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続・樹の散歩道
  クロバナロウバイとアメリカロウバイのわかりにくい呼称


 色合いの濃淡が認められるとしても、北米原産のチョコレート色のドライフラワーのような花がクロバナロウバイとかアメリカロウバイと呼ばれ、普段使いの図鑑である「樹に咲く花」にも掲載されている。そこでの掲載種名は「アメリカロウバイ Calycanthus fertilis 」で、写真と説明書きがあり、別名を「クロバナロウバイ」としている(注:備考にはニオイロウバイ C. floridus )の名前だけがあるが、写真は掲載されていない。)。庭園樹としてもしばしば見かけていたが、あまり美しくないから、特に関心は向かなかった。しかし、先にロウバイを採り上げたついでに、少々幅広にこれを調べてみると、驚くべき事実を知った。
 何と、各種の図鑑等ではこれら2つの和名が2つの異なる学名とグチャグチャに錯綜しているのである。しかも様々な見解を背景としてか、学名も驚くほど多数の異名らしきものがあって、理解の障害になっているようにも思われる。そこで、おおよその知見を確認したく、目にした情報をとりあえず可能な範囲で整理してみることにした。【2017.3】 


 気づきの点  
 
 複数の図鑑類で調べてみる前は、暗紫紅色の美しくない北米産のロウバイの親戚は、クロバナロウバイともアメリカロウバイとも呼ばれているものと記憶に止めていた。しかし、北米産のクロバナロウバイ属を調べてみて以下の点を認識した。  
 
 ①  北米産のクロバナロウバイ属の樹種は明治から大正時代に渡来したとされて歴史が短く、たぶん苗木流通上、あるいは園芸上の様々な呼称が自由に使われ、1つに収束していない。 
 ②  このため、国内に普及していると思われる2種の何れに対してもクロバナロウバイ、アメリカロウバイの呼称が充てられていることがある。 
    花の特徴を示す重要な要素としての花色について、これらの微妙な違いを言葉で表現することは、何ら基準がない中で非常に困難となっている。 
 ④  学名の異名が非常に多く、図鑑によって異なる学名が採用されていることがあり、一般人にとってはこれがさらなる理解の障害となっている。
 ⑤  加えて、北米産のクロバナロウバイ属がそもそも何種あるのかについて、これがまた分類がはっきりしない(定着したものとなっていない)実態となっている。 
 ⑥  以上の米国原産種のほかに、中国原産の全く花色の異なる「夏蝋梅」が存在し、交雑種の素材ともなっている。こちらは識別に悩むことはない。 
 
     
   国内での一般的な呼称としては、花が暗紫黒色で葉裏に毛が密生し花に香りがあるものを「クロバナロウバイ」、②花が暗赤色で葉の両面とも無毛で花に香りがほとんどないものを「アメリカロウバイ」と呼んでいる場合が多いようである。

 こうした呼称は両者を仕分けることを意識したものというよりは、成り行きでこうなったという印象があり、呼び分けるには非常にわかりにくて、迷惑な代物となっている。

 以下の写真の名称はあくまで名札表示等に従ったもので、個々には普通の区分から外れたものがあるかも知れない(アルファベットは個体区分)。また、実態的には香り高いとされるクロバナロウバイの方が好まれるのか、しばしばこの名の植栽樹を見るが、アメリカロウバイの名札を目にすることは極めて少ない。  
 
     
 
    クロバナロウバイの花(a-1)    クロバナロウバイの花(b-1)     クロバナロウバイの花(c-1)
     
   クロバナロウバイの花(d-1)    クロバナロウバイの葉(d-2)
 葉裏が粉白色なのはアメリカロウバイであるとされるのであるが・・・ 
   クロバナロウバイの花(e-1) 
     
  クロバナロウバイの葉表(e-2)     クロバナロウバイの葉裏(e-3)  クロバナロウバイの若い偽果(e-4) 
     
 
  クロバナロウバイの偽果(e-5)    クロバナロウバイのそう果(e-6)   交雑種か?(素性不明の販売品) 
     
    アメリカロウバイ?(f-1) 
 アメリカロウバイとしていたが、葉の様子からはクロバナロウバイと思われる。
   アメリカロウバイ?(f-2)
 同左個体で、クロバナロウバイであろう。
   アメリカロウバイ?(g-1)  
 公園植栽樹で、樹名板はなかったが、東京都公園協会の発信情報では、これをアメリカロウバイとしている。
     
