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木あそび
   郷愁の鳥もち


 ヤマグルマの名の樹木は肉眼では確認できないが、他の広葉樹と大きく異なっている点があって、このことで昔から有名である。具体的には、普通の広葉樹では水分の通道は道管が、樹体の保持は木部繊維が担っているが、ヤマグルマではあたかも針葉樹のごとく道管が存在せず、仮道管が両方の機能を担っているというのである。さらに、特記すべきもう一つの個性がある。既に死語になってしまったが、かつては「とりもち鳥もち、鳥黐黐膠)」の主要な提供源であった。【2010.7】


    (ヤマグルマの様子)
    ヤマグルマの葉
 葉は輪生状につく。
  ヤマグルマの葉表(部分)
 
葉は革質で葉表には光沢がある。
  ヤマグルマの葉裏(部分)
 
葉裏は緑白色。
    ヤマグルマの花
 花は花弁も萼もない変わり者。
  ヤマグルマの若い果実
        熟した果果
 冒頭で述べたヤマグルマの材の組織の特異性については、組織構造の分化が進んでいない、進化の遅れた樹木であるとして解釈されている。要は、針葉樹は仮道管が水分通道と樹体支持の両方を担っているのに対して、広葉樹はその組織が水分通道を担う道管と樹体を支持する木部繊維に機能分化、すなわち進化したものであるとの理解の下に、ヤマグルマは針葉樹と同じ状態にあり、進化から取り残された樹木(無道管被子植物)として位置付けているのである。

 進化の解釈では裸子植物より被子植物の方が進化した植物であるとするのは昔からの定説である。しかし、針葉樹が仮道管しかなくて、特に生理的に劣性にあるといった風情はなく、広葉樹が生存できないような酷寒の地でも圧倒的な存在感を示している。それに細胞が木質繊維や道管に分化した種が、そのことで生存、繁殖の上で圧倒的に優位にあるとも思えない。現に仮道管しか持たないヤマグルマが衰退種となっているとも聞かない。こうしたヤマグルマに対して、「進化が遅れた樹である」とか、「最も原始的な被子植物である」とかいった烙印を押すことは、ヤマグルマにとってみれば余計なお世話で、ヒトの勝手な思い込みでものを言われて迷惑しているのではないかと、前から気になっていた。
 こうしてみると、進化と呼んでいる概念が一体何なのか、さっぱりわからなくなる。

 こんな思いを持っていたときに、面白い記述を目にした。「朝日百科・植物の世界」の次の囲み記事(8-189)で、その内容は次のとおりである。
 「最近の系統進化学的なデータでは、被子植物の進化の過程で最も原始的なものが無道管被子植物ではないという結果が得られている。このことは、初期の被子植物はすべて道管を持っていたということを示しており、無道管被子植物の場合は、最初から道管がなかったのではなく、かつてあったのだが、何らかの理由で二次的に道管をなくしたということになる。
 うれしくなるような見解で、大いに支持したいし、今後の研究にも期待したい。ヤマグルマをヒトに喩えれば、なかなか精神的に高い次元で屈折した人生を歩んだ系譜を感じてしまう。

 前置きが長くなったが、早速ながら、まずは鳥もちの件からである。
 ヤマグルマと鳥もち

 鳥もちなら、その名のとおりモチノキクロガネモチなどのモチノキ科モチノキ属の樹種が主流と思いきや、本来、鳥もちヤマグルマから採るもので、モチノキから採った鳥もちは良質でないとする記述【樹木大図説】が見られる。その一方でモチノキから採ったものを生薬で「本黐」(三重、奈良、和歌山)といい、ヤマグルマの「ヤマグルマ黐」(鹿児島)やイヌツゲ、タラヨウの「青黐」(高知)と区別しているとする記述【薬用植物事典:村越三千男】もある。この場合は、モチノキの黐を格上としているもので、用途により評価が異なるようにも見える諸情報である。

 現在では鳥もちをほとんど目にしなくなったのは、鳥獣保護法の厳しい運用により、とりもちを使用した猟法が禁じられたことによるもので、これにより日本の古くからの伝統的な慣習、民俗を強権的に圧殺してしまったのである。昔は駄菓子屋で鳥もちを買って、大人もガキ共もこの「鳥もち」と「おとり」を使ってメジロなどを捕まえて飼い、優しい心、慈しみの心を養ったものである。食糧事情も悪かったため、もう少し肉の多い鳥は食べてしまったのかもしれない。

 さて、鳥もちの作り方については記録も多い。意外にも広辞苑の説明も丁寧である。
【増補版牧野日本植物図鑑】
ヤマグルマ:樹皮を剥取り水に入れて腐敗せしめ後搗きて鳥黐を作る。

【広辞苑】
とりもち(鳥黐):モチノキ、クロガネモチなどの樹皮からとったガム状の粘着性物質。5〜6月に樹皮をはぎ、これを秋まで水につけておいて、臼に入れて搗(つ)き、それを流水で洗う。搗いて洗うことを3〜4回くりかえすと出来る。熊野の山中が産地として江戸時代から著名。捕鳥、捕虫に用いる。

