形態が異なっている。) 
 ・  花被の筒は基部が膨らみ、次第に細くなって短く湾曲し、勾玉(まがたま)のような形態で、若いつぼみでは花柱は勾玉型の花被の中に完全に収まっていて、花被の先端の内側で4個の葯と柱頭が密着した状態で収まっている。 
 ・  つぼみが大きくなると、花被の背部が割れて伸びた花柱が湾曲して姿を見せる。やがて柱頭が花被から離れて直線状に伸び出るが、この時、柱頭の面には4個の葯の花粉がそっくりそのまま張り付いていて、葯は空っぽとなっている。花被の先端は葯のついた箇所を単位として浅く4裂している。 
 ・  柱頭の花粉は何かに触れると簡単に付着して、まるで雄しべのように振る舞う。 
 ・  やがて柱頭が成熟して、他の花の花粉をもらい受けるというのが原産地での本来のシナリオである。 
 ・  花は、花被の底に蜜をタップリ仕込んでいて、原産地では主としてミツスイの名の鳥(花蜜食に適応した嘴と舌もつ)を招き、花粉媒介者としているという。日本にはこんな鳥はいない。  
 ・  花被の筒の基部付近の内側には毛が見られ、例えばドウダンツツジの場合と同様に蜜を保持する役割があるのかも知れない。  
 
 
 花粉転送システムの不思議  
 
 柱頭に移動した花粉を見ると、葯の葯室に収まっていた花粉がそのままの形でくっついて移動しているのは見事である。まるで木型で作った和菓子のようにきれいに成型されているのである。これを見ると、4つの葯が放射状に配列いていたことまでよくわかる。また、花粉を受けた柱頭の面は下を向いているが、不思議なことにちゃんと花粉を保持している。この花粉自体はさらさら感があり、決して粘着質のものではなく、何かに触れればちゃんと付着するのである。微妙に物理的な特性が調整された微粉末といった風情である。

 さて、柱頭が当初についた花粉を放し、今度は自分自身が受粉する段になったら、柱頭はどうなるのであろうか。雌しべ成熟期には他の花の花粉をキャッチする態勢を整える必要がある。そこで、柱頭が露出して時間が経過したものをしばしば確認したのであるが、柱頭の面にしっとり感は見られず、受粉態勢となった姿を確認できなかった。要は柱頭の表面はツルッとしたままであった。

 柱頭の中心部が何か怪しいと思われるが、原産地ではない日本では、自信が描くシナリオに従った振る舞いが困難なのであろうか?

 そこで、肝心な実をつけるのか否かであるが、観察対象とした3株のグレヴィレアでは、残念ながら結実は皆無であった。
 国内では花粉媒介者がいないことが最大要因と考えられるが、そもそも国内では雌しべが授粉態勢を整えることができるのかもよくわからなかった。
 
 
 他のグレヴィレア属の3種とバンクシア属の1種の花の様子    
     
 グレヴィレア・ピグミーダンサー Grevillea‘Pygmy Dancer’
 花被の先端の切れ込みは先のグレヴィレアと同じくらいである。
 なぜか国内だけでの流通名で、広く普及しているが、学名としているものも不思議なことに国内流通上使用されているもので、国際的に認知された学名は不明で、素性がはっきりしない。 
       花序の様子      4裂した花被の筒の先端部        花被の筒の断面
     
 グレヴィレア・ヴィクトリアエ  Grevillea victoriae 
 花被の切れ込みは、ピグミーダンサーよりやや深い。 
       花序の様子     4裂した花被の筒の先端部      花被の筒の先端部
 
右の花はまだ柱頭が姿を見せていない。 
     
 グレヴィレア・ブロンズランブラー Grevillea ‘Bronze Rambler’(G. rivularis x G. 'Poorinda Peter')
 花被はやや紫色を帯びて、花被の切れ込みはここで登場したグレヴィリア属の中では最も深い。 
 
       花序の様子       花の成長経過        花被の筒の様子
     
 バンクシア・エリキフォリア Banksia ‘ericifolia’
 これはヤマモガシ科バンクシア属である。花柱は硬質のナイロンの線材のように硬いことに驚く。花被の筒は非常に細く、切れ込みは花被の基部近くまで及んでいる。現地では山火事を待って種子散布することで有名である。 
       花序の外観
 瓶洗いブラシのようである。
    上から見た花の様子 1
 花被の筒に柱頭を残し、花柱が湾曲して姿を見せている。
    上から見た花の様子 2
 柱頭は先端を曲げた状態で伸び出て、花被は4裂している。
 
 
   
              花の様子 1
 深く切れ込んだ花被は、単独の雄しべのように見える。これを称して、花被片と雄しべが合着した状態と言うのであろうか。
         花の様子 2
  4裂した花被の先端部に葯が収まっている。
 
 
 国産唯一のヤマモガシ科の樹種とされるヤマモガシの挙動は?  
 
 ヤマモガシ Helicia cochinchinensi は唯一日本に分布するヤマモガシ科の高木(ヤマモガシ属)で、本州の東海地方以西から南西諸島で見るとされるが、個人的には見たことはない。  

 図鑑によれば、花序はブラシ状で、オーストラリアのバンクシア属の花序に似た印象がある。蕾は棍棒状、花被片は線形で4個で、開花すると外側に巻く。葯はバンクシア属では花被片の先端部につくが、本種では中間部につくという。雌しべは1個、花柱は長く、柱頭は棍棒状にふくらみ、名前の由来は、果序の様子モガシ(ホルトノキの別名)に似ていて、山地に生えることによるとされる。

 残念ながら、本種の花粉媒介者や受粉機構に関する情報は得られなかった。

 ヤマモガシ科の樹種の日本への導入の経過として、シノブノキ(ハゴロモノキ、キヌガシワ)Grevillea robusta が明治時代の末に鑑賞樹として渡来したという。なお、マカダミア Macadamia integrifolia もヤマモガシ科の樹種として知られている。