   アメリカロウバイ?(g-2)
 前同。葉の様子(後出)からはクロバナロウバイと思われる。
   アメリカロウバイ?(g-3)
 同左。
   アメリカロウバイ?(g-4)
 同左。葉裏には毛があるから、アメリカロウバイではない。
     
     
  中国産のナツロウバイ(h-1)
 これは花色が個性的であるから、間違えようがない。 
  中国産のナツロウバイ(h-2) 
 同左個体。
   中国産のナツロウバイ(i-1) 
 別の場所の個体で、花被片の赤味が少ない。
 
     
   目にした植栽樹でアメリカロウバイとしていたものは、いずれもクロバナロウバイと区別した呼称として使用されていたものではない模様であり、何れもいわゆるクロバナロウバイと思われる個体であった。  
     
 まずは、国内図鑑及び翻訳図鑑の情報、海外ウェブ情報等により、特に花色、香り、葉の様子を抽出してみる。  
 
 クロバナロウバイ属の樹種の諸情報  
 
A  クロバナロウバイ(世界大百科事典・筆頭名、園芸植物大事典・別名)
 米国南東部原産
 仮名:
アメリカナツロウバイ・黒花
 別名:ニオイロウバイ
(樹に咲く花、世界有用植物大事典・園芸植物大事典・筆頭名)
    
フロリダロウバイ
(園芸植物図譜)
注: 種小名の floridus は「花が目立つ」の意と理解するが、別名とされるフロリダロウバイの名は国内的には誤解を招きやすく、疑問がある。分布域にフロリダ半島も含むが、そのフロリダは関係ない。ハナミズキ(Cornus florida)の別名にフロリダミズキの名があるのと同じ問題である。

 学名:Calycanthus floridus *種小名は「花が目立つ」の意
 異名:Calycanthus Mohrii
 英名:Eastern sweetshrub , Carolina allspice , Common sweetshrub , Strawberry bush ,       Pineapple shrub

 中国名:美国蜡梅(美国蝋梅)(中国植物誌)「アメリカロウバイ」の意
 
花色  5~7月・暗紫紅色(世界大百科事典) 
  鮮赤から暗い赤茶色(フローラ) 
  花径は3~5cm、5~6月にチョコレート色のロウバイに似た花をつける(園芸植物図譜) 
  5月に茶色から赤褐色の花(2インチ)をつける【Missouri Botanical Garden 】 
香り  強い芳香があり、樹皮にも芳香がある(世界大百科事典) 
  花にイチゴのような芳香がある(園芸植物大事典) 
  花はイチゴかパイナップルに似た芳香がある(園芸植物図譜) 
  非常に香り高いが、香りの質と強さには個体ごとに大きく異なっているため、開花状態で購入するのがベスト。一般に sweetshrub 、strawberry bush と呼ばれており、パイナップル、イチゴ、バナナを思わせるような香りがあると評される。【Missouri Botanical Garden 】 
  葉裏に短毛密生(樹に咲く花ほか) 
  新枝や葉柄有毛(世界大百科事典) 
  葉の表面はざらつく(A-Z園芸植物百科事典) 
  別名の hairy allspice の名は小枝や葉の下面に毛があることに因む。【Missouri Botanical Garden 】     
 
  Calycanthus floridus var. floridus (原変種)
 Calycanthus mohrii はこの異名とする見解(USDA)があり、さらに C. mohriiC. froridus の異名(The Plant List)とも。
 ・小枝、葉柄、葉の下面に軟毛がある。【New York Flora Association 】
 ・幼枝、葉の両面、葉柄は短毛密生、木材に香気がある。葉面はざらつき、裏面は蒼緑色。 花は紅褐色、直径4~7センチで香気がある。花被片に両面に短柔毛がある。花期5~7 月。北アメリカ原産。(中国植物誌・美国蜡梅・原変種)
Calycanthus floridus 'Athens' (アテネ)(syn. 'Katherine')緑黄色の花をつける品種で、果物の香りがある。ジョージア州の都市アセンズに因む。和名としてキバナニオイロウバイ、キバナロウバイ・アテネ、ニオイロウバイ・アテネといった暫定的な名前を見る。国内販売されている
Calycanthus floridus 'Purpureus' (プルプレウス)は若い葉がプラム紫の品種。 
 
