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刃物あそび
   海を渡ってきたハサミ
    博多鋏(はかたばさみ)、そして種子鋏(たねばさみ)
 


 ハサミが泳いで海を渡ってきたわけではない。それぞれのハサミはかつての中国大陸から海を渡って博多へ、あるいは種子島に伝わったとされている。そのため、これらはいずれも「唐鋏」(とうばさみ)と呼ばれていた時期があったそうである。
 握りタイプの和ばさみも、古くに日本へ伝来したものとされる一方、交差したハサミは日本に伝わったのがそれほど古いことではないため、今でも大きく分類すれば洋ばさみと呼んで区別している。
 ハサミはすり合わせ(かみ合わせ)が命で、価格の高いハサミは間違いなくすり合わせがスムーズでしっとり感さえある。そこで、昔からハサミを買うときは、高いハサミのすり合わせの感触を味わってから、それに近い希望価格帯の製品を選べといわれている。


博多鋏 その1

 「博多鋏」の名を初めて目にしたのは、村松貞次郎の「新道具曼陀羅」である。氏の道具に対する蘊蓄と岡本茂男氏の美しい写真が一体となった、うっとり随筆・写真集である。
 博多鋏は700年ほど前、宋の帰化人が博多に伝えたといわれ、左右の脚にバッテン模様(菱紋)が刻まれていることが特徴とされる。
 唯一の制作者とされるのが、博多高柳商店の高柳氏で、絶滅を期待してか人気が高い。注文してもなかなか送ってもらえず、直接顔を出して熱意を示してしまったら、後日すぐに送られてきた。
 4寸、5寸、6寸の3種類があり、「宇」の字の刻印がある。写真は6寸(18センチ)で7500円。
 日常の生活雑器としては少々高いが、世代を超えて使えるものと考えれば、そんなに高いものではない。技術に裏打ちされた造りの丁寧さ、仕上げの美しさは感動ものである。すり合わせも非常に軽くスムーズで、例えようがないが、強いて言えば、美女の裸身を包む薄絹がはらりと滑り落ちるような感じである。【2002】

高柳商店  
  
福岡市博多区冷泉町6−28 
 (県知事指定特産工芸品)


博多鋏 その2

 写真の製品は、博多の百貨店で見かけて購入したもの。見事にワイルドな造りで、ヤスリ目ががっちり残っている。大丈夫かいなという感じであった。箱に製造者の表記はなく、使用上の注意書きには「製造本舗」としか表示していない。箱には「博多型はさみ」とあり、「博多鋏」の名称を避けたような感じすらする。何か怪しげなところがわくわくさせる製品で、高柳商店の製品とは棲み分けしていることは歴然としてしているが、実用上は全く問題ない。使い込んで照りのある黒錆に覆われたらまた味が出そうである。手の輪のかたちは道具曼荼羅で掲げた写真に近い印象がある。
「豊栄」の刻印がある。素性は不明である。
上は16.5センチで、2400円。
下は18.0センチで、2700円 【2002】

 なお、ネット通販で有限会社杉山刃物店(静岡県三島市本町12-3)が取り扱っている博多はさみは、これと同じ製品であることを確認した。
博多鋏 その3

 都内で博多鋏を発見!!
 場所は東京日本橋の刃物の老舗「木屋」で、商品表示も「博多鋏」としていた。先に紹介したワイルドなタイプに似ている。他の製品と手の輪のかたちが違っている。無骨なデザイン、仕上げのためか、スマートで仕上げのきれいな製品に目が向くのが自然で、それほど製品が動いているように見える。購入した製品も展示期間が長かったのか、表面にわずかであるがさびが出ていた。しかし、刃物の専門店だけあって、刃部はしっかり油を引いてあった。店員に製造元を聞いてみたが、あっさり分からないという。多少の製品知識は持ってもらいたいものである。
15センチで、 2100円。箱なし。
「玉菊」の刻印があり、検索すると商標の権利者は兵庫県小野市の株式会社カネイ製作所となっている。
【2007】


「道具曼陀羅」の博多鋏


 
毎日新聞社刊「新道具曼陀羅」(村松 貞次郎 (文), 岡本 茂男(写真))で紹介されていた博多はさみの刻銘を確認しようと、写真を拡大して目を凝らしてみたが、二文字の最初は「豊」のように見えるが、残念ながら判読は不能であった。

<追記 2008.10>
 銘が判読不能なままとなっていたところ、同じ鋏を持つ方から、「豊勝」であることを教えていただいた。
 なお、銘は登録商標で、権利者は以下の金物・刃物店のものであることを確認した。

 有限会社 豊勝(とよかつ)
 福岡市中央区天神2丁目8番218号



種子鋏

  1543年、種子島に漂着した明国船に乗っていた3人のポルトガル人が鉄砲を日本にもたらしたとされるが、「種子鋏」(たねばさみ)は、その船の明国の鋏鍛冶によって伝えられたとされている。
 黒皮付きのタイプと、みがきタイプがあり、カシメはねじ式である。仕上げは丁寧で、きっちりと製品の品質管理がされている印象がある。国内の複数の箇所の百貨店における伝統工芸の物産展でも遭遇したことがある。鹿児島県伝統工芸品に指定されている。
 写真の上は18センチのみがきタイプで、下が21センチの黒皮付きである。

(有)池浪刃物製作所 
  西之表市池田9981 09972−2−0513
 
http://park10.wakwak.com/~ikenamihamono/index.html
 
 池浪刃物製作所の製品には、現在写真のようにマルの中に「本種」の刻印がある。実は、かつて堺の刃物商が勝手に「種」の商標を登録したため、商品名をやむなく「正種」と変更したが、これも堺で登録されてしまい、今度は「本種」としたところ、またしても鹿児島の業者がこれを登録してしまったため、現在の丸で囲った「本種」の刻印を使用することになったという。その後、鹿児島の業者がやっと「本種」の商標を手放したため、現在では池浪刃物製作所がこれを登録しているという。何のゆかりもない海千山千の刃物商によって島の実直な職人たちが翻弄された歴史でもある。
 なお、種子島の西之表市では、上記製作所に加えて、石川種子鋏製作所牧瀬種子鋏製作所が「種子鋏・種子包丁生産事業組合」を構成しており、製品については表に「本種」の文字を共通して使用し、裏には各事業所の屋号を入れることを組合のルールとしているとのことである。
 【2007】