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刃物あそび
  錆と闘う鉄
   コルテンの名の錆びて耐える奇妙な鉄


 かつて、刃物の素材としての鉄に強い興味を感じて、関係書籍をいろいろ見ているうちに、「耐候性鋼」名の鋼材が存在することを知った。鉄に微量の銅など複数の元素を添加した鋼材で、一旦錆が全面を被うと、その錆が保護膜となってそれ以上錆が進行しないという不思議な性質を持つとされ、海岸部のような過酷な環境でなければ長期間にわたって塗装なしの素地でもメンテナンス上も全く問題ないという。たぶん、見た目には決して美しい外観は期待できないためか、日常の生活空間では施工事例を目にすることがないため、その質感を確認できないままとなっていたが、北海道の大地にそびえる巨大モニュメントがこの鋼材を利用した事例であることを知り、早速ながらじっくりと現物を検分することとした。【2014.5】 


   巨大モニュメントの外観

 この巨大建造物は、「北海道百年記念塔」の名があり、2千ヘクタールを超える広大な野幌森林公園の北西部に位置し、北海道100年を記念して昭和43年(1968年)に設置されたという。開道100年に合わせて100メートルもの高さを持つため、周辺のどこからでもその姿を確認できて、この公園のランドマークにもなっている。 
 
     
 




 塔高: 100メートル
 展望室床高: 23.5メートル
 骨格: 鉄骨造高張力綱
 外装: 耐候性高張力鋼板張板(4.5ミリ〜6ミリ)
 鋼材使用量: 約1,500トン
 建設費: 5億円
          北海道百年記念塔の全景            北海道百年記念塔の基部 
 
     
   外張りの鋼板に耐候性鋼の元祖的存在である 「コルテン COR-TEN 」が使用されている。塔の下部の窓が展望室であるが、エレベーターが休止状態であるため、階段を利用することになる。しかし、折角100メートルもあるのにあまりにも展望室の位置が低いため、肝心の展望は全く期待できない。したがって、やはり遠くから眺望するのがふさわしいモニュメントである。   
     
   コルテン COR-TEN の名の耐候性鋼のあらまし
 
 錆との闘いに技術で挑んだ歴史を物語る鋼材の例である。
 これはマンガン、クロム、銅、ケイ素などを含有し、錆が一定程度進行すると、その錆が鉄の母材を保護するという鋼材である。米国のUSスチール(ユナイテッド・ステイツ・スチール・コーポレーション)が開発したもので、COR-TEN(コルテン)は同社の登録商標となっていて、各種の規格が存在する。1959年に旧富士製鉄(合併により現在は新日鐵住金)が先の米社から技術導入し、東海道新幹線車両に採用されたことで、利用が拡大したとされる。究極のコスト縮減とも言える無塗装での鋼材の利用を目指したものであるが、生活エリアでは錆に被われた姿が大いに違和感を与えるためか、無塗装の仕様は街中では多くないようである。もちろん塗装した場合も塗装寿命が長くなるという。
 「耐候性鋼」は錆をもって錆を制する鋼材として説明されている。技術的には一般化していて、現在ではJISでも各種の規格が定められており、近年、橋梁等での採用率が高まっているという。 
 
     
   40年余を経過したコルテンの質感

 鋼板表面の錆の進行状況を観察すると、表面は決して平滑・均質ではなく、細かな鱗状に剥がれたような凹み模様やクレーター状の穴が全面に生じている。表面を手でなでてみると、ザラザラ感はあるものの、錆の粉が手に付いたり、浮いた錆が皮膚が引っかかるような感触はない。こうした状態を見ると、厚さに余裕があるのであれば、この程度の劣化で耐えてくれるということは技術として興味深い。

 この素材は年数の経過と共に色合いが橙黄色から暗褐色に次第に変化してきたことが知られていて、メーカー(新日鐵住金)が自社ホームページでもこの塔を例にして写真で紹介している。  
 
     
 
