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木あそび
   木製火鉢の安らぎ


 陶製の木炭用、練炭用の家庭用大型火鉢は既に民俗資料館の陳列資料と化していて、「股火鉢(またひばち)」の語も死語になってしまった。こうした状況にあるが、特に小型の「手あぶり火鉢」と称する小型の火鉢については、骨董品や新品が現在でも多数出回っていて、ネット通販でも多様な製品を目にすることができる。木炭の消費量としてはわずかなシェアであろうが、業務用、バーベキュー用、茶道用以外のこうした生活の中のお楽しみ需要も存在するということなのであろう。【2010.1】 


 骨董屋の店先でも陶製の大小火鉢はふつうに展示されているが、ネット通販では驚くほど多種多様な製品が大量に売り出されている。
 素材は陶製、金属製、木製があり、デザインも実に多様である。実際に購入される陶製の製品の多くは多分プランターや傘立てになるものと思われるが、木製の角火鉢長火鉢の新旧製品も多く見られるほか、五徳や火箸の心配もしてくれる通販も多いことから、炭火ファンが結構いるのであろう。鉄瓶を乗せるのもよし、スルメを焼くのもよしということである。
    長火鉢の例

 素材は申し合わせがあるかのようにケヤキである。小引出しも付いていて、家長、親分の定席のための備品としてふさわしい。
 現在では正方形のフタ付きで座卓のようにもなる食卓用角火鉢の方が好まれるようである。

京の田舎民具資料館
京都市山科区小山小川町2番地 代表者 竹谷誠一
 かつての木製火鉢の定番は、ケヤキの長火鉢箱火鉢)と桐の胴丸火鉢(桐火鉢)である。
 長火鉢は江戸時代以来の庶民の生活用品であったが、どてらを着て、煙管を手にした親分が座ると様になりそうである。銅壺(どうこ)が付いていればその場で酒の燗を付けることができる。オヤジ憧れの安らぎの生活環境である。
 写真の長火鉢の右側のスペースは適度に暖かくなって、ねこちゃんは必ずこの場所が自分のために存在するものと理解して、安らぎの定位置として決め込むため、ご主人様も諦めて、この部分を「猫板」と呼ぶに至った。
   桐胴丸火鉢の例

 骨董屋で調達したもので、別項で紹介した明珍の火箸も、本来の用務に就いて嬉しそうである。灰もいろいろな種類のものが販売されている。
  桐胴丸火鉢は、桐丸太をくりぬいて銅の落としを組み込んだもので、骨董品が相当数出ている。蒔絵を施したものが標準的なタイプとなっているが、蒔絵なしのシンプルなものもしばしば見かける。聞くところによると、同様のものを改めて製作したら、現在出回っているような価格ではとてもできないという。一定量の骨董品が出回っているお陰で、そこそこの価格で手に入るようである。
 桐胴丸火鉢は、やはり桐のお陰というべきで、片手でヒョイと持てるほど軽い。手触りもソフトで違和感がない。昔の寒い時期の「寄り合い」では、複数の手あぶりを配置して暖をとるのが常であったが、こうした手あぶりもふつうに利用されたのであろうか。
 火鉢の炭は鑑賞の対象となる。赤い火には安らぎがあり、黒い炭が纏う真っ白な灰も美しい。

 
 ちょうどいいサイズの焼き網があった。まずはスルメである。値段の高い大きいスルメでははみ出してしまうから、安いものがピッタリである。
 いい風景である。
 屋外で賑やかに煙をもうもうと上げながら焼き肉を楽しむときは、炭は肉を焼く熱源でしかないが、火鉢に収まった炭は鑑賞の対象になる。ふんわりと白い灰をまといつつ、赤くなって心地よい熱を発する炭は見ていても厭きない。子供の頃はこれでいろいろわるさをすることもできたが、やはり炭はスルメと相性がいい。炭で焼くスルメの匂いは安らぎのひとときを演出する。

 火鉢はもちろん季節ものであるから、夏は出番がないはずである。ところが、何と「夏火鉢」として販売されている小型の製品もある。香を焚いたり蚊遣り器としてどうぞいうことで、これも面白い使い方である。そこで思い立ち、「箱膳」に準じた利用ができるように、桐の板材で丸いふたを自作してみた。できればクワの煎汁で色付けしたかったが、端材がないためとりあえずはあきらめた。これで年中出しっぱなしでも支障なしである。
<参考メモ>

 桐胴丸火鉢は、かつてはふつうの存在であったため、特に明治期の文献である「木材の工藝的利用」においては製造工程にまで及んで詳述されている。以下に、興味深い部分を抽出して紹介する。
 桐胴丸火鉢は日本式客間に使用せらるる高尚なる家具にして多くは上流社会に行われ価格低廉ならず従て其製作数多からず故に東京市中其製造に従事するもの甚だ少なく浅草蔵前通りに2軒京橋中通りに1軒あるを見るのみ【木材の工藝的利用】
 奥州産のキリを上等品とす材に脂気ありて樹液(あく)少なし秋生材の幅大なるを以て木理太く現れ仕上がりて年輪少けれども多く見ゆ奥州に次ぎ越後産を可とす質硬くして木理細く現る東京近傍にては秩父のキリを可とす支那キリは胴丸火鉢となすに不適当なり是れ材に目廻りあるに由れり桐胴丸火鉢の特等とする所は火に焼けざるとささくれを生じざることなり 【木材の工藝的利用】
 桐の火鉢と称するものにサワグルミを用いたものが多い。【昭和50 成田】
 ネムノキの木目がキリに似ることから、胴丸火鉢にも利用されたという。
 (製作に関すること)恰好を附けたる後長3,4寸なる短き台鉋にて削りあげ木賊(トクサ)磨きとなし次にムクの葉にて磨き色を洗ひ出しをなす洗出しには元来クワの煎汁を塗るを法とすれども近来重格魯謨酸加里(注:重クロム酸カリウム)とクワの煎汁とを混じて塗り或は又硝酸を以て焼くものあり此くなしたる後刈萱(カルカヤ)根にて磨き最後に銅製の落しを入れ成功す 【木材の工藝的利用】
:桑の木片の煎汁は赤褐色で、木材を染めることができるため、かつては桐胴丸火鉢や桑色家具はこの方法で染めたとされる。