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刃物あそび
 
  鉈の地域性
    中国地方の石突共柄鉈
    
            


 日本各地の民具の素材、形態に地域性が見られたように、山林用の腰鉈についても地域ごとにその形態の多様性が見られるようである。かつては地域に拠点を置く野鍛冶が昔から定着してきた仕様で農具、山林用刃物から包丁に至るまでを製作し、さらには修理まで面倒を見たきた歴史がある。
 しかし、近年量産型の製品や刃物産地の製品の販売力の前に、跡継ぎを欠く昔からの鍛冶屋は次々と姿を消している。そして刃物産地が各地域の仕様の製品についてもきめ細かく生産・供給する形態が定着したようである。
 【2009.2】 


 山林用刃物では高知県土佐打刃物が圧倒的なシェアを誇っているようである。この地域では巨大工場が存在するのではなく、個々の多様な鍛冶職を傘下に置く商社が極めて多種の製品を一括して管理し、受注・生産・販売を仕切っている模様である。これにより、日本各地の仕様にも弾力的に対応できるという強みを発揮しているようである。
 こうした会社の製品カタログには、地域の名を付した多くの製品が掲載されている。それぞれの地域がその呼称を使っているとは考えにくいから、供給する側が消費者の利便性を高めるために名付けたものと思われる。

 鉈を例にして、その仕様、地域性のある形態を反映した呼称を概略整理すると、次のとおりである。
 鉈の様々な仕様
(1) 表面仕上げ
 黒打鉈:火造りのまま又は化学処理による黒色仕上げ
 磨 鉈:研磨による鏡面仕上げ
(2) 刃付けの形態
 片 刃:刃裏にハガネが付いた形式で喰い込みがよい。
 両 刃:
地金でハガネを挟んで鍛造した形式で慣れれば使いやすい。
(3) 鉈身の幅
 細身鉈:字のとおりで、軽いため携行に際して負担が少ない。
 中幅鉈:中間型。
 広幅鉈:重さで振り下ろすヘビーユース仕様である。
(4) 柄の構造
 木 柄:中子を目釘と口金でカシ製の柄に固定したもの。
 共 柄:鉈身と柄部が一体的に鍛造された形式で地域性が強い。
(5) 刃・鉈身の形状
 直 刃:刃が直線状
 鎌 型:刃が鎌状に湾曲
 剣 鉈:先端部が鋭利な剣状。現在では実用よりも趣味性が強い存在となっている。
(6) 先端部の形状
石突あり  先端部に嘴(くちばし)のような突起を有するタイプで、意に反して刃を石に当てて痛めることを防止する機能があり、また柴等を引っ掛けて手繰り寄せる使用法もあるという。地域性が強いタイプと思われる。なお、「石突」の名称は一例で、必ずしもこれが標準的な名称ということではない。
石突なし  これがないものの方がシェアは高い。

 まずは岡山県内での使用例を見てみよう。
 「土佐青龍 特製 青鋼入」とある。「土佐青龍」は高知県香美市の有限会社西山商会のブランドである。
 同社ではこの製品を「鎌鉈」と呼んでいる。木柄の石突鉈である。
 「土佐 手打 青入」とあり、とぐろを巻いたヘビのマークの刻印がある。青入とは、刃物用鋼材の青紙の意であろう。社名は不詳であるがこれも土佐ものである。共柄で、柄部にゴムチューブがはまっている。
 石突鉈の名称、地域型の名称
 先端の曲がり部分の名称については色々あって、これが付いた鉈は「石突鉈」のほかに「鳶鉈」「トビ付き鉈」「鼻付き鉈」「嘴付き鉈」の名も目にする。なお、「石付鉈」及び「箸付鉈」の名称も目にするが、やや意味不明瞭であり、これらについてはそれぞれ「石突鉈」、「嘴付き鉈」とすべきところを誤って使用し続けているのではないだろうか。
 また、石突鉈では地域によって石突部分と鉈本体の形態にバリエーションがあって、販売上の名称として、越前鉈越中鉈越後鉈上州型伊豆鉈伊那鉈諏訪鉈海老鉈等の呼称が見られる。このうち、伊那鉈の石突が象の鼻のような形態になっている以外は大きな違いは見られないが、微妙に形態が異なっている。

 このタイプの鉈の分布に関しては、日本民具辞典(日本民具学会)に各地の情報が記述されている。しかし、本当の土着の仕様について記述されているのかには疑問がある。本書では中国地方は鼻のないものの分布地域としているが、実際は鼻のある共柄鉈が地域の鍛冶によって製作されていて、山林作業でも山陰地方も含めふつうに使用されているのを確認している。注意しなければならないのは、国有林や森林組合などのまとまった数量を発注する組織は、その構成員の意向も踏まえて、必ずしも地域の伝統的仕様にこだわらずに即納体制のある刃物産地に発注するケースが多いと考えられる点である。

