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刃物あそび
 
  マツノザイセンチュウ接種用刃物
             


 道具はもちろん、使用目的があっての道具であり、特に刃物は多様な目的に合わせた多くの仕様に分化している。例えば、鋸(のこ)や鑿(のみ)は職人の仕事の種類に応じて多くの種類があることが知られている。製品が一般化してなくて既製品がない場合は、鍛冶職に特注したり、既存のハガネ素材から自作する場合も多かった。
 ここに紹介するものは、特定の目的のために既製品をベースにして、それほどの手間をかけずに手を加えて実用に供している例である。【2008.8】   


 事例

 実際に使われていた道具は以下の写真のとおりで、3種類見られた。

 これは、松枯れの原因となっているマツノザイセンチュウ(線虫の一種)に抵抗力のあるマツを選抜するするために、マツの苗木に強制的にこの線虫を接種する試験に際して関係試験機関が使用していた道具である。
 求められる機能は難しいものではなく、:苗木の樹皮を数センチにわたって剥がし、:剥がした跡を少し荒らして毛羽立たせればよい。要は線虫が滞留し侵入しやすい条件を作って、この部分に線虫を接種するわけである。
 繊細な仕上がりである必要はなく、手早く多くの本数をこなす必要があって、見てくれはともかく能率的に処理できればよいという性格のものである。

 以上の接種前のA,Bの二つの行程を二種類の道具を使っていると能率が低下するため、既製品の小型の鋸の背部を研いで剥皮用のナイフとし、次に反転して本来の鋸刃で剥皮部を毛羽立たせるという方法を採用していた。
 冒頭で紹介した3種類の道具は、試行錯誤による工夫の歴史を物語る例として面白い。観察結果を以下に記す。
  
(1)  上段
 これはポケットタイプの折込み鋸(華道用の花(華)鋸であろう。)に手を加えたもので、鋸の背部を研磨してナイフとしている。黄色いビニールテープが無粋であるが、ロック機構がないためナイフとして使う場合に折込まれてしまうのを防いでいるのであろう。鋸身が薄いため、ナイフとして使用する時は腰がなくて一見使いにくそうであるが、対象物を手の平にのせて使えば何ら問題はないようである。
(2)  中段
 これは明らかに大工道具で、柄の形状で分かるとおり穴あけ用の廻し挽き鋸の先端部を折って長さを詰めて、同様に背部に刃付けしたものである。このタイプの鋸刃はアサリなしのばら目であることが特徴である。ナイフとして使う場合、刃付けした部分が柄部と離れているために、鋸刃付近に親指を当てがう必要が生じ、手が少々痛いのが難である。
(3)  下段
 これは弦鋸として使うタイプの竹挽き鋸の替刃を短く折ったものであろうか。弓に固定するための穴もそのまま残っている。鋸身がかなり薄いので、慣れないとペカペカして使いにくそうであるが、(1)で紹介した方法で、刃部を湾曲させて使うことで問題はないという。
 試作品その1

 刃部の研ぎのメンテナンスを考えると、切出し小刀タイプの方がよいのではないかと感じた。また、腰が強い方が扱いやすいかも知れない。そこで、鉄工用の金鋸を素材にして試作することにした。
 
 
 材料は電動工具のセーバーソーの鉄工用(150ミリ)鋸刃である。JIS表示は“SKH−51”とあるから、モリブデン系のハイス(高速度工具鋼)である。
 刃付けをすれば、あとはお遊びで、柄部を籐巻き(皮籐と芯籐)したものと、ホオノキの木柄・鞘付きのものを作ってみた。鋸刃は落とさなくてもよいから切出し小刀作りより楽チンである。

 さて、使い心地であるが、作業者に使って貰った感想は以下のとおりであった。
(1)刃が切れすぎるため、剥皮のためには刃付けをもう少し鈍くした方が使いやすい。
(2)鋸刃はもう少し大きい方がよい。

 ということで、刃付けの方は如何様にもなるが、素材となる鋸歯の選定について、再考が必要である。鉄工用の鋸の刃は縦挽き鋸タイプの刃であるが、ガリガリを荒らすには横挽き鋸タイプの刃の方が適合するのかも知れない。 
 なお、別の機関での事例として、これより幅の狭い鉄工用の弓鋸の刃を2枚束ねていきなりガリガリと縞模様に切れ込みを入れるという手法もあることを情報として耳にした。

 試作品その2
 
 
試作の第2弾はつぎのとおりである。

 上段はスレート用鋸を材料にして切出し小刀タイプに刃付けして柄は紐巻きとしたものである。素材とした鋸刃は、刃部のみが焼き入れされているような感触であるが、対象は柔らかいため問題はなかろう。

 下段は替刃式の廻し挽き鋸を素材として刃付けして、ホオノキの柄を付けたものである。冒頭で紹介したものより使い勝手はよいはずである。本当は切出し小刀タイプとしたかったが、ばら目の鋸刃で鋸身が厚く、幅広のものは残念ながら存在しないため、このかたちに落ち着いた。