     
B  アメリカロウバイ(樹に咲く花・世界大百科事典ほか・筆頭名)
 北米南東部原産
 仮名:
アメリカナツロウバイ・赤花
 別名:クロバナロウバイ
(樹に咲く花・別名、園芸植物大事典・筆頭名)
 学名: Calycanthus floridus var. glaucus  
*変種名は「帯白色の」
 異名: Calycanthus fertilis
(樹に咲く花ほか・筆頭名)
            Calycanthus fertilis var. glaucus
(園芸植物図譜、The Plant List)
            Calycanthus glaucus  
            Calycanthus floridus var. laevigatus
            Calycanthus floridus var. oblongifolius
 英名:Eastern sweetshrub , Allspice 
 
 
花色 5~6月・赤褐色・径3~4cm(樹に咲く花)
  赤褐色(世界大百科事典) 
  赤紫から茶色(フローラ) 
  花被片は暗紫紅色で背面に密毛(園芸植物大事典) 
  花色は C. floridus より淡色(園芸植物図譜) 
香り 芳香ほとんどなし(世界大百科事典) 
  控えめな芳香がある(フローラ) 
  葉の両面とも無毛(樹に咲く花) 
  葉の両面無毛で、葉裏は粉白色(園芸植物大事典) 
  葉の裏は無毛(世界大百科事典) 
  小枝・葉柄・葉の下面は無毛又は毛状突起散生。本学名にはやや混乱が見られる。軟毛の量の変異は普通のことであり、変種の識別は困難を伴っている。【Flora of North America】 
  小枝は無毛~軟毛、葉柄は無毛~疎毛、葉の下面は無毛又は毛が散生。【New York Flora Association 】  
 
     
C   カリカンサス・オキシデンタリス(植物の世界) *種小名は「(米国)西部の」
 米国南西部原産(カリフォルニア州固有)
 仮名:
カリフォルニアナツロウバイ
 別名:ハナロウバイ
(A-Z園芸植物百科事典)
 学名:Calycanthus occidentalis
 異名:Calycanthus macrophyllus
 英名:Californian allspice , Spice bush , California sweet shrub 
 
     
 
花色  ・ 暗赤色(A-Z園芸植物百科事典) 
   ・ 赤みを帯びる(フローラ) 
   ・ 花は9月、径7.5cmくらい、淡褐色から鮮紅色。(原色世界植物図鑑) 
   ・ 6月~8月(晩春から初夏、ときに初秋まで)に暗赤色から紫褐色の花をつける(2~3インチ)。花の命は1~2日。【Missouri Botanical Garden】 
   ・ 茎の先に花は単生し、多数の重なった紐のように長くて細い花弁は紅色である。【Lady Bird Johnson Wildflower Center】 
香り   ・ 芳香がありワインセラーの香りにたとえられる場合があるが、C. floridus より香りが少ないと評される。
【Missouri Botanical Garden】  
   ・ 東部の近似種 C. floridus とは異なってこのきれいな低木の花は香り高くはない。【Lady Bird Johnson Wildflower Center】 
   ・ 表面がざらつく(A-Z園芸植物百科事典) 
   ・ 葉はC. fertilis に似るもやや大きい。【フローラ】 
   ・ 葉にも芳香があり、上面はざらつき下面には軟毛がある。秋に黄葉する。【Missouri Botanical Garden】 
   ・ 葉は秋に黄葉するが、見栄えはしない。【Lady Bird Johnson Wildflower Center】 
 
     
 カリカンサス・ブロッキアヌス
 米国東部産
 学名:Calycanthus brockianus 
 異名:Calycanthus brockiana
 英名:Georgia sweetshrub

 *本種は無融合種子形成の3倍体個体(?)の可能性がある。【ITIS】  
 
     
E   ナツロウバイ(名前は中国名の「夏蝋梅」より)
 中国浙江省原産  
*ナツロウバイ(夏蝋梅)の名で国内販売あり
 仮名:
シナナツロウバイ
 学名:Calycanthus chinensis
 旧学名:Sinocalycanthus chinensis
 英名:Chinese sweetshrub 
 
     
 
 ・ 小枝は無毛あるいは幼時疎微毛、葉面はざらつき、無毛、葉裏は脈に沿い褐色硬毛があり、後に無毛となる。花には香気はなく、径4.5~7センチ。外側の花被片は12~14個あり白色で辺縁が淡紫紅色、内側の花被片は9~12個あり中部以上が淡黄色で中部以下が白色で、内面の基部には紫紅色の斑紋がある。雄しべは18~19個、退化雄しべは11~12個、心皮は11~12個、花柱は糸状。【中国植物誌(抄)】 
 ・ 一般的にはオールスパイス allspice と呼ばれ、米国産の C. floridus と近縁である。ツバキのような花(径4インチ)で、白い外側の花被片にローズピンク色が入り、内側の黄色の花被片にはえび茶色のマーキングがあって、黄色の雄しべが輪状に丸く盛り上がっている。花に高い芳香はない。葉は秋に黄葉する。【Missouri Botanical Garden】 
 
