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刃物あそび
  事務ばさみ今昔 


 大工道具を初めとした道具好き、道具コレクションで有名であった工業デザイナーの故秋岡芳夫氏は、よく切れるハサミの条件について、「ラップフィルム1枚がすっぱり切れたら合格」と言っていたそうである。
 昔は、職場の事務ばさみといえばクロムメッキのたぶん鋳物製の安価で質のよくない製品が多かったように思う。したがって、すり合わせ、切れ味のよくないのは当たり前であった。使い心地の悪さにいらついて、自前の小型の裁ちばさみを使う風景もよく見られたところである。【2007】 


古い事務ばさみ 1 15.5センチ
 職場の引き出しの奥で見放されていた事務ばさみである。クロムメッキ仕上げで、たぶん価格を押さえ込んだ鋳物製ではなかろうか。バリ取りもきれいに処理されていない。刃裏の仕上げも荒く、そのままメッキがかかっている。それでいて、快適ではないが普通の紙くらいは切れる。かつての事務はさみは皆こんな感じであった。なお、鋳物製は研ぎ直しが利かないとされている。
 マークは「Tatsuya」とある。
古い事務ばさみ 2 15.5センチ

 上と同様の仕様であるが別メーカーである。カシメがガタガタにゆるんでいる。上のものより刃はやや薄めである。
 マークは王冠の下に「CROWN」とある。
 こうしたはさみのほとんどは、ハガネをプレスして抜いたものを鍛造・熱処理をしてメッキ(以前はニッケルメッキだけで、その後ニッケル下地にクロームメッキをかける方法が定着した。)をかけ、その上で裏スキ、刃付けをして製品にするのだという。
古い事務ばさみ 3 15センチ

 これも風雪に耐え、職場の引き出しの奥に放置されていた事務ばさみである。前のものと違ってステンレス製である。打ち抜いたステンレス鋼板の鍛造品ということか。刃裏の仕上げはきれいであるが、素人が荒い砥石で刃裏を痛めてしまって製品生命を絶たれている。
 マークはMの字型の折れ線の端、角に○印を付けたかたち。
古い事務ばさみ 4 15センチ

 これは長らく我が家の薬箱に収まっていたはさみである。管理不行き届きで少々錆が出てしまったが、炭素綱の型鍛造だろうか。クロムメッキ仕上げである。高い製品ではないが、前の3製品よりは良質で、刃裏もきれいに仕上げられている。
 マークは「max」で、裏には 「No.350」とある。

 鋼やステンレスの鍛造品は手間がかかるため総じて高額である。また、付け鋼の鍛造品の裁鋏は需要が低下したものの何とか生存しており、これの小型のものは事務ばさみとして、あるいは日常使いのはさみとして使いやすく、大いに推奨できる。しかし、事務ばさみは現在では刃物用ステンレス鋼板のプレス打ち抜きで作られる製品が主流となって、100円ショップでも大小ずらりと並んだ風景を目にする。


シルキー・BSP−170A  17センチ

  これは昔、職場用の事務ばさみとして購入したもの。ラップをわざわざ切ったことはなかったが、代々職場の引き出しに入れっぱなしになっていたはさみに比べたら段違いであった。1枚の紙を切るのであれば、チョキチョキやらなくても、切れ込みを入れて前に押し出すだけでスーと切れたのは快感であった。これですっかりシルキーのファンになってしまった。このタイプは、頑丈ではないが、柄に樹脂を使っていることで非常に軽く、気楽に快適に使えるはさみで、今でも現役である。 シルキーはすり合わせが軽くてスムーズで、正にシルキーである。独特の軽いシャキシャキ感は裏スキの研磨手法に由来するものと思われる。また、小型のはさみでもカシメはリベットを使わずネジ式となっているのも特徴である。
 この製品は、いつの間にか樹脂柄がカラフルになっていて、アンバーのほか、イエロー、レッド、グリーン、ピンクの全5色が用意されている。
丸章工業株式会社(Silky)
岐阜県関市下有知山の間5420-1
シルキー・AUS−6  21センチ 

 これはうちのかーさんの所有です。裁縫ばさみは別にあったので、たぶん裁縫ばさみ兼雑用ばさみなのかも。このデザインは現在でも継承されている。
シルキーNEVANON・NBN-17017センチ

 鋏に初めてフッ素コーティングを実現したのはシルキーだそうである。シルキーの上級シリーズで、値段は少々高くなるが高級感を意識したデザインの堅実な製品である。一般的な事務ばさみとしては価格設定がやや高めな印象を持つ。カシメ部分の刃裏のフッ素コーティングが摩耗してきたことと関連するのか明らかではないが、購入時のすりあわせの快適さが少々低下したように感じる。
アレックス・PS−165 16.5センチ

 そのデザインと品質が評価されて、はさみとしては世界で初めてドイツミュンヘン国立応用芸術博物館に永久保存されているとのことである。すっきりしたデザインにつられて購入した。ただ樹脂リングは手に優しいことを優先しているため、きついこすれには弱い印象があります。現在はエラストマー樹脂を使用しているとのことである。初登場以来長くなるが、このシリーズは不滅のようである。我が家になぜか2本あったが、刃裏の仕上げが少々違っていて、一つは裏スキの条痕がるが、、もう一つは素地のままで真っ平らである。。時点による加工上の仕様の違いか。なお、この製品のデザインを模倣した製品がゾロゾロ後に続いたことはよく知られているとおりである。写真はシリーズのカラー版である。

林刃物株式会社(アレックス)
岐阜県関市緑ヶ丘2−3−7
アレックス・ペーパーナイフ

 はさみではないが飛び入りである。アレックスの小さなはさみのカシメをはずしたような感じである。ペーパーナイフとなると、樹脂のリングが安っぽく見えるため、紫檀の木で挟んでみた。途端に高級感が出て、さらに机に置いても少し浮くため、手に取り易くなって結果良好である。
アレックス・裁ちばさみタイプ 21センチ

 大きめのタイプであるが、惰性で買ってしまったものである。現在のカタログには掲載されていないため、生産を終了したものと思われる。すり合わせはシルキーの軽快さに及ばず、また、デザインはいかにもステンレス綱板打ち抜きといった感じで、シルキーの裁ちばさみタイプの鎬(しのぎ)のあるデザインに比較すると見劣りする。ただ、丈夫そうで、荒っぽく使っても心配なさそうである。
小型裁ちばさみ(職場用)  20.5センチ

 職場で常用しているはさみで、記憶が定かではないが、どこかの金物屋での購入であったと思う。「千代」の文字に折り鶴のマークが入っている。商標を検索すると、権利者は福井県武生市本町、加藤正憲とある。越前打刃物か。普及品価格であったと記憶するが、手によく馴染み、長期間の使用にも耐え、すり合わせもスムーズで、カシメの調子も全く狂いがない。たまに刃裏に錆止めの油をくれてやると喜ぶ。
小型裁ちばさみ(家庭用) 20.5センチ

 家で常用しているはさみのひとつで、職場置きのはさみの兄弟分のようである。製造元はひょっとして上の製品と同で、取り扱う問屋だけ違う可能性がある。こちらの刻印は、
“trade mark”の下に菱形の中に“HIRO”の文字がある。
 上と同様に快調である。結局のところ、一定の品質を維持しつつ、道具として安定した姿に行き着いた製品は一番使いやすいということをしみじみ感じる。