【木の大百科】
ヤマグルマ
 春・夏の頃樹皮を剥いで流水の中に2〜3か月漬けて腐らせる。それを石臼で砕き、水洗しながら夾雑物を除いて内皮から出る粘物質を分離し、団子状の粗製もちが得られる。初め淡灰褐色であるが空気に触れて赤褐色に変わってくるのでこれを「赤もち」という。歩留まりは樹皮重量の10〜14%になる。さらにソーダ塩で処理すると淡灰色になるが、これを白もちという。鳥もちの主な用途は捕鳥用で、九州特に鹿児島県が主産地であった。
 とりもちは靱皮部の柔細胞中に含まれる蝋成分であって、製品はトコロール酸、セロチン酸、パルミチン酸、オレイン酸などのエステルで、少量の樹脂、ゴム質を含有している。

【樹木大図説】
(旧屋久営林署管内での方法を参酌したヤマグルマの鳥もちのつくり方:原文のまま)
剥皮:5月上旬乃至6月下旬に行う、大木を伐採し、苔や外皮をテツカキで除きヘラで剥皮する、老木や傷ついた樹で剥皮困難なものはたたきたたきつぶして皮とする。大体立木材積1立方米からが50〜60kgとれる。
漬込:剥皮したものは束ねて乾かぬようにし近くの工場に運搬する、そこの池でよく水洗した後50〜60kgを1束として束ね直す、束ね方がむつかしく、皮の間によく水が行き渡るようにする。池底から順次竹を渡した上に積み重ねてゆく。池一杯になったらば上にムシロをかけ日光直射を防ぐ、陽光が強く当たると仕上げたのちモチが黒くなり、品質が劣る。モチ池はコンクリートでつくり、深さ約1m、12〜20坪くらいである。この深さで池の坪数は異なっても大体坪当たり600kgの皮を収容しうる。皮は漬込んでから3〜4か月でくさる。腐敗の程度は皮を折ってみればわかる。よく折れるのは完全にくさったものである。清水をよく流通させ早くくさらせる。
製造:腐敗した皮を池から取り出し工場に運び入れ石臼でつきつぶす。石臼は大小あるが1個に15〜35kgの皮が入る。つきつぶすには石臼の大きさにもよるが大体15分くらいである。杵は水車の軸に取り付けたハネ桁の仕掛けによって上下する。臼のなかで粘気のでるまで充分ついたものは水槽の水面に当る所に張った竹製の網の上で揉み粘気を増すようにする。モチと皮が離れやすくした後水洗して雑物を除く。手揉みとするので手にモチがつくからそれを防ぐため手に粘土を塗る、最後の漂白精製の時は石鹸を使っている。
 以上の如く水洗によって団子状となった粗製のモチは38〜40℃の湯で湯洗とし、モチのなかの雑物を除く。40度では早く雑物を除き得ないため50〜70度に高めると早く仕上がるが高温度ではモチの質が悪くなるのでなるべく低温で行う。こうして漂白精製したモチを冷却槽に入れ水分を除く、水分が多いと夏期腐敗しやすい。初めは赤褐色を呈しこれを赤モチという、ソーダで漂白すると淡灰色となり、これを白モチというがこの方は粘気が劣るので薬用に供する。(注)モチの歩止まりは皮の重さの10〜14%であるが皮の厚み1〜2cmのものは歩止まりが大きい。
もち(黐)の薬用等としての利用に関して、少々古いが次の記述例がある。
「黐のエーテル溶液にコロジウムを加へると良好な繃帯液)を得又絆創膏に加用すれば粘着力が著しく強大となる。紙に塗って蠅取紙(ハエとりがみ)を作ったり又小鳥を捕へるのに用ひられる。其の他種々の塗料に加へて工業上多量に用ひられる。」【薬用植物事典:村越三千男】
繃帯液(包帯液、ほうたいえき):包帯の代わりに塗りつける液。コロジオン(コロディウム)、ゼラチンの類。【小学館日本語大辞典】
 ヤマグルマの鳥もち試作

 ヤマグルマの小径木で、わずかでも鳥もち作りを体感してみることとした。
 樹皮を刃物で剥皮すると、期待のモチ成分が付着して刃物はベタベタと粘つく状態となってしまう。ペタペタ成分は水溶性ではないため水洗いでは取れないし、アルコールでもだめである。有機溶剤に頼るしかない。知り合いに聞いた体験談であるが、昔は捕らえた鳥のモチをぬぐうのに、米ぬかを使ったと聞いた。昔の生活の知恵である。

 剥皮した皮を水に浸けると、にわかに水が鮮やかな赤褐色となった。しばらくの期間放置して、搗いてみたが、容器にべたべた成分がこびりつく程度で、情けない収量であった。爪楊枝の先で削ぎ取った微量の純正ヤマグルマの鳥もちは以下の写真のとおりである。決して検便で採取した検体ではない!