 石突鉈はそれぞれの地域で機能性を意識する中でその仕様が形成されて来たものであろう。しかし、これを使い慣れていない者にとっては全くじゃまに感じ、鉈使いが少々荒っぽいことが背景にあるのではないかと勘ぐってしまう。それに、いかにも研ぎにくそうである。やはり、道具は慣れなのであろう。
 共柄鉈
 共柄鉈は柄の端に環が付いている点が面白く、初めて見るとなかなか渋い感じがして興味を引かれる。刀であれば環頭太刀があるが、環頭鉈とは言わない。機能的にはスッポ抜け防止のグリップエンドであるが、販売用として展示した製品でこれを利用して釘で吊している事例を見て、こうした利用方法もあることを実感した。環そのものに呼称はないようである。
 柄部は何らかのものを巻くことを前提としていて、現在までに確認しているのは、@荒縄巻き、Aロープ巻き、B細切りタイヤ又はゴム巻き、C厚手ゴムチューブ挿しの4タイプである。特にロープ巻きのタイプで、環の部分にもきれいにロープを巻いたものは見た目にきれいで、デザインとして見た場合も渋さがあっていい。
 このタイプは柄の耐久性に優れ、木柄の製品でしばしば見られる目釘部のがたつきも無縁であるが、慣れないと使いにくいという印象がある。
 
 事例研究のため、地域の鍛冶屋さんとホームセンターを覗いて石突鉈と共柄鉈の存在を観察してみた。以下はその製品例である。
  
 以下の3点は岡山県津山市内のホームセンターで販売している製品である。もちろん石突なしのふつうのタイプもある。
 MARUTOYO(丸豊?)の名があり、土佐打刃物としていた。木柄の石突鉈である。
 共柄の石突鉈である。ロープがデザインと化して美しい。ロープを巻いてあってもやや柄部は細い感じである。
 これも土佐のMARUTOYOである。
 上の製品とよく似ているが、これは兵庫県三木市の藤原産業の扱いである。
 実は、刃物は問屋等が各地から集めるため、本当の製造地は見てもわからない。
 以下の3点は岡山県の旧久米町(現津山市)の鍛冶職人遠藤静一氏の製品である。いずれも、細切りしたタイヤを巻いているようである。
 道の駅久米の里「仙人館」で扱っている。
扱い:道の駅久米の里
 津山市宮尾563−1
 この先端の形状は、石突鉈の名前が馴染まないような気がする。やや鎌に近い。
 共柄の石突鉈であるが、やや背の丸みが少ないタイプである。
 以下の2点は津山市内の鍛冶屋 本家忠兵衛鎌製造元(杉山本家鎌製作所)の製品である。柄には厚手のチューブを挿している
本家忠兵衛鎌製造元
(杉山本家鎌製作所)

 津山市東新町70番地
 オーソドックスな共柄の石突鉈である。 
 次の2点は同じく津山市内の鍛冶屋である忠兵衛鎌製作所の製品である。
 共柄の枝打鉈で、柄には上の製品とは異なる仕様の厚手のチューブを挿している。
忠兵衛鎌製作所
 津山市東新町10
 この形態となると、限りなく鎌に近いものとなり、簡易な除伐鎌と呼んだ方いいかも知れない。もちろん、通常の除伐鎌は長めの木柄付きとなる。
 上で紹介した津山市の鍛冶屋の構えは次のとおりである。かつては津山市内には鍛冶屋が26軒あったとされるが、今では2軒のみ(編入された旧久米町を含めると3軒)という。
忠兵衛鎌製作所
 
本家忠兵衛鎌製造元
(杉山本家鎌製作所)
 
【参考資料】日本民具辞典:日本民具学会(平成9年5月30日、株式会社ぎょうせい)

なた【鉈】
−抄−
 東日本の鉈は片刃作りであるが、西日本の鉈は両刃作りになっている。また、先に鼻<突起>のつく形式のものがあり、これを鼻鉈・鳶鉈などと称している。東日本では鼻のつく形式の鉈は、一般に里近くで薪炭刈りなどに使用し、専業的な林業従事者は鼻のつかないものを使用してきた。したがって東北地方などでは二つの形式が共存しているところが多いが、その一方で信州のように鼻のつかないものだけが普及している地域もある。また、関東地方の平野部では鼻を持つものだけが普及しており、甲信寄りの一部山間地以外に鼻のつかないものはみられない。埼玉県秩父地方などでは、全長3寸ほどの小形の鼻つき鉈が削掛(削りハナ)専用として作られており、鼻の内側の刃を利用して華やかにハナを削り出す。畿内では越前鉈という福井県の武生で作られた鼻つき鉈が普及しており、粗朶刈りに使用されている。一方、中国地方は、再び鼻のないものの分布地域となるが、このあたりから刃先の作りが両刃作りにかわる。九州・四国では、外づけの櫃<ヒツ>(柄壺・柄入れ)と比較的大きな鼻を持ち、長い柄をつける形式が普及している。 
注1  信州は石突のないものだけとしているが、刃物産地で「伊那鉈」、「諏訪鉈」と呼ぶ石突鉈を生産・供給していることの意味は検証が必要である。
注2  中国地方は石突のないものの分布地域としている誤りは、先に指摘したとおりである。