      風雪に耐えたコルテンの表面 その1        風雪に耐えたコルテンの表面 その2
   
 部分的に不自然なツヤがあって虹色に光を反射している様子が確認された(写真左)。こうした現象は通常は透明な薄膜に覆われていることを意味する。調べてみると、耐候性鋼の錆の発生を安定化するための補助的な表面処理技術が一般化している模様であり、部分的に後日補修目的でこの処理をしたものなのかもしれない

 表面の保護という本来的な目的のためには、塗装を行うことが普通の選択であるが、無塗装風に仕上げるこの技術は考えてみれば奇妙な対応である。 
虹色コルテン   
 
     
   屋外の暴露環境で、木材では木口面が弱点となるが、この鋼板でも切断面(コバ部)、接合部分で錆が特に進行して著しく劣化している部分が見られた。   
     
 
        試練を受けるコルテン その1
 錆が進行しパイのように層状に剥離して、ボロボロになっている。周辺は透明な膜の存在が感じられ、修復の手が加えられてきたような印象である。 
         試練を受けるコルテン その2
 劣化したところに歪みによる力が加わったのか、バックリと割れが生じている。
 
     
   コルテンといえども、オールマイティではないことが伺える。
 この建造物がいつまで耐えられるのかは野次馬としては実に興味深い。メーカーとしては見物しやすい環境にある施工事例として気になるところであり、また北海道庁は所有者・管理責任者としての立場から現状を評価し、保全上の判断を下さなければならない。その場合、これがインフラ施設ではないから、莫大な税金と寄付金を再投入して維持すべきものかとなると、悩ましいところで、ついつい判断を先延ばししたくなるような厄介者となっているのでは心配になってきた。 
 
     
 
 写真は有名な古代インドの遺跡、「デリーの鉄柱」である。 
 しばしば、“1500年を経過しても錆びない鉄柱”として紹介されているが、「錆びない」というのは正確ではない。

 写真で見たところでは、きれいにしっとりとした錆色となっており、ざらざら感もないようである。驚くほどの経過年数及びその表面の状態からすると、コルテンの性能をはるかに上回っているのではないかと思えてしまう。

 掻き取ったような凹みは後年の人為的なものであろう。
     比較参考用:デリーの鉄柱(Wikipedia より)  
 
     
   そもそも錆の進行は地球の環境復元力の象徴である !

 人類の文明における鉄の果たしてきた役割は大きく、古くから道具、器具、機械、武器の素材であり続け、大規模な建築物、構造物の基本的な骨格をなし、交通運輸に係る施設、車輌、船舶などもことごとくが鉄を素材としており、また、改めて身の回りを見渡せば、数え切れないほどの生活雑器も多くが鉄に依存していることを確認できる。間違いなく我々の身の回りは鉄だらけであり、鉄は人とともに存在する基本的な素材として、変わらぬ地位を保っている。

 こうして社会の基盤をなす鉄の構造物や製品を前にして、人は生きている限り、これらの利便性の代償として自ら“劣化”と認識する現象の進行を抑制あるいは阻止すべく、大変なコストと労力を投入してこの“自然の流れ”に対して実に愚直に抵抗する作業を我慢強く継続しなければならない。実は人が生きるのに不可欠な酸素と水、そして太陽光は、皮肉なことにも同時に鉄を含むすべての素材の人工物(及び人を含む生物)を確実に劣化させる根源的な要因でもあることに気付くと、この大きな流れに抗う困難さを痛感し、実に謙虚な気持ちになることができる。

 かつて大型恐竜が突然にその姿を消したように、仮に何らかのきっかけで人類が姿を消したとすると、生活圏を覆い尽くしている人工物は確実・着実に、そしてやさしく大地に還っていくのであろう。そして、間違いなく人による極めて傲慢な地球上での攪乱行為の停止に伴い、穏やかで豊かな地球環境が徐々に蘇ることになる。言い換えると、最強・最悪の生物の絶滅は他の多くの野生生物に対して失われていた本来の生態系の回復をもたらすに違いない。
 人の手によるすべての造形物は実は全くのつかの間の存在でしかないことがはっきり示されることになる。