微量のヤマグルマの鳥もち
 満足できる量を採取するためには、太い材から採取した十分な量の樹皮が必要なようである。

 ヤマグルマの鳥もちの色は茶褐色である。昔の鳥もちは白かったような気がするが、漂白してあったのか、あるいはモチノキ系の製品であったのであろう。

 久しぶりに鳥もちの感触を確認したが、鳥もちは手につくと本当に始末が悪い。このため、手をぬらした状態で、あるいは水の中で取り扱うことが常識となっていた。

 原料が手に入ったら鳥もち作りは再チャレンジすることとしたい。

後日、モチノキにより再チャレンジした顛末はこちらを参照
  
 ヤマグルマの材

 ヤマグルマの特異な細胞の構造はもちろん肉眼ではわからないが、それでも一般の広葉樹とは外観が随分異なることに気付くはずである。

 利用面の事例に関する記述はほとんど見られす、木材としての存在感は希薄である。材は硬くて緻密な印象があり、板目模様もきれいで、重硬な材として多様な用途に供することが可能と思われるが、専ら皮剥ぎの対象としての情報しかないことが不思議である。
 ヤマグルマの木口面

 環孔材ではないが、年輪がくっきり見え、加えて色の薄い春材(早材)と色の濃い夏材(晩材)の境もはっきりと認められる。まるで針葉樹のマツ材のようでもあり、なかなか個性的で味のある外観である。

 
 ヤマグルマの材面(写真上、左)

 上記サンプル材のアップ写真である。細かい放射組織が多数認められ、これがまた特徴となっている。 
<参考:鳥もちの販売品>

 何と、鳥もちが現在でも販売されている。福岡県内の会社が扱うもので、店舗直販のほか複数の販売業者によるネット通販もある。丸い樹脂製容器入りとなっている。

      ヨシガイ工芸(株) 福岡県柳川市三橋町1112

 少々個性を感じる商品で、気づきの点を含めて説明すれば以下のとおりである。

@  少なくとも製品表示として「」又は「とり」の語は使用せず、「ゴールド岩モチ」、あるいは「DXプロモチ」、とした、よくわからない名称の2製品が見られる。この呼称からは鳥を捕るためのモチを供給しているのではないという主張が伝わってくる。
A  その一方で、缶にはかわいいメジロとメジロが大好きなヤブツバキ(注:メジロはヤブツバキの蜜をよくなめる。)の絵が描かれている。メジロを捕るための鳥もちとしていないから、あくまで絵は脈絡のない小綺麗なデザインということになる。
B  具体的な適用方法に関する説明書は一切ないから、この製品の活用は購入者の適法な創意工夫に委ねられているということになるのであろう。現に、ネズミを捕るためのモチも販売されている例もあるが・・・
C  この製品の原料は天然ゴムを使用しているとのことで、伝統的、古典的な樹皮原料による製品とは異なっている。さすがに従来型の製法による製品は絶滅した模様である。かつての鳥もちと同等の機能を有する製品を現実的な方法で製造するため、輸入した天然ゴムを利用しているのであろう。少々癖のあるニオイがある。
 質感としては、布ガムテープの粘着剤に似ている。つまり、手にべっちょり付着するようなものではなく、ゴム質の伸びが見られる。ターゲットを確実に捕捉する一方で、ネズミ以外の場合では、後始末がしやすいことも重要なポイントとなる。この辺のことを考えて粘度調製をしているのであろう。季節による温度条件の影響があることから、夏用、春用、冬用と、固さ調製をした製品が用意されている。

 試作したヤマグルマの鳥もちと比較すると、こちらの方が後始末は楽なのかもしれない。

 ということで、ドキドキするような実に怪しい雰囲気の漂う微妙な製品である。ついでながら紹介すると、この会社ではメジロ用の餌まで販売している。
 メジロを飼うには飼養許可証が必要とされている。
 なお、粘着剤で憎きターゲットを捕捉する小道具としては、昔はハエ取り紙ハエ取りリボンが一般的であったが、驚くことに両者は現在でも生存している模様である。かつては粘着剤として松脂(松ヤニ)が利用されていたとされ、製品には特有のニオイがあって、また、べりべりと開く感触も独特のものであった。実はそんなことよりも、これを誤って踏んづけたり、からだに付けたりした時の地獄絵図を思い返す人も多いと思われる。現在では、製品の成分表示として、合成ゴム、合成樹脂、天然油脂、ワックス(樹脂成分)、ポリブテン(ポリオレフィン系樹脂)、石油系潤滑油、高分子系粘着剤等の名を見る。
 なお、ホイホイシリーズもパワーアップしていて、ネズミを捕るのもお茶の子さいさいといった風情であるが、一方で間抜けなワン君やねこちゃんが不幸にも捕捉されることもあるようで、メーカー(アース製薬)では食用油を使用した対処法をホームページで丁寧に説明している。