     
  <参考品種>   
     
  Calycanthus‘Hartlage Wine’(ハートレッジワイン)
 Calycanthus floridusC. chinensis のハイブリッドの紫紅色花種で、香りはない。
 クロバナロウバイ・ハートレッジワインの名で国内販売されている

Calycanthus 'Aphrodite' (アフロディーテ)
  Calycanthus floridusC. chinensisC. occidentalis の複合ハイブリッドで果物のような芳香をもつ紫紅色花種。
 クロロウバイ・アフロディーテの名で国内で販売されている

Calycanthus ‘White Dress’(ホワイトドレス)
 ノースカロライナ州立大学(アメリカ合衆国)において、(ナツロウバイ Calycanthus chinensis ×クロバナロウバイCalycanthus florida)×(ナツロウバイ Calycanthus chinensis × ハナロウバイ Calycanthus occidentalis)から得られた実生から選抜・作出された白花大輪の複合ハイブリッド種で、国内登録品種。(農林水産省種苗登録第16948号)
 花は5月、白色で中心に紫と黄色のマーキングがある。(径3-4 インチ) 非常に強いモクレン類に似た芳香がある
 クロロウバイ・ホワイトドレスの名で国内販売されている。 

Calycanthus 'Venus' (ビーナス)
 前出C.‘White Dress’の登録申請時の呼称であるが、米国等ではこの名での販売例が見られる。 
 
     
 3  感想   
     
(1)  総論的雑感   
     
   現段階でクロバナロウバイ属の樹種として情報が得られたものが、以上の4種1変種(及び品種)である。感想としては、同質・横並びの詳細の情報が得られないため、識別のポイントはやや理解しにくい。そもそも、それぞれが同程度の認知度があるのかとなると、(2)の C. floridus var. glaucus は変種としての扱いに議論がありそうであるし、(4)の C. brockianus は知見が不足しているようである。

 国内での実用的な知識としては、先にも触れたように、花が黒っぽくて葉裏に毛が密生し、花に香りがあるものをクロバナロウバイ( Calycanthus floridus花に赤味があって葉の両面とも無毛で、花に香りがほとんどないないものをアメリカロウバイ( Calycanthus floridus var. glaucus と呼んでいる場合が多いようである。  

 しかし、両者とも花色には幅がありそうであり、またC. floridus var. glaucus は香りが弱いとされる一方で、香りがあるとされる C. floridus についても香りの強弱に大きな個体差があるとされる。さらに、葉裏の短毛に関しても幅があるようであり、日本の国内にあっては、クロバナロウバイとその変種ともいわれるアメリカロウバイの識別など連続的な変異の存在を認識すれば、もうどうでもいいような気になってくる。そもそも、クロバナロウバイとされているもので、芳香を感じたことはないし、また、葉裏が無毛とされる真正のアメリカロウバイらしきものにはなかなかお目にかかることもできないままである。

 そこで、日本国の一般市民としては、A の米国東部産の C. floridusC の米国西部産の C. occidentalis (国内に導入されているか否かは確認できない。)が存在するようであることと、少々風変わりな E の中国産の C. chinensis (これは国内に導入されている。)が存在することだけを承知しておけばよいと思われる。さらに、特に A については花色、毛の多寡、香りの強さに関しては普通に幅広の変異があると受け止めておけばよいと思われる。 
 
     
(2)  名前のリセット案   
     
   属名、和名とも各種の花色及びその変異の実態にマッチしていないため、できればリセットしたいところである。そこで、

 属名は、実態をカバーしうる中国語の呼称である「夏蝋梅属(ナツロウバイ属)」が最適でなじみやすい。
 

 その上で、各和名については、

 Calycanthus floridus 「アメリカナツロウバイ」
 C. floridus var. glaucus は変種扱いとしない!!

 Calycanthus occidentalis「カリフォルニアナツロウバイ」

 Calycanthus chinensis「シナナツロウバイ」

 とすれば、現在の和名のカオス状態を解消できる。商品として、特に北米産の変異のある花色を付加的に示す場合は、便宜上、後ろに「黒花」、「紅花」、「赤花」等の語を付せばよい。また、商品として、アメリカナツロウバイのうち、特に香りの強いものについて、差別化を図りたいのであれば、便宜上、流通名として「ニオイ」を付加して「アメリカニオイナツロウバイ」 